625話 「サナの誕生日と〇〇〇〇の復帰」
ハピ・クジュネにも春の風が吹き始めた頃。
サナの十一歳、二回目の誕生日が近づいてきた。
「もうすぐサナも十一歳か。一年なんて早いもんだな」
「…こくり」
「何か欲しいものはあるか?」
「…じー。つんつん」
サナが洋菓子店のパンフレットを指さす。
ここは最近出来た高級菓子店で、本店は自由貿易郡にある有名店の支店らしい。
もともとハピ・クジュネはライザック経由で自由貿易郡とは縁があったが、ここ数ヶ月で一気に自由貿易郡関連の店が増えている。
これもアンシュラオンがゴゴート商会と深い繋がりを持った結果である。政治的な繋がりだけではなく、より文化的な交流が盛んになったのだ。
「やっぱり女の子はお菓子が好きなんだなぁ。誕生日だし、いくらでも食べていいぞ。好きなものを注文するといい」
「…こくり! ぐっ!」
当日は昨年通り、大勢の人を招いて盛大なパーティーが行われ、スザクやベルロアナといったいつものメンバーが祝福してくれる。
サナも事前に注文していた大量のお菓子やケーキに包まれて幸せそうだ。
当然ながら食べきれないので、黒の十六番隊といった子供たちもご相伴にあずかり、小さき者たちの微笑ましい交流も見受けられた。
このあたりは昨年と大差ないので割愛するが、唯一変わった点があるとすれば、全員の年齢が一つ上がったのでホロロが「三十歳」になったことだろうか。
出会った直後は『三十路前の女性特有の病気』で発狂したこともあったが、今では妻兼メイド長という盤石の地位を確立したことで特段の変化はなかった。
昨年は散々屁理屈をこねていた女性陣も、さすがに一年の月日は認めねばならず、こちらも大きな騒動もなく終わる。
「はー、ようやく十七歳になれたよー」
アイラも念願の十七歳になれたようで何よりであるが、それをホロロたちの前で言うあたりが相変わらず抜けている。
そのせいで久方ぶりの精神注入棒のフルスイングを尻にくらい、庭の隅で悶えていたのは笑い話であろうか。
こうしてつつがなく誕生日パーティーは進み、昼過ぎになった頃。
サナの誕生日に合わせて復帰した人物が白詩宮の森にいた。
常人の倍以上はある弾けんばかりの大胸筋に、ダルマのような髭と顔。
その巨躯も相まり、ただ立っているだけで他者を威圧してしまう風貌だが、それとは対照的な穏やかな精神に惹かれて小鳥たちが周囲に集まっている。
鳥たちが美しい合唱を奏でる中、彼は自慢のマッスルポーズを披露。
「兄さん、今日もキレてますよ!」
「…ん!」
弟のスザクの掛け声とともに筋肉がビックンビックンと収縮するさまは、以前見たままのハイザク・クジュネその人である。
彼はまだ公に海軍に復帰していないので、混乱を避けるためにパーティー会場には出ず、白詩宮の森でアンシュラオンたちと再会していた。
ハイザクの復活を一番喜んでいるのは、まさに弟のスザクであろう。その笑顔も太陽のごとく輝いている。
「スザクは久々に会うんだっけ。オレは定期的に会っていたから珍しくもないけど、無事に復帰できるのは喜ばしいね」
「アンシュラオンさん、兄が大変お世話になりました。おかげさまで身体も治ったようで安心です」
「百億ももらったからね。アフターサービスくらいはやるよ」
ハイザクは翠清山の戦いのあとに療養生活に入った。
精神的な面もそうだがクルルザンバードに憑翼された肉体も心配で、少しずつ様子を見ながら調整していたのだ。
とはいえ、憑翼されてから短期間で解放されたことと、アンシュラオンの神気で浄化されたおかげか致命的な後遺症は特になく、狂った感覚を取り戻すことに時間を費やしていた。
しかしながら悪いことばかりではない。
「ハイザク、【覇気】を出してみてよ」
「…んんんんん!」
ハイザクが戦気を燃やす。
それが闘気となり、さらに燃焼して、燃えて燃えて燃えて、そのさらに上まで燃え上がろうと必死に力を練り出す。
それが最高潮まで達した時、黄金の光がわずかに混じり出した。
「いいね。もっといけるかな?」
「…んんんん!」
「まだまだ。もっともっと! 上げて上げて!」
「んんんん!―――んっ!!」
戦士因子が急速に回転を始め、非常にゆっくりとではあるが黄金の色合いが増していき、半々といった具合にまでなったところで止まる。
それ以上はどうやっても進まないので、ここが限界点だと思われる。
「…ふぅふぅっ!」
まったく動いていないにもかかわらず、ハイザクは大量の汗を掻いていた。
それもそのはずで、覇気は最低でも戦気の二十倍以上の消費量を必要とする気質だ。
ハイザクは生体磁気が多いほうだが、練気はそこまで得意ではないうえ、未熟な戦気術で覇気を扱おうとするとロスも大きくなる。
たとえば、風船を膨らませるときに口の横から空気が漏れていれば、入れても入れてもなかなか大きくはならないだろう。
それと同じく覇気を展開するだけでも消費が倍増し、維持するともなれば凄まじい勢いでBPが減っていくことになる。
が、それでも覇気は覇気だ。
今、ハイザクは紛れもなく覇気を部分的に展開している。それ自体が極めて重要な事実といえた。
「よし、その状態でオレと一度殴り合ってみよう。我慢して維持するんだぞ」
「…ん!」
アンシュラオンも戦気を放出。
高出力モードで最大級の戦気を拳に集めてから、ハイザクも拳を繰り出して両者の拳が激突!
するとアンシュラオンの拳が戦気ごとぐしゃっと砕け、腕もボキンと折れる。
そうなることは想定していたため、事前に袖をまくっていたので服が破れることはなく、周囲に展開させた水泥壁によって余波も完全に吸収される。
もちろん腕はすぐに命気で修復。あっという間に戻るが、その光景を目の前で見ていたスザクは驚きを隠せないでいた。
「す、すごい! アンシュラオンさんの拳を砕いた! どうなっているのですか!?」
「見た通り、ハイザクは覇気を使って殴ったのさ。いくら不完全とはいえ、さすがに覇気を使われるとオレも普通の戦気じゃ対応は難しいね」
「あの伝説の覇気を兄さんが!? 覇王以外にも使えるものなのですか!?」
「名前が似ているからって、べつに覇王専用ってわけじゃない。戦士因子が10あれば訓練次第で誰でも使えるよ」
「では、兄さんの因子は10に上がったのですか?」
「結論を言えばそうだね。これには少し特殊な事情があるんだけど、結果的には因子が覚醒して10で固定されたみたいなんだ。ただ、限界を強制的に上げたから反動はある。戦気のロスが多いのもその影響さ」
「強制的にということは、クルルザンバードの力ですか?」
「死なないと剝がせない制約があったみたいだからね。それを強引に引き剥がした結果、中にあいつの半物質体が何割か残ったんだ。そのおかげで因子が上がったままになっているけど、今言ったように燃費が悪くなるデメリットもある。こればかりは受け取り方の問題かな」
ハイザクはクルルザンバードに憑依されていた時、『オーバークロック〈強制制限解除〉』によって因子が限界を超えて上昇していた。
ただし、普通ならば因子が壊れてもおかしくはない状況である。
大部分の負荷をクルルザンバードが肩代わりしていたことと、ハイザクを長く使おうと丁寧に扱っていたこともあり、そこまで酷くない状態だったのが幸いしたようだ。
また、ホロロがクルルザンバードの力を使えるのも幸運で、羽根を植え込んで因子を制御することでリハビリを続け、ようやく力を維持することが可能になったわけだ。
「命が助かっただけでも十分ですよ。これでハピ・クジュネも安泰です! そうですよね、兄さん!」
「…ん」
スザクの言葉に軽く頷くハイザク。
だが、これは全面的な肯定ではなく、その表情には若干のかげりがあった。
「不安があるのですか? たしかに第二海軍はまだ再編成の目処が立っていませんが…兄さんが復帰すれば必ずや士気も上がります!」
「オレもハイザクの復帰は価値があると思うよ。先日の一件でハピ・クジュネが必ずしも安全じゃないってわかっただろうからね。第二海軍は必要な戦力だ」
第二海軍が意図的に狙われたとはいえ、ほぼ壊滅したのはまだ記憶に新しい大惨事だ。市民の中にも納得していない者がいる。
が、少し前にカーリスの戦艦がやってきたことで、新たな危機感を抱いたのも事実である。
ライザックはそれを口実にハイザクの将軍復帰を発表するそうだ。
副将のギンロも現役続行を決断してくれたし、ナカトミ三兄弟の生き残りであるカンロも軍人を続けるという。
それを知れば若い者たちの刺激となり、かつてのように筋肉を求める者が大勢集うに違いない。
まだ時間はかかるだろうが、第二海軍は着々と復活の歩みを進めていた。
「オレも常時ハピ・クジュネにいるとは限らないから、ハイザクが都市を守ってくれると助かるよ。まあ、なんとかなるさ。そのためにも力を使いこなせるようにならないとね」
「…ん」
アンシュラオンとハイザクは、がっちりと握手。
一時的とはいえ覇気を扱える武人がいるのは圧倒的なアドバンテージになる。その気になれば素手で戦艦を破壊することも可能だろう。
大切なことは、そういった強力な武人が都市にいる、という情報そのものだ。それが威圧になって他勢力の直接的な干渉も減るはずである。(バティストのような馬鹿は例外だが)
それと、今回のケースはアンシュラオンにとっても貴重な実験データになった。
(『オーバークロック〈強制制限解除〉』は危険な力だ。大半の場合は自壊してしまうだろう。だが、条件次第では上昇した因子を定着させられることもわかった。リスクは伴うが、意図的に強化人間を作ることも可能になったわけだ)
女性で試すのは危険だが、たとえば死んでもかまわない男に試すといった使い道もある。
大切なことは可能性だ。その道が開けたことは大いに価値があった。




