597話 「術講義 その5『各種属性術式』」
「皆さんの周囲には、それぞれの精霊がいます。元素術式において重要なことは彼らを味方につけることです。けっして邪術のような安易な手法に頼らないでください。精霊を蔑ろにすれば必ず罰が下ります」
メラキの警告も虚しく、現実では精霊を悪用する事例は後を絶たない。
件の『アメンズ=メタナイア〈異端への懲罰〉』といった呪具も極めて危険だ。精霊も人間と同じ知的生命体。その認識を強く意識しなければ神法に抵触してしまう。
ゆえに、力を借りる以上は精霊を尊重するのは当然として、ここで少し疑問に思うことがあるとすれば「星や夢の精霊はいるのか?」であろうか。
その答えは、イエス。
夢の精霊は、人や魔獣が睡眠時に肉体を抜け出て霊体で活動する際に援助してくれる存在だ。小百合が強制的に精神体を引っ張り出せるのも、こうした特性を利用してのことだろう。
我々が見る夢の多くは記憶の継ぎはぎによって生まれているが、その体験の中には睡眠中に訪れた霊界(愛の園の底部)の情報も含まれていることがある。
死後、いきなり霊界に行っても戸惑わないように、生きている時から調整してくれているのだ。そう考えると夢の精霊は万人にとって非常に身近な存在といえる。
星の精霊は記憶や記録に関わる仕事をしており、ファビオが『星の記憶』とリンクして過去を追体験したように、蓄積されている情報にアクセスする際には彼らの援助が必要となる。
星の術式による予知とは、そうした記憶や記録を読み込むことで高度な予測をすることでもある。
たとえば、明らかに車線をはみ出して猛スピードで走行する車両を見かければ、「ああ、近いうちに事故に遭うだろうな」と思うだろう。
あるいは極度の寝不足や、強い眠気をもたらす薬の服用がわかっていれば、誰しもが危ういと考える。そうした情報を事前に把握することで、かなりの確率で予測が的中するはずだ。
余談だが、生物(『意識』のある高位生命体)が死ぬと白狼の使いがやってくるが、その際には闇の精霊も援助をしている。パミエルキが闇の神庁に許可を求めたのも(地上部の)生死に関わることだったからだ。
死は万人に訪れる肉体との離別であり、霊界への旅立ちでもある。それを手助けすることは立派な仕事といえる。
「皆さんが得意とする系統は属性によって判明しておりますので、各属性の基本的な術式を学びましょう」
一般的に属性は一種類に絞るのが基本ゆえに、ここからは全員が違う分野の元素術式を学ぶことになる。
なぜかといえば得意属性以外の属性は、因子の劣化のように全体的に力が落ちるからだ。
それが水と火のように相反する属性の場合は、そもそも発動しないこともある。ただし、反発しない水や雷、火や風といったものならば効果が落ちても発動自体は可能だ。
もし得意属性が何もない人物の場合は、どれもが平均的な素養を持っていることになるが、たいていは器用貧乏で終わる。
それよりは何かしらの属性特性を持ち、それを特化して伸ばしたほうが役立つだろう。少なくともアーパム財団では属性持ちは優遇される傾向にある。
「…こう?」
最初にラノアが講師の指導を受けながら、掌を的に向けて『雷刺電』を発動。
鋭い雷の針が指向性を与えられて突き進み、的に突き刺さる。
雷刺電は術符でもよく使われる因子レベル1の魔王技で、範囲も限定的で使いやすい雷の元素術式だ。
ラノアがまだ子供ゆえに威力はそこまで高くないが、魔力弾と比べて感電の追加効果があるので、そこらの魔獣程度ならば動けなくすることも可能だ。
「これで…いいのかな?」
セノアは、こちらもよく使う『水刃砲』を放つ。
彼女は情報術式のほうが得意だが、元素術式が苦手というわけでもないので普通に発動する。水属性を持っているおかげで威力もそこそこだ。
とはいえ、やはり元素術式が得意なラノアのほうが効果は高く、状況によっては魔力弾のほうが有効なこともあるだろう。
このあたりは各人の得意分野と相手の性質に応じて戦い方を変える必要がある。そのために分析する知力が必要なのだ。
また、やや古い話になるが、水属性にはア・バンドのハプリマンが術符として使った『水防壁』といった因子レベル2の防御術式もある。
無限盾があるので無理をして覚える必要はないものの、水を相殺したり、あるいは雷攻撃を吸収したりと使い道は多いので、因子が覚醒したらこちらも覚えておいて損はない。
※風バージョンの『風防壁』、火の『火防壁』、雷の『雷防壁』、光の『光防壁』、闇の『闇防壁』もある
「やった! 燃えた!」
「こっちは切り裂いたよ!」
続いてマイリーンは火痰煩、アイシャンは風鎌牙の発動を成功させる。
このあたりもよく見かける術ゆえに使い勝手はよい。
「メルさんは夢属性ですね。無理に使う必要はありませんが、せっかく珍しい属性を持っているので習得できるものはすべてしておきましょう」
夢属性の術式には、因子レベル1の『瞬眠』がある。名前通り、相手を瞬時に眠らせる術式だ。
原理としては術糸を使って相手の脳に「眠い」という信号を送り込むので精神術式の一種ともいえる。
同じく因子レベル1に『廻眠』という眠気を覚ますものもあり、こちらは徹夜をする際や、どうしても連続で戦わねばならない時に有用な術だ。
しかし、強制的に脳に介入して眠気を覚ますので、神経過敏になったり異常な疲労を感じたりとデメリットもある。
その上の因子レベル2では『瞬眠』の範囲術である『瞬眠香』が存在する。
こちらは術糸を使わず、眠気をもたらす粒子を生み出して散布するものだが、毒と同じくうっかり味方が吸い込んでしまうと一緒に眠ってしまうので注意が必要だ。
その上の因子レベル3には『瞬眠怪鬼』という術があり、こちらは単体相手の『瞬眠』をさらに強力にしたものとなる。
これ以上の術になると徐々に夢そのものに関わるものが多くなり、特定の夢を見せる因子レベル5の『夢世界』や、精神体を封印する『夢世解脱』、さらには人格を崩壊させて洗脳する因子レベル9の『夢世如来解脱』といった小百合の能力に近いものになっていく。
こうしてみると小百合の魔石は魔獣由来という特異性を除けば、実質的に因子レベル5の状態で因子レベル9までの術を使っていることになる。
実に怖ろしいことだが、魔術を極めた魔王ですら感心するほどなので凶悪で当然だろうか。
もちろん今のメルには高度なものは使えない。基本の『瞬眠』と『廻眠』を習得できれば十分だ。
ぶっちゃけると他の術は術符でもよいため、彼女にはこちらの能力を上げてもらうほうがよいだろう。
「ディアナさんは星属性ですね。こちらもさまざまなものがありますが、まずは基礎の索敵に関するものを学びましょう」
ファビオのところでも少し話に出たが、星属性の術には因子レベル1の『導星』があり、こちらは上空から微粒子を散布することで周囲の索敵ができる術だ。
効果はほぼ波動円と同じだが、自身を中心に広がるのではなく上から降り注ぐ性質を持っているため、洞窟といった空の無い狭い場所では使えないのが弱点だ。
その場合は、同じ因子レベル1の地面を這うように散布する『地導星』という術がある。ただ、こちらも地面を這う都合上、空中の敵は把握できないのがデメリットだ。
波動円のほうがあらゆる面で上位互換ではあるものの、得手不得手が顕著な技なので安定して広がる術のほうが良い状況も多い。
その上の因子レベル2の『導鏡星』は、探知したものを実際に物体や地面に映し出す術だ。誰かに説明する場合や忘れそうな際に重宝する。
さらに上位としてはベルナルドが使った因子レベル4の『遠近鏡同』などがあり、得た情報を『見通す』または『見渡す』といった側面が強い術となる。
そして、因子レベル6にまで至れば、ついに『天開星京』という未来予知が可能な術がある。
これは一週間や二週間といった近い未来を予知するもので、たとえば火の気があるとか水の気があるといった火事や水害の危険を予知できる。
因子レベル8ともなれば『吉凶天開星京』という術になり、数年範囲での予知が可能だ。
占えるのは吉凶という漠然なものだが、『神託の聖女』の『神託』スキルと同じく、あらかじめ危機がわかれば回避もできることから非常に有益な術といえる。
これを最大限にまで高めたものが因子レベル10以降にあるとされるが、それについては秘匿されているので不明である。
だが、魔王は高度な未来予知ができるという噂もあるので、刻葉の動きを見ていると実際に存在する可能性を考えてしまう。
ともあれディアナが覚えるのは、まずは索敵の『導星』だ。波動円と併用すれば安全の確保においては十分である。
「バレアニアさんは闇属性ですね。行動阻害が多いので使えると便利ですが、種類はかなり多岐に渡ります。基本術式を覚えたら、あとはその都度必要な術を選んで習得していきましょう」
闇属性は、技においてはデバフや阻害系が多くなるが、術に関しては攻撃の術も多いので扱いが難しい。
ひとまず阻害系でいえば、周囲を闇で包んで視界を潰す因子レベル1の『闇潰』がある。
ヤキチが使った暗衝波に近いが、術のほうが範囲が広いこともあってか技よりも効果は薄く、暗視ゴーグルがあれば打開できる程度の暗さである。
が、その上の因子レベル2の『闇触』ともなれば、視覚阻害の効果に加えて触覚まで封じる効果がある。
これが完全に効果を発揮してしまうと物が持てなくなり、怪我をしてもわからなくなる。そもそも上手く身体を動かすこと自体ができないだろう。触覚が失われるということは、それほど怖ろしいのだ。
ただし、『闇触』はそこまで強力なものではなく、そこそこの精神力があれば抵抗されてしまう。
それでも多少ながら触覚を失うことで動きが鈍くなったり反応が遅れるため、サポート術としては悪くない性能だ。
同じ系統でいえば、因子レベル3には『闇吸』という『吸引力のあるヘドロ』を散布するものがあり、武器や防具に張り付けて妨害したり、相手の呼吸器を塞いで窒息死させる術もある。
一方で因子レベル2の『呪腕手』は、デバフ付きの闇属性の腕を生み出して相手を束縛したり、そのまま打撃で攻撃できる術だ。
同じく因子レベル2で『闇玉』の上位である『闇崩玉』も闇の爆発を伴うダメージ系の術となる。
このように闇は非常に種類が多く、因子レベルが低くても使い方次第で凶悪になるものがあるので挙げればきりがない。
とりあえずは『闇潰』くらいが使えれば十分だろう。視界を潰すだけでもかなり有利になる。
「アンさんは光属性ですね。光は癒しや身体強化があります。または相手を束縛する術が多いです」
光は闇以上に種類が多くて迷うが、単純に『若癒』や『発芽光』といった普段から使っている術を習得するだけでも大きな価値がある。
いつだって術符があるわけではない。覚えておけばいざというときに命を救うかもしれないのだ。(若癒は因子レベル1、発芽光は2)
あとは皆を守る各種結界を覚えれば、アイラとともに活躍することもできるだろう。(術式無効化の『破邪顕正』も光系統)
ということで、まずは安定した光玉の発動と若癒。それに加えて物理耐性を与える『耐力壁』、銃耐性を与える『耐銃壁』あたりが妥当なラインといえる。
(今回は競い合わないで済むかな?)
セノアは水の術式を学びながら周囲を観察してみる。
さすがに実際に術を使うとなると難易度が上がり、ロゼ姉妹以外は多少苦戦していた。メルに至っては自分の術で寝そうになっていたほどだ。
しかし、ここでも食らいついてきたのはバレアニアだった。
魔力珠があるとはいえ演算処理が得意な彼女は、『闇潰』を何度も展開してみせる。
「はー、はー! き、きつい…けど……やれる」
「その調子です。因子に刺激を与えることで覚醒を促すのです」
術の因子も武人と同じく徹底的にしごいて上げるしかない。つらくても耐えて何度も使ううちに強化されていくのだ。
バレアニアはけっして飛び抜けた才能があるわけではないが、それを努力で補えるのが強みである。
(私も必死にならないと…。私が隊長なんだから)
セノアもその姿に感化されて術の鍛錬に励む。
ここにアンシュラオンはいないが、これを見ればきっと自身の人選に満足することだろう。




