602話 「害獣駆除 その5『因子の覚醒』」
「やっぱりマキ様だわ! さすがは私たちの憧れの人ね!」
「本当だわ! 男なんかになびいた人の気が知れないわ!」
「それはあなたでしょう! マキ様に続くわよ!」
リーダーが優れていれば部下も沸き立つものだ。
これで息を吹き返したマキ隊が反撃開始。
ゲイル隊の援護でポジショニングを修正し、壁を作って強引に押し上げる。
その勢いは今までの比ではなく、敵の数が多くともけっして引かない。まさに肉弾戦と呼ぶに相応しい血みどろの激突が起こっていた。
これにはセノアも心の中で感嘆の声を上げる。
(ふわぁ! マキさんってすごい! リーダーって大事なんだ。ゲイルさんも仲間を引っ張っていてすごいなぁ)
子供たちのまとめ役を任せられている彼女からすれば、前衛で皆を引っ張るマキやゲイルは理想的なリーダーにも見える。
何度イメージしても自分とは重ならないが、さまざまなリーダーを観察することは良い経験になるだろう。
「ここは安全です。あなたたちも術で援護しなさい」
「は、はい! わかりました!」
「今回は鎧のテストも兼ねています。性能も確かめるように」
ホロロに促されてロゼ隊も攻撃態勢に入る。
が、大人のマキ隊でも大変なのだ。セノアたちの耐久力では安全性に大きな問題が出る。
そこで用意されたのが、武装鎧の『CABY』である。
この鎧はマキ隊が使っているFABYと同じ材料から作ったもので、フォルムはFABYと比べて流線形で綺麗にまとまっているが、さまざまな箇所に防御ジュエルが設置されており、見た目に反して防御性能はかなり高い。
武装に関しては、火隆剣は大きすぎるので炬乃未が作った『黒隆剣』に変更。こちらは黒兵裟刀の小剣バージョンで防御と耐久重視の造りとなっている。
また、バズーカはオミットされて火力が減っているが、代わりに魔力珠や術具を複数セットできるため、術士用に改造されたFABYと思ってくれればよいだろう。
今回は身体の小さい子供に合わせた特注品であり、ロゼ隊による試験運用データが集まれば大人用も順次生産される予定だ。
「みんな、いくよ!」
最初はセノアたちも、魔力弾や因子レベル1の各種属性術式で援護していた。
正直に言えばそれだけの攻撃ならば、継戦力を考えてMNG10を使ったほうが効率的だ。防御無視である点も術式弾ならば補うことができる。
まだ子供かつ術士見習い。やれることには限りがある。周りの大人たちもさほど期待していたわけではないだろう。
だがしかし、ある瞬間から変化が起きた。
(もっとがんばらないと! 今は私だけじゃない! みんなの生活もかかっているんだから! もっと上手く! もっと強く! ご主人様の期待に応えるんだ!)
それはセノアに、一種の『使命感』と『責任感』が芽生えた時だった。
突然、魔力弾が肥大化。猛スピードで激突してハリュテンの群れを吹き飛ばす。
威力が上がっていることは明白で、攻撃を受けたハリュテンたちは粉々。ただの肉片と化す。
「え? な、何が起こった…の?」
「おめでとうございます! 因子レベルが上がったのです!」
セノアたちを見守っていた講師のメラキが、喜びのあまり万歳をする。
だが、そんなことをいきなり言われても、まだ当人は理解が及ばない。
「因子が上がった…とは?」
「セノアさんの術士因子が向上したのです」
「そんなことがわかるんですか?」
「エメラーダ師ほどではありませんが、私も術士の端くれです。傍にいればわかりますよ」
武人が互いを理解するように、あるいは強者が弱者を見定めるように、上にいる術士は下の術士がどれくらい強いかが感覚でわかる。
今のセノアは、一分前の彼女とは明らかに別人。
身体中から、半物質体から、その精神体から自然と術士としての圧力が迸っているのだ。
「えええ!? こんなに突然にですか!? 何の兆候もなかったですよ!?」
「私たちに因子の覚醒は制御できません。勝手にそうなるのです」
「こ、こんな…ことが……本当にあるんですね」
ここでようやく理解が追いつくが、驚きのほうが優先するのも普通の反応だろうか。
だが、紛れもなく事実であり現実だ。
ある日突然、目が覚めたらできるようになった、突然筋力が上がっていた、突然足が速くなった等々、そうした成長は身体が勝手にやるものだ。
因子もそれと同じく個人の成長と環境に応じて自動的に上がっていく。知らずのうちにサナの因子が覚醒していたのはそのためである。
そして、因子が上がったのはセノアだけではない。
ラノアが放った雷玉も肥大化すると、何十頭というハリュテンたちを巻き込んで感電。敵の動きを止めるどころかショック死させてしまう。
「ラノアさんも因子が上がっています! アンシュラオン様も褒めてくださいますよ」
「えへへ、やったー!」
姉妹ゆえなのか同時に因子の覚醒が発生。ラノアも本格的に術士として目覚めることになった。
この現象によって初めて、多くの者たちが因子が上がる『本当の意味』を知ることになる。
因子レベルにおける『1の違い』は天地の差であり、使える技や術が増えるだけではなく、その威力も各段に上昇する。
同様に因子は肉体や精神にも強い影響を及ぼすため、今まで苦労して使っていた術も比較的簡単に扱えるようになり、その負担もかなり軽減する。
何よりも因子が1違えば『立場』も変わる。
単なる平社員だった者が、その瞬間から部長に格上げされるくらいの変化を一瞬でもたらすのだ。
これは誰かが決めたとかいう話を超えて、自然界における立場が『世界の意思』から認められたことを意味する。
だからこそ講師にはロゼ姉妹の変化がよくわかる。生物としての格が上がったのだから本能で察するのだ。
本当ならば喜ぶべきところだが、これに焦ったのは、ほかならぬロゼ隊の子供たちだった。
「セノア様もラノア様もすごい! けど…これってまずいよね?」
「う、うん。わたしたちも結果を出さないといけないかも。ご主人様に失敗だと思われたくない…」
だらけ癖のあるアイシャンでさえ、姉の言葉に若干の危機感を覚える。
子供ゆえに講師の先生に褒められるロゼ姉妹が羨ましいという感情もあるが、ギアスの効果もあって脳裏にはアンシュラオンの姿がチラつく。
なんだかんだいってもアンシュラオンは魅力が高い。年上だけではなく年下の女性や子供からも慕われる。
彼女たちからすれば、ご主人様である彼だけが世界のすべてなのだ。
アンシュラオンに褒められたい。失望されたくない。
そんな気持ちが結果を求める欲求となり、彼女たちに必死さを与えていく。
欲望がありすぎても困るが熱情は無くては困る。強くなりたい気持ちがあってこそ因子は燃え立つものだ。
子供たちの気迫が乗り移ったように、皆の術の威力が少しずつ上がっていく。
「アン、昨晩言っていたことと違うじゃない!」
「いいの! 今は褒められることが大切なんだから! 僕もアンシュラオン様に褒めてもらうんだ!」
「まったく! コロコロと意見が変わるんだから! でも、それでいいのよ! 私たちはがんばる必要と義務があるの!」
バレアニアたちも必死になって術を発動させていく。
その負荷によって術の因子が「0.3」「0.4」「0.5」と急上昇を開始。
通常ならば因子はこうも簡単に上がらない。才能がある者でさえ何十年とかけて1上がるかどうかの世界だ。
だが、スレイブギアスの媒体である魔石が光り輝き、魔人の力が彼女たちにも注がれていく。
その中心は、セノアとラノア。
彼女たちの魔石から溢れ出た光が蜘蛛の糸のように絡みつき、全体を一つにまとめ上げながら眠っていた力を引き起こす。
この瞬間、ロゼ隊のメンバーは正式にロゼ姉妹の支配下に入った。
『白い魔人』から直接の寵愛を受けたロゼ姉妹という『上位魔人』の眷属として世界から認められたのだ。
それによって力が一気に増大。
レベルの上限が「99」になり、因子の覚醒限界値も上昇。
燃え滾る熱い情熱の炎が、血を焦がして強制的に因子が目を醒ます。
まずはセノアの水が渦となり、群れの中央で百頭近い個体を呑み込んでいく。
因子レベル2の魔王技、『水渦濫』である。
(なぜか…わかる。使い方がわかる)
術にしても技にしても、すべての情報は因子の中に眠っている。教わらずとも覚醒と同時に閃きによって体得できるのだ。
ラノアの雷玉も『雷貫惇』へと変化。サナもよく使う術符だが、それ以上に肥大化した雷のレーザーが敵陣を貫く。
あまりの威力と力の余波によってハリュテンたちが蒸発したため、思わずマキ隊に当たりそうになったほどだ。
水渦濫も雷貫惇も因子レベル2の魔王技である以上、セノアとラノアは一気に2にまで因子が上昇したことを示している。
また、ロゼ姉妹の眷属となった子供たちも因子レベルが1に上昇。扱う術が目に見えて強力になっていく。
当然、これに驚いたのはメラキの講師である。
「まさかこんなことが…! さすがはアンシュラオン様。弟子を取らないことで有名なエメラーダ師が認めたほどの御方です」
「これが魔人の力なのね。まったくもって怖ろしいわ」
「しかし、導く力でもある。邪ではないのならば、これは純粋な力そのものだ」
メラキたちにはアンシュラオンの『支配力』が視える。
魔人については『人に罰を与えるための必要悪』という認識だが、目の前で起こっていることは正邪どちらでもない。ただただ破天荒な力だ。
そして、その影響はマキ隊にも及んでいた。
「『ガンクズリ〈多食貂熊〉』が来たぞ!」
「気合を入れなさい! 一気に叩くわよ!」
「はい! マキ様!」
マキの号令で各人が気合を入れ直すと、こちらもようやくフィット。
白き魔人の妻であり、序列二位という上位魔人種すら超える『最上位魔人』のマキから力が伝播し、ギアスを通じて彼女たちにも劇的な変化が訪れる。
マキ隊が、向かってきたガンクズリの群れと真正面から激突。
無我夢中で持てる力をすべて叩きつけ、相手を殺すことだけに熱中していく。
鎧にもヒビや亀裂が入り、銃弾が尽きても、剣が摩耗して刃こぼれしても気にしない。
そうやって何度も何度も身体ごとぶつかっていくうちに肉体の表面に薄いモヤが生まれていく。サナも経験した戦気の初期段階で起こる現象だ。
彼女たちの因子も「0.3」「0.4」「0.5」と上がっていき、常人から武人への階段を急速に駆け上がっていく。
こちらも簡単には上がらないものだが、事前に道を整えてもらった後続の人間は歩くのもたやすいものだ。
マキに導かれる形で肉体と魂が燃焼。
因子が1に上昇して武人として覚醒することで、心身が爆発的な強化を受ける。
ガンクズリは非常に分厚い皮膚を持つ魔獣だが、それを力ずくで引き裂いて叩き潰していく。
そこにセノアたちが後方から術の支援。
攻撃術式だけではなく無限盾を展開したり、鎧が壊れた者には耐力壁を使い、怪我をした者は若癒で回復を施す。
事前に術式だけは教わっていたので、因子が覚醒すれば思うままに力を振るうことができるのだ。
「噛まれたやつは傷口に命気水をかけろ! それで雑菌は防げる!」
アーパム戦隊の基本装備である救急箱には、トイレにも使われている薄めた命気水が常備されている。
それを傷口にかけるだけで魔獣が持つ病原菌や雑菌の類も防ぐことができ、一時的に回復力も高まっていく。まさに万能水だ。
セノアたちも協力して負傷者の治療にあたるが、そのたびに両隊の間にあった垣根が取り払われていくのがわかる。
同じ目的のために動く集団は、それがどんなに異なる性質であっても一定の親和性を得るものだ。
(なんだろう。すごく充実する。この安心感は何?)
案ずるより産むが易し。
セノアはがむしゃらに戦っているうちに、逆に心が平穏になっていくことに気づく。
まるでアンシュラオンがすぐ近くにいて、支えてくれているような気分だ。それがギアスで繋がるということであるし、不安ならばむしろ戦うことで恐怖は解消される。
今、セノアは戦いの中で「生」を学んでいるのだ。
場が臨界点に達した頃にはゼイヴァーやモズたちも参戦し、あっという間にガンクズリの駆除が終わる。
「さすがに数がいましたね」
呼吸一つ乱していないゼイヴァーの視線の先には、万を超える死骸が転がる惨状が広がっていた。
そこには限界がやってきたマキ隊の面々も一緒に倒れている。ここまでくると死骸の上に倒れようが、顔に血や臓物が触れようが気にしないらしい。
ゲイルは正紋を使ったこともあって多少息切れしているが、ゼイヴァーの言葉に笑顔を向けるだけの余裕はあった。
「まだ魔獣駆除には慣れないか?」
「ええ。武力で開拓をしている我々が言うのもなんですが、必要な措置とはいえ憂鬱になります」
「翠清山の戦いから一年弱でこの有様だ。どうせまた増える。これからも定期的な駆除が必要だろう。それも俺たちの役割ってことさ」
魔獣の死骸も他の魔獣の餌となり、最後は大地の栄養となって森を育む力となる。
そしてまた新しい命が生まれ、また何かが死んでは生まれていく。その循環によって自然は成り立っている。
極めて当たり前のことなのだが、それをよりリアルに感じるのが北部の大地なのだ。
「この大地には畏怖すら感じます。しかし、それだけ生命力が強い証拠なのでしょう。私もまだまだ心が弱い。皆さんを見習いたいものです」
「そのうち嫌でも慣れるさ。んじゃ、小娘たちを起こしたら拠点に撤収するか」
「魔獣の素材はどうするのです?」
「他の連中にやらせるさ。うちは労働者も多いからな」
魔獣の素材集めは、若葉商会や炸裂ドカン商会が雇っている労働者が担当する。
売上の一割を報酬にすると言えば彼らも必死になって集めるだろう。人を動かすのは利益であってかまわない。それもまた力である。
「ほら、帰るまでが任務よ。がんばって」
「は、はい……はぁ……はぁ…死にそう」
「お風呂に入り…たい」
歩くのもやっとの者たちが休憩所に戻ったのは、翌日の夕方を過ぎて夜に差し掛かってのことだった。
風呂に入る前に彼女たちはダウン。ベッドにすらたどり着けず、床の上で泥のように眠っていた。
しかし、こうした体験が彼女たちを強くするのだ。




