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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「白い魔人と黒き少女の出会い」編
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66話 「白い魔人」


(妙な気分だ。すごく高揚している。戦いは興奮するものだけど、こんな感覚は初めてだ。身体の奥底がゾワゾワして殺したくて仕方がない)



 火怨山にいた頃は、これよりも何十倍も激しい戦いを繰り広げてきたが、ここまでの興奮を感じたことはなかった。


 それがなぜか、今になって妙な感情が生まれようとしている。


 武人が闘争の果てにたどり着くエクスタシーとは違う。もっと簡単に言えば強烈な『殺人欲求』である。



(人を殺すことに躊躇いはない。べつに魔獣を殺すのと大差はないさ。前の人生でも人を殺したことがある。だからといって、あえて殺したいと思うこともなかった。ロリコンと会った時もダビアと会った時も…)



 彼らは好感が持てる良い人間だった。マキや小百合は当然としても、変態のラブヘイアだって理由なく殺そうとは思わない。


 しかし領主たちの横暴に対する苛立ちが、下界に降りてから初めてアンシュラオンに『殺してやりたい』という欲求を与えた。


 もしガンプドルフがいなければ、あのまま殺していた可能性が高い。


 だからこそ、その欲求不満を闘争によって満たそうとしていたが、ここにきてより強烈な欲求が襲いかかる。



「うううっ…ううううっ! はぁはぁはぁ!! 殺したい…! 皆殺しに…したい!!」



 完全にヤバイ発言だ。どこのサイコパスかと言いたくもなる。


 だが、自分の意思を超えた部分で心に囁きかける『何か』があった。



―――殺せ


―――愚かなる者を殺せ


―――世界にとって必要のない人間を殺せ



 その声はとても心地好く、そうであることが自然に感じられる。


 そうして声に心を委ねると、身体から黒いモヤが生まれてくる。


 そのモヤに触れた木が一瞬で枯れる。


 生命力をすべて奪われたようにシナシナになり、ボロボロになって砕け散った。


 この現象には見覚えがある。


 以前パミエルキが歩いた道が同じように枯れ果て、草木の一本も生えなくなったことがあったが、それとまったく同じことが起きている。



(感じる。感じるぞ…! オレの身体の中で何かが動いている…! 戦士の因子、剣士の因子、術士の因子…『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』なのか? いや、『コレ』は違う。その中、もっと奥深くに違う何かがあるんだ)



 『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』には、すべての因子が格納されている。


 あらゆる技や術、人間の無限の可能性の結晶体とも呼べる究極の力だ。


 人間にとって最高の光は『愛』である。誰もが最上の頂を目指して生きている。


 がしかし、世界は二面性によって均衡を図っていた。愛があれば、その反対も存在しなければならない。



「ううううううう!! おおおおおおおおおお!!」



 因子が廻るたびに力が湧き出てくる。


 だが、それはどこまでも『破壊の波動』であり、この黒いモヤを生み出している力の源泉でもある。


 立っているだけで地面が裂け、草木が朽ち、大気から活力が失せていく。



「ふふふふ、はははははは! そうだ、人間なんて生き物は愚かだ。所詮はオレの支配下にあるべき存在。ただのゴミだ。ふざけやがって! どうしてオレがゴミなどに下手に出る必要がある! ムカつくなぁ。領主もイタ嬢もモヒカンも殺してやる! 全員殺したほうが手っ取り早いじゃないか」



 アンシュラオンの戦気が完全に黒に染まると同時に、言葉から『人間味』が失せていく。


 今まであった愛嬌や優しさ、知性や教養といったものが希薄になり、単純に殺意だけに染まりつつあった。


 当然、その波動を目の前で受けているガンプドルフはたまらない。


 彼ほどの豪傑でも今のアンシュラオンの圧力は、心臓が握り潰されそうなほど強烈だ。



「しょ、少年…どうしてしまったのだ!」



―――〈あれは『魔人』だよ〉



「魔人? 魔人機とは違うのか?」



―――〈滅多にお目にかかれないものだ。知らないのも無理はないね。魔人は人間にとっての『天敵』とも呼べる存在だよ。特に『乱世』になると、たまにこういうものが生まれるのさ。人間が使う機械人形との関連性は知らないよ〉



「人間…なのか?」



―――〈ああ、人間だよ。お前と同じ女神の子だ。だが、最初から『人間の上位者』として生まれてくるのが魔人という存在だ。ほら、見てみるといい。凄い【因子】の覚醒率だ。どんどん上がっていく。上位の魔人どころじゃないね。これはもう―――〉





―――〈【災厄の魔人】だよ〉





 災厄の魔人。


 姉であるパミエルキの異名だ。


 髪の色、目の色、肉体の構成要素、思想、世界で二人しか持っていない『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』というスキルも含め、両者はあまりにも似ていた。


 強い血統が遺伝として受け継がれるのならば、弟が同じ魔人であってもなんら不思議ではない。



(感じるぞ。オレの中にある『強い因子』が強烈に回転している。そうだ。人間は愚かだ。今も昔も何も学んでいない。欲深く誰かを騙し、貶め、卑しく、無慈悲で冷淡だ。オレはそのことをよく知っている。こいつらは害悪であり、滅ぼすべきゴミどもだ)



 前世でも愚かな人間は山ほどいた。むしろ愚かでない人間を見ることのほうが少なかった。


 人を貶めることしか考えない矮小な者、自分で何もしない愚図な者、利益のために人を騙し続ける愚か者。それに対して無気力な役立たずな者。


 何一つ正しいことをせず、人間の可能性を求めることもしない連中に、かつてのアンシュラオンは激しい怒りを覚えていた。


 命乞いをする耳障りな声。刃で首を撥ねる感触。血が噴き出る時のむせ返るような臭い。


 そのどれもが甘美で心地好く、自分が正義であることを確認できる最高の瞬間であった。



 それを思い出すたびに―――【魔人因子】が輝く!



 破壊の衝動とともに『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』が刺激され、三つの因子が上昇を始める。


 それは10を超え、20、30と無限に増え続けていく。


 因子の覚醒限界は10までと決まっている。例外はないはずだ。


 だがしかし、それはあくまで普通の人間であった場合だ。今のアンシュラオンに限界は存在しない。



―――〈これはまずいよ、ガンプドルフ。上昇率が尋常ではない。私の領域でも測定不能だ。このままいくと、とんでもない怪物が生まれることになるね〉



「シャクティマ、どうすればいい!? 『雷の精霊王』のお前ならば対処方法を知っているだろう!」



―――〈言ったはずだよ。聖剣を使い、他の人間は見捨てて逃げるんだ〉



「本気で言っているのか!? 聖剣でも倒せないというのか?」



―――〈無理だね。人間界の『三大権威』でも来てくれれば話は別だが、我々だけで止めるのは不可能だろう。お前だって状況はわかっているはずだよ。相手が悪かった。だが、それもえにしというべきかな。お前が赴くところは、いつも波乱ばかりだね。まったくもって楽しませてくれる〉



「自分に運がないのは知っているが、ここまでくると厄日どころでは済まないな。もしや悪魔にでも魅入られているのか?」



―――〈言っておくが疫病神は私じゃないよ。あれは人間が生み出す悪魔などよりも遥かに悪質で凶悪だ。悪いことは言わない。早く逃げるべきだろう〉



「くっ! やるしかないのか!」



 ガンプドルフが剣を抜こうとした、その瞬間。


 アンシュラオンの足元に幾重にも連なる輝きの清流が生まれた。


 大量の光の粒子は次々と鎖となり、アンシュラオンの身体に巻きついて拘束しようとする。



「シャクティマ、お前がやったのか?」



―――〈いや、違う。私は聖剣がなければ実体化できないし、お前と一緒でないと人間界には干渉できないよ。どうやら自動発動タイプの古い術式のようだ。一定以上の力を持った魔人を探知すると発動するものらしい〉



「そんなものがグラス・ギースに設置されているのか? こんな場所にか?」



―――〈私に訊かれても知らないよ。お前が呼んでくれなかったせいで、この都市の情報は何も知らないからね。人間が作ったにしては上等な『封印術式』のようだが、どうせ無駄だろう〉



 その言葉通り、あっさりとアンシュラオンは鎖を引きちぎる。


 軽く手を振り払っただけなのに衝撃波が生まれ、その波動は一キロ以上離れている領主城の城壁に激突。


 ビシビシと巨大な亀裂が入り、一部では崩落が発生。


 領主城の敷地内にいた衛士たちも、思わず座り込むほどの大きな揺れに襲われる。


 光の鎖は何度か攻撃を仕掛けるが、どれも簡単に破壊されて闇夜に消えていった。



「…馬鹿な。私は夢でも見ている…のか。もはや人間の領域を超えている…」



 シャクティマの言っていたことはすべて正しい。


 もし戦闘になったら最初の一振りでガンプドルフは消滅する可能性すらある。


 将来を悲観するどころか、世界そのものに絶望しかねない状況であった。


 だが、この光の鎖が事態を好転させる。



「誰かいるのか? ちっ、せっかくの気分が台無しだ。ふー、落ち着け。焦るな、焦るなよ。オレはオレが支配する。ほかの誰にも支配させない。おい、さっさと引っ込め。オレの許しもなしに出てくるんじゃない!」



 アンシュラオンが気合を入れると、全身から輝く白い波動が生まれ、黒いモヤが薄れていく。




「オレはオレだあああああああああああああああああああああああああ!」




 いや、薄れているのではない。


 それどころか黒いモヤの力を白い力に塗り替えていく。


 溢れ出していた力は収束を始め、『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』の力によって制御されていった。


 数値も適正値に戻り、アンシュラオンはアンシュラオンとして確立する。



―――〈驚いたね。あの人間、『魔人因子』を操作しているよ。まだ不完全なようだが、これまた珍しいことをする〉



「普通はできないことなのか?」



―――〈理論上はできるよ。あくまで想定上はね。だが、今までこの因子が発動して自我を失わなかった人間は極めて少ない。それよりガンプドルフ、今が交渉のチャンスだと思うよ。これを地獄に仏というのかもしれないね〉



「っ…! しょ、少年、私の言葉がわかるか? 正気に戻ったのか?」


「…ん? ああ、剣士のおっさんか。オレは最初から正気だよ」


「そ、そうは見えなかったが…」


「ちょっと思い出してイラっとしただけさ。時々あるだろう? ムカついて周りが少し見えなくなることって。あれと同じさ」


「あるにはあるが…苛立ち方も規格外だな」


「おっと、左手を治しておかないとな」



 ガンプドルフに潰された左手も命気で一瞬で回復。


 それだけを見ても、まだまだ余力は残っていることがわかる。


 ここでアンシュラオンは、一旦冷静になって状況を整理する。



(さて、どうするかな。まだ奥の手を残していると言っているけど、どう見てもあの剣が怪しいよね。さっきからおっさんの背後に何かいるような気もするし…変な光の鎖も気になる。間違いなくオレをターゲットにしていたからな)



 術式があるなら誰かが仕掛けたことを意味する。


 簡単に破壊できたとはいえ、攻撃を受けたこと自体が問題だ。



(剣士のおっさんも思ったより強かったし、これ以上の戦いは不確定要素が多すぎる。目的を忘れるな。戦いに没頭するために来たわけじゃない。オレが欲しいのは、たった一つだ)



 今回の目的は、サナの奪還である。


 青ざめているイタ嬢とは対照的に、彼女は極めて冷静にじっとこちらを見ていた。



「…じー」



(可愛いなぁ。本当に愛らしい。まだ初対面みたいなものだから、いきなり怒る姿を見せて印象を悪くしたくないよ。愛されたいしね)



 闘争本能よりサナのほうが大事だ。


 彼女の顔を見て、アンシュラオンの中で一つの区切りがつく。



「もういいや。今日はここまでにするよ。それなりに満足したからね」


「…いいのか?」


「これ以上やると本当に殺しちゃうかもしれない。あんたは殺すには惜しいよ。もっとこう、ちゃんとした理由があればいいけどさ、クズ領主の代理としては上玉すぎる。それにオレはあの子を取り戻しに来ただけだ。おっさんたちよりラブラブ生活のほうが大事だしね」


「………」



 ガンプドルフは、しばらくアンシュラオンを注視。


 その言葉が本当かどうかを見定めているのだ。



(本気…か)



 そこには軽く運動して汗を流した『ヒト』の姿があった。


 適度に満足して力が抜けている姿。これ以上やってもいいが、今日はまあいいだろう、といった充足感を得ている状態。


 それを確認し、ガンプドルフは剣の柄から手を離す。


 が、どっと汗が噴き出る。尋常ではない量の汗に自分自身で引くほどだ。



(命拾い…したな。聖剣を使ってかろうじて逃げられたレベルの相手だった。助かったのだ。助けられた…か。ははは、聖剣長の私が見逃してもらって安堵するとはな)



「わかった。私にはもともと戦う理由はない。娘さんは返してもらえるのか?」


「ああ、そうだったね。忘れてたよ」



 バリンと戦気壁が割れ、イタ嬢が解放される。



(この少年、戦気壁を維持しながら戦っていたのか。本当に底が見えないな)



「景品はあんたのものだ。よかったね。せいぜい領主からふんだくってやりなよ。最低でもさっき言った額の三倍、六億以上はもらうんだね」


「そうさせてもらう。が、取引は対等であるべきだ。欲張りはしない」


「真面目なおっさんだね。オレの希望としてはあんたが領主を殺して、代わりにこの都市を管理してくれたほうが好都合なんだけどな。より強い者が上に立つべきだ」


「悪いがそれはできない。誰かの場所を奪ってまで繁栄するつもりはない」


「西側の人間のわりに甘いんだね。あんたがいた場所はどうか知らないけど、こっちじゃ苦労するかもよ。力だけが正義の世界だからね」


「そうかもしれん。だが、人には誇りと矜持が必要だ」


「それがないやつも多い。領主とかね」


「随分と嫌ったものだな。彼の性格を思えば気持ちもわかるが、一つの方向からではすべては見えないぞ。彼はけっして悪者ではない。為政者として優れた面も多い」


「だろうね。でも、領主とオレが一緒に歩む必要はないし、相手を理解する必要もない。オレがそうしたいと思えば別だけど、そんなことがあるのかな?」



 グラス・ギースが今まで生き残ってこられたのは、紛れもなくディングラス一族のおかげである。


 たしかに出会いは最悪だったが、為政者として最低限の力量がなくては都市は維持できないだろう。


 当然、アンシュラオンもそれは理解している。理解したうえで、それでいいのだ。



「自由な考え方をするものだな。少し羨ましいよ」


「今までの反動ってやつかな。オレは好き勝手生きることにするよ」


「二度と君が敵にならないことを心から祈るばかりだ」


「オレの邪魔をしなければ長生きできると思うよ。じゃあ、今日はこれでおしまいだね。それでいいかな?」


「願ったり叶ったりだ」



 二人が強者同士であったがゆえに、根底でわかり合うことができた。


 アンシュラオンが慎重な性格であり、引き際をわきまえていたことも大きいだろう。


 しかし、すべてが円満に終わると思ったその時、再びそれを掻き回す者がいた。



「お待ちなさい!!」



 頭を押さえながら、イタ嬢が立ち上がった。




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