604話 「人間狩り(やる側) その2『リーダーシップ』」
「それでは開始してください」
ホロロの合図を受けたロゼ隊が、森の中に入っていく。
まずは予定通り、ディアナが『導星』で索敵を行う。
「ディアナ、どう?」
「半径百メートル以内には誰もいませんね」
「このまま術を展開し続けてちょうだい。警戒を怠らないように」
(ここからだと森の外に出るには、だいたい十五キロくらいかな?)
バレアニアとディアナが話している間、セノアは頭の中で地図を思い浮かべていた。
制圧作戦でアンシュラオンたちが進んだ森は七十キロくらいあったが、ここはそこからだいぶ西かつ、森林部分がそこまで広くない場所だ。
外に出ようとすれば、最短距離で約十五キロ。
ホロロがどのあたりで彼らをスタートさせたかは不明だが、子供が追うのだから、そう遠く離れた場所ではないはずだ。
となれば、比較的浅部で直進できる地形が多いとして、およそニ十キロ程度走れば逃げきれることになる。
相手が武人であることも想定すれば、仮に警戒しながらだとしても本気で逃げれば三十分とかからないだろう。
その計算が終わったセノアがディアナに話しかける。
「ディアナちゃんの導星の範囲は半径百メートルだよね?」
「はい、そうです」
「もしかしたら範囲外から攻撃してくるかもしれないから、そこだけは気をつけてね」
「攻撃…ですか?」
「うん、ホロロさんの言葉が気になっていたんだ。武器を用意するって言ってたでしょ? 銃なら百メートル以上離れた距離からも攻撃できるよね」
「なるほど、それはありえますね」
ディアナは頷くが、これにバレアニアが異論を唱える。
「相手は逃げるだけで必死のはずです。セノア様は弱気すぎます」
「でも、この状況下だと、そうなる可能性もありそうなんだよね。だって、大人と子供だよ? 普通に走ったら相手のほうが速いんだから、それだと勝負になるのかな?」
「それをいかに仕留めるかが今回の目的です。こっちが攻める側なんですから、早く追わないと相手が逃げてしまいますよ。追うことには変わりありませんよね?」
「う、うん。それはそうなんだけど…」
「では、早く行きましょう! 走らないと間に合いません!」
バレアニアが急かして皆を走らせる。
その気持ちもわかる。もし相手が逃げの一手を取るのならば、あれこれと考えている暇などない。
だが、ここは草木が生い茂る森の中だ。
走ればガサガサと大きな音が鳴り、遠くからでもこちらの位置が丸わかりになってしまう。
それを聞きつけた魔獣が集まってくる可能性もあるし、術士に覚醒したとはいえ、体力的には一般人であるロゼ隊は明らかに不利だ。
安全を第一に考えるセノアからしてみれば、闇雲に走るのは得策ではないように思える。
(ご主人様ならどう考えるかな? ただ逃げるのを追うだけなら成人男性じゃなくてもいいわけだし…もっと厳しいものを用意するよね)
約半年ほどアンシュラオンと一緒に過ごしたが、普段の生活を送る分には非常に優しいものの、闘争が関わると途端に厳しくなることも知っている。
サナたちはいつもしごかれているし、すぐに治すので目立たないが、その際に大怪我をすることも珍しくはないようだ。
今回の遠征でもマキ隊は血みどろの戦いを繰り広げていた。特別厳しいわけではなく、あれがアンシュラオンにとっての『普通』なのだ。
そのことから推測すると、やはりこちらが一方的に攻める展開になるとは思えない。
そして、その予想はやはり的中してしまう。
先頭を小走りに移動していたディアナの隣の木が、突然弾けた。
「え? …何?」
「ディアナちゃん、伏せて!」
「あっ!」
何が起こったのかわからず、棒立ちになっていたディアナをセノアが引っ張った瞬間。
身体があった場所を小さなものが通り過ぎ、その延長線上にあった木が爆炎に包まれる。
「これは…火炎弾!?」
「敵からの攻撃だよ! バレアニアちゃんも隠れて」
「そんな! だって、こっちが攻めて…」
「相手だって武器を持っているんだから! 早く木を盾にして!」
「っ!」
セノアの強い語気に圧されて、バレアニアも近くの木の裏に隠れる。
その瞬間から、こちらに向けて銃撃の嵐が降り注ぐ。
周囲の木々が削れ、枝が吹き飛び、時には燃えたり貫通したりする。
幸いながらCABYの防御力が高いことに加え、セノアが無限盾を展開していたことで、ダメージを受けることなく攻撃を凌ぐことができた。
「銃で反撃して! 音だけ聴かせればいいから!」
セノアの指示で各人がMNG10を乱射。
敵の場所がわからないので適当に撃っただけだが、反撃したことで相手の勢いが多少和らいだ。
「移動しながら撃ち続けて! そのまま岩の後ろへ!」
大きな岩を見つけたので全員がその後ろに隠れ、その間も何人かは銃を撃って牽制を続ける。
そうしてロゼ隊の動揺が収まったのを見計らい、セノアが周りに声をかける。
「みんな、落ち着いた?」
「は、はい」
「常に周りのメンバーの位置を把握して動いてね。単独で突っ込んじゃ駄目だよ。これで向こうも銃を持っていることがわかったけど、今のって貫通弾と火炎弾だよね?」
「そんな…術式弾だなんて…」
これに一番ショックを受けていたのはバレアニアだった。
よもやいきなり撃ってくるとは完全に想定外。思考が停止して指示を出すことができなかった。
もし咄嗟にセノアが判断を下さなかったら誰かが負傷していたはずだ。それがわかるからこそ悔しいのだ。
だが、考えてみれば八歳の子供である。明確な殺意を向けられる戦場で正しい判断ができるわけがない。
その恐怖と理不尽への不満は、怒気に変換することで心のバランスを図ろうとする。
「ディアナ、敵の反応はなかったの!?」
「百メートル以内にはいません。たぶん、それより先から撃っています。術式弾ならば十分に射程距離ですし…」
「くっ…! 罪人ふぜいが、ふざけた真似を!」
「バレアニアちゃん、冷静になって。相手だって必死なんだから当然だよ。それに、こうなるようにご主人様たちが状況を作っているんだよ。簡単に終わったら実戦訓練にならないでしょ?」
「それは…そうですが……」
「私も人相手の実戦なんて初めてだよ。そもそも自分で戦うのも、この前のが初めてだし。だからみんなで力を合わせていこう。やれることをやらないと怪我どころじゃ済まないよ」
「…わかりました」
さすがのバレアニアもアンシュラオンの名が出れば納得するしかない。
一方、セノアは妙な心の落ち着きを感じていた。
(なんでかな。ちょっと前までは魔獣を見ただけでビクビクしていたのに。ああ、そうか。慣れたんだ。慣れって怖いな…)
セノアは魔獣に強い恐怖心があった。今も払拭されたとは言いがたいトラウマだ。
だが、毎度マスカリオンを見ていれば他の魔獣など雑魚にしか見えなくなる。それ以外にもゴンタや錦熊に加え、破邪猿将の子供すらいるのだ。
蜘蛛にも会ったし空中で飛龍とも戦った。知らずのうちに恐怖に耐性ができていたことがわかる。
大人の男性にしてもゲイルやアッカランのほうが、さっき見た男たちよりも何倍も強いし怖い。
反対に子供たちが思わず萎縮したのは、潜在的に成人男性への恐怖心があったからだろう。それは子供として当然の感情だ。
ここで一度、セノアは作戦を見直す。
「いい、みんな。私たちが相手を知らないように、相手もこっちの情報を知らないはずだよ。せいぜい少し才能がある子供くらいにしか考えていないと思う。それならそう思っていてもらったほうがいいよね。こっちも銃で撃ち返すけど、術はまだ使わないで油断させよう」
アンシュラオンが設定した基本的な状況は『追撃戦』かつ、半分は『遭遇戦』でもある。
始まる前に姿を見てしまっているものの、互いに武器も能力も不明。事実、ロゼ隊が術士の集団であるなど思いもしないだろう。
だからこそ敵はこちらを警戒しつつも、子供だからと侮って待ち伏せを選択した。もし強敵だと判断していれば、ひたすら逃げていたはずだからだ。
そして、それはロゼ隊にとって好都合。
むしろ走って逃げられたほうが厄介だった。その意味では相手の判断ミスに助けられたといえるだろうし、そもそも頭が悪いからアンシュラオンに盾突いたのである。
この作戦は、そこまで考慮されて計画されていることがわかる。よく考えて動けば打開策はいくらでもあるのだ。
「マイリーンちゃんとアイシャンちゃんはここから援護をよろしくね。ラノアもここに残るんだよ」
「うん、わかたー」
「私が単独で動いて相手の注意を引くから、メルちゃんとディアナちゃんとアンちゃんは上手く側面から回り込んでみて。バレアニアちゃんには三人のサポートを任せるね」
「セノア様は独りで大丈夫なのですか?」
「この中で一番防御力が高いのは私だと思うよ。無限盾もあるから大丈夫かな。普通なら罠だと気づかれるけど、子供だと思って油断している今なら成功するはずだよ」
この段階で、いつの間にかセノアが皆を引っ張るようになっていた。
周りが自分よりも年下だからこそ生まれる責任感でもあるが、ちゃんとした理由に基づいて作戦を立てていることがポイントだ。
アンシュラオンが英才教育を施しているのはサナだけではない。
一緒に帯同しているロゼ姉妹にも時間があれば戦術の話をよくしているので、自然とそういった考えができるようになる。
「じゃあ、いくよ!」
セノアが先行して飛び出す。
わざと木々に当たりながら進むことで茂みを大きく揺らし、そちらに攻撃を集中させる作戦だ。
その様子を見ていた男たちは、にやりと笑う。
「へっ、我慢できずに出てきたぜ」
「あんなガキから逃げるなんて馬鹿らしい。全員殺しちまえばいいのさ」
「こちとら裏の世界でずっと生きてきたんだ。ガキになめられてたまるかよ!」
「ああ、ここから逃げ出して、あのクソ野郎どもに復讐してやるぜ! その前にガキどもを皆殺しにしてやる!」
男たちは、シーマフィアや盗賊団の中でも武闘派だった者たちから厳選している。
当然ながら全員が武人であり、かなりの修羅場を潜ってきているがゆえにセノアたちを怖れることはない。
武器も新型ではないが、傭兵が使うライフルや術式弾も与えているので火力はそこそこ高い。
逆にアンシュラオンや裏番隊に好き勝手やられた鬱憤が溜まっていたことから、ここを復讐の場にしてやろうと目論んでいた。




