594話 「術講義 その2『魔素と魔力珠』」
(ま、負けた…かも。年下に負けると、こんなにもつらいんだね)
それを見ていたセノアが、またもや自信を失いそうになる。
されど、アンシュラオンに直々に見い出された逸材を侮ってはいけない。
バレアニアの氷玉を見ていたせいか、自身の水玉もパキパキと凍り始め、さらに形を変化させてウサギの形になる。
ウサギ型になったのは、なんとなく小百合の兎人の印象が強かったせいかもしれないが、見事な造形であった。
「セノアさん、素晴らしいです! いきなりここまでやるとは!」
「え? えええ? な、なんで?」
「ラノアさんも素晴らしいです。さすが姉妹ですね」
「ラーちゃんのは…え? 増えてるし、バチバチしてる?」
隣を見ると、いつの間にかラノアの水玉が五つに増えており、そのすべてが蠢きながら雷を内包していた。
これは状態変化というよりは、自ら水玉を生み出したうえに雷の元素術式を使って雷属性を追加で付与した形となる。
それを見たもう一人の講師が状況を説明してくれる。
「ラノアさんの周りには雷の精霊が集まっています。セノアさんは水ですね。精霊に愛されるというのは術士にとって非常に大切なことですよ」
原始精霊は指示を出せば半自動的に動いてくれるが、機械的な作用であってそれ以上のことはしてくれない。
しかし、その原始精霊を生み出している上位の精霊から好かれれば、彼らも一緒になって手助けしてくれる。
精霊に好かれる条件はそれぞれ違うため、なぜ二人に寄ってくるのかはまだわからないが、それが良い結果を招くのだ。
バレアニアはセノアの力に驚きつつも、キッと強気の視線を崩さない。
「さすがはセノア様です。でも、私も負けないですから」
「う、うん。一緒にがんばろうね」
時々バレアニアからの視線を感じるし、今みたいにはっきりと口に出されることもある。彼女がセノアを意識しているのは疑いのない事実だろう。
バレアニア自身がプライドの高い性格であるうえ、(あくまで一般人の範疇で)基本スペックも高いので対抗意識があるのは仕方がない。
ただ、セノアからしてみればそれがストレスである反面、明確な競争意識を向けてくる相手は初めてなので新鮮にも感じられる。
(なにかドキドキする。失敗するのが怖い時とは少し違うかも)
アンシュラオンや大人相手だと力の差ばかりが目立つが、こうして近い年齢の子供ならば比較もしやすい。
その意味で初めての成功体験を得た彼女は、今までとは違う高揚感を抱いていた。
「はー、疲れたねー」
「ほんと…術って疲れるんだね」
その後も実技は続き、術符を何十枚も使ったアッテ姉妹が地面に座り込む。
誰が使っても同じ威力になる術式弾とは異なり、術符は起動の際に微量ながらBPを使用して魔力値を参照するので、その感覚に慣れていないと気疲れしてしまう。
精神疲労は肉体疲労よりも危険だ。限度を超えると慢性的な精神疾患に発展する可能性があるため、術の訓練は無理をしてはいけない決まりがある。
よって、午前中で訓練は終了。余った時間は勉強にあてて本日は終了となる。
マキ隊も日が暮れた頃に汗だくになって休憩所に戻ってきた。その姿から訓練が相当に激しかったことを物語っている。
夕食後は部屋に戻ろうとした皆をアンが止めて、一緒にトランプをすることになった。
どうやら講師の人にもらったものらしいが、なぜか場所はリビングではなくセノアたちの部屋になった。
子供なので全員入れるが、八人もいればそこそこ狭く感じられる。
「なんで私たちの部屋?」
「だって、リビングってピンクっぽいですよね?」
「ピンク?」
「いやー、お姉さんたちがいっぱいるし、だいたい『そっち系』の話をしているので居づらいかなーと」
「あー、それはそうかも…」
訓練で疲れていても年頃の女性は逞しいもので、彼女たちが集まるとだいたいはマキやゼイヴァーの話題になってしまう。しかも内容はお察しの通りだ。
八歳のアンに悟られてしまうあたり、マキ隊の風紀には若干の懸念があるが、思えばアンシュラオン自体がセクハラ魔人なので非難はしづらい。
「じゃあ、トランプやるよー!」
「んー、これ、かすれてない?」
「まあ、見えなくはないかな。なんでもいいから早くやろー!」
このトランプの絵柄も術式で描かれているため、遊ぶだけで術士の目が養われる優れものだ。
昼間の実技で術士の因子が刺激されたことで、アッテ姉妹やメルたちも、うっすらと絵柄が視えるから問題はない。
ゲーム内容はババ抜きや七並べが講師から指定されていたが、これも透視や思念を読む練習の一環である。
ここで強かったのが、意外にもディアナ。
普段は物静かで穏やかな彼女だが、圧倒的な強さを見せて勝利を続ける。
「ディアナちゃん、強すぎ」
「くっ、何か秘密があるの!?」
「んーと、勘かな?」
ディアナの余裕の表情に、一番負けているマイリーンとバレアニアが嘆く。どうやらこの二人は勘が悪いらしい。
勘の良さは直感の鋭さを示しており、直感とはいわゆる周囲の変化を察する能力なので感応能力にも通じる力だ。
この能力が高いと敵からの攻撃をいち早く察知することができる。その逆も然りで、敵の弱い部分を見抜くこともできるだろう。
セノアも勝ったり負けたりして『普通』の結果が続くが、年長者としてこのまま終わるわけにはいかない。
(でも、ディアナちゃんに勝てる気がしない…。そういえば、ご主人様が必勝法を教えてくれていたよね。あれを試しちゃおう…かな)
セノアがその必勝法を使い始めた途端―――
「え? またセノア様の勝ち?」
「さっきからずっと勝ってるよね?」
「これが年上の威厳というやつ!?」
セノアが圧勝を続け、勝ち数でディアナと並ぶことになる。
手品の種はとても簡単。ラノアとの『念話』によって相手のカードを見ているからだ。
参加人数をある程度絞る都合上、ロゼ姉妹はどちらか一方しか参加しないことにして、その間に片方が敵側のカードを盗み見れば、少なくともババ抜きに関しては無敵である。
この念話だが、アンシュラオンと回線を共有し始めてから能力がさらに開花。今では言葉だけではなく『視覚』すら共有できるようになった。
こうなるともはや『念話』とは呼べないのだが、スキルの表示に変化はないので、もともと視覚の共有まで含まれていたのかもしれない。
(みんなには少し悪いことをしたけど、ご主人様がいいって言うなら…いいよね?)
アンシュラオンからも「バレなければイカサマじゃない」と教えられているので何ら不正ではない。見抜けないほうが悪いのだ。
「負けたけど楽しかったねー。またやろうよ!」
同じゲームを楽しむことで子供同士は仲良くなる。
そのおかげで隊の一体感も少しは深まった気がした。
∞†∞†∞
訓練、二日目。
マキ隊が軍隊式訓練法で身体を動かす一方、ロゼ隊も準備運動で身体をほぐしたあとは、さっそく術の訓練に入る。
「本日は『魔素』の扱い方を学びます。それに伴って直接術を発動できるようになりましょう。まずはこれを受け取ってください」
講師が各人に十五センチ大の球体を差し出す。
少し白濁しているが、おおむね透明なものだ。
「ご存じの方もいらっしゃると思いますが、これは『魔力珠』という魔力ブースターです。大幅に魔素を補ってくれますので術士の必須アイテムともいえるでしょう」
アルもよく使っている魔力珠である。
魔素の語源は『魔力の素』という意味合いで、言ってしまえば術士版の戦気のようなものだ。普遍的流動体を使って生み出しているので、ほぼ戦気と構成要素は同じである。
異なるのは、その使い道。
戦気が技を使うことに特化した化合物であるのに対し、魔素は術を使うことに特化している。
術を実行するのはあくまで術者当人であるのだが、魔素は術者の精神を媒介することで演算処理の助けを行ってくれることが大きな特徴といえる。
少したとえは悪いが、大量の計算をする際に「筆算」でやるか「計算機」でやるかの違いに似ている。
あるいはCPUに塗るグリスの違いといってもよいだろうか。武器に設定されている『伝導率』と同様に、これが優れていればいるほど計算処理速度が上昇する仕組みだ。
魔素には演算結果を一時的に蓄積する機能があり、同じ術式を発動させる場合の簡易化と簡略化に加え、それに伴う精神疲労を軽減させる効果もある。
通常の魔素は術の発動時に自動的に生成されて消費するのだが、それを人工的に集めたものが魔力珠となる。
とはいえ魔素の質は各人で異なることから、魔力珠に込められている『人工魔素』だけでは術は完成しない。
術者当人を介することで本物の魔素に転換されるのだが、途中まで仕上げてあるのですぐに吸引して加工することができる。
つまりは料理の下ごしらえであり、総量も増すことからブースター的な役割を持つ。これがあると無いとでは術者の性能に大きな差が出てくるわけだ。
ただし、アンシュラオンのように化け物級の演算処理能力を持つ場合は、自前で生み出す魔素があまりに大きく質が良いため、こういう下級のブースターを仲介させると逆にマイナスの結果になってしまうので注意が必要だ。
もともと優れた映像処理能力を持つCPUに、低出力のビデオカードを差すと性能が悪くなるのと一緒である。
「セノアさん、魔力珠を起動してみてください。手で触れて念じるだけで大丈夫です」
「は、はい。こう…かな? うわ、浮きましたっ!?」
「魔力珠から『管』が出ているのは見えますか? あなたの身体と地面にくっついていますよ」
「は、はい。ちょっと気持ち悪いですが…」
「それは一般人には見えない術糸です。昨日、水玉と繋げた専用回線と同じ仕組みとなります。では、それを使って『魔力弾』を放ってみましょう。まずは手本を見せますね」
講師が十メートルほど離れた的に掌を向けると、小さな粒子が煌きながら向かっていき、細かい穴をあける。
以前アンシュラオンがモヒカンにやった空点衝に似ているが、こちらは純粋な術式による攻撃だ。
「これが『魔力弾』です。攻撃術式の多くは元素術式による属性攻撃が中心ですが、この魔力弾は魔素だけで作った基礎的なもので、武人にとっての殴る蹴るといった通常攻撃に該当するものとなります。術士の一般的な攻撃手段と思ってください」
売られている術符に魔力弾は存在しない。
理由はいろいろとあるが、魔力弾は魔素で作った質量をぶつけるだけなので、それだけならば銃や投石でも十分事足りてしまう。
元素術式とコストもたいして変わらないことから、あえて術符にする必要性がないのだ。
ただし、魔力弾には他にはない面白い特徴がある。
「これの長所は構造が簡単ゆえに、いろいろとカスタマイズできるところです。たとえば、より大きなエネルギーを与えてあげれば―――」
掌にスイカくらいの大きさの魔力弾が生まれる。さらに力を注ぐと直径二メートルまで大きくなった。
形状は球でなくてもいい。立方体にしたり長細くしたり、さまざまな形に変化できる。
「このように形や質量を自由に変えることができます。原理としては暫定的な物質の『殻』を構築する感じですね。『無限盾』もこれを応用した術式となります」
この外郭を生み出しているのも魔素であり、内部にも注入することで質量を与えて固形として維持しているわけだ。
攻撃に使わずとも土台にしたり壁にしたりすることもできるので、これを利用して工事現場で生計を立てる術士もいるほどだ。(高所での足場にする)
魔力弾は、この物質を高速で射出することで破壊力を生み出す術式である。
それだけだと物理攻撃になってしまうが、中身は魔素なので殻が壊れて衝撃が伝わる時にはしっかりと術式攻撃になっている。
「それでは皆さんも作ってみてください。魔素の存在と流れを感じ取って集める感覚ですよ」
ロゼ隊の面々が、一斉に魔力弾の構築に取り掛かる。
セノアの場合は、弾という名前からか素直に丸い形状を作り出していた。それもまた彼女の素直さゆえだろうか。
他の者たちも四苦八苦しながら生成するが、この中でもっとも早く生成できたのがセノアで、次にバレアニアが続いた。
(あれ? 私が一番早かった? 年上だからかな?)
これは処理速度の問題であり、セノアのCPUが優れていることを示す事例だ。
以前も述べたが年齢や知能は関係なく、生まれ持った性能が優れているだけである。




