598話 「害獣駆除 その1『進化する武器』」
翌日。
翠清山に赴くことも多いゲイルが、皆の前で訓練内容を説明。
「今日は森林部の治安維持だ。環境保全の一環で魔獣の駆除も行う」
現在の翠清山は、アンシュラオン領、グラス・ギース領、ハピ・クジュネ領、魔獣自治領の四つに分かれている。
が、それによって魔獣自治領は、切り離された三つのエリアに分割されてしまった。
南西の第一自治領、清翔湖の北に広がる第二自治領、以前ア・バンドの巣を駆除した際に少し入った第三自治領である。
本来、山は全体で一つを構成している。このように明確な領土で分けてしまうと生態系に著しい変化をもたらすのは至極当然のことだ。
事実、天敵がいなくなったことで生息数が激増した魔獣もいる。特に眷属だった種が支配から解放されて好き勝手に動いている様子が見て取れる。
そうした魔獣の駆除、または数が減った魔獣の保護も支配領における重要な仕事となっていた。
その大半は三番隊のハンターたちか、手が足りない時はハローワークで臨時で雇った者、またはグラヌマたちを使って対応している。
今回はその仕事を彼女たちにやらせるわけだ。
「森林部の魔獣は弱い種族が多い。実戦経験が乏しいお前たちにとっては貴重な機会になるだろう。が、だからといって独断専行で突っ走るなよ。油断するとマジで死ぬからな」
ハビナ・ザマに行く時に出会った『イブゼビモリ〈擬爪竜〉』や『デリッジホッパー〈森跳大目蛙〉』は、翠清山全体では弱い部類に入るものの一般人からしたら強力な種族であるし、さらには人喰い熊もいたくらいだ。
森林部で多数の傭兵やハンターが死んだ事例を忘れてはならない。
「魔獣と戦うのね…。大丈夫かしら?」
「ちょっと怖いわね」
翠清山は今でこそ気軽に入れるが、制圧作戦前までは危険地域としてハンター以外はほとんど入らなかった場所だ。
マキ隊も魔獣と本格的に戦うのは初めてであり、緊張からか今までの緩さはすっかりと消えていた。
「キシィルナの隊は、俺たち黒鮭商会とモズの第三警備商隊がサポートに入る。子供たちの隊は、マクーンのメイド隊とゼイヴァーに任せる」
「え? 他の男性は来られないのですか?」
その人選にゼイヴァーが、びくっと反応。
「嫌なのか?」
「い、いえ、嫌というわけではないのですが…男が独りというのもどうかと…」
「兄弟のところにいると女だらけになるのは仕方がない。まあ、これも慣れだ。そっちの親分からも慣らすように言われているからな。我慢してくれや」
「は、はい…」
ガンプドルフの名を出されるとゼイヴァーも何も言えない。
そもそも彼の指揮権はアンシュラオンに与えられているし、今回の現場における最高責任者はゲイルだ。最初から拒否権はないのである。
「えー!? ゼイヴァー様は一緒じゃないのー!?」
「ゼイヴァー様はこっちでいいじゃない! けちんぼ!」
「安心しろ。実戦ではそんなことを言う暇もない。お前たちも糞尿の垂れ流しに慣れさせてやるさ」
「いやーーー!!」
ゲイルの宣言にマキ隊から絶叫が響き渡る。
あまり描写はない(需要もない)が、ある程度の肉体操作ができるレベルに至らないと、当然ながら戦場では糞尿垂れ流しになる。
そうした不衛生が原因で病気になることも多く、それだけでも傭兵の大変さがうかがい知れるものだ。
ただし、アーパム財団では吸水パットや携帯オムツ等々、さまざまな商品を開発している。
これにはソブカと同じラングラス一派であり、女性用品を担当するリレア商会とも提携して開発を進めている力の入れようだ。
リレア商会は、アンシュラオンがサナと買い物を楽しんだ一般街にも店を構えており、女性物の医薬品や生理用品などはもちろん、オムツやマタニティーウェアなども手がけている商会だ。
文化レベルが低い地域だと生きることに必死で、どうしても女性向け商品は後回しになる傾向がある。
しかし、女性がいなければ子供が産めず、蔑ろにしていれば都市は疲弊していくばかりだ。女性用品の開発を怠るわけにはいかない。
よって、今回の遠征にはそうした新商品の試験運用も含まれており、まずは軍事用に開発して、技術が確立したら一般用品として販売する予定である。
「出発だ。西に向かうぞ」
一行が向かうのは西の第一魔獣自治領で、その中でもアンシュラオン領に近いエリアだ。
もっと西に行けばハイザク軍が侵攻したルートになるが、あの時はクルルザンバードの計略で魔獣が移動させられており、ほとんど戦闘らしい戦闘はなかった。
そのために魔獣の大半がアンシュラオン側に集中したわけだが、現在では魔獣たちも元の住処に戻っているので安全とはいえない。
一方で、『カールジャガー〈山森狩猫虎〉』や『アーブグリフィ〈串刺不飛扇鳥〉』といった中型の魔獣がだいぶ数を減らしたことで保護対象となり、今回は出会っても追い払う程度で殺さない方針だ。
では、此度の主な駆除対象は何か。
「いたぞ。あれが『ガッツァント〈軍隊針蟻〉』だ」
ゲイルが小型犬サイズの『蟻』を見つける。
この魔獣は森林部制圧の際にベルロアナ隊が戦ったものと同種であるが、第一魔獣自治領ではこれが『大量発生』している。
その理由は、蟻を食べる魔獣が減ったからだ。
蟻は数が多いことから他の魔獣の餌でもあり、たとえば同じくグランハムたちが倒した『バーナーマン〈手投蛇猿〉』も、おやつとして蟻を捕食することがある。
さきほど述べた『アーブグリフィ〈串刺不飛扇鳥〉』も、よく蟻の巣をついばんでいる光景が見られたものだが、天敵が減ったのならば捕食対象が増えるのは当然だ。
野良猫を捕まえすぎてネズミが大量発生した都会の惨状と似ている。一度こうなってしまえば、もはや自然の自浄作用だけで対応することはできず、人が介入するしかない。(そもそも人のせいで壊れたのだが)
もちろん相手が蟻と知った女性陣は大パニック。
「ぎゃーーー! なにあれ! キモイ!」
「怖い怖い怖い! わさわさ動いてるー!!」
「魔獣なんだから怖いのは当たり前だ。さあ、いくぞ」
「あれは無理ぃいいいい!」
いくら泣き叫ぼうが、魔獣に近寄れば相手から攻撃してくるものだ。
最初は数匹だった蟻が集合フェロモンを発して仲間を呼び寄せ、こちらに向かってきた。
なにせ相手は肉食(雑食)である。数が増えればより多くのエネルギーを欲するため、彼らからすれば人間は餌にしか見えないだろう。
「銃を構えろ。新型を試すぞ」
ゲイルの指示でマキ隊が銃を構える。
以前グラス・ギース軍が三連射バースト銃を使ったが、あれはDBDから入手した西側の中古武器だった。
北部では中古武器でも貴重かつ在庫が溢れていたので、グラス・ギースのような寂れた都市では十分な戦力になった。
しかし、今回は新たに開発した汎用機関銃の『MNG10(マングテン)』を採用。
この新型は10ミリ弾を五十発装填できる中型マシンガンの部類に入り、二脚または三脚を装備すれば地面に固定することも可能だ。
これくらいのサイズとなると女性が腕で持つのは少し大変なのだが、武人の腕力ならば重量はさして問題ではない。
マキ隊のメンバーもギアスで強化されていることで、軽々とは言わないが十分に構えることができる。
「狙いをつけて―――撃て!」
蟻が射程距離に入ったのを確認し、マキ隊がマシンガンを発射。
まずは『火薬式』で発射された弾丸が蟻を撃ち抜く。
この地域にある銃は風のジュエル式が多いが、たとえばベルナルドがやったように広域に『破邪顕正』を展開されると武装が使えなくなる致命的な弱点がある。
そうそう簡単にできることではないが、西側の軍隊では万一にそなえて火薬式を併用することが多い。コストはかかるものの、安全確保の観点からMNG10にも火薬式が採用されている。
「弾倉を切り替えろ。次は通常モードだ」
続いて従来の風ジュエルを使った弾倉に切り替える。
こちらは風圧で撃ち出すので火薬式よりも音が小さいが、その分だけ多少威力が落ちるマイナス面もある。
しかしながら、風のジュエルはアンシュラオンや保護している錬金術師たちが自前で量産できるので非常に安価だ。基本はこのモードを使うことになるだろう。
「うえぇ…ぐちょぐちょだわ」
「触らないだけましだけど…精神的にしんどいわね」
普通のヤマアリでも気持ち悪いのに、この大きさだとドロッとした体液がよく見える。虫型は視覚的にグロいのもつらいところだ。
されど、戦いはまだまだ序盤。
ゲイル隊のメンバーが敵の変化を察知。
「大型が来た! 気をつけろ! こいつは鎧ごと噛み千切るぜ」
蟻の集団に大型犬サイズの蟻が交ざり出す。
こちらもグラス・ギース軍が戦った『ガッツァント・ギェリー〈軍隊針蟻兵〉』という上位種で、蟻の中の兵士にあたる存在だ。
彼らの顎は強靭で革鎧程度ならば簡単に噛み千切ってしまうため、前の戦いでは多くの犠牲者が出た。外殻も通常種より硬く、接近されると厄介だ。
が、その点も問題はない。
「次は高速弾を撃ち込む。準備を急げ」
ゲイルの指示でMNG10のレバーを切り替えれば、今度は雷のジュエルが内部で接続される。
そこから発射される弾丸は、雷と風の反発エネルギーを使った高速弾であり、さきほどの1.5倍の速度で銃弾が飛んでいく。
単純に速度が上がれば破壊エネルギーも増すため、大型の兵隊蟻すらあっさりと貫通。背後にいた数匹を巻き込んで爆散する。
当時は三連射バースト銃でも対応しきれなかったことからも、新型のMNG10がいかに優れているかがわかるだろう。
さらには火炎弾や貫通弾といった術式弾も装填できるので、状況に応じて臨機応変に戦うことが可能だ。
「武器の進化ってすごいのね。怖いくらいだわ」
マキも実際に銃を使って具合を確認。
銃の利点は一般人でも一定の威力を出せることであり、武人であっても疲労して戦気が使えなくなった際には有用な攻撃手段となる。
普段使わずともポケット倉庫に入れておけば、いざという場合でも安心だ。
このほかにも新型の火薬式手榴弾やバズーカといった重火器も使い、蟻たちを駆除していく。




