626話 「空中会談 その1『権威と権力』」
サナの誕生日が終わると、アンシュラオンたちは再びDBDとの軍事演習のために魔獣の狩場に赴いていた。
すでに軍隊式鍛錬法はだいたい理解したので、今回は主に模擬戦を行うためだ。
その主たる目的はサナとゼイヴァーの再戦。つまりはリベンジマッチである。
「おっさん、今回もよろしくね。今度はサナが勝つからさ」
「まだ一年も経っていないのにすごい自信だな。それだけ力を増したということか。そちらに派遣したゼイヴァーはどうだ?」
「少しは見聞を広めたと思うよ。セノアたちの魔石獣を見た時は死にそうになっていたらしいけどね」
「あの蜘蛛の魔獣か…。本当に魔獣の力を引き出せるとは怖ろしいな。だが、これで蜘蛛たちを制御しやすくなったのは間違いない。ところで卵はどうなったのだ?」
「まだ孵ってないね。雰囲気からして、そろそろだとは思うよ。今の感じなら十分管理できそうだし問題はないかな」
「それはよかった。こちらも苦労しているからな…」
ガンプドルフが遠い目をする。
魔獣ファーム計画を完全に丸投げしているので、その世話は思った以上に大変なのだろう。
事実、世話をしている兵士は心を病んでしまい、日記に「かゆうま」という謎の言葉を日々書き連ねているという。
「そうそう、おっさんの聖剣を見せてよ。あれから術の才能が開花したから見破れるようになったはずなんだ」
「それはかまわないが、君はまだ成長しているのだな」
「オレもサナと同じく成長期だからね」
改めてガンプドルフに聖剣を見せてもらい、『情報公開』を発動。
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名前 :雷宝聖剣
種類 :剣
希少度:A
評価 :A
概要 :伝説の名工十師が一人、セレテューヌス作。聖剣王国の国宝六聖剣の一振り。
効果 :攻撃A+1.5倍
必要値:魔力B、体力B、精神B
【詳細】
耐久 :B/B
魔力 :A/A
伝導率:B/B
属性 :雷
適合型:汎用
硬度 :B
備考 :
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(よし、今度は見えるぞ)
見た目は金色なので若干悪趣味にも思えるが、柄も鞘も最上級の素材で最高級の装飾と仕上げがなされている。
これだけでも侯聯シリーズの数十倍の値段は軽く付くだろう。性能面も悪くはない。十分業物だといえる。
がしかし、聖剣がこんなものであるはずがない。
(なにせ国名にもなるくらいだ。『偽装』してある可能性が高い。もっとよく【視る】んだ。細かい術式のもっと奥底まで)
現在のアンシュラオンの『情報公開』は、時間をかければ真実を暴くことができる。
相手が次々と妨害工作を仕掛けてくる状態ならばともかく、ただ黙ってそこにあるだけの物質ならば見破れるはずだ。
一つ一つ薄皮を剥がすように『擬態』を削り取っていき、慎重に目を凝らして丁寧に術式を解析していくと、ついに真の姿が見えてきた。
そしてそれは、予想を超えた恐るべきものであった。
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名前 :バンシャム・グラムシャクト〈雷妖王の気まぐれ〉
種類 :剣
希少度:SS
評価 :SS
概要 :伝説の名工十師が一人、セレテューヌス作。聖剣王国の国宝六聖剣の一振り。持ち主に『雷妖王の加護』を与える非常に強力な剣であるが、死ぬまで手放すことができなくなる呪いの剣。使うと剣人格である「雷妖王シャクティマ」が具現化し、一定期間憑依される。
効果 :攻撃SS+2.5倍、剣人格具現化、BP攻撃転換、HP二倍、雷吸収、中型障壁、自己修復、自動充填、魔力+2、雷+2、使用者強制支配
【詳細】
耐久 :SS/SS
魔力 :SS/SS
伝導率:SS/SS
属性 :雷、帯、界
適合型:精神
硬度 :SS
備考 :ガンプドルフ専用
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「嘘だろ!? やっべーーーーー!!」
思わず声に出してしまう「ヤバさ」である。
これはヤバい。本当に危ないものだ。
「おっさん、これチートだろう!?」
「どれくらいと見た?」
「どれくらいってレベルじゃないね。ヤバいくらい強い剣であることと、雷妖王がうんたらってのはわかったよ」
「なっ! そこまでわかったのか!? 通常の鑑定では到底見抜けぬはずだが…」
「優れた人間には真実を見抜く目があるのさ」
「何かの特殊能力か。少年、私に黙っている力があるだろう?」
「誰にだってそういう力はあるよね?」
「私と君の仲ではないか。信用してくれ」
「こういう時だけ都合がいいんだよなぁ。まあ、これは知られてもいいか。オレは物や人の能力が、ある程度ならわかるのさ」
「鑑定のようだが…人間の情報も得られるのならば少し違うか。どの程度見える?」
「ちょっとした基本情報くらいだけどね。偽装されていても今ならば時間をかければ見破れるようになってきたよ。だからこの剣のこともわかったんだ」
「…怖ろしい能力だ。スパイも見破れるではないか」
「実際に見つけてるよ。特に組織に属する連中ならすぐにわかる。異名もわかっちゃうしね」
「となれば、有用性は増すばかりだな。素晴らしい!! 天は二物を与えたのか!!」
「便利なものは危険でもある。扱いは難しいよ。情報だけに囚われると、それこそ真実が見えなくなるからね」
「それがわかっているのならば強力な武器になろう」
「オレが隠していることは、これくらいかな」
「しかし、信用してくれと言ったのは私だが、思った以上に優れた力だ。…なんとも気まずいな。見合う対価を出せるかどうか」
「べつにいつかは知られることだし、対策されたら打開できるくらいにならないといけない。むしろ修行のためにはそのほうがいいから教えたのさ」
「それだけの力を持ちながら傲慢にはならぬのだな。その歳でその落ち着きは見事なものだ」
「幸か不幸か、自分よりも何倍も強い人を知っているからね」
「それは以前話していた君の姉か?」
「そうだよ。あんなの見てたら価値基準が狂って頭がおかしくなる。傲慢になんてなれない。一応忠告するけど、もし興味が湧いても会いたいとか絶対思わないほうがいいよ。破滅の道を歩みたくなければね。たぶん捕まって洗脳されて『奴隷』か『傀儡』にされるのが落ちさ」
「怖いな。肝に銘じよう」
「剣に話を戻すけど、あの時にこれを使われたら激戦だったね。勝てたかどうかわからない」
「さて、どうだかな。前も言ったが、良くて相打ちだと考えていた」
「その可能性もあったかもね」
アンシュラオンにそう言わしめるほどの性能である。
まず「攻撃力SS」の段階で凶悪だし、剣気倍率が驚異の「2.5倍」だ。
仮に剣気量が同レベルのSS、「1500」とすると2.5倍で「3750」。剣自体の攻撃力を足せば5000を超える。
単純に振るって5000のダメージは相当なものだ。
さらに、ここに技の倍率が加わればどうなるか。
二倍率の技ならば「10000」。三倍率ならば「15000」。
もちろん直撃すればであるし、相手もかわすなり防御するなりするだろうから単純な数値ではない。が、これだけで馬鹿みたいなパワーである。
強化値こそ限定的だが、スキルも強力なものが勢ぞろいだ。まさに聖剣と呼ぶに相応しい最上級の剣といえた。
「さすがは聖剣だ。いい剣だね。剣士の能力は武器の質にもよるから、おっさんが強い理由がわかったよ」
「………」
「ん? どうしたのさ? 急に黙って」
「君に伝えねばならない大切な話がある。翼を借りていいか?」
「かまわないよ。空のほうが安全だからね」
アンシュラオンとガンプドルフは、マスカリオンに乗って上空に移動。
最近になって気づいたが、ここならばよほどのことがなければ盗聴は不可能だ。密談するには最適な場所である。
「話って何?」
「昨年、言い忘れたことがあってな。信用してほしいと言った手前、すべてを話すべきだと思ったのだ」
「前回の話だって大概だよ? 西方があんなにヤバいところだって知らなかったし。もしかして、あれよりヤバい話?」
「いや、そこまでではない…と思う」
「同盟関係を結んでから言うのは汚いと思うけど、まあいいよ。おっさんの苦労もわかるからね。で、内容は?」
「実は君に『結婚』してもらいたい相手がいるのだ」
「結婚? 誰と?」
「嫌だとは言わないのだな」
「そりゃ相手次第だよ。すでに妻が四人いるから結婚自体は慣れているけど、そんじょそこらの相手と結婚するつもりはないかな。そうじゃないと身内から大ひんしゅくをくらうからね」
「それもそうだな。君の妻たちは魅力的だ。だが、こちらも相当魅力的であることは保証しよう」
「もったいぶらないで教えてよ。誰なの?」
「それは、わが国の【王女】だ」
「王女? ああ、DBDは王国だったね。ならいてもいいのか。うーん、お姫様ねぇ。あまり興味がないな」
「高貴な女性に興味はないか?」
「まったくないね。オレは誰かが作った立場や身分なんて気にしない主義なんだ」
「今君は、身分は気にしないと言った。であれば王女かどうかも関係ないはずだが?」
「…うーむ、一理ある。逆にそこを気にするのならば自分自身の言葉を否定することになるもんね。一本取られたな」
「では、話を聞いてもらえるか?」
「どうせ面倒くさい話なんでしょ? とりあえず聞くから全部話してよ」
「うむ、助かる」
(あとで実はこうでした、なんて言われても困る。訊き出せる時に聞いておいたほうがいいからな)
そして案の定、ガンプドルフはさらなる厄介な現状を話し出す。
「王室は現在、深刻な状況に陥っている。【大統領】に狙われているからだ」
「んん? 大統領? DBDは共和制じゃなくて王制だよね? 王女様がいるんだしさ」
「もともとは王制だったが、聖剣を国宝としてからは共和制に変えたのだ。だが、王室は【権威】としてしっかりと残っている。だからこそ聖剣長を任命するのは王の役割なのだ」
「そうなると聖剣も権威の象徴の一つなんだね。王室の象徴ともいえる」
「そうだ。聖剣を持つ者は大統領に従う義務はない。あくまで王室に従っている」
「でも、聖剣長は軍部のトップだよね。軍事は切り離されているってこと?」
「大統領の役割は一般的な政に限られる。そこまでの権限はない。よって国の根幹は、あくまで王にある。その中で国民にも権利を与えるために共和制を導入しているのだ。国を作るのは、あくまで国民一人ひとりだからな」
(なかなかややこしいが、日本と似たような感じだな)
たとえば日本国憲法では、内閣総理大臣を任命するのは「象徴たる天皇」になっている。これは『権威』と『権力』を分けることで安定した政治を行うためである。
仮に政策が失敗しても責任は政府が負い、批判がそちらに集中するため天皇の権威が傷つくことはない。任命以上に関わらないからこそ常時保護されるわけだ。
また、選挙制度があることで主権が国民にあることを示すこともできる。
それが建前上のものであっても、自分で選んだ国会議員が政府を管理しているのだから「あんなやつを選んだ自分たちが悪かった」と反省もできる。
これがDBDの場合、最高権威である王室が聖剣長という『権威の代理人』を任命することで『権力の監視役』を担わせている。
日本の例でいえば、天皇に任命された自衛隊が内閣政府を監視するようなものだろう。
場合によっては実力行使で止めることもできるので、共和制でありながら実質的には王政ともいえる。
「我々の国のシステムは上手くいっていた。王族は基本的に政治には関与せず、軍備の維持と他国との交流に努めていればよかった。それにも聖剣が役立っている。この聖剣があることで人々は安心して仕事に邁進できた。大統領との関係も明確に役割が区切られていたこともあり、すべては良好だった。彼そのものに野心はなかったはずだが…」
「戦争でその構造に異変が生じた…か。環境が変われば人も変わるしね」
「そうだ。戦争で負けたことで売国奴どもが力を増している。その中心が大統領派閥となり、今の『服従派』となった。やつらは侵略者に媚びへつらい、言われるがままに国の資源を…いや、すべてを安値で売り飛ばしている。その中には王室も含まれているのだ」
「ルシア帝国は大統領を懐柔しているってことだね。戦後は一部の者たちに特権を与えて自国民を統治させる。植民地政策では一般的な手法といえるね。それによって国内の勢力同士で争わせるんだ」
そのままの状態だと侵略者であるルシアに憎しみが集中し、一致団結される恐れがある。
それでは統治は上手くいかない。目的はあくまで資源なのだ。それが手に入らねば意味はないし、一般国民という労働力も使いにくくなる。
がしかし、同じDBD人の中に協力者を作ればどうだろうか。
彼らに『特権階級という微々たるメリット』を与えることで、勝手に敵視を集めてくれて、なおかつ管理までしてくれるのだから安いものである。
また、特権が与えられるのは『差別されていた側』の勢力または部族であることが多く、今まで追いやられていた分だけ恨みが募っており、それを発散させることでさらに互いの確執を深めることができる。
これらの手法は地球でもよく行われるやり口だ。内戦が続いている国の大半が、こうした『人為的敵対関係』によって成長を阻まれている。
DBDの場合は、それが今まで実権を持たなかった大統領側だった、というわけだ。
「聖剣が欲しいなら、なおさら王室は邪魔だよね。軍部の頂点でもあるわけで、絶対にそのままにはできない。でも逆に、どうしてルシアは王室側を懐柔しなかったのかな。オレならばそうするけど」
「そのほうが楽だったのだろう。聖剣の加護を謳って抗戦を続けていた我々は、敗戦後は批判の的でもあったからな。国民の間で不満が溜まっていたのは事実だ。選挙で選ばれる大統領のほうが操りやすい」
「大衆は馬鹿だからすぐに騙される。頭が悪すぎて何が起きているのか理解できないのさ。それだけならばまだいいけど、守ってくれていた者たちさえ罵倒する。まったくもって愚かな連中だよ」
「…悪く言いたくはない。それだけ犠牲が大きかったのだ。彼らの家族も大勢死んだ」
「人間なんてそんなものさ。自分の生活の心配しかしない。あんな馬鹿たちを守る騎士も大変だね」
「少年は民衆が嫌いか?」
「比率の問題だよ。この世には良いやつもいれば悪いやつもいるけど、どっちも全体の二割程度にすぎない。で、本当に優れた人材が一割で、残り七割は中途半端に駄目なやつで構成されている。人が大勢集まれば、どうしたって質は下がるものさ。その意味で、その他大勢の大衆は嫌いだね。おっさんだって好きじゃないでしょ?」
「たとえそうでも見捨てるわけにはいかない。国の存在意義は人々を守ることだ。どのような者とて国民ならば守らねばならない」
「おっさんの国は人々に自由がある良い国なんだね。だから共和制というシステムをあえて導入した。でも、それは弱点にもなる。人々を手足として扱う専制国家のルシア帝国には通じない道理だ」
「ルシアのほうが正しいというのか?」
「規模と軍事力の話さ。どっちにも長短はあるけど、今回は手段を選ばない相手のほうが強かったにすぎない。ただ、個人的には独裁国家のほうが上手く回ると思うよ。トップが優れているならね。実際、彼らのやり口は巧妙だ。このままだと呑み込まれるよ」
アンシュラオンが求める世界も独裁者による統治が前提である。
そうでなければスレイブなど求めないだろう。思想的にはルシア帝国に近いのだ。




