81話 「サナとモヒカン その2」
「ところでファテロナというお姉さんに会ったが、自分でスレイブ・ギアスを外していたぞ。あれの対策はあるのか?」
「あの人は特別っす。一応やってみたっすが、うちのジュエルじゃ無理だったっす」
「お前のところは最高品質なんじゃないのか?」
「あくまで一般で出回るものの中ではっす。規格外には対応していないっす」
「お前の悪い癖だ。すぐに見栄を張ろうとしやがる。それじゃ結局、たいして高品質じゃないってことだろうが」
「そうとも言うっす。でも、特殊な人より普通の人のほうが遥かに多いっす。どっちを優先するかといえば、やっぱり大多数の人っすよ」
スレイブは一般人のほうが遥かに多い。コスト的に見ても、どちらを優先するかは明白だ。
緑のジュエルはたしかに特殊な人間には効かないが、一般人にとっては十分立派なものなのである。
(無感情のサナでさえイタ嬢の言葉に従おうとした。そのことからモヒカンのジュエルでも大丈夫なのは間違いないが…)
精神の能力値は戦気量のほかに『術式に対する耐性判定』もある。これが低いと精神系や能力低下系の術式にかかりやすくなる。
スレイブの一人である忠犬ペーグの精神はD、一方のファテロナはCだった。ギアスが効く境目がこのあたりのようだ。
サナはFなので、この問題はクリアしている。
しかし、アンシュラオンはモヒカンをあまり信用していない。この男は使えるやつだが、話を鵜呑みにすると痛い目に遭うのは経験済みだ。
よって当初の予定通り、自前で用意することにする。
「ジュエルはこちらで用意する。お前の店にケチをつけたくはないが、あんなに簡単に壊れたら困るからな」
「壊れたのは事実っす。それで問題ないっす」
「使うジュエルってのは何でもいいのか?」
「ジュエルは術式を維持して強化するものっすから、それができれば何でもいいみたいっす。ただ、すでに特殊な効果が付与されているものだと使えないこともあるっす。ちゃんと精神に適合するジュエルでないと駄目らしいっす」
(嘘は言っていないようだな)
アンシュラオンは、わざと知らない口ぶりでモヒカンを試す。特に嘘は言っていないようなので、とりあえず合格だろう。
しかし、すでにデアンカ・ギースの原石は使えないことが鑑定で立証されている。使おうと思えば使えるのだろうが、あまり適さないという意味だ。
それ以前にイメージが大切だ。あのゾウミミズがサナに合うかといえば、まったく合わないと断言できる。
あれが合うのはマッチョなスキンヘッド男くらいだろう。それ以外はピンとこない。
(では、ほかに何かあったか? サナに合うような魔獣、その原石か。今まで会った中でそんなやつがいたか?)
今まで出会った魔獣はいろいろいるが、第三級の討滅級以上に加え、火怨山以外という条件があるとかなり限定される。
(サナに似合うとすれば、綺麗な黒髪に合わせて考えたほうがいいな。白か黒…いや、それだと色が同じすぎて映えないか。緑は目の色と同じだし…残った色は青とか黄色とかそっち系か? そんな色の魔獣はいたか? 青くて黄色い…)
―――〈青かったし毛が帯電してたから、たぶん違う種類〉
自分が言ったかつての言葉が頭の中で響く。
脳裏に青と黄色の閃光が走った。その魔獣を見た時の印象である。
(あっ、そうだった。あれがあったな)
革袋に手を突っ込むと、そこには硬質の感触があった。
(まさか今まで失念しているとは…。よほどオレにとって価値がないものだったんだな。一度は捨てようとしたくらいだし、駄目でもともと。とりあえず出してみるか)
「これは使えるか?」
「青い原石っすか?」
そう、ロリコンに買い取ってもらえなかった【青い原石】である。
ジュエル自体にあまり興味がなかったので完全に忘れていたものだ。
忘れていたので腰の革袋に入れっぱなしであり、ポケット倉庫にすら入れていなかったという実に乱雑に扱われていたものである。
斧とかハンマーとかを入れている大きな革袋のほうが邪魔だったので、そちらに意識が向いていたのだ。
今現在、デアンカ・ギース以外となると原石はこれしか持っていない。これが駄目ならば、また新しく狩りに行くしかない状況だ。
「…じー」
その原石をサナが凝視している。興味を示しているようだ。
「サナ、気に入ったか?」
「…こくり。じー、つんつん」
どうやらサナも気に入ったらしい。見るだけではなく、指先でつついたりしている。
こうしたジュエルにも個人の相性があり、気に入るということは大切な要素である。
どんなに高級で高品質でも、当人が気に入らなければ一銭の価値もないのと同じだ。
「旦那、これはどこで? かなり珍しいものだと思うっすが…」
「この街に来る前に狩った青い狼みたいなやつの心臓だ。討滅級魔獣だったと思うが…初めて見たのでよくわからん」
「討滅級魔獣! すごいっす! こんな立派な原石は初めて見たっす」
「そうか? 普通だろう? 山にいた頃は、こんなの珍しくもなんともなかったぞ。むしろ投石用に使っていたくらいだ」
「恐ろしいほどのブルジョワっす。札束で尻を拭くレベルっす」
衛士を思い出させる台詞である。
そんな汚い話題はすぐに忘れ、再び青い石について思いを馳せる。
(そう、あの魔獣は綺麗だった。今思えば、なんとなく気品があってキラキラしていて女性っぽいイメージがあった。あれならサナに似合うかもしれないな)
秒殺したせいでよく見てはいなかったものの、帯電した体毛が非常に美しかったことだけは覚えていた。
サナの黒髪とエメラルドの瞳に対して、このブルーの色はよく映えるに違いない。そう考えれば、ますます似合うように思えてくるから不思議だ。
「で、使えるのか?」
「わからないっす。ちょっと時間をもらえるっすか。今から提携先の加工店に持ち込んでみるっす」
「加工できそうなら、そのまま完成させてくれてかまわない。早く付けてあげたいからな。このペンダントに合うようにカットできるか?」
「これはなかなか趣きのあるペンダントっすね。なるほど、そのためのものだったっすか」
「うむ、今日サナと買い物をしていて見つけたんだ。べつにチョーカーでなければいけないわけでもないのだろう?」
「そうっす。何でも大丈夫っす」
「そのわりにスレイブはみんな同じだな。どうしてだ?」
「うーん、言われるまであまり意識しなかったっすね。最初に決められた通りのままでやってきたっす」
「お前たちには美意識はないのか。せっかくこんなに美しいんだ。自分のものなら、もっと美しくしたいと思うのが当然だろうに」
「スレイブをそんなふうに見る旦那が少し変わっているっす。スレイブはスレイブ。自分らにとったら単なる労働力っす。そりゃラブスレイブなら着飾ることはするっすが、スレイブの証であるギアスまで気にしないっす」
モヒカンたちにとって、スレイブはそこまで特別なものではない。日常のありふれた光景の一部だ。
たとえば日常的に使うスコップに対して、「どうしてスコップを美しくしようと思わないんだ?」と言われているようなものである。
スコップはスコップであり、その機能が優れていれば他の部分はあまり気にしないものである。
むしろ、一目でスコップとわからないほうが問題に感じられるだろう。そのあたりの感覚の違いが如実に表れたやり取りである。
(なんだか凝り固まっているな。マニュアル人間じゃあるまいし、同じことばかりやっていてもつまらないだろうに。まあ、オレは好きにやるからいいけどさ)
地球でも形式に囚われる人々は大勢いたものだ。いわゆるマニュアル人間、ステレオタイプである。
それが何かを考えずに昔からの慣習ばかり重視する者たち。自分で考えない癖がついているので、与えられたままそれを維持することだけに執着するのだ。
それはそれでシステムを維持させる場合には重要だが、新しい概念を生み出すデザイナーやプランナーなどには不向きである。
それに加え、アンシュラオンほどスレイブに執着する人間が少なかった、ということも挙げられる。
スレイブは道具にすぎない。ロリコンがスレイブを嫁にして少し恥ずかしそうにしていたように、スレイブを道具以外に使うことに対して違和感や偏見があるのは間違いないのだ。
(しかし、逆にこれは面白い。オレがスレイブの価値観を変えてやろうじゃないか。オレのスレイブがこいつらを足蹴にする光景は、想像するだけで楽しそうだ)
アンシュラオンのスレイブになる存在は、当然ながら一般人よりも価値ある者たちだ。
ならばそのスレイブが、今度は一般人を支配するのは自然な流れでもある。
アンシュラオン > サナ >>>> スレイブ >>>>>>>>>>>>> モヒカンたち一般人 >> 領主・イタ嬢
この弱肉強食、食物連鎖のピラミッドは絶対である。
アンシュラオンから見れば普通の人間もスレイブも同じ。あとは自分のものかどうかの違いである。
ただ、肝心のアンシュラオンの上に姉がいる可能性があるのが若干気がかりではあるが。
食物連鎖とは実に怖いものである。自分が上ならばいいが、下になった瞬間に地獄が始まる。
「とりあえず試してみてくれ。サナ、ペンダントを渡していいか?」
「…こくり」
お気に入りのペンダントだが、あっさりと渡す。スレイブ・ギアスがなくても従順である。
「お前の汚い手垢を付けるなよ。布で包むか手袋で触れ」
「了解っす。では、行ってくるっす。できるだけ急ぐっす!」
モヒカンに原石とペンダントを渡すと、そのまま店を飛び出ていった。
(サナのジュエルはこれでいい。駄目ならまた探せばいいしな。しかしまあ、一晩で二億円も使うことになろうとは…どんな生活だよ)
こうしてモヒカンがアンシュラオンに尽くすのも、「金の匂い」がするからだろう。
実際に一億を軽く持ってきた少年ならば、誰でも嗅覚が働くものである。こいつは金になる、と。
最後にガンプドルフと別れた時も、やたらこちらのことを気にかけていた。あれも何かしらの魂胆があるからだろう。
 




