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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「誑魁跋扈の予定調和」編
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603話 「人間狩り(やる側) その1『ミンチ愛好家』」


 セノアたちは肉体的疲労が少なかった半面、術の使用と因子覚醒による精神的疲労が大きく、三日間は身動きが取れなかった。


 アンシュラオンのように世界が一気に変わって視えることはなかったが、視界に数式や紋様が薄く映るようになったからだ。


 このあたりはメラキの講師がいるので、症状がつらい者は一時的に因子を抑制してもらう等の対処が行われた。そのあたりの配慮は万全である。



(はぁ…ようやく頭痛も収まってきた。少し部屋の外に出てみようかな)



 朝になり、セノアが部屋を出てリビングに向かうと、そこにはお菓子を頬張るメルとディアナがいた。その横にはロリ子もいる。


 休憩所での子供たちの面倒は主にメイド隊が見ているが、彼女たちも戦いの疲労が残っているので、今はロリ子が食事の準備をしてくれている。


 ロリ子は、やってきたセノアに椅子に座るように促すと、紅茶を淹れてくれた。


 季節はもう十二月。森は寒くて朝は手がかじかむこともある。温かいカップに手を当てるだけで幸せな気分になった。



「はぁ…美味しい」


「大活躍だったみたいですね。話は聞いていますよ」


「い、いえ、普通ですよ。みんながいてくれたからです」


「こんな場所でのんびりしている私からすれば、とてもすごくて大変なことだと思います。本当にお疲れ様でした」


「…はい、ありがとうございます」



 湯気が鼻をくすぐったせいか、その何気ない言葉に心までむず痒くなる。


 それと同時に安心感と充足感も感じていた。何かを自分の意思で成し遂げることは自己肯定感を著しく高めるものである。


 紅茶と高揚感で身体が温まったセノアは、メルとディアナに視線を移す。



「メルちゃんたちの調子はどう? 頭は痛くない?」


「んー、今は落ち着きましたよー」


「私もだいぶ楽になりました。これはもう術士になったということなのでしょうか?」


「えーと、たぶん…そうかな。自分でもなんとなく自覚できるもんね」


「セノア様こそ『2』も上がったのですから、だいぶおつらいのでは?」


「少し大変だったけど、慣れるのも早かったから大丈夫だよ」



 セノアとラノアは、あの戦いで一気に術士の因子が2に覚醒。他の者たちは1ずつ上がっている。


 急激な変化は肉体と精神に強い負荷を与えるため、当然ながら2も上がれば相当な負担になると思われたが、意外にもセノアとラノアは軽い頭痛で済んでいた。



(これも魔石のおかげかも。あれから急に魔石の存在を強く感じられるようになったし、負担を軽減してくれているみたい)



 しかしながら、そうではない者たちもいる。


 中でも一番酷かったのは―――



「バレアニアちゃんは?」


「かなりつらいみたいです。まだ満足に起き上がれないとかで」


「マイリーンちゃんとアイシャンちゃんもまだ起きてこないよね。この差は何だろう?」


「講師さんの話だと『アレ』と一緒らしいですよ」


「ロリ子さん、アレとは何ですか?」



 自分のコーヒーを淹れて椅子に座ったロリ子の発言に、首を傾げるディアナ。



「ディアナさんはまだですかね。セノアさんはわかりますよね? 女性特有のアレです」


「…え? その…もしかしてアレのことですか?」


「セノア様、アレって何ですか?」


「い、いえ、そのうちわかるかと…」


「…?」



(バレアニアちゃんは重いタイプなんだね。本格的にアレが来たら大変そう…)



 完全なる俗説ではあるが、女性に関してのみ生理痛との関連性が指摘されている。


 あくまでも女性術士の体感にすぎないので言及は控えるものの、往々にして女性のほうが覚醒後の負荷が重いのは確かだ。


 セノアは生理痛も普通のタイプで、つらいけど我慢できないほどではないらしい。


 そこから推測するにメルやディアナは軽いタイプで、一方のバレアニアやアッテ姉妹は重いタイプだそうだ。ここにいないアンはもう起きているので「普通」といったところだろうか。


 ともあれ術士として開花した以上、アンシュラオンの目論みは成功といえる。


 ただし、まだ遠征は終わっていない。


 それから一週間後。


 皆がだいぶ動けるようになった頃、セノアたち八人が外に呼ばれたので行ってみると、そこにはホロロと一緒に三十人ばかりの成人男性がいた。


 その男たちは誰もが見覚えのない人物だったが、アーパム財団が雇った労働者でないことは明白だった。


 なぜならば、彼らの手には拘束具が付けられ、首には首輪がはめられていたからだ。


 セノアが困惑の視線を向けると、ホロロが状況を説明してくれる。



「『狩り』を行います。標的はこの男たちです。全員殺してかまいません」


「…へ?」



 ホロロの簡潔な説明にセノアの目が点になる。


 他の子供たちも似たような反応だ。いきなり殺してもよいと言われたら誰もがそうなるだろう。


 だが、ホロロはそんな反応も無視して話を続ける。



「これからこの男たちを森に放ちますので、あなたたちは彼らを追って殺してください。説明は以上です。何か質問は?」


「…ええと、その……いろいろとありますが…」


「ホロロさん、これはどういう状況なのですか!?」


「ゼイヴァー様には関係のないことでは? そもそも呼んではおりませんが」


「いいえ、関係あります。私は彼女たちの保護を使命としておりますので!」



 言葉に詰まるセノアに代わり、ここでゼイヴァーがしゃしゃり出てきた。


 ホロロが言ったように特に呼んではいないのだが、この遠征中はずっと子供たちの近くにいて「守護って」きたので、それが当たり前になっているようだ。



「子供たちに人殺しをさせるなど人道的とは言えません。そもそも彼らは何者なのですか?」


「この男たちのことを知りたいのですか?」


「当然です。彼女たちには知る権利があります」


「彼らは、十歳から四十歳までの女性を拉致して暴行した挙句、風俗店で働かせていた者たちです。手足を鎖で繋ぎ、麻薬も使用して逃げられないようにしていました。中には遊びで殺された者もいたようです」


「すぐに殺しましょう。ぜひミンチにすべきです。セノアさん、いいですか? 一気に殺すのではなく、指や足先から少しずつ挽き肉にしていくのです。できるだけ急所を外して苦痛に慣れさせないのがコツなのです。よろしかったら、やり方を教えましょうか? ああ、このハンマーを使えば女性でも楽に潰せますよ」


「あっ…その……間に合ってます」



 何やらスパイク付きのハンマーを渡そうとしてきたので、そっとお断りしておく。



(ゼイヴァーさん…なにか怖い。本気で言っているみたいだし、もしかして本当に潰したことがあるのかも)



 ようやくセノアもゼイヴァーのヤバさに気づいてしまう。そうなのだ。この男は真性のヤバいやつなのである。


 それはそうと、この男たちは壊滅させたシーマフィアの武闘派構成員で、公開処刑があった時にライザックとの取引で確保していた『人的資源』の一つだ。


 どうせ生きていても仕方のないクズであり、魔獣の餌になるか一生劣等スレイブとして生きるしか未来がない。


 であれば、ここで役立ってもらうのがよいだろう。セノアたちの実戦訓練になるのならば有意義な死といえる。


 ホロロは冷徹な目で男たちを睨んで命令を下す。



「あなた方が生き残る方法は二つ。一つは逃げ延びること。翠清山の森から出ることができれば解放を約束しましょう。もう一つは、ここにいる子供たちを全員殺すことです」


「へっ、こんなガキたちをか? いいのかよ?」


「かまいません。そのための武器も与えましょう」


「ふん、信用できるかよ。どうせ細工済みだろう?」


「では、ここで死にますか? 神経が焼き切れるほどの最大限の苦痛を与えて殺して差し上げますよ」


「うっ…」



 ホロロの瞳が赤く光る。


 その身体に内包されている圧力は撃滅級魔獣のものだ。睨まれただけで生物としての格の違いを感じて硬直してしまう。


 COGの一件もあってか、ホロロはこれ系のクズをもっとも嫌っているので、逆らうのならば嬉々として皆殺しにするはずだ。



「ホロロさん、ぜひミンチに―――」


「三十分後に開始します。あなたたちは先に森で待機していなさい」



 執拗にミンチを勧めてくるヤバいやつを無視しながらホロロが命じると、男たちが森の中に歩いていく。


 これは自発的に歩いているわけではなく、全員に魔操羽を植え付けて操作しているのだ。



「ど、どうするの? 本当に戦うのかな?」


「冗談…じゃないよね?」



 森の中に消えていく男たちを見届けたアッテ姉妹が、動揺を口にする。まだ六歳なので当然の反応だろう。


 だが、それ以上の年齢ともなれば状況をより深く理解できる。


 この戦いの意図にいち早く気づいたのは、バレアニアだった。



「これはテストね」


「テスト?」


「アンシュラオン様が私たちに課したテストよ。いくら術が使えるようになっても人相手に使えないなら意味がないわ」


「あー、そっか。だから術士になってから始まったんだね!」



 アンもバレアニアの意見に賛同。



「そうよ。そうでなければ都合よく、こんな標的を用意できないもの。最初から予定されていたことなのよ」


「魔獣相手だけじゃ駄目なの?」


「ご主人様にとって魔獣も人も関係ないわ。実際に三大魔獣がこっちにいるんだもの。悪い相手なら魔獣も人も同じように殺さなきゃ」


「まあ、それもそっか。あの人たちは悪人みたいだしね。だったら死んでもいいかな」


「むしろ全員殺さないといけないわ。そうですよね、セノア様?」


「え、えと…ホロロさんが言うことが正しいなら…そうなの…かな?」


「そこははっきりと言ってください! 隊長なんですから!」


「あっ…うん。みんなは怪我をしないようにね。それが一番だよ」


「………」



 セノアの態度にバレアニアはやや不満そうであったが、それが命令ならばどのみちやるしかない。


 ロゼ隊はCABYを着込んで銃火器を取り出す。今回は火力が足りないのでMNG10も装備することになった。


 子供にはやや大きい銃だが、術だけで対応するのは難しいという判断からだ。


 続いて具体的な作戦を練るが、ここでも仕切るのはバレアニアだった。


 なぜ彼女がここまで積極的なのかといえば、もちろん武勲や功績が欲しいからだ。


 前回の実戦訓練でも各人に褒められたい欲求と意欲が湧いたが、それが内部での競争意識に繋がっているわけだ。


 マキ隊の大人よりも子供のほうが意識が高いのは予想外であるが、動機が単純明快ゆえに顕著になるのだろう。



「敵の場所がわからないと追跡もできないわ。だから術を使って常に位置を確認しましょう。ディアナ、やれる?」


「やってみます。この前の戦いで森には少し慣れましたので」


「敵がどう動くかが問題ね。どうせバラバラになるだろうから、こちらも分かれて対処するのがいいかもしれないわ」


「えと、あんまり分かれると危ないんじゃない? みんなで固まったほうが安全かもしれないよ」


「セノア様、それでは逃がしてしまいます」


「逃げたい人はそれでもいいよ。深追いは危険だってよく聞くし」


「狩るのはこっちなのですよ。弱気になる必要はありません」


「でも、相手は大人の男の人だし、あの人たちは強そうだったよ。油断はしないほうがいいと思うけど…」


「全員殺すのです! そう命令されましたよね!」


「う、うん。それはそうなんだけど…」


「バレちゃん、そろそろ時間だよ」


「ああもう! まだ途中なのに! とりあえず行きましょう!」



(大丈夫かな? 上手くいけばいいけど…)



 まとまるようでまとまらないのは子供ゆえか、それとも隊長のセノアの性質ゆえか。


 結局は作戦らしい作戦も立てられず、狩りがスタートしてしまう。



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