64話 「ガンプドルフの実力 その2『強者攻防』」
(底が見えぬな。どうする? やれるのか? これ以上の戦いは生死をかけたものにならないか? 隙を見て領主の娘を奪還できれば―――)
そうガンプドルフが思っている間に、アンシュラオンはすでに駆けていた。
一瞬で懐に入り込むと、蹴りを見舞って吹っ飛ばす。
ガンプドルフは木に叩きつけられるが、受身を取ってかろうじて衝撃を逃がすことに成功。
だが、次の瞬間には接近したアンシュラオンが技を発動。
繰り出された掌には、赤い炎の煌き。
(距離が近い! 回避するしかないか!)
迎撃を諦めたガンプドルフが幹を蹴って跳躍したと同時に、放たれた爆風によって大きな木が粉々に吹き飛んだ。
覇王技、『裂火掌』。
掌に火気を集めて放つ因子レベル1で扱える技である。
基本技の一つとはいえ、アンシュラオンが放てば威力は桁違い。その勢いは背後にまで貫通し、幾多の木々が燃え盛るほどだ。
そして、この技はあくまで牽制にすぎない。
意図的に攻撃を遅らせたことであえてガンプドルフを逃がし、動きを単調にすることが目的だ。
アンシュラオンは、すぐさま跳躍したガンプドルフを追撃。
即座に追いつくと、空中で回転蹴り。
覇王技、『裂空疳蹴撃』
戦気の放出によって姿勢制御を行い、空中で繰り出す因子レベル2の蹴り技の一つだ。
ガンプドルフは、大気を切り裂く強烈な蹴りを剣で防御。
圧されながらも、こちらもあえて攻撃の威力を受けることで後方に退避して着地する。
攻撃する側も強者ならば、受ける側も強者。随所で他の武人とは明らかに違う格を見せ付ける。
だが、それからもアンシュラオンの追撃とガンプドルフの防御が続き、徐々に追い込まれる展開になっていった。
その理由の一つは、アンシュラオンの戦気の質にある。
(私の剣気と同等以上の戦気を練り上げている。戦気術の練度が異様に高いのだ)
戦気術、『戦硬気』。
戦気を硬質化する戦気術の一つであり、これを極めていくと『剛気』に至るが、今は単純に剣気に対抗するために硬質化させているだけにすぎない。
問題は、戦気の1.5倍の出力がある剣気と互角に打ち合っている点だ。
つまるところ現状のアンシュラオンの戦気は、ガンプドルフの五割増の出力を誇っていることになる。剣気で対抗してギリギリなのだ。
(駄目だ。このレベルの相手に隙を見い出すことなど不可能。迂闊に動けば私が殺される!)
もし欲を出してイタ嬢を救おうとすれば、その瞬間にアンシュラオンが必殺の一撃を見舞うに違いない。
ここでガンプドルフは覚悟を決めた。
「はっ!」
追撃してくるアンシュラオンを迎撃。
素早い練気で戦気を増幅させ、技を放つ。
剣王技、『雷王・剣陣烈波』。
圧縮した剣気を大地に叩き付けて放射し、自身の周囲を攻撃する範囲技だ。雷王が付けば雷気をまとった因子レベル4の雷属性攻撃となる。
強烈な雷の圧力が大地と木々を薙ぎ払うが、アンシュラオンは事前に回避していたので無傷。
だが、それでいい。
(君なら避けてくれると思っていた! この距離ならば剣士のほうが有利になる!)
戦士との戦闘において剣士が気をつけることは、間合いを潰されないことである。
これは地球での格闘技と同じだ。戦士は肉体能力が高く、至近距離からでも拳を放てるが、剣を振るにはそれなりの距離が必要になるのだ。
自分の間合いになったガンプドルフは一気に距離を詰めると、剣撃のラッシュ。
肩、腹、足、首、あらゆるところに鋭い一撃を繰り出していく。
今までのように様子見の一撃ではない。相手を打ち倒すために放つ本気の攻撃だ。
アンシュラオンは防御に集中。攻守入れ替えとなる。
「ようやくやる気になったみたいだね。剣の勢いがまったく違うよ」
「少年、私は君を打ち倒す! 我々の未来のために負けるわけにはいかんのだ!」
「そうだ。領主の娘のためじゃなくて自分のために戦えばいい。そのほうが力が出るからね」
ガンプドルフの剣気が燃え盛っている。
武人とは精神エネルギーを燃料として戦う兵器のようなものだ。戦う意思が強ければ強いほど戦気も勢いを増し、強力なパワーを出すようになる。
もともと強い彼が本気になったことで、今まで以上に手ごわくなった。
「でも、まだまだ足りないよ。こんなものじゃないだろう?」
ここで普通ならば攻撃力が高い剣士優勢の流れになるのだが、この男の場合は違う。
両手に戦刃を生み出して『超接近戦』を挑み続ける。
ガンプドルフの剛剣を左手の戦刃で流しながら、右手の戦刃でカウンター。
再び剣撃が襲ってくるが紙一重で防ぎ、またもやカウンター。
ガンプドルフが一本の剣で戦っているのに対し、今のアンシュラオンは両手に小さな剣を持った双剣スタイルである。
この場合、やはり後者のほうが速い。
猛攻を仕掛けているのはガンプドルフのほうなのに、徐々にダメージが蓄積するのもガンプドルフのほうであった。
(剣士の間合いで堂々と打ち合うとは! なんという精神力だ!)
その動きは舞っているかのように美麗で、まったく無駄がない。
すべてを紙一重で見切っているからこそ、そのまま反撃に移行できるのだ。
剣気を操る剣士は攻撃力が高い傾向にあるため、通常は正面から打ち合うことはせずに、体術でかわしながら慎重に間合いを詰めるものだ。
こうして無造作に接近できるのも、アンシュラオンの肉体能力と戦気の質が高いことに加え、圧倒的な【戦闘経験値】によるものである。
ガンプドルフが渾身の一撃を放っても動じず、フェイントをかけても逆にフェイントをかけられ、気づけば少しずつHPを削られていく。
攻守入れ替えも意味がない。それすらもアンシュラオンの目論見通りにすら思えてくる。
(この歳でどうして、ここまでの戦闘経験値を持っているのだ! いったいどれだけ戦ってきた!? 万の血を浴びた…? いや、それすら超えるのか!)
幾多の戦場を駆け抜けてきた歴戦の将であるガンプドルフが、その深みに恐怖すら覚える。
目の前の少年から感じるのは、戦争すら超えた激戦の波動。
常時死地に身を置いてきた者だけが放つ【修羅】の気配である。
戦うことが自然であり、相手を滅することが当然の世界で暮らしている完全なる戦闘マシーン。
これぞ―――武人!
まさに闘争本能の結晶とも呼べる戦闘のスペシャリストがそこにいた。
(このような! このような人材が、よもやこんなところに!! ―――っ!)
ガンプドルフの注意が一瞬逸れた瞬間、アンシュラオンの戦気の形状が変化。
巨大な鉤爪状に変化した戦気が、ガンプドルフを切り裂く。
覇王技、『蒸滅禽爪』。
戦刃を鉤爪状の刃に変化させて切り裂く因子レベル3の技である。しかも爪は酸性を帯びているので触れたものを溶かしていく性質があった。
ガンプドルフのコートが千切れ、腹に激痛。
灼けつくような痛みが襲い、酸が体内に侵入してくる。
それを練気によって修復しつつ、ガンプドルフは一旦後退。
しかし、アンシュラオンは追撃。逃がさない。
今度は両手を鉤爪に変化させて、素早い攻撃を繰り出してくる。
(動きが速すぎるうえに状況判断も迷いがない。これでは防御で手一杯だ! フルプレートならば耐えられたが、この装備では攻めに転じられん! やはりメーネザーのほうが正しかったか。素直に忠告を聞いておくべきだったな)
ガンプドルフの完全武装、『トールガイアの剣〈雷霊の怒り〉』とヘビタイト・フルプレートアーマーがあれば、もう少しまともな戦いができただろう。
特に鎧は聖剣長専用の最高品質のものなので、あの防御力があれば猛攻に耐えながらも攻撃に転じることができるが、現在は軽装備という悲惨な状況だ。
領主との対談のために過剰な装備を嫌ってのことだが、これでは自分の特徴を最大限発揮できない。
いや、それは言い訳だ。
武人とは常に死闘を想定して動くべきなのだ。それを怠った自分が悪い。
ただし、装備がなくとも戦えるだけの自信と力が、この男にはある。
突如、ガンプドルフの身体が光に包まれた。
戦気が収束。物質化して【鎧】が生まれる。
「へぇ、『鎧気術』か。あるのは知っていたけど、初めて見たな」
鎧気術とは、戦気を『鎧気』に変化させて物質化させる技だ。
戦刃や戦硬気、あるいは剣硬気といったものの発展版と思えばいいだろう。それがある一定の段階にまで至ると『鎧気』と呼ばれる気質に変化して鎧となる。
戦気で生み出しているのでいつでも出し入れが可能で、壊れても即座に修復ができるのが強みであり、さらに特殊な能力を付与したものが多いのが特徴だ。
ガンプドルフのものは金色に輝く鎧であり、周囲にバリバリと放電していることから雷気を変質させて生み出したものだと思われた。
(なんか某漫画を思い出すな。黄金の鎧ってのはカッコイイもんだ)
若干の憧れを抱いて鎧を見つめる。正直、ちょっと欲しい。
「いくぞ、少年! ここからが真剣勝負だ!」
鎧を身にまとったガンプドルフは、真正面から突っ込む。
アンシュラオンは戦気弾を放出して妨害しようとするが、防御は鎧に任せ、怯まず突っ込んで一閃。
アンシュラオンは回避するも、上段から繰り出された一撃が地面を切り裂き、剣圧だけで地下十数メートルまで破壊。
噴き出した剣気の衝撃で身体が浮き上がるほどだ。
このレベルになると、さすがのアンシュラオンも攻撃を受ければ相応のダメージを負うだろう。
(これが本気の一撃か。なるほど、おっさんの本質は『攻撃型の剣士』だ。たぶん鎧を着てからが本領なんだろう)
武人には、攻撃型、バランス型、防御型の大きく分けて三種類のタイプが存在する。
アンシュラオンは防御寄りのバランス型で、デアンカ・ギースと戦った時のようにまずは防御を優先し、体力を温存しながら相手の隙をうかがうタイプである。
ゼブラエスは攻撃寄りのバランス型。その恵まれた肉体を前面に押し出し、あらゆる状況に対応するタイプだ。
完全なる防御型はひらすら防御しつつ仲間を守ったり、特殊な能力でカウンターを仕掛けるタイプが多い。
陽禅公が防御型であり、実分身などを使ってのらりくらりと防ぎつつ、じわじわと相手を消耗させるいやらしい戦法を得意としていたものだ。
一方の攻撃型の特徴は、【ひたすら攻撃】。
ただただ攻撃に集中し、相手を圧倒し続ける。攻撃こそ最大の防御を体現したかのような存在、それが攻撃型の真骨頂だ。
パミエルキがこのタイプなので、アンシュラオンはその怖ろしさをよく知っていた。
しかもガンプドルフは剣士。
ただでさえ強力な剣気を攻撃だけに使うことによって―――
「ぬんっ!」
剣王技、『雷鳴斬』。
雷衝を剣にとどめて放つ因子レベル1の剣技で、威力は並だが相手を感電させる追加効果が厄介だ。
アンシュラオンはバックステップで回避。
避けた場所が雷撃で爆ぜ、完全に消滅する。
「はあ!」
続けて『雷隆川』。
三叉に分かれた雷気を叩きつける因子レベル3の技だ。
どんな魔獣でも雷に耐性がなければ、この一撃で麻痺するほどの強力な技である。普通の魔獣ならば即死であろう。
アンシュラオンはそれも回避。注意深く技を見てから堅実にかわしていく。
しかし、周囲に激しい雷場が発生したことで非常に動きにくい。
戦気でガードしているが、雷撃の威力が強くて足が痺れて動きが鈍るのだ。
(雷系が多いのは『感電』が目的か。もともと雷技は単体攻撃に特化しているから、それを含めた戦術だろう)
アンシュラオンがデアンカ・ギースにやったように感電させて動きを止めようとしている。
そこに必殺の一撃を叩き込むつもりだ。
 




