620話 「カーリス教の末路 その2『せいど…森ガールのすゝめ』」
(さすがの食欲だな。オレが賭けたやつも死んじゃったよ)
その様子をマスカリオンに乗ったアンシュラオンが空から観察していた。
自分の視力ならば吹雪の中でも状況が手に取るようにわかるので、その食いっぷりの良さがよく見えるのだ。
そして、アンシュラオンが賭けた人物もあっという間に食われてしまった。この環境下では若さすらあまり関係がないらしい。
(雪山はこれでよし。たかだか八十人程度じゃ食い足りないだろうけど、少しは足しになるかな。さて、次は森か)
アンシュラオンが視線を山脈から森林部に移す。
その森では両手足を鎖で拘束された女のカーリス司祭たちが、列をなして歩かされていた。
彼女たちも術が封じられており、数珠繋ぎにされているので逃げることもできない。
「おら、さっさと歩け」
「痛い! け、蹴らないでください!」
「うっせぇな。てめぇらにそんなことを言う権利なんざねえんだよ。おらおら、ちんたら歩いていると犯すぞ! このクソ女どもが!」
「や、やめて! 乱暴しないで!」
彼女たちの前後には裏スレイブたちがいて、動きが鈍い者たちを威圧している。
その列の中には、アンシュラオンに気に入られていたはずのクレールもいた。
「お、お願いします! これは何かの間違いです! アンシュラオン様にどうかご確認ください!」
「ああ? オヤジに?」
「はい! 我々の話を聞いていただければ誤解だとわかってくださるはずです! どうかどうか! アンシュラオン様がこのようなことを認めるはずがありません!」
「ふふ…がはははは! てめぇ、頭沸いてんじゃねえのか?」
「わ、私は…まともです!」
「カーリスなんぞをやっている連中にまともなやつがいるわけがねえ。それにな、これはオヤジからの命令なんだよ。ちゃんとお前も連行しろって言われているぜ」
「そ、そんな…なぜアンシュラオン様が…! カーリスの教えに賛同していただいたのに!」
「そうそう、こんなことも言っていたぜ。『これから酷いことをするけど懺悔するから赦してね』ってさ。ぎゃははは! さすがはオヤジだ! 面白いことを言うぜ!」
「…う…そ……」
「わかったなら、とっとと歩けや! おら!」
「きゃっ!」
アンシュラオンはカーリスを頭ごなしに否定したわけではない。
聖女カーリスの言葉がそれなりに入っている以上、聖典の中にもまともな話はあるだろう。それを悪いとは言っていない。
がしかし、そもそも宗教自体を認めていない。
なぜならば彼が求める理想世界においては、アンシュラオンを神としてサナを女帝とする『アンシュラオン教』以外のものは存在できないからだ。
そこにカーリスなどという汚物がやってくれば排除するのは当然であろう。
申し訳ないが、あの男はファビオのように甘くはない。相手の意見など最初から聞いていないし、聞く気もない。それを理解できなかった彼らが悪いのだ。
クレールたち女性司祭二十人は、なすすべなく麓の森の奥に連れていかれる。
そして、そこで最大の選択を迫られる。
「服を脱げ」
「っ…」
「心配するな。ここでは何もしねぇよ。ここではな。逆らえば問答無用で殺すけどな」
「わ、わかりました…。だから殺さないで…」
女性たちがローブを脱いで裸になる。
ただでさえ冬なので猛烈に寒いが、乳房と局部を必死に両手で隠すだけの余裕はあるようだ。
だが、次の言葉で表情が凍りつく。
「てめぇらには二つの選択肢がある。一つは性奴隷の劣等ラブスレイブとして生きる道だ。ギアスをかけるから逃げることはできねえぜ」
「そ、そんな! ほかのことなら何でもしますから!」
「駄目だな。オヤジからはそう言われている。例外はねえ」
「うっ…うう……」
「ぎゃははは! なにを泣いてやがる。カーリスの連中がいつもやっていることだろうがよ。それが自分に返ってきただけだぜ」
「わ、我々はそのようなことはけっして…!」
「あぁん? 身に覚えがないってか? これだから頭がおかしい連中はよ。まだ俺たち裏スレイブのほうが正直だよなぁ。で、二つ目なんだが、ここから自力で都市まで戻ってきたら解放してやるってよ」
「…へ? 解放…? 何もされずに?」
「そうだ。荷物も返して国に戻してやる。どうだ、いい話だろう? もちろん縛ったりはしない。服無しの裸のままだが、それでいいなら走って逃げればいい。さあ、どっちがいい?」
「………」
劣等ラブスレイブになって死ぬまで男たちに奉仕し続けるか、それとも逃げてみるか。
明らかに釣り合わない選択肢に困惑しつつも、やはり女性ということで後者を選ぶ者が出てくるのは自然なことである。
「わ、私は…に、逃げてみます!」
「わ、私も…」
「ま、待って! どう考えても危険です! これは罠です!」
「だったら、あなただけ残ればいいじゃない! いつも司祭長に媚びを売っているんだから性奴隷がお似合いよ!」
「な、なんてことを! 私はただ、あなたたちのことを思って…」
「ふん、あなたが裏で何をしているかなんて、私たちは全部知っているんだから。ほんと気持ち悪いやつ」
「っ…」
クレールが他の者を戒めるが、精神状態が普通ではないのでまったく聞いてくれない。
とはいえ、こういうときほど本音が出るものだ。今の言葉が彼女たちの本心なのだろう。
事実、クレールの役割はキャサリンと同じであり、これまでやってきたことを思い出せば潔白とは言いきれない。
ゆえに司祭の大半は、クレールを無視して二つ目の選択肢を選ぶ。
「お願いします! 逃げます! やらせてください!」
「そうかそうか。だが、順番だぜ。一人一人逃がすからよ」
「わ、わかりました」
「じゃあ、まずはお前だ。せいぜいがんばりな」
裏スレイブは逃亡希望者の一人を解放。森に放つ。
続いて数分後、また一人を放ち、また数分後に一人放つ。
どうしてこんなことをするのかわからないが、明らかに何かがおかしい。
それに、すでに十人ほど森に消えたが何の音沙汰もない。都市に向かって逃げたので当然なのだが、クレールは妙な違和感を抱いていた。
そして、十一人目が放たれた時のことだった。
「きゃーーーー! や、やめて! ぎゃはぁあああ!」
「ひっ!? 何の声!?」
すぐ近くで今しがた解放された女の悲鳴が上がる。
それを聞いた裏スレイブは、ニタニタと笑いながら頭を掻く。
「あー、しょうがねえな。我慢できずに来ちゃったか」
「き、来たって…な、なに…が」
「ほら、あそこだよ」
裏スレイブが指をさした方向の茂みが揺れると、そこからゆらりと何かが出てきた。
それは真っ黒な身体に赤い角が生えた巨大な熊。
その口には女性の頭部が咥えられており、生気を失って淀んだ瞳がこちらを見つめていた。間違いなく、さきほど解放された女性の首だ。
それを巨大熊が―――ガブシュッ!
噛んだ直後にブシュっと脳漿がぶちまけられ、潰れた頭部をボリボリと噛み砕いて飲み込んだ。
それを見た瞬間、女性たちが絶叫!
「きゃあああああああああ!」
「いやああああ! いやああああ! こんなの嫌ぁああ!」
「な、なんなの…あれは…」
クレールたちが恐慌状態に陥る中、裏スレイブが熊に頭を下げる。
「ちっす、ゴンタ先輩! お疲れ様です。次のを出しますんで、もうちっと待っててください!」
「ガフガフッ…ガオッ!」
その全長八メートルはありそうな熊は、サナのペットであるゴンタだ。(また大きくなった)
今はベ・ヴェル隊に組み込まれて動くことも多いが、普段はペットとして悠々自適な生活をしている。
ただ、そのせいで野性を忘れそうになるので、こうして定期的に狩りをさせているわけだ。
その後ろからは三頭の雌熊が顔を覗かせる。あの時に保護したオチャチャ、オハツ、オゴウである。
彼女たちもすくすくと成長を続けており、すでに五メートルを軽く超える大きさになっていた。
三頭はそれぞれ女性の身体の一部を咥えており、オチャチャが腸、オハツが太もも、オゴウが胸部をかじっている。
どうやらゴンタは雌の餌を優先しているようで、柔らかくて栄養がありそうな場所は彼女たちに渡しているらしい。
熊たちの口元は赤黒く染まっており、すでに十人近い食料を胃に収めたことがうかがえる。
だが、まだまだ成長期だ。もっと欲しいと催促に来たのである。
ちなみにサナのペットなので立場は裏スレイブより上となる。
「助けて! 助けてください!! こんなの酷すぎます!」
「じゃあ、ラブスレイブになるのか?」
「なります! なりますから助けて! あんな死に方は嫌ぁあああ!」
「よし、お前は助けてやろう。じゃあ、次のやつを解放して…」
「わ、私もなります! ならせてください!」
「マジかよ。それだとゴンタ先輩の餌が足りなくなるぜ」
「わ、私も! 魔獣の餌になんてなりたく―――ひぎゃっ!」
「おっと、ゴンタ先輩フライング!」
待ちきれなくなったゴンタが女性たちに襲いかかる!
大きな爪を振り下ろせば人間の女など一瞬でバラバラだ。腹を空かせた魔獣の前で、ぐずぐずしていたらこうなるのは仕方がない。
「あぁああ……あぁああ……」
それに恐怖した女性たちが失禁。
この様子ではまともな思考力は残っていないだろうが、かろうじて理性を保っていたクレールが懇願する。
「わかりました! 性奴隷になりますから! 他のみんなも助けてください! お願いします!」
「って言ってるけど、ゴンタ先輩どうします?」
「ガオガオッ!」
「あー、そうすか。それなら半分ほど残してもらえれば…。はい、四人は食べて大丈夫です」
「ガオッ!」
「きゃあああああ!」
ゴンタは四人の女を解体して雌たちに分け与える。
がしかし、そのやり取りにクレールが激怒。
「悪ふざけはやめて! 熊と会話できるわけないでしょ!」
「あ? お前には聞こえないのか? クソみたいな教義に汚染されているからだぜ」
「そんなの関係ないわ! 人間は魔獣となんて話せない!」
「はははは! まあ、そりゃそうだな。だが、うちらは違うのさ。そんなことも知らないなんてよ、てめぇらは馬鹿だなぁ。そもそも喧嘩を売る相手を間違えたんだよ。あー、オヤジに仕掛けるなんてマジで頭おかしいぜ」
ゴンタにはホロロの羽根が植え込まれているので、その意思は他の人間にも伝わるようになっている。
だがしかし、カーリスの教義に汚染されている者は精神が変質してしまっているので、その途中で感応波を遮断してしまうようだ。
最初から魔獣と対話する心がない者には、その可能性すら与えられることはない。
「残ったやつは約束通り、ラブスレイブになってもらうぜ。ほら、さっさと来い」
「はひっ…はひっ……ひぃ……」
「こんなことに…なるなんて……」
クレールたち生き残りは強制ギアスをかけられ、労働者たちの性処理係として生きることになる。
もし反抗心を抱けば、その段階で動きを封じられるため逃げることはできない。
裏スレイブが言った通り、アンシュラオンに対して侵略を仕掛けようとしたこと自体が大きな過ちだったのである。
一方、雪山を逃げていたブランと侍従の司祭は、運よく山小屋を見つけて避難していた。
「はぁはぁ…ここなら……少しは凌げるか」
ここは制圧作戦の際に作られた即席の山小屋で、今では満足に管理されていないため隙間が空いて風が入ってくるが、何もないよりはましである。
しかしながら、さきほどから侍従の司祭の声がしない。数分前に虚ろな目を閉じたまま動きを止めていた。
少し触れてみたら身体が冷たかった。すでに呼吸もしていない。
「くそっ! アンシュラオンめ! 許さん…許さんぞ!!」
「オレがどうしたって?」
「っ…! き、貴様! どうしてここに!?」
「そりゃ空から見ていたからね。ここに来るってわかるさ。気分はどうかな、ポール・ブラン司祭長。それともキャンタマブランブラン司祭長がいいかな?」
「ふざけるな! こんなことをして、ただで済むと思っているのか! カーリスを甘く見るなよ!」
「甘く見ているのはお前たちのほうさ。カーリスだろうがなんだろうが、オレの敵は排除するだけだ。それにしても餌になってくれてありがとう。お前たちは精神汚染されているから普通の魔獣には食わせられないけど、特殊がゆえにゴンタたちの良い贄になったよ」
特にゴンタたちは、人を食えば食うほど能力が上がっていく。
当然ながら贄が強い力を持っていたり特殊なスキルを保有していれば、その効果も倍増するはずだ。
カーリス教徒はファビオが言っていたようにドグマに汚染されているものの、アンシュラオンの強力な精神支配下にいるゴンタたちには通用しない。
この男の支配力は、カーリスよりも圧倒的で怖ろしいのである。
「お前が他の教会にも連絡したのは知っている。くくく、楽しみだなぁ。何もしなくても餌がやってくるのは最高だよ。じゃあ、そろそろお前も餌になるか?」
「ぐううう! た、頼む! 助けてくれ! 俺が持っている物ならば何でも渡す! 協力もする!」
「おいおい、脅しが通用しなかったら命乞いか? それでも司祭長なのか?」
「俺は信仰なんて持っていない! カーリスを信じるなんて馬鹿どもが勝手にやっていることだ! 俺は金と女だけが手に入ればよかったんだ!」
「ははは、鏡を見ているようで笑えてくるな。本当に何でもするか? 仲間を売る悪魔の所業でもか?」
「な、何でもする! カーリスのことはよく知っている! 生かしておけば必ず役に立つ! だからお願いだ! 殺さないでくれ!」
「ふむ、いいだろう。たしかに全滅させてしまうと怪しまれるな。お前はカーリスをおびき出す道具として使ってやろう。その代わり、逆らえば死よりもつらい人生を与えるからな。覚悟しておけよ」
「わ、わかった…はぁはぁ! はぁはぁ!!」
アンシュラオンの赤い目がブランを射貫く。
身体中が震えているのは寒さだけが原因ではないだろう。この男には勝てないと魂が叫んでいるのだ。
ブランは完全敗北を認め、魂すら売り渡すことを約束した。
これがアンシュラオンのカーリス教への接し方。より正しい扱い方だ。
もしファビオに同じことができていれば、きっとユアネスを守れただろう。
だがしかし、そうなっていたら群雄は生まれていなかったはずだ。それもまた宿命の螺旋によって紡がれた結果の一つである。




