613話 「謎の女たち その2『危惧と慰労』」
「終わったようですね」
戦いが終わるとゼイヴァーがやってきた。
しかし、その表情にはやや不満げな色が見受けられる。
その理由は子供たちを危険に晒したからだ。
「あの時、どうして止めたのですか。そのせいで子供たちが怪我をしました」
「結果的に勝ったではありませんか。怪我くらい戦場ではよくあることです」
当然ながらゼイヴァーは、クロシスという少女が接近していることにも気づいており、最初はセノアたちを助けようと動いていた。
が、ホロロに魔操羽を突き刺されて強制的に止められたのだ。
その理由も簡単で、侵入者がセノアたちの訓練に役立つと考えたからである。
「この者たちの実力は、あなたやマキ様との戦いでわかっておりました。その情報を得たうえでの判断です」
「ですが、三人目が同じレベルとは限らないでしょう。万一のことがあれば…」
「この程度の敵に『あのセノア』たちが負けるとでも? ご主人様の支配下に入れば同属の潜在力がわかるようになりますが、セノアの力はあれでもまだ『三割』ほどです。ラノアに至っては『眷属使役』しか使っておりませんよ」
「………」
ゼイヴァーはまだ何か言いたげだったが、実際にロゼ姉妹は侵入者をいとも簡単に撃退している。それに戦慄を覚えたのは事実だ。
あの二体の蜘蛛を見た瞬間、ゼイヴァーは恐怖で思わず硬直してしまった。
なにせ本物と戦ったのはほかならぬDBDであり、下手をすれば全滅の憂き目に遭っていたかもしれないほどの激戦だった。トラウマになってしかるべきだろう。
しかもその二体を具現化しただけでなく、実物の蜘蛛を操っていたことはもっとショックである。
「ラノアがいれば、あの谷に生息する蜘蛛を自在に操れます。それだけでも軍と同価値の存在だと思いませんか」
「あなた方は…敵の力すら自分たちのものにしてしまうのですね。我々があれほど苦労して倒した敵ですら…」
「それがご主人様の御力です。私の力も『神』から与えられたものにすぎません」
「怖ろしい。実に怖ろしいことです。しかし、それだけの力がなければ、あの荒野は開拓できない。それもわかっております」
「そんなことよりも、この者たちの素性が気になります。このような改造技術に見覚えはありますか?」
「いえ、義手や義足程度はありますが、これだけの技術はDBDにはありません。ルシアでは負傷兵の再利用のための研究がなされており、一部をサイボーグ化することもあるそうですが、さすがにここまでは…」
「なるほど。西側でも珍しいとなれば、やはり特殊な存在というわけですね」
「この地はやはりおかしい。技術体系が明らかに今の時代とは異なっております。常軌を逸している」
「私も驚いてはいます。しかし、だからこそこの地に来たのでしょう? これが現実なのです」
「………」
正直なところゼイヴァーは、ガンプドルフが語った古代文明に関してはあまり興味がなく、さして期待もしていなかった。
しかし、狂ったように襲い掛かる魔獣や巨大蜘蛛たちに加え、このような存在まで見てしまえば、この地の異常性を認めるしかない。
もしアンシュラオンと出会えていなければ、ゼイヴァーたちはいまだに混乱と困惑の中に取り残されていたはずだ。
「では、残骸を持ち帰って調べ―――」
「ふふふ、とってもお強いのね」
ウラネブラの半壊した頭部から声が漏れる。
すでに身体は壊れているが、この状態でも話せるらしい。
ホロロは、新たにライフルを取り出して銃口を向ける。
「話せるのならばちょうどよい。あなた方は何者ですか?」
「自分のことを『何者か』などと思ったことなんてありませんわ。こういう存在としか言えませんわね」
「ここに来た目的は? 何がしたかったのですか?」
「あなたと驚嘆的な口づけをするため、などはいかが?」
「答える気はないということですね。それでもよいでしょう。しかし―――」
ホロロはウラネブラの髪の毛を掴むと、片手で身体ごと持ち上げる。
そして、相手と視線を合わせて能力を発動。
「―――っ!」
ウラネブラの瞳孔が開き、ガクガクと痙攣を始める。
いくら純粋な人間でないとはいえ、思考力がある以上は精神も形成されるものだ。
数秒抵抗したものの、弱った状態かつ至近距離から『紫梟魔眼』をくらえば耐えることはできず、精神の乗っ取りに成功する。
「さあ、目的を話しなさい」
「わたしたちの目的は人間の管理と…いえ、そうではありませんわ。失ってしまったものを取り戻すため。そして、人を『守る』ためですわ」
「人を殺す存在が守るとは矛盾していますね。私には反対の存在に見えますが?」
「わかり合えないのね。残念ですわ。でも、やることは変わらない。そう、お母様が求めているものを手に入れるまでは―――」
そう言うと、ウラネブラの身体が溶解を始める。
隣を見れば、緑の女の頭や破損して飛び散った部位までもが溶けていく。
「また会いましょう…特別な人間」
ウラネブラの頭も完全に溶けきって地面に吸い込まれていく。
すぐに地面を掘り起こしてみたが、そこには何も残っていなかった。
「機密保持のための自壊…でしょうか?」
それを見ていたゼイヴァーが率直な感想を述べる。
おそらくは精神を完全に奪われる前にセットしたのだろう。あるいは自動的に発動するものかもしれない。
「そうかもしれません。ともあれ侵入者はすべて排除できました。十分な成果としておきましょう」
今回の遠征はマキ隊と子供たちだけを対象にしたものではない。その保護や警護を担当するホロロたちも訓練に加わっていた。
謎の侵入者に関しては予想外だったが、外敵が入ってこないように、または入ってきても即座に対応できるかのテストを兼ねている。
その点において、ヒポタングルを使った防衛監視網の実験とロゼ姉妹の覚醒まで手伝ってもらった侵入者には、むしろ感謝すべきだろう。
それなりに強く、かといって脅威にはならない絶妙なバランスを保てる相手は貴重なのだ。
しかしながら、彼女たちの素性は気になるところだ。
(最後の言葉は負け惜しみ? それとも何かしらの根拠があってのことでしょうか。正常な判断力を失っていただけだとよいのですが…)
無駄だと知りながらも周囲の土を回収して持ち場に戻るのであった。
その後は特に変わったことはなく、全日程が滞りなく終了。
イレギュラーはあったものの、結果的に遠征は大成功で終わる。
∞†∞†∞
「うんうん、話は聞いているよ。よくがんばったね」
アンシュラオンの執務室にロゼ隊の面々がいた。
白詩宮には用事がある時にしか来られないので、ロゼ姉妹以外は落ち着きがない様子できょろきょろと周りの様子をうかがっている。
アンシュラオンは、まずはリーダーであるセノアに話しかける。
「セノアとラノアは因子レベルが2になったそうじゃないか。思っていた以上の成果で驚いたよ」
「は、はい。自分でもびっくりしました」
「隊の統率もできていたみたいだし、セノアはリーダーとしての資質もありそうだ」
「みんなが支えてくれたからです。ホロロさんたちの助力もありましたし…」
「相変わらず謙虚だね。でも、結果がすべてなんだから誇っていいことだよ。君が皆を助けた事実は変わらない」
「はい、ありがとうございます」
「ラノアも冷静に敵の様子を観察できたみたいだね。未知の相手による突然の奇襲にも対応できたのはすごいことだ」
「うん! がんばった! ほめてほめて!」
「よしよし、偉いぞ」
「きゅっきゅっ♪」
(あれ? どうしてあの時のことをご主人様が知っているんだろう? 誰もいなかったよね?)
アンシュラオンに頭を撫でられているラノアを見ながら、クロシスとの戦いを振り返る。
魔石獣に関しては大きいので遠くからでもわかるが、あの時の細かい状況はロゼ隊にしかわからないはずだ。
とはいえ、冷静に考えれば仲間に訊けば詳細はわかるので、誰かしらから情報を得たのだろうと納得する。
が、実際のところは戦いのすべてがホロロによって記録され、事細かにデータ収集がなされていたことを彼女は知らない。
小百合ではなくホロロが派遣された理由は、より正しいデータの確保が目的だったからだ。(小百合も優秀ではあるが、経理以外では報告が大雑把になるきらいがある)
「一番の収穫は魔石の覚醒だけど、まだ完全じゃないんだよね?」
「ホロロさんが言うにはそうみたいです。怖くてあれから試してはいないですけど…」
「まあ、元が大きいからね。迂闊に出すと周りを壊しかねない。そのあたりも練習して自在に制御できるようになろう。それが君たちの安全にも繋がるはずさ」
「はい。努力してみます。あ、あの…ラノアの蜘蛛さんたちは、まだいるんですか?」
「護衛の蜘蛛? いつもいるよ。大きいのは都市の外にいるみたいだけど、小さいのは勝手に地下を掘って白詩宮にもいるからなぁ。うちには次期女王もいるから、そっちの保護も目的だと思うけど」
「そ、そうなんですね…知りませんでした」
以前ガンプドルフと魔獣ファーム計画について話した時にも出てきたが、戦艦の格納庫に産み付けられた卵のことだ。
あれは現在、白詩宮の地下で管理されており、孵化するのを待っている状態である。
蜘蛛たちからすれば種の保存のために必要不可欠な存在ゆえに、守るのは当然の本能であろう。
「というか、他人事みたいに言っているけど、セノアにもいるからね」
「へ? 蜘蛛さんが…ですか?」
「うん。赤い蜘蛛はセノアの眷属だよ。たまに見かけるけど透明化していることもあるから、注意していないと気づかないかもね」
「ええええええ!? あの時には出てきませんでしたよ!?」
「セノアが強いから必要ないと思ったんじゃない? そのうち自在に操れるようになれば心強い戦力になるさ。ただ、あいつらだけでハピ・クジュネを殲滅できる力はありそうだから暴走はしないようにね。もちろん、その時は止めるけど」
「は、はい…気をつけます……」
ロゼ姉妹の状況を一通り確認したあと、今度は他の子供たちに視線を向ける。
こうして対面するだけで周囲の子供たちに強い緊張が走る。
「マイリーン、アイシャン、こっちにおいで」
「は、はひ!」
「そんなに緊張しなくていいんだよ。君たちはオレの家族なんだから」
「はっ、はっ! はいぃい!」
緊張でガチガチのアッテ姉妹を両膝に乗せて、肩をぐっと抱いて引き寄せる。
たったそれだけで二人はさらに緊張して石のようになってしまった。まるでベルロアナのような反応で思わず笑ってしまう。
「二人もよくがんばったね。火と風の術式を使えるなんてすごい才能だ。やっぱり姉妹ってのは特別なんだなぁ。これからも二人仲良く過ごすんだよ」
「はぃ…ご主人様…」
「よしよし、いい子だ。ついでに成長のほうも確かめてみようかな。さわさわ」
「あー! きゃはは! くすぐったい! あっ、ごめんなさい!」
「感度も悪くない。前に会った時よりも成長しているね。二人とも将来が楽しみだよ」
ついでにおっぱい査定まで行う。
まだまだ六歳なのでほぼ無いが、その肉感から将来は小百合並みになりそうである。
「メルとディアナもおいで」
「は、はい!」
続いてメルとディアナを膝に乗せて、二人の頭に顔を擦り付けると、サナとは異なる良い匂いがした。
彼女たちはさすが元白スレイブというだけあり、少女としての質が高いのも素晴らしい点である。
「二人は珍しい属性を持っている希少な存在だ。それを今回の遠征で十分生かせたようだね」
「…こくこく」
「はは、サナみたいな反応になっているぞ。可愛いなぁ」
いつも眠そうなメルもアンシュラオンに触れられている間は、目がガンギマリ。
上手く言葉を発することができずにガチガチになっているが、その反応も可愛いものである。
よって、耳を咥えてみる。
「ちゅっちゅっ、ぺろぺろ」
「くひゅうう! ご、ご主人様ぁ…!」
「メルは耳の感度がいいね。ディアナは首筋かな? ぺろん」
「あふぅう!」
「これからもサナのためにがんばってくれ。期待しているからね」
耳や首筋を舐めて緊張をほぐし?つつ、おっぱい査定ではメルが将来的に大きくなりそうだと博士は確信しました。
といっても、二人はいまだに固まったままであるが。
(サナやセノアたちとは反応が違うんだよな。どうしてだ? みんな同じやり方でギアスをかけているんだけど)
サナは意思が希薄なので物怖じしないのはわかる。セノアもおどおどはしていたが、それもまた普通の反応といえるだろう。ラノアに至っては何も考えていないように平然としている。
が、その他の白スレイブの子供たちは、ギアスをかけた状態でアンシュラオンを前にすると誰もが彼女たちのような反応を示す。
これは単純にアンシュラオンが、世界に二人しかいない『最強魔人種』だからだ。眷属とはいえ格の差がありすぎるので身体が勝手に強張るのだ。
あとは当人が意識していないだけで、年下の子供たちにもある程度の魅了効果を発揮しているからだろう。
まだ性を強く意識する年頃ではないにもかかわらず、溢れ出る魅力とフェロモンによって憧れと性的欲求を喚起させてしまうわけだ。
「さて、次はアンとバレアニアだね」
「は、はい!」
最後に二人を両膝に乗せる。
アンは緊張しながらも、普段は絶対に触れることができないアンシュラオンに対する強い好奇心が伝わってくる。
がしかし、一方のバレアニアからは明らかな『恐怖』の感情が伝わってきた。
「もしかして怒られるとか思っている?」
「あっ……それは…ぅう」
「あ、あの、ご主人様! バレちゃんはその…!」
「大丈夫、話は聞いているよ。結果が伴わないこともあったみたいだけど、君は君なりに考えて最善を尽くした。だったらそれで十分さ。何よりもリーダーのセノアとの間で話が終わっているんだから、オレがどうこう言うこともない。若い頃はいろいろなことを経験できるから価値がある。何事も挑戦してみるといい。もし気にしているようならば、今ここでオレがすべてを赦そう」
「ご主人様…ありがとう…ございます」
「うんうん、いい子いい子。さわさわさわ、なでなでなで」
「あひゅぅ! あふっ! ふひぃ!」
バレアニアの身体を触ってみると、面白いほどに反応して慌てている。
雰囲気がファレアスティに似ているので、なんだか小さい頃の彼女を触っているようで不思議な気分になる。
「大きくなったら初めてはオレに捧げるんだよ。わかったね?」
「はい…ご主人様。喜んで…」
「よしよし。みんな、ご苦労様。何かあったらセノアに伝えるから、しばらくはゆっくりしてくれていいよ」
と、さりげなく鬼畜な発言をしつつロゼ隊への労いが終わり、子供たちが興奮冷めやらぬ様子で帰っていく。
きっと帰りの道中では、アンシュラオンに抱かれた時の感想を述べ合っていることだろう。
しかし、アンシュラオンの笑顔はそこで終わる。
「で、そいつらは何だったの?」
「申し訳ありません。何も残らず調べることができませんでした」
後ろに控えていたホロロが頭を下げる。
そいつらとはもちろん、突然出現して攻撃を仕掛けてきた女たちのことだ。
「今じゃ侵入者なんて、そう多くはない。大半の人間はアーパム財団の土地だと知っただけで絶対に近寄らないからね。しかもゲイル単独では手に負えないくらいの相手か。なかなかの使い手だ。とはいえ、チームで戦っていれば撃退はできたっぽいけどね」
「軍事兵器でも対応できましたので、軍備が整った場所でならば特段の脅威にはなりえません。しかし、一番異質な点はサイボーグであることです」
「鷹魁もそうだけど、元となったサイボーグ技術はマングラスから流出したものだったよね。西側に同等のものがない以上、そのあたりが怪しいかな」
「その線でも洗っていますが、現在はマングラス側と連絡が取れません。都市部にいたはずの青劉隊も姿を消しておりました」
「うーん、もともと隠れている連中だしね。こっちから連絡する手段が乏しいんだよなぁ。とりあえずソブカに連絡だけは入れておいて」
「かしこまりました」
(サイボーグか。今回はホロロさんで対処できるレベルだったからいいけど、また厄介事だったら面倒だな)
確証はないが、なんとなくマングラスの気配を感じてしまう。
すでに一度やらかしているので、二度やらかしても不思議ではない。それだけ信用がないともいえるが、そもそも手に負えない魔獣や技術を保有しようとしている段階で問題だ。
此度はホロロを含め、ロゼ隊の良い実戦訓練になったので調査だけにとどめておくが、今後はよりいっそう警戒を強める必要があるだろう。




