601話 「害獣駆除 その4『正紋の力』」
明朝。
山の方角に大量のハリュテンが確認されたため、薄闇の中で交戦開始。
マキ隊がMNG10で銃撃を行い、ハリュテンたちを蜂の巣にしていく。
ただし、相手は狂暴なイタチだ。
大きさも中型犬サイズで簡単に即死しない個体も多く、逆に攻撃されたことで怒り狂って反撃を加えてくる。
「牙や爪は装甲の厚い部位で受けろ! 貫通はしないから慌てるな!」
ゲイルたちも盾や手斧を使って壁となり、ハリュテンの攻撃を阻害する。
仮に突破してきた個体がいても新型鎧のFABYならば、この程度の攻撃は防ぐことができる。
実際にハリュテンの爪は鎧にかすかな引っ掻き傷を作る程度で、噛みつかれても同じく傷がつく程度だ。
彼女たちがまだ戦気を出せないことを考慮すれば、もともとの鎧の防御性能が高いことがうかがえる。
「前衛は近接武器で攻撃だ! 身体を使って押し返せ!」
近寄ってきた個体には、銃よりも近接武器のほうが対処しやすい。
これは単純な理屈で、小さい弾丸でいくら撃っても穴があくだけで、相手が怯まなかった場合はそのまま突っ込まれてしまうし、残弾の問題もある。
一方の刃渡りの大きな武器であれば、物理的に部位を切り離すことで強制的に勢いを削ぐことができ、振り回せば範囲を攻撃することもできる。
銃がこれだけ発達した世界において近接武器がずっと覇権を握っているのは、そのほうが強いからだ。
「一頭一頭はたいして強くない! 私たちでもやれるわ!」
マキ隊の戦士隊がそれぞれの得物を取り出すと、ハリュテンに叩きつける。
それらの武具も焔紅商会で新たに作った術式武具であり、火乃呼が打ったものもあるので攻撃力は極めて高い。
ハリュテンくらいならば、それで一刀両断。
敵が密集しているため長剣でも一撃で三頭は軽く屠れるし、大剣ならば五頭は倒せ、戦斧ならば振り回して十頭はいける。
大型武器の弱点は隙が大きいことだが、組み付いてきた敵に対しては、すかさず腕に格納されている『火隆剣』を起動。
ガシュンと腕から突き出た赤い剣先に触れただけで、ハリュテンが燃え盛り、のたうち回る。
少し離れた位置に敵が固まっていれば左腕のバズーカで吹っ飛ばし、大納魔射津を投げればより多くの敵を倒せた。
今のところFABYの性能は予想通りに発揮されている。
がしかし、いかんせん敵が多すぎる。
チユチュ同様に繁殖力の多さだけが売りのような魔獣だ。倒しても倒しても、どんどん現れる。
いくら高性能の鎧の補助を受けていようが、所詮は武人として覚醒前の人間かつ女性で、サリータたちのように傭兵として戦っていたわけでもないので基礎体力も低い。
徐々に疲労が蓄積して動きが鈍くなる。
「か、身体が重い…!」
「はぁはぁ! く、苦しい! 酸素が足りない!」
「手を止めるな! ひたすら動き続けろ!」
「そんなこと…言われても…! はぁはぁ!」
ゲイルの叱咤を受けても疲労が回復するわけではない。次第に数の力に圧されて呑み込まれていく。
この数に揉みくちゃにされれば、鎧の隙間を狙われて怪我を負う者たちも出てくる。圧し潰されれば呼吸だって満足にできなくなるだろう。
だが、これでいい。
彼女たちが武人になるためには、サナがそうしたように厳しい鍛錬が必要だ。筋肉が断裂しようが肺から血を吐き出そうが、胃に穴があこうが関係ない。
生きるか死ぬかの瀬戸際であがけない者は、アーパム財団の兵にはなれないのだ。
そして何より、彼女たちには目指すべき『象徴』がいる。
「踏ん張りなさい! アンシュラオン君のためならば命も惜しまない! それが私の自慢の隊のはずよ!」
「ま、マキ様…!」
もし心が挫けそうな時は彼女を見ればいい。
どんな劣悪な状況に陥っても、彼女だけは前に進むことをやめないのだから。
「私が道を切り開くわ! ゲイルさん、少し時間をちょうだい!」
「おう、任せておけ!」
ゲイル隊が前に躍り出ると、ハリュテンの流れを一気に断ち切る。
彼らにもアズ・アクス製の鎧が支給されており、武器に関しても最優先で優秀なものが与えられている。(山で手に入れた武器も正式に譲渡されている)
上空から見ればわかるが、歴戦の傭兵は位置取りが上手い。
素人集団のマキ隊は、敵の数だけに目を奪われて密集してしまっていたが、ゲイルたちは即座にお互いの役割分担を決めて対応。
それぞれが十メートルの範囲を受け持ち、怖れずに立ち向かうことで多数の敵を見事に捌いている。
その網からこぼれてくる敵がいても、すでにボロボロで全力では動けず、マキ隊の恰好の的になって駆除されていく。
さらには、こんな秘密兵器もある。
「せっかくだ。兄弟にもらった力を試してみるか」
ゲイルの腕には『剣』の文字が刻まれていた。
それに意識を集中させると、文字が輝いて何かが内から湧き上がる独特な高揚感を覚える。
ここでは剣を具現化させず、斧から実剣に持ち替えて、横薙ぎの一閃。
凄まじい斬撃による衝撃が突き抜け、一撃でハリュテン三十頭が真っ二つになった。
「こりゃすげぇ。たしかに剣技の質が上がっているな」
これは『剣の正紋』の力であり、そのまま発動させた場合は剣士の因子を引き上げる効果がある。
ゲイルは剣士因子が「0」の武器型戦士タイプだが、正紋を使うことで生粋の剣士の力を持つ『疑似的なハイブリッド』になれるわけだ。
また、正紋を発動させれば、それだけで全体的に能力が強化される。
魔石ほど顕著ではないものの、その効果は今見た通り。凄腕の剣士と見まごうばかりの剛剣を披露する。
最初に手に入れた剣の正紋はファテロナに返したので、こちらはエメラーダから購入したものである。
ただし、アンシュラオンからもらったのは剣の正紋だけではない。
腕にはさらに『強』の文字が刻まれており、今度はそちらを起動。
するとゲイルの動きが明らかに良くなり、攻撃はさらに威力を増してハリュテンたちを薙ぎ払い、一斉に噛みついてきた何十頭という個体も強引に弾き飛ばす。
これらの現象は『強の正紋』によって、ゲイルの【強度】が上がったためだ。
正紋は基本的に漢字一文字であるため、その意味合いが人によって多少異なることはあれど、起こる現象はだいたい決まっている。
この『強の正紋』に関しては、あらゆる強度が上がるようになっており、普通に使えば肉体がよりタフネスになる効果が与えられる。
おそらくは元となった魔神が身体能力に特化した存在だったのかもしれない。
もちろん『心の強さ』も多少上がるには上がるが、それに特化しているわけではないので、本当に強心臓が欲しい場合は『心の正紋』を手に入れる必要がある。
が、ゲイルは精神的にもタフな男なので、強の正紋だけで十分な強化になるだろう。
「この力もいろいろと実験しておかないとな。女子供にやらせて自分だけ怠けるわけにもいかねえよ」
遠征にゲイルが帯同しているのは、この正紋実験も兼ねてのことだ。
続いて『強』と『剣』の順番に同時起動を試みると、正紋同士が合体して「強剣」という熟語を生み出す。
これが通常の漢字ならば、「強」が「剣」を形容して「強い剣」という意味合いになるのだが、邪正紋の場合は法則が異なるので注意が必要だ。
エメラーダが教えたように【先に使った文字が優先権を得る】ため、この場合は全身が強化されたうえで剣の因子も強化された状態になる。
ただでさえ二つの正紋を同時に起動すれば、それだけでかなりの強化が受けられるので、こうなればもう戦士型剣士そのもの。
耐久力のある剣士、または剣技も得意な屈強な戦士と化し、盾で殴りながら剣で切り裂く芸当もこなしたり、単純に拳で粉砕することも容易となる。
「はは! 楽しいな! 好き勝手に戦うのも悪くない!」
いつもはフォローや壁役が多い彼からしてみれば、敵陣に殴り込んで暴れまくる戦い方は、ひどく享楽的に感じられる。
その勢いは凄まじく、狂暴なハリュテンでさえ気圧されて逃げ出しそうになっているほどだ。
クルルザンバードに操られてさえいなければ、魔獣はそこまで心が強くはない。強い敵に萎縮するのは生物の本能である。
「おいおい、逃げるなよ。まだ実験に付き合ってもらうぜ!」
今度は『剣』と『強』の順番で正紋を起動。「剣強」という日本語からしたらやや見慣れない熟語になる。
まるで何かのラノベの略式タイトルのようだが、この場合は二パターンの効果が発揮できる。
一つは、さきほどもやったように剣の因子を強化しつつ、それに加えて全身を強化するものだ。
両者に違いがあるとすれば、剣のほうが優先的に強化される点だろうか。より剣技に重きを置くのならば、こちらを採用するのもいいだろう。
だが今は、より違いが生まれる二つ目の効果である『剣の物質化』を試すべきだ。
こちらを選択した際は、剣が先に物質化し、その剣に対して強の力が宿ることになる。
結果、見た目もややいかつい幅広の剣が生まれた。
長さは、それがあまりに長いものでなければ一定の範囲内で制御できるようで、ゲイルが生み出したものはいわゆる長剣サイズのものだったが、幅が広いので大きな鉈にも見える。
それで敵を攻撃すれば、豆腐を切るかのように簡単にハリュテンを殺すことができた。なかなかの威力だ。
が、これには致命的な欠陥がある。
「悪くはないが…術式武具のほうが楽だな」
実際に使った感想としては、まさにエメラーダが指摘した通り。
こちらには火乃呼や炬乃未が作った強力な武器があるので、あくまで予備の武器にしかならない。
強化を受けられる点は長所だが、それで体力が削られるのはもったいないと結論付ける。
とはいえ、それはアーパム財団だからこその感想であり、もしゲイルが傭兵団のままだったならば相当な戦力アップになっていたことは間違いない。
そして、実験は最終段階に入る。
ゲイルが持つ正紋は『剣』と『強』に加えてもう一つ、『火』も与えられている。
通常の人間ならば一つ、武人でも二つが精一杯なのだが、アンシュラオンのギアスによって強化されたゲイルの場合は、まだまだキャパシティに余裕があった。
よって、火も同時に起動すれば『火で出来た強い剣』が出現。
ただ斬るだけで敵が火達磨になって燃え尽き、それを投擲するだけでも爆炎となって敵が消し炭になっていく。
使い捨ての属性武器と考えれば勝手はよく、火が弱い相手だけではなく、投擲をメインで使う際にも十分に実用に耐えられる威力だ。
また、『火』と『強』の順で起動させれば手に高熱の火が生まれる。
それを敵に投げつけたり放射することで、『疑似的な覇王技』または『疑似的な魔王技』にすることもできた。
「こいつは面白い! 兄弟みたいだな!」
ゲイルは覇王技を使わないタイプの戦士ゆえに、技を駆使するアンシュラオンに憧れていた面がある。それが叶うのは嬉しいことだ。
ちなみに『強』と『火』の順番に起動すると、強化されたゲイルが火に覆われて火気に似た効果をもたらした。
これに関しては敵の火から自身を守ることにも使えそうなので、正紋は使い方次第でさまざまな状況に対応できることが証明される。
一方で、こうした対応を戦闘中でも瞬時にしなければならない都合上、熟練の武人にしか扱いきれないことも証明されてしまう。
未熟な者に与えるのならば、せいぜい二つまで。できれば一つがよいだろう。
(ゲイル・メンス殿。E級傭兵団出身と聞いていたが、実力はかなりのものだ。おそらくは十光長レベルだろうか。アンシュラオン殿の兵もなかなかに強い)
その勇猛さを見ていたゼイヴァーも、ゲイルの戦いぶりに感心する。
もともと基本ができているうえに全体的にパワーアップしたとなれば、DBDの騎士にすら匹敵する実力者になれるのだ。
その能力は、グレツキやハンクスといった十光長と同格。
本来のゲイルはブラックハンターに届くか届かないか程度なので、かなりの強化といえる。
「はぁああああ! 大技を出すわよ! みんな、どいて!」
ゲイルが敵を引き付けたことで、マキが余裕をもって大技の態勢に入ることができた。
噴き上がった膨大な真紅の戦気を爆発集気で一点に集約し、両の掌を相手に向けて技を発動。
覇王技、『焔華火蓮爆裂掌』。
爆裂した炎が華のように広がり舞い散り、火の花びらが付着したものに絡み付いて燃やし尽くすまでは、普段から使っている因子レベル3の『焔華爆裂掌』と同じだ。
しかしこちらの因子レベル5の上位技は、両手で放つことで威力が倍になりつつ、さらに地面からいくつもの『火の蓮』が咲き乱れ、そこから噴き出す炎による二段攻撃となっている。
宙に放たれた炎で焼かれて思わず伏せた個体も、下からの炎で焼かれて舞い上がり、上の炎でまた焼かれる地獄を味わう。
火属性の技は、広域破壊が真骨頂。
この一撃だけで約千五百頭のハリュテンが消し炭となり、周囲にいた数百頭も余波で焼かれ、重度の火傷を負って痙攣する。
「体力も問題ない! 大丈夫、私は強くなっている! 老師が抜けた穴は私が埋めるわ!」
マキも周囲が劇的に強くなっていることに若干の焦りを感じていたはずだ。
それゆえに全体鍛錬よりも個別の鍛錬に時間を費やし、夜な夜なアンシュラオンと模擬戦をすることで因子レベル5の技も使いこなせるようになった。
この因子レベル5の領域は、地球でいえばオリンピックの常連になれるレベルなので、武人の中において上澄み中の上澄みに該当する。
小百合やホロロが列強の宮廷魔術師以上ならば、マキもまた騎士団長レベルの力を身に付けていることになる。




