599話 「害獣駆除 その2『子供たちの実戦』」
「あなたたちは術で攻撃しなさい。時間がかかっても大丈夫です」
一方、ホロロ率いるロゼ隊では少々様子が異なる。
彼女たちは術を学ぶのが優先されることと、子供に汎用機関銃は重いことから、後方に位置して術の構築を開始する。
その間はホロロのメイド隊が、MNG10を使って蟻を迎撃。
メイド隊も量産型の給仕竜装を装備しているので、これくらいの重さはなんてことはない。
さらには毎日のようにホロロにしごかれているせいか、銃の腕前もぐんぐんと上がっていき、今では警備商隊顔負けの連携で蟻を駆逐していく。
メイドゆえに基本はサポート能力に特化した部隊といえるが、良い魔石が見つかれば順次交換しているので、それぞれが固有能力を得ていることも見逃せない。
場合によっては親衛隊以上にアンシュラオンやサナの近くにいることが多い者たちだ。優先して強化されるのも頷ける。(メイドの強化はアンシュラオンの趣味でもある)
「では皆さん、昨日学んだ術を実戦で使ってみましょう。まずは魔力弾を発動させてみてください」
「は、はい!」
講師が見守る中、最初に構築が終わったのは、やはりセノア。
複数の魔力弾を生み出して蟻に発射する。
蟻は数が多いので適当に撃つだけで面白いように当たり、直撃を受けた個体の頭部が吹っ飛び、追撃の魔力弾で身体も粉々になった。
魔獣とはいえ生物が死んでいく光景に一瞬だけ怯んだが、なんとか心を落ち着けて魔力弾を放ち続ける。
続いて構築が終わったバレアニアが撃ち、ラノアたちも続く。
威力としてはラノアが一番強く、破壊痕を比べてみるとマシンガンの高速弾以上のパワーが出ていることがわかる。
いくら兵器が強くなろうが強力な技や術には及ばない。それもまた残酷な現実である。
「次は元素術式で攻撃してみましょう」
今度は各人が得意とする属性術式を試す。
まずはセノアが水刃砲を発動。
明確な攻撃術式になると制御が難しくなるが、こちらも相手が多数のため、適当に放つだけで十数匹を一気に切り裂く。
その次はバレアニアが『闇潰』を発動。
前衛の蟻の視界を奪うことでパニックを誘発し、敵の進軍速度を落とすことに成功する。
「ねーむれ。ねーむれ」
メルは『瞬眠』を発動。
攻撃を受けた蟻は縮こまって動きを止める。強制睡眠なので周りの蟻とぶつかっても眠り続けたままだ。
各種ゲームでは眠りの術は軽視されがちだが、戦場で意識を失うことは死に直結するので非常に怖い攻撃である。
ちなみに蟻も一日で五時間以上は眠るとされているので、問題なく術式は通っているようだ。(一分間の睡眠を数百回に分けて眠る種もいる)
「あっちからたくさん来ます」
ディアナは『導星』を発動。
攻撃術式ではないので数は減らせないが、蟻が来る方角を事前に察知して指示を出す。
蟻の数はどんどん増えているので、高所にでもいない限りは陣容を見通すことができない。
そうした配置状況を低い位置からでも逐一確認できることは、集団戦闘において非常に大きなアドバンテージになる。
「アイシャン、いくよ!」
「うん!」
ディアナが索敵をしたところで、アッテ姉妹が火痰煩と風鎌牙を放つ。
まだ術士因子が完全には覚醒していないが、魔力珠で増強された二つの属性が敵に当たる直前で入り混じり、反発して爆発を引き起こす。
「な、なにあれ?」
「今、爆発…したよね?」
意図してやったことではないようだが、やや弱めの大納魔射津くらいの威力は出たようだ。
その一撃で五十匹以上の蟻が爆散。蟻の集団に大きな穴を作り出す。
通常は押し負けたほうにすべての圧力がかかるものだが、これほど上手く反発現象が起きたのは両者の魔力値が完全に同じだったからだ。
ロゼ姉妹とは異なり、アッテ姉妹の特徴は双子ゆえに似ていること。今後もこの特性が彼女たちの大きな武器になるだろう。
「僕もいくよ! ほいほいっと!」
アンは爆発力を生かして高速の『光玉』を発射。当たった蟻は身体の表面を焼かれてもがいている。
光が火と異なるのは、『放射する力』が強い点だ。
太陽光のごとく一点に当て続ければ燃えはするが、基本的には広がり伸びる力に優れており、今回の場合は焼け爛れる魔力弾のような結果を生み出していた。
(みんな、すごい! 訓練の成果が出てるんだ!)
セノアの不安を掻き消すように、隊の皆が思った以上の戦果を挙げたことが嬉しくてたまらない。
が、やはりまだ子供。
講師と魔力珠の補助があっても、しばらくすると息切れを起こしていく。
「はぁはぁ…疲れる…! これ以上は…」
「術から短銃に切り替えなさい。しっかりと相手を狙って一発ずつ撃つのです」
ホロロが武器を『ミテッラ・オグロンビス〈弩火弓母牛〉』のガス袋で作った強化スナイパーライフルに持ち替えると、蟻の下腹部を吹き飛ばして動きを止める。
その狙いはあまりに素早く正確で、セノアたちの眼前で無防備な姿を晒す蟻がどんどん増えていく。
簡単にやっているように見えるが、この銃は威力がかなり高いので、少しでもクリーンヒットしてしまうと蟻程度ならばバラバラに砕け散ってしまう。
それを半死状態で生かしているのだから、ホロロの狙撃は完璧な命中精度を誇っていることになる。
(え、えと、銃はたしか、こうして…こう!)
セノアは腰に差していたハンドガンを握ると、セーフティを解除して発射。
新型ハンドガン、『HA1《ハーワン》』。
こちらもDBDとの共同開発で生み出したものだが、全部を新たに作ると大変なので、DBD軍が制式採用している拳銃を改良したものだ。
銃火器の生産ラインは完全とは言えないものの、アンシュラオン自らが金属をくり抜いてパーツを何千と作ったため、組み上がったものからテスト用としてアーパム財団の各種部隊に先行配備している。
このHA1の最大の特徴は、銃自体の軽さと反動軽減による命中率の向上にある。
女子供が使うことを想定して材質は極力軽くし、弾丸も七ミリと小型のものとなっていた。
その分だけ威力が低いかといえばそうではなく、セノアが発射した弾丸は蟻に当たると貫通するだけでなく、その穴からはジュウジュウという音と煙が巻き上がり、ついには発火して焼死してしまう。
アンシュラオンが独自に開発した『貫通火炎弾』である。
二つの効果を持つ弾丸もあるにはあるがコストが見合わないので、一つの弾丸には一つの術式しか与えないのが常識だ。
それをあえて専用弾丸にして二重構造にすることで、貫通と火の二つの効果を加えたものが、この特殊術式弾である。
構造としては榴弾に少し似ているが、貫通した箇所を内部から焼くのが目的の弾丸ゆえに、一体だけではなく貫通した複数体を同時に焼ける点が非常に優れている。
もしこれを普通の企業が生産するとなれば、一発あたりのコストは数百万は下らないだろう。錬成の失敗を考慮すれば一千万近い値段になるかもしれない。
それならば火炎弾と貫通弾を別々に使ったほうがまだ現実的である。
しかしながら、錬金術師としてすでに一流のアンシュラオンは、こうした特殊弾を自在に作ることができ、何かの作業をしながら片手間で数万個と量産するので弾数の心配もいらない。
HA1における装填数こそ七発と少ないが、これを使えば子供たちでも蟻を簡単に蹂躙できるというわけだ。
「少しずつ撃つのにも慣れてきたね」
「うん、楽しいかも」
アッテ姉妹も初めて実戦で使う銃に興味津々だ。
子供が銃を平然と使うのもどうかと思うが、危険な荒野ではこれくらいの自衛手段は当たり前といえる。
ただし、今は天敵が減って大量発生していることもあり、蟻の増援が止まらない。一匹一匹が弱いとはいえ、すでに数万匹に近い大集団になりつつある。
そのうえギェリーの進化種、『ガッツァント・ガーリー〈軍隊針羽蟻〉』も参加。
この蟻は空を飛ぶことに加えて針も持っているため、刺されれば神経毒が入り込んで致命傷にもなりうる。
ガーリーは上空から一気にロゼ隊に突撃。
油断していたアッテ姉妹が狙われる。
「きゃっ!」
「アイシャン、危ない!」
セノアが掌をかざすと、ガーリーが何かにぶつかって弾かれた。
咄嗟に『無限盾』を発動させたのだ。
「二人とも伏せて!」
バランスを崩したガーリーに、バレアニアが銃を発射。
貫通火炎弾が炸裂して身体に大きな穴があき、爆炎に包まれながら落下していく。
「バレアニアちゃん、ナイスフォローだよ!」
すかさず銃で援護したバレアニアにセノアが声をかける。
だがしかし、なぜかバレアニアは悔しそうな顔をしていた。
「くっ…」
「どうしたの?」
「な、何でもありません! また敵が来ます! セノア様も集中してください!」
「う、うん? そうだね。今は集中しなきゃね!」
(緊張して動けなかった! こんな失敗をするなんて!)
どうやら彼女も無限盾を出そうとしたが上手く作れなかったらしい。それに動揺している間にセノアに先を越されてしまったというわけだ。
実戦は訓練とは違う。敵は本気で殺すつもりで向かってくるのだから怖くて当然。
むしろ反射的に銃を撃てたことは、年齢を考えれば十分見事な対応である。
また、セノアに関してもアンシュラオンがいろいろと連れ回したので、蟻程度では動じなくなっていることも注目点だ。
「きゃっ! また来たよ!」
「はぁはぁ、何匹いるのー!?」
それを皮切りにガーリーの群れが次々と出現。
マキ隊はまだ問題ないが、そろそろ子供たちの体力が危うい。
「これ以上は危険です。介入します」
蟻の前に、金色の髪をなびかせたゼイヴァーが立ち塞がる。
木製の棍を使って跳躍し、それを軽く一振りするだけで十匹のガーリーが消し飛ぶ。
そのまま蟻の集団の真っ只中に舞い降りると、棍を円状に一閃。
まるで汚れたフロントガラスをワイパーで綺麗にするように、その場にいた蟻が消滅していく。
それを一瞬で五回行って大きな穴を五つ作ると、再び跳躍して迫ってきたガーリーの群れを撃墜。
そして、再び降りて地上部の掃討を行い、子供たちの安全を確保しつつ、また跳躍して空中の蟻を撃破していく。
彼が参加して数十秒で蟻の四割が消失。周囲は死骸の山となる。
「さすがね。見惚れるほど強いわ」
その流れる棍捌きと体術にはマキも感嘆の声を漏らす。
現状の彼女では勝ち目がないレベルの武人だ。DBDとの演習に参加していないマキからすれば、動きのすべてが参考になるので見逃せない。
が、同じくそれを見ていたホロロは呆れ顔だ。
「介入するのが早すぎます。あれでは過保護すぎて訓練になりません」
女性保護を信条とするゼイヴァーからすれば、子供たちを危険に晒すことには最初から否定的だ。これでもだいぶ我慢したほうだろう。
ともあれ、これによって大群が完全に瓦解。
ゼイヴァーを先頭にして一気に巣の駆除に向かうことになる。
今回の巣は吸命豊樹ではなく普通の大樹に群がっていたので、火炎弾を中心とした銃撃で対応。
女王蟻も一斉射撃の前には無力で、あっという間に蜂の巣となり樹木ごと燃え上がっていく。
その後は、リーダーを失って逃げ惑っている他の蟻を全部潰せば、無事に駆除完了となる。
「ふむ、西方の魔獣より弱いですね」
「まあ、同じくらい強かったら、北部なんてとっくの昔に全滅してるけどな」
ゼイヴァーの呟きにゲイルがつっこむ。
普段からあの怒り狂った西方の魔獣と戦っているゼイヴァーからすれば、この程度の相手は準備運動にもならないだろう。
ホロロが言う通り、過剰戦力かつ過保護であるが、それを喜ぶ者もいる。
(よかった。誰も怪我なく終われた)
初めての魔獣討伐が終わってセノアは安堵。
術もそれなりに発動できたので大満足であった。




