600話 「害獣駆除 その3『FABY』」
「今日からは肉体に強い負荷を与える。覚悟しておけよ」
朝のゲイルの一言で、場がお通夜状態になる。
前日に銃火器で楽をさせておいて、一気に奈落に叩き落とす体育会系のやり方だ。
ゲイルはべつに体育会系ではないが、泥臭い役割を淡々とこなしてきた経験から身体を張る重要性を知っているにすぎない。
そして、彼女たちを『武人として覚醒』させるという大きな目的もある。
そのためには肉体への強烈な負荷が不可欠なのだ。
「このあたりで問題となっているのは蟻だけじゃねえ。一番厄介なのが『ガンクズリ〈多食貂熊〉』と『ハリュテン〈菌爪長貂〉』だ。特にハリュテンは生息数が激増している。最優先駆除対象だな」
二種とも本来ならば熊神の眷属なのだが、錦熊の領土がアンシュラオン領の出現によって切り取られてしまったため、管理が難しくなった眷属たちが放置状態になっている。
その結果、ガンクズリが手当たり次第に動植物を食い荒らし、保護が必要な魔獣も襲っているので蟻以上に緊急性の高い事案だ。
一方のハリュテンは個で見ればそこまで脅威ではないが、繁殖力が異様に高く、上位の魔獣も減ったことで生態系を破壊しつつある。
また、多数の病原菌を保菌しているため、大量発生すると森に入った人間が攻撃されて疫病が流行する心配も出てくる。
よって、二種とも定期的に数を減らす必要があった。
「連中は少し山寄りを縄張りにしている。場合によっては野営するかもしれねえ。そこも覚悟しておけよ」
「えー!? お風呂に入れないの!?」
「当たり前だ。戦いをなめるな」
本当は野営用の風呂セットも量産されているのだが、彼女たちの心身をしごき上げるために厳しい環境下で戦う予定だ。
ただし、蟻と比べて危険度が大幅に増したことで、マキ隊の面々は『白い鎧』を着込む。
この鎧もDBDと共同開発した新型武装甲冑であり、コンセプトはHA1と同じく『軽量かつ頑丈で高火力』である。
鎧はアズ・アクスでも作っているが、以前サリータたちも苦労したように、優れた防具は優れた武人にしか使いこなせない。竜鎧も初期の彼女だったら装備できなかっただろう。
それらの事情は西大陸でも同じなのだが、だからこそ軍隊では兵士や下位騎士の力を底上げしようと武装甲冑の開発が進んでいる。
グラス・ギース軍が翠清山で使っていたのが三世代前の旧式とすれば、現在の最新式が件の『魔人甲冑』である。
しかしながら性能テストで示したように、魔人甲冑は火力が高い分だけ大きくて扱いが難しく、森林部のような局地戦ではせっかくの機動力も失われてしまう。
それを補うために作られたのが、新型武装鎧『FABY』である。
こちらも最初から作るのは手間がかかるため、旧式の武装甲冑を改造して軽量化しつつ、駆動系に『竜測器昇』の複製品を使うことでパワーを向上。
さらにホロロが使っていたバイザー、『凝視輪捉鏡』の複製品を組み込むことで『凝視』の能力が付与され、敵味方の位置が把握しやすくなっている。
また、全身を完全に覆わない形にしたことで、甲冑というよりは鎧に近い形状になったが、女性が着ても重くなくスタイリッシュなデザインでむさ苦しくもない。
カラーリングも白に統一。肩と胸にはアーパム財団のエンブレムが描かれ、一目で白の戦隊所属だとわかるようになっている。
そして、武装甲冑と通常の鎧との違いは、『内蔵式の武器の有無』にこそある。
まずは火乃呼が作った『征火激隆の剛剣』を小型化した『火隆剣』を腕部分に内蔵。ホロロが使っている篭手と同じく、突然の近接戦闘でも腕から刃が出てくる仕様になっている。
もう片方の腕には小型のバズーカを組み込み、大納魔射津といった術具も腰に装備している。緊急時には腰を強く押し込むだけで大納魔射津が起動して分離するので便利だ。(事故に注意)
武装を格納型にしたことで動きに干渉せず、そのままの状態でMNG10やHA1を扱えるうえ、普通の術式武具も持てるのが強みといえる。
「女性を戦わせたくはありませんが、ひとまず戦力的には問題なさそうですね」
その様子をじっとゼイヴァーが観察していた。
当然ながら女性の着替えを眺める趣味はない。それが『彼の任務』だからだ。
このFABYはアンシュラオンが半ば強引に作らせたもので、数もマキ隊が着る分しか用意されていない急造の試作品だ。
だが、ほぼ一般人である彼女たちが使えるからこそ、そこには大きな意味が出てくる。
ガンプドルフたちの最終目標は、この地への入植と国家の再興だ。となれば、いずれは大量の移民、主に一般人がやってくる。
しかし、西方の大地は他の荒野よりも圧倒的に危険だ。武人でも苦戦するのだから一般人ならばなおさらだろう。
その時にFABYが完成および量産できていれば、多くの同胞人の命を守れると同時に、同数の戦力を手にすることができる。
この短期間に多くの新型武器が開発されているのは、そういったDBD側の熱量の高さが最大の理由といえた。
「ゼイヴァー様ったら、私のことを熱っぽい視線で見ているわ。興奮しちゃう!」
「馬鹿ね。あなたじゃないわ。私よ」
「何を言っているの。私に決まっているわ」
ただし、そんな事情を知らないマキ隊は明らかに違う方向に熱が入ってしまうのだが、これもイケメソの宿命である。
「キシィルナさんは鎧は着ないのですか?」
ゼイヴァーがFABYを着ないマキを見る。
一応彼女の分も用意されているが、着込んでいるのは以前作ってもらったバトルジャケットの改良品だけだ。
「あんなものを着ていたら戦いにくいわ。というか、か弱い女扱いしないでもらえるかしら。これでも、れっきとした戦士なのよ」
「申し訳ありません。他意はないのです」
「まあ、事情は聞いているから心中は察するわ。あなたこそ、昨日と同じ格好なの?」
「油断はしていません。これで十分と判断しました」
そのゼイヴァーといえば、昨日と同じ傭兵偽装用の革鎧に木製の棍だけという有様だ。
彼の完全武装である竜騎士然とした全身鎧と業物の槍を思えば、ほぼ裸と言っても過言ではないだろう。
だが、彼から発せられる熟練の武人の波動が、それで問題ないと告げている。
(これが西側の騎士…か。私も翠清山で鍛えられたと思っていたけど、潜ってきた修羅場が全然違うわね。学べるところは少しでも学ばないと)
魔石が覚醒したユキネがライバルとして急浮上してきたが、競うべき相手は身内だけではない。
本物の戦争を経験してなお生き残ってきた強者の佇まいを見ると、まだまだ甘いのだと知る。
そんなゼイヴァーでさえアンシュラオンに秒殺だったと聞けば、ますます停滞などしていられない。
「行きましょう。日が暮れるまでに野営地に着きたいわ」
準備を終えた一行は、移動を開始。
他の魔獣の生態を確認しつつ、身を守りながら慎重に進んだことで移動速度は遅かったが、それでも夕方前には予定地点に到着。
ちらほらハリュテンの姿が確認されたことは懸念点であるものの、そこで陣を張って翌朝から駆除に入ることになった。
夜中の見張りはモズたちが担当してくれるので、マキ隊はゆっくりと休むことができる。
といってもマキ隊は新型鎧に関する報告書を書かねばならないので、特別に労わったわけではない。互いが淡々と役割を果たしているだけだ。
ロゼ隊のテントはキャンプの中央に張られ、外ではゼイヴァーが専属で見張りをしているため、ここではもっとも安全な場所といえる。
「やっぱり森って怖いね」
「うん、大人の人たちがいても…怖いよね」
先日、蟻相手に危ないシーンがあったアッテ姉妹が、ようやくにして森の怖ろしさに気づき始める。
アンシュラオンが平定したといっても、やはり翠清山は魔獣の巣窟である。魔獣自治区は手付かずの場所も多く、その不気味さと脅威は変わっていないのだ。
不安がる彼女たちにセノアが声をかける。
「大丈夫だよ。ご主人様は私たちに無理をさせるつもりはないって言っていたし、ゼイヴァーさんだって護衛につけてくれたから」
「セノア様は、彼とは前に会ったことがあるのですよね?」
ディアナが前のめりになる。
まだ子供といえど女性だ。イケメソには興味があるのだろう。
「遠征先でちょっとだけね。べつに親しいわけじゃないよ。ゼイヴァーさんは誰にでも優しいから」
「でも、アンシュラオン様と一緒に行動していたからこそ知り合えたのですよね。ご主人様にお呼ばれする段階で特別ですよ」
「そんなことないと…思うけど」
「あの鳥?の魔獣にも普通に乗ってますよね。わたしなら怖くて近寄れないです」
マスカリオンを思い出したアイシャンが震える。
黒の十六番隊のメンバーはマキ隊同様、白詩宮から少し離れた宿舎で暮らしているので、屋上に居座るマスカリオンをよく見かける。
セノアは念話を使える利便性からよくアンシュラオンに呼ばれており、立て籠もり事件の時のようにマスカリオンに乗る機会も多い。
子供たちが恐怖する魔獣に颯爽と乗り込む姿は、彼女たちからすれば畏敬の対象にさえ映る。
「あ、あれは…早く乗らないといけないと思って勇気を振り絞っているだけで…簡単に乗れているわけじゃないよ。それが仕事だからだよ」
「白詩宮に住めるだけでも特別ですよ! いいなー! 僕も住んでみたいです」
「アンちゃんだって頼めば住めるんじゃないかな?」
「無理無理。そこは絶対区別してますって。僕もそのほうがいいと思いますし」
アーパム財団専用の宿舎は土地の確保とともに徐々に増えているが、白詩宮にどれだけ近いかも重要な要素だ。
本殿である白詩宮には妹のサナやマキといった妻たちに加え、アロロやミャンメイやロリコン夫妻のように近しい者しか住むことはできない。もちろん、その中にはロゼ姉妹も含まれている。
全員に新型ギアスがかかっているとはいえ、アンシュラオンの性格上、信用できない者を近くには置かない。
そうした事情を知っていれば、住んでいる場所で序列がわかってしまう仕組みなのだ。(当人の希望があれば離れた場所に暮らすこともできる)
つまり宿舎組にとって白詩宮組は、それだけでステータスなのである。
「うーん、そうなのかな? 序列ってよくわからないけど…」
「序列があったほうが安心感がありますけどね」
「安心? むしろ怖くない? 期待に応えられなかったらと思うと…」
「ご主人様って、人を見る目がすごくあると思うんです。普通だったら文句が出そうなのに、それがまったくない段階で間違いありませんよ」
「たしかに不満って聞いたことないかも。お給料も出ているからかな?」
「それも含めてですよ。僕たちだって白スレイブだったんだから本当は何も言える立場じゃないのに、生活で不自由することもないし自由に使えるお金もくれる。だからお母さんに仕送りだってできます」
「アンちゃんは、お母さんを恨んでないの?」
「しょうがないですよ。うちはお父さんが死んじゃいましたからね。ロリ子さんも同じ境遇だったみたいだし、そういう家庭も多いですよね」
「そう…なんだ。偉いね」
アンもロリ子と同じく、口減らしでスレイブになったくちだ。年齢が低かったことと容姿が良かったので白スレイブになれたにすぎない。
そんな彼女にもしっかりと給料が出る。それだけでもアンシュラオンが子供にも対等を望んでいる証であろう。(トイレで得た金とは言えないが)
また、白スレイブとして売り払った以上、親は親権を失う契約を結んでいる。それを反故にしたら殺されても文句は言えないため、アンの母親に対する仕送りはアンシュラオンから匿名で行われていた。
普通ならば知らない相手からの送金など怖くて受け取れないが、荒野で生きる者たちはそんな余裕もない。もらえるものはもらっておくのスタンスで、ちゃんと受け取りがなされているようだ。
「アン、そこで安堵していたら前には進めないわ。セノア様に追いつく気概でいないと駄目よ。私たちは切磋琢磨するためにご主人様に選ばれたのだから」
「バレちゃんは頑張り屋だねー。僕は今のままで十分だよ。それぞれ得意な項目も違うし、無理に競うことはないと思うけどなー」
「だから、そういう心構えが!」
「ふぁぁ、ねむー。おやすみー」
「メル!」
「僕も寝ようっと。明日は早いからね。おやすみー」
「もうっ、全然まとまりがないじゃない! セノア様、なんとかしてください!」
「は、はは…。今は休憩中だし、べつにいいんじゃないかな…。明日は大変そうだからバレアニアちゃんも早く休んでね」
「わかってます!」
ぷんすか怒っていたバレアニアも移動の疲れがあったのか、すぐに寝息を立ててしまった。
いつもは神経質で口うるさい彼女も、その寝顔だけは幼く穏やかで、まるで天使のようだ。
(バレアニアちゃんもまだまだ子供なんだね。このまま誰も傷つかないといいけど…ご主人様が計画した遠征だったら、たぶんこんなものじゃないよね。明日が心配だなぁ…)
ちょっとお姉さんぶるセノアであったが、アンシュラオンに付き従うことが多かった彼女の予感は見事に的中してしまうのであった。




