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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「誑魁跋扈の予定調和」編
610/618

610話 「怒れる蜘蛛 その1『天敵』」


 一方、そんな異常事態が発生しているとは露も知らないロゼ隊は、男たちの反応を見つけて追いかけていた。


 が、ここでも異変が起きる。



「え? なんだろう?」


「どうしたの、ディアナちゃん?」



 立ち止まったディアナにセノアが声をかける。



「あっ、いえ…この先に反応があるのですが、なんだか変な感じで」


「変って?」


「わかりません。急に動かなくなって…。それに、反応もちょっと小さくて細かいような…」


「もしかして魔獣と遭遇したのかな?」


「でも、ほかに反応はありませんし…。たぶん走っていたと思うのですが、それが突然止まったのです。それ以上のことは私ではわからなくて…」



 ディアナの『導星』はレーダーのように大雑把な反応だけしか感知できず、それが人間か魔獣かの判断もつかない。


 もともと導星自体がその程度の術であるが、優れた使い手ならばもっと詳細がわかっただろう。


 唯一わかったのは、何かしらの異変があったことだけだ。



「セノア様、どうします?」


「追うのはやめておこう。もう少し様子を見てからが安全かな」



 セノアはここで待ちの判断を下す。


 アンシュラオンからも安全第一と教えられているので、基本的には無理をしないことが大切だ。


 人間は一瞬の判断ミスからすべてを失ってしまう。術や技で回復が可能な世界だとしても、(例外を除いて)死んでしまえば生き返ることはできないのだ。


 であれば、迷った時は一度止まる。何もしなければマイナスもない。これも一つの考え方である。


 しかし、それはセノアが目の前で両親を魔獣に殺された経験があるからだ。



「あと少しではありませんか! 動いていないならチャンスです! セノア様が行かないのならば私が行きます!」


「あっ、バレアニアちゃん! 待って!」



 ここで功を焦ったバレアニアが独断専行で走っていく。


 最初こそ上手くいかずにセノアの作戦通りに動いていたが、逆にそれからが順調だったがゆえに、挽回してより多くの戦果を挙げようと気が逸ってしまう。


 子供ゆえに仕方のないことだが、大人とて多々あるので一方的に責められるものではない。


 そもそも子供だけで狩りをさせる段階で激しい緊張状態に晒されるのだ。ギアスの効果があるとはいえ、よく耐えているほうである。



「急いでバレちゃんを追わないと! セノア様、僕たちも行きましょう!」



 アンが今すぐにも飛び出したい気持ちを抑えて、セノアに指示を仰ぐ。


 いつもバレアニアと一緒にいる彼女だからこそ一番心配しているのだろう。



「こうなったら行くしかないけど…みんな、気をつけて。いつでも逃げられる準備だけはしておくんだよ」


「わかりました!」



 その言葉を聞いてアンが真っ先に走り出す。


 セノアも彼女の後ろに続くが、浮かない顔のままだ。



(…嫌な予感がする。どうしてだろう? 私が心配性なだけなのかな?)



 セノアは慎重策を選んだが、独断であることを除けばバレアニアの判断も間違ってはいない。


 押せる時は一気呵成に押すべきだ。それで相手を素早く倒せれば、結果的にこちらの被害も減らすことができる。セノアの消極性は良くも悪くも普通なのである。


 がしかし、今回は特に嫌な感じがする。


 胸が焼けつくような、舌がヒリつくような強い刺激を伴う危険信号が出ているのだ。


 それでもバレアニアを見捨てるわけにはいかない。


 セノアたちは反応があった場所まで到着。


 茂みを掻き分けて飛び出すと、そこに何かが落ちているのが見えた。



「うっ…」



 最初にそれを見たアンが思わず口を押さえる。

 

 それはバラバラになった男たちの死体で、胴体と手足が無造作に地面に投げ捨てられていた。


 傷口から察するに何か大きな刃で引き裂かれたようだが、剣や斧ごと断ち切られているため尋常ではない力で斬られたことがわかる。


 やはり魔獣の仕業かと脳裏に浮かんだ時だった。



「バレアニアちゃん!」


「うう…」



 セノアが木に寄りかかるように座っていたバレアニアを発見。


 彼女の身体も斜めに切り裂かれており、傷口からドクドクと血が溢れている。もしCABYを装備していなければ真っ二つだった可能性が高い。


 セノアは慌ててアンに指示を出す。



「アンちゃん! 若癒を! それと命気水も! 急いで!」


「わ、わかりました! バレちゃん、しっかり!」


「みんなは周囲の警戒を! 近くに何かいるよ!」



 バレアニアは先行したとはいえ、すぐに追いかけたので五十メートルも離れていなかったはずだ。


 それがいきなりこんな状況になるということは、まだ近くに犯人がいることを示している。


 そして、それはゆっくりと姿を現した。



「きしょ。こんな空気の中にいるとか無理。においも無理。くさすぎ」



 出てきたのは、ブラウンのボーイッシュショートをした十代半ばの若い少女。


 可愛い顔ではあるが瞳が大きく、目つきも鋭いので、まるで西洋人形かのような印象を受ける。


 身体は小柄。服装はそこらでよく見かける簡素なものだったが、ボロボロのマントを身にまとい、手には体長よりも大きな鎌を持っていた。


 その鎌には血痕が付着しており、まだポタポタと垂れていることから、おそらくはバレアニアのものだと思われる


 ここで疑問なのは、セノアたちが来るまで多少ながら時間があったはずなのに、なぜとどめを刺さなかったかだ。


 その理由は、とても簡単なものだった。



「きしょきしょ! きもっ! ほんときもっ! なんだよこれ! 変なのが付いてる!」



 少女は鎌に付いた血をゴシゴシと何度も布で拭き取る。


 刀身部分だけではなく、付着していない柄も神経質に執拗に何度も擦っている。


 その擦り方は徐々に激しくなっていき、摩擦熱で布から焦げた臭いが漂ってくるほどだ。


 それでも彼女は擦ることをやめず、結局は布がボロボロになるまで終わらなかった。


 そのあまりに異様で病的な様子に誰もが動けない。


 が、ディアナが重要な情報に気づく。



「セノア様、この人…導星で探知できません」


「え? 反応がないってこと?」


「は、はい。だからわからなかったのです」



 導星は波動円とは異なり、生物から発せられる生体磁気や魔素、それらを複合した『生命素』を感知することで位置を特定している。


 虫や植物、アメーバを含め、少なくとも我々が『生きている』と定義するものにはすべて生命素が存在する。


 ゆえに、そのままの状態で導星を使ってしまうと周囲一帯が光点だらけになるので、魔王技に昇華された段階で、より生命素の大きなもの(人間や魔獣)だけを認識するように調整が施されているわけだ。


 また、死んだ直後であれば生命素が完全に消えていないため、バラバラになった男の死体も感知することができる。


 だが、目の前の少女からは、なぜか生命素が発せられていない。あるいは限りなく小さかった。



(まさか死人? 動く死体の話も聞いたことはあるけれど…そんなふうには見えない。ディアナちゃんの精度が低いせいなのかな? でも、それより今は離れないと!)



「みんな、私が引き付けるからバレアニアちゃんを連れて逃げて!」


「セノア様! 駄目だよ! そんなことできない!」


「そうだよ! それだったらセノア様を最優先に逃がさないと!」


「いいから早く!」



 アッテ姉妹が躊躇うが、セノアは水刃砲を少女に向けて発動。


 因子レベルが2になったことで術の威力が強化され、水刃砲も勢いよく飛び出ていく。


 が、女に当たった瞬間に霧散。ダメージを与えられない。



「えっ! どうして! も、もう一度!」



 魔力珠の出力を最大にして『水渦濫すいからん』の術式を発動。大量の水が渦を巻いて少女を呑み込んでいく。


 周囲にあったバラバラの死体も渦に呑まれて回り、その過程で消失。硫酸ではないが術の威力が強いので粉々に砕けて溶けてしまう。


 だが、水刃砲同様に少女の周りだけ水が届いていない。



「どうして効かないの!?」


「もしかしてそれ、ぼくにやってる?」



 少女の興味が鎌から移り、ようやくセノアたちに視線が向けられる。


 その目はとても無機質で人間味が薄いものだった。


 唯一感じられる感情は『嫌悪』や『不快感』といったものだけだ。



「ねむれー!」



 続いてメルが『瞬眠』を発動するが、飛んでいった術糸が少女の前で弾けて消える。


 その様子がはっきりと視えたセノアは、ここで確信。



(この人、術が効かないんだ!)



 攻撃術式も状態異常術式も効かないとなれば、そもそも術自体に高い耐性があると思っていいだろう。


 導星で探知できなかったのも生命素がなかったからではなく、これが原因だと思われる。


 だがその事実は、術者の部隊であるロゼ隊からしてみれば最悪。まさに天敵のような相手だった。


 セノアは担いでいたMNG10を取り出すと、照準を少女に合わせながら仲間に警告を発する。



「この人は危ない! 早く逃げて!」


「で、でも…!」


「命令だよ!」


「っ…わ、わかりました!」



 命令という言葉にマイリーンが反応。これもギアスの効果で上の人間からの命令には従うように意識が向くのだ。


 アッテ姉妹が走り、ディアナがバレアニアを背負い、メルが後ろから支え、アンが治療を続ける形で逃げ始める。


 だが、その中にラノアがいない。


 他の六人が逃げる中、彼女はセノアのすぐ隣にいた。



「ラーちゃん、どうして! 逃げないと!」


「ねーね、あれ」


「あれ?」


「あのひと、『とぶ』よ」


「え?」



 ラノアの視線を追って、セノアが逃げているアッテ姉妹の方向を見ると、その先にはなぜか鎌を持った少女が立っていた。


 ついこの瞬間までセノアの前にいたのに、なぜか後ろにいるのだ。



「っ…! なんで!?」



 驚いているマイリーンに向かって少女が鎌を薙ぐ。


 少女の身体よりも大きな代物だ。子供など一撃で真っ二つだろう。


 かと思いきや、振り抜かれた鎌の刃はマイリーンの身体を撫でるように進み、CABYの装甲を破損させながら肉を一センチほど裂いただけで終わる。


 だが、それでも子供にとっては大きな痛みだ。



「やぁっ!! あああ! 痛いぃい!」



 腹を裂かれたマイリーンがうずくまる。



「よくもお姉ちゃんを! この!」



 アイシャンが風鎌牙を放つも少女の前ですべて掻き消える。


 その間にメルがマイリーンを引っ張り、セノアのもとに戻ってくる。



「アンちゃん! マイリーンちゃんは!」


「大丈夫! そこまで深くはないです!」


「ならバレアニアちゃんの治療を優先して!」


「はい!」


「メルちゃんは命気水でマイリーンちゃんの応急手当! できるね!」


「う、うん!」



(手加減してくれた? いや、そんなことはない。あれは絶対殺すつもりで斬ったはずだよ)



 セノアもさまざまな戦いを見てきたので、少女の一撃に迷いがなかったことがわかる。


 それにもかかわらず、この程度の怪我で終わるのはおかしい。ならば何かしらのカラクリがあってしかるべきだ。


 その時、治療が実ったのかバレアニアがもぞもぞと動き出す。



「ううっ…あいつ、絶対許さない!」


「バレアニアちゃん! 平気なの!」


「ちょっと深く斬られましたが…もう治ってきました。これはいったい…」



 バレアニアの傷口からは、ジュワァと粘液が滲み出ている。


 それが急速に傷を癒しているのだ。



「よかった! それはご主人様の力だよ! 本物の命気だ!」


「これが…? すごい活力を感じます」



 これはサナ同様、アンシュラオンが子供たちに施している停滞反応発動による生命維持措置で、命の危機に陥ると自動的に発動して守る仕組みになっている。


 マイリーンが斬られた時も同じで、命気が噴き出して刃を押し返していた。


 彼女のほうが傷が浅い理由は、敵が移動直後だったので間合いがわずかにずれたからだろう。一方のバレアニアは完全に必殺の一撃を受けたが、それでもあの程度で済んでしまっている。


 ロゼ隊にとっては最高のお守りだが、対する少女はアンシュラオンの命気に強い不快感を示す。



「きしょ! これが一番きしょ! マジで最悪! アレは吸えない!」



 本当ならば一撃で倒せたのに、水に似たアレが攻撃を邪魔した。


 しかもアレに触れると自分の中にある『何か』が疼く。その感情もまた不愉快極まりない。


 だが、目の前の者たちは弱い。


 弱いわりに生命素は強く、狩る側とすれば絶好の獲物であることには変わりない。



「触るのもきしょい。全部きしょい! だから滅して奪う!」



 少女はまたもやアイシャンの眼前に瞬時に移動し、鎌を振る。


 アイシャンは恐怖で硬直して動けない。


 されど、鎌が彼女に触れようとした瞬間、雷撃が迸って少女に激突。



「っ…!」



 思わぬ衝撃に傾き、少女の動きが止まる。


 その視線の先には雷貫惇を放ったラノアがいた。他の術は効かないのに、なぜか彼女の術は効いているようだ。


 直後、再び少女の姿が『消える』と、次に現れたのはメルの真横。


 やはり走る以外にも移動手段があるようで、小百合の転移のように予備動作なく一瞬で移動できるらしい。


 そこで鎌を振り下ろすが、またもや雷撃が飛んできて少女の顔面に直撃。



「ぐっ…きしょっ!」



 まともにくらった少女は頭を振って後ろに下がる。


 一度だけならばまぐれ当たりもあるが、二度続けば狙って撃っていることになる。



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