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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「誑魁跋扈の予定調和」編
621/626

621話 「カーリスホイホイ その1『誘いと疑念』」


 その日からハピ・クジュネには、布教を目的としたカーリス教の司祭団だけではなく、一般の信者もよく訪れるようになった。


 彼らはまず、この地に橋頭保を築いてくれたブランに対して挨拶に赴く。



「ブラン司祭長がおられてよかった。やはり慣れない地では同胞の存在はありがたいものですからな」



 ブランと同じく司祭長である壮年の男が頭を下げる。


 彼もまた一つの布教隊を率いており、編成はイノールやブランと同じであった。


 その彼を満面の笑みで労うブラン。



「いえいえ、私も使命を果たすためにやってきたまでのこと。少しでもお役に立てれば幸いです。それと、本日は皆様方のためにアンシュラオン様が宴を開いてくださるようです。ぜひとも全員でご出席ください」


「それはありがたい。長旅で疲れておりますからな。次の地に旅立つまで羽を休めさせていただきます」



 利権が競合してしまうため、すでに司祭長がいる場所に他の司祭長は居着けない。


 ゆえに新たにやってきた彼自身は、ハピ・クジュネではなく他の地に赴かねばならない決まりになっていた。


 ただし、今まで北部にカーリス教が本格的にやってきたことはなく、情報もあまりない未開の土地である。


 そんな状況の中で北部の入り口であるハピ・クジュネにいるブランが、「ここは布教に良い場所だ。ぜひ私が居着いた地を足がかりにしてください」と他の司祭長に宣伝すれば、まだ実績を持たない者たちは喜んで飛びつく。


 甘い汁を吸うためにも、布教隊は基本的に本国の目が届きにくい場所を好むからだ。



「ここは広い都市です。馬車もご用意いたしましょう」


「何から何まで申し訳ない。感謝いたします」


「その代わりと申しますか、アンシュラオン様は大恩ある御方ですから手持ちの中から最上級の貢物をお願いいたします。できればジュエルがよろしいかと」


「もちろん存じております。そのあたりは抜かりなく。ところで『この教会』はいつ頃完成する予定なのですか?」


「そうですね。あと半年といったところでしょうか」


「これだけ大きな教会の建設を許可してくださるとは、アンシュラオンという御方はさぞやカーリスに理解がおありなのでしょうな」


「ええ、我々にとって最大の理解者といえましょう。彼に会えたことこそが女神様からの祝福であり、聖女様の導きではないでしょうか」


「ははは、あなたが羨ましいですよ。私もあやかりたいものです」



 一応ブランが活動している体を装い、教会を半分だけ建ててダミーにしているので、それを見た教徒は上手く事が運んでいると錯覚する。


 しかし、当然ながら現実は違う。


 この晩、白詩宮に五十人あまりの司祭長と司祭がやってきたが、宴の途中で彼らはまた意識を失った。


 仮に用心のために飲食をしない者がいても、そういった人物は単純に物理的な手法で気絶させればよいだけだ。


 結局は、全員が地面に倒れることになる。



「よし、裸にして鉄箱に放り込め」


「了解です、オヤジ」



 アンシュラオンの命令で裏スレイブが司祭たちを担いでいく。


 前と同じく身ぐるみを剥いで術を封じてから、ヒポタングルに銀鈴峰まで輸送させて錦熊たちの餌にする予定だ。


 女性も同じく劣等ラブスレイブになるか餌になるかの二択を選ばせる。


 ちなみにクレールは高級ラブスレイブとして絶賛活躍中で、その日にもっともよく働いた者に与えられる『褒美』にされているため、労働者たちもやる気が増しているという。


 炸加は報われない恋路のために我慢しているらしいが、若い頃の性欲は我慢できないものだ。陥落するのも時間の問題であろう。


 また、ラブスレイブにした際に出自に関しては口止めしていることもあり、労働者は何も知らずに彼女の柔肌を堪能している。



「アンシュラオン様、次はどういたしましょう? 明後日にはまた三百人くらい来るみたいですよ。今度は普通の信者たちみたいです」



 小百合がスケジュール帳を見ながら今後の予定を確認する。


 布教隊も無限にいるわけではない。もともと司祭たちの数はそう多くはなく、大半の来訪者は一般の信者たちとなる。



「いい感じで集まっているね。宣伝させた甲斐がある」


「この人数だと食事代も馬鹿になりません。どうせ餌になるのですから上等な食事はいらないかもしれませんね」


「それもそうだね。ミャンメイの魔石の練習にちょうどよかったけど、今ではすっかり使いこなしているもんね。じゃあ、そっちは小百合さんに任せてもいいかな? ゴンタたちが食べきれない分は保存食にしておいて」


「はい! お任せください! 栄養を考えてカルシウムパウダーもかけておきますね!」



 小百合の『夢の巣穴』は能力の向上に伴って日々拡張されており、今では東京ドーム五個分ほどの広さになっていた。


 この能力の最大の長所は生物でも過ごせる点であり、その気になれば内部に家を建てて暮らすこともできる。複数に分割も可能なので目的に応じて広さを調整できる点も実に便利だ。


 さらには地面に設置するだけで落とし穴になり、人を拉致する際にも非常に役立つ。


 たとえば誘導する部屋の床に仕込んでおけば、案内された者たちは次々と自ら落ちていくことになるだろう。


 役に立たない一般人などは接待する価値もないため、巣穴にぶち込んで保存しておき、ゴンタが餌を欲しがったら空間を繋げて入れ食い状態にすればいい。


 ゴンタだけではなく他の魔獣も飼っているので、信者は彼らにとってちょうどいい餌になるわけだ。(空間はいつでも消滅させることが可能。ゴミや汚れもどこかに消えてしまうので掃除の手間もいらない)


 全員の処理が終わると、ブランが疲れきったようにテーブルにもたれかかる。



「はぁはぁ…はぁはぁ」


「どうしたブラン、息が荒いな」


「い、いえ、バレないように気を遣っておりましたので…申し訳ありません」


「バレたところで問題はない。できれば人的資源として利用したいだけで、来なくなったらそれはそれでかまわないぞ」


「で、ですが、カーリスには武闘派がおります。そこには強力な武人もおりまして…」


「神官騎士のことか。それと『アモンズ〈懲断する者〉』だったか? お前の上司がアモンズのメンバーらしいな」


「はい。先日も進捗を訊ねる連絡が来ておりまして…いつまで騙せるか。視察に来られたらと思うと夜も眠れず…」


「ならばちょうどいい。そいつらをここに呼べ」


「っ…!? そ、それはどういう…!」


「お前にオレの怖ろしさを教えてやろうと思ってな。その上司が気になっていては仕事もはかどらないだろう? さっさと処分してしまえばいい」


「で、ですが! 大勢の神官騎士も来ますし…!」


「それがどうした。ここはオレの本拠地だ。何の問題もない。手土産ができたからとでも言って誘い出せ。あとはこっちでやる。わかったな?」


「…は、はい」



 ブランはギアスをかけられているので命令には逆らえない。


 しかし、同時にアモンズの怖ろしさも知っていた。



(どちらが勝とうが俺にとっては地獄か。何も変わらぬのならば流れに身を任せるのもよいかもしれぬな…。生き残るためには、もはや歩み続けるしかないのだ)



 アンシュラオンが勝てば、今まで通り自分の身だけは助かり、上司のバティストが勝てば、相変わらず搾取される日々が続く。


 こうしてみると司祭長など使い捨ての道具にすぎない。それがわかっていながらも小さな利益のために身を粉にして働くのだから、なんとも哀れな生き物である。


 三週間後。


 ハピ・クジュネの港に、とある一団が舞い降りた。


 赤い装束に身を包んだ二十名の集団で、全員が重武装であることから戦闘を生業にしていることがわかる。


 彼らは海兵の審査を終えると武器を携帯したまま歩き出す。


 ユアネスでは武器を一時的に没収したが、ハピ・クジュネは遥かに大きな都市なので、これくらいの武器ならばわざわざ奪う必要もない。


 その代わりに海兵が見張るかと思いきや、彼らは遠くから眺めているだけで特段監視されている気配はなかった。


 そのことに違和感を覚えつつも進むと、ニコニコと柔和な笑みを浮かべたブランが出迎える。



「お待ちしておりました。この地に根を下ろしましたポール・ブラン司祭長でございます」


「マーフィー・ケリー司祭長だ。アモンズの下級異端審問官をやっている」



 一団の中から、やや若い男が出てきた。


 鋭く大きな目と太い眉毛が特徴的な二十代後半の男で、中肉中背ながら背丈よりも大きな大剣を背負っている。


 年齢に反して、その表情からは強い威圧感が滲み出ており、歴戦の武人であることがうかがえた。


 下級異端審問官と名乗ったように、彼もガジガやジャコブと同じ階級なので最低でも同レベル帯の武人と思っていいだろう。


 ブランはその名を聞いて一瞬だけ驚きの表情を浮かべたあと、すぐに笑顔に戻る。



「なんと、あのケリー司祭長でしたか。このたびはこのような辺鄙な地にご足労いただき、誠にありがとうございます。あなた様ほどの御方に来ていただけるとは光栄の極みでございます」


「世辞はいらぬ。私など道具にすぎぬ」


「ご謙遜を。『断炎のケリー』様といえば、その御高名は我ら下々の間でも噂になっているほどでございます」


「たかが下級の異端審問官に異名など大げさなことだ。周りが勝手に言っているだけであろう。こちらとしては迷惑だ」


「それだけ優秀な審問官かつ、稀有な武人であるということです。その御力がカーリス様の御心に適っている証左でありましょう」



 彼が『断炎のケリー』と呼ばれているのは、火刑でも死ねなかった者を介錯したり、あるいは火刑を突っぱねて抵抗した者を大剣で切り裂いてきたからだ。


 ガジガとジャコブには通り名的な異名がなかったことを思えば、単純な戦闘力では彼らより上と想像できる。


 が、普通ならばこういう場合は、もっとも階級が高い者が出てくるはずだ。それが司祭長どまりとは予想外だった。


 ブランも視線をさまよわせて『目的の人物』を捜すが見当たらない。



「ところで、バティスト司教はご一緒ではないのですか?」


「司教はあとからやってこられる。その前に私が安全確保のために派遣されたのだ。何か問題でもあるのか?」


「い、いえ、問題などは。ぜひとも歓迎いたします」



 以前ユアネスにやってきたベルナルド隊と同じ構成に見えるが、そもそも先遣隊に司教ほどの大物が交っていることのほうがありえない。


 バティストという司教が先に配下の者を送り込むのは、ごくごく自然な対応といえる。



(やはり簡単にはいかぬか。これは気づかれたか?)



 ブランは若干動揺したが、ここでボロを出すわけにはいかない。


 いつもの営業スマイルを浮かべてケリーを案内しようとする。



「では、こちらへ。歓迎の準備ができております」


「待て、司祭長」


「何でしょう?」


「なぜ司教が私を派遣したのか理解しているか?」


「司教がご滞在なさるに相応しいかを検分なさるためでは?」


「その通りだ。だからこそ貴殿に問わねばならない。ここにはすでに四十を超える布教隊がやってきているはずだ。つまりは司祭だけで最低でも二百人以上となる。それに続き、一般の信者ともなれば最低でも数千人は訪れているはずだ」


「それが何か?」


「そのカーリス教徒たちはどこに行った?」


「そうおっしゃられても困りますが…各々の判断で日々生活しているとしか言えません。特に一般信者の場合は生活の自由もございますので、いちいち把握はしておりませんが」


「貴殿が司祭長ならば少しくらいは知っているはずだ」


「他の司祭長に関しては、ここにはすでに私が教会を築いておりますゆえに、新たな教会を建てるために北の地に旅立ちました」


「その者たちから連絡がないようだが?」


「その後のことはなんとも。慣れぬ地ゆえに苦戦しているのではないでしょうか。ここは本国よりも遥かに魔獣が多い地。そんな危険に対しても身を犠牲にして布教に励む姿は、まさに信徒の鑑でございますな。彼らの信仰心の強さには敬服するばかりです」


「急に雄弁になったな、ブラン司祭長」



 ケリーの態度からは明らかな警戒心と疑念が見て取れる。


 彼らも馬鹿ではない。事前にある程度の下調べをしてから来たのだろう。


 すでにブランは被疑者の一人になっていると思われる。



(だからカーリスをなめすぎだと言ったのに! くそっ! これは確実にバレているぞ!)



 アンシュラオンは、すでに三千人以上のカーリス教徒を贄にしている。


 さすがにこれだけの数がいきなり消息不明になれば、いくら荒野とはいえ、家族や友人から問い合わせが来ていても不思議ではない。


 杜撰な東大陸ならば隠すこともできたが、ロイゼンは西側の価値観と倫理観を有しているので追究の手を緩めることはないだろう。


 だが、それを認めたら終わりだ。こういうときは居直るに限る。



「どうやら何か誤解をなさっているご様子。なぜ私をお疑いなのでしょうか? アモンズのケリー様のほうがお立場は上なれど、私も司祭長を預かる身。同じくカーリス様に信仰を捧げる者でございますぞ。不躾に罪人扱いとはあまりに無礼ではないでしょうか」


「では、信者が行方不明になっている件に関しては何も知らぬと?」


「私のところには何も連絡が入っておりませぬので」


「いいだろう。そこまで言うのならば試させてもらう」



 ケリーが小型の天秤を取り出す。


 これは『真偽と審議の天秤』と呼ばれる術具で、当人の言葉に偽りがないかを確かめるものである。


 しかし、ブランはそれを見ても動じない。司祭長であるがゆえにカーリスのやり口をよく知っているからだ。



「その術具には欠陥があります。わかるのはあくまで相手の心理状態だけであり、真偽を見分けるといってもたかが知れております。所詮は粗悪なコピー品にすぎません」



 もし本当にすべての真偽を見抜けるのならば、もっと広く普及しているはずだ。


 この術具で実際に見抜けるのは、心拍数の変化に伴う心理状態の変化程度のもので、いわゆるポリグラフをもちいた嘘発見器に近い代物である。正直、実用性に乏しいものだ。


 ただし、何も知らない者に対して使えば、それなりの緊張感と緊迫感を与えることができるだろう。密室での取り調べ等々、カーリスによる違法調査によく使われている術具だ。


 ちなみにベルナルドがファビオに使った術具は、このさらに上の『言霊共有の泥人形』と呼ばれるもので、相手の言霊を一時的に泥人形にコピーすることで真偽を推し量ることができた。


 これも神託を受けたことで貸し出された希少な術具なので、ケリーはもちろん、バティストとて簡単に持ち出すことはできない。


 しかしながら、ケリーも簡単には納得しない。



「たしかに貴殿の言う通りだ。しかし、術具による調査を拒絶すること自体が、やましいことがあると自供しているのと同じではないか?」


「拒絶などはいたしません。どうぞお試しください。ですが、このような場所では寒さによる体調変化で結果に違いが出るおそれがあります。落ち着ける場所で試したほうが、長旅で疲れた神官騎士の皆様もお喜びになるのでは?」


「口だけは達者だな。俗的なことよ」


「布教を嗜む我々は世俗に通じていなければ使命を果たせません。アモンズの活動も下々の献身的な『聖納せいのう』によって成立していることも事実ではありませんかな?」


「なるほど、道理だな。だが、提案は断る。ここで真偽を問いただす。それ以外で貴殿の無実を証明することはできぬと心得よ」


「困りましたな」



(若造が調子に乗りおって。だが、この場所はまずい。船に逃げられてしまう)



 少しでも不審な点があれば、ケリーはすぐさま船に乗って司教に報告に向かうだろう。そのことからも司教自身が近くまで来ていることが容易に想像できる。


 バティストが出てきたら、どうやってもブランには勝ち目がない。緊張と焦りで汗が滲む。


 だが、その時。



「司祭長様ー! もうっ、遅いじゃないですかー! ずっと待っているんですよー!」



 こちらに向かって若い女性が走ってきた。


 踊り子の装束を着た艶やかな女性で、その美貌と色気に神官騎士たちも一瞬だけ動揺してしまったほどだ。


 その女性、ユキネはブランの隣に立つと、おもむろに彼の腕に抱きついた。



「司祭長様が楽しみにしていたエッチな踊りの準備もできてますよー。ほらほら、早く行きましょうよー。みんなも待ってますよー」


「そ、それはすまなかったな。少し立て込んでおってな…」


「えーと、その人たちが司祭長様が言っていた偉い人たちなんですかー?」


「う、うむ。そうだぞ。失礼がないようにな…」



 ユキネがべたべたと引っ付くので、ブランもたじたじだ。


 よくよく観察すれば、ブランが流す汗が普通のものではないことがわかるのだが、女性が明らかに性的な服装だったことと、軽薄な言葉遣いだったこともあって周囲からは不徳の結果にしか見えなかったようだ。


 ケリーも首を振りながら頭を押さえる。



「司祭長、貴殿が俗的なことは承知したが、さすがにそれはカーリスの御名を穢す行いでは?」


「これはその…たまたま彼女がそういう性格なだけで…けっしてやましいことは…」


「ほらー、皆さんも早く来てくださいよー! 宴の準備はバッチリですよ! うふふ、たっぷりサービスしちゃいますからね!」


「か、彼女もこう言っておりますし、どうでしょう? 酒の席でも話し合いはできると思いますが…」


「…ふん、この程度の者にカーリスを裏切る度胸などあるわけもないか。どうやら杞憂だったようだな。だが、まだ完全に無実を証明したわけではない。ひとまず都市の様子を視察させてもらうぞ」


「もちろんでございます。では、どうぞこちらへ」



 ユキネの振る舞いのおかげでブランへの疑いは薄れたようだ。


 いまだ警戒は解いていないが、ブランに先導される形で神官騎士たちは都市の中に入っていく。


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