592話 「ロゼ隊の始動 その3『遠征へ』」
白詩宮を出たマキたちは、ほどなくしてハピ・クジュネの入口に到着。
駐車場では、ロリコンたち若葉商会の面々が待っていた。
「翠清山までは俺たちが送り迎えをするから、よろしくな!」
もともと輸送が彼らの任務なので、こうした時にも運転手代わりになれるのが便利だ。
今回乗るのは輸送船ではなく通常のクルマよりも大型のトラクターだが、兵器を取り付けた武装トラクターとなっている。
このトラクターを少し詳しく述べると、地球でいうところの『ホウルトラック』をさらに長くしたものに似ている。
ホウルトラックとは、ダム建造や採掘場といった特殊な建設現場で使われる超大型のトラックのことで、ほぼ一軒屋くらいの大きさのものだ。
べつにこの世界でもトラックと呼んでもよいが、タイヤの有り無しで区別するためにトラクターという名称を使っているにすぎない。
「今回は三台に分けて運ぶ予定だ。マキさんとホロロさんはあっちのクルマで、子供たちは俺が運転するトラクターに乗ってくれ」
「ちょっとロリコンさん、子供たちに変なことをしたら殴るわよ」
「俺のこと、なんだと思ってるの!? 初めて会った時から全然評価変わってないですよね!?」
「だってロリコンでしょ?」
ロリコンがロリコンでなくなったら、それはもうロリコンではない。ぐうの音も出ない正論である。
だが、このロリコンはすでに結婚しているので、合法ロリ?を手に入れた勝ち組のロリコンだ。そこは大きな違いといえる。
「マキさん、私もいますので安心してください。夫が何かしたら撃ちますから」
「ありがとう、ロリ子ちゃん。まずは足を撃つのよ。それで動けなくなるから」
「はい! お任せください!」
「もっと旦那を信用して!?」
ということで、マキとマキ隊の二十人で一台のトラクターに乗り、残りのマキ隊とホロロ率いるメイド隊で一台を使う。(運転手は若葉商会の女性従業員が担当)
そして残りの一台には、ロリコン夫妻とロゼ隊の子供たちが乗ることになった。
どう考えてもこの配置はおかしい。
大人たちはそこそこ狭い空間で一緒にされているのに、なぜか子供たちだけはスカスカの空間が与えられている。
となれば、ロゼ隊のトラクターに他の大人が乗らないのは間違いなく意図的だ。
(私がまとめないといけないんだ。うう、緊張するよ…)
ホロロが言ったように、今回はセノアの統率力が試されているのだろう。
また、子供たちだけで交流させて連帯感を高めるのが目的だと思われる。
「よし、出発するぞー!」
三台のトラクターが都市を出立。まずはハピ・ヤックに向けて動き出す。
さほど急ぎではないので夜までに着けば問題ないが、その間も子供たちには課題が出される。
「えー、勉強するのー!?」
「文句を言わないの。勉強できるなんて幸せなことなんだよ」
手渡された教科書の前でうなだれるアイシャンとは対照的に、姉のマイリーンはさっそく勉強を始める。
このあたりでも性格の違いが出ているが、マイリーンの言う通りスレイブの子供が教育を受けられること自体が稀である。
しかも手渡されたのはレマールの小学校で使っている教材だ。これは小百合の伝手で取り寄せた有名小学校のものなので、東側ではかなり高度な部類に入る。
「これ、難しいんだよね」
「バレアニアちゃんを見なよ。もう中学校の教科書で勉強しているんだよ」
「あれは特別だってば。それにさ、どうせ勉強なんてしても役に立たないし、それより術が使えたほうがいいじゃん。ご主人様だってそれを願っているんでしょ?」
「それもそうだけど、アーパム財団は大きな会社だからね。わたしたちはご主人様の恥にならないようにしないと駄目だよ。だったら最低限の教育を受けたほうがいいに決まってるもん」
アイシャンの言うこともわかる。
今にして思えば、サインコサインタンジェントとは何だったのか、と問いたい大人も多いだろう。それが役立つ業種に就かねば一生使うことはない。
がしかし、義務教育の有無は至る所に影響を及ぼす。
良識やモラルが発展に寄与することはファビオの逸話でも明白で、健全かつ柔軟性に富んだ社会を生み出すために教養は必須といえる。
たとえ使わない知識であろうとも、知らないよりは知っているほうがよい。それによって当人自体が豊かになれば、あらゆる自体に対応できるようになる。
が、子供なので無理強いはしない。というよりは、できない。
「はぅー、ねむねむー」
「あー、メルちゃんが寝ちゃいましたよー」
「だったら僕も寝ようっと!」
「まったく、何を考えているのかしら! 私たちはサナ様の親衛隊なの! 自覚が足りないわ!」
メルは寝て、ディアナはその面倒を見て、アンも一緒に寝て、バレアニアはそれに憤慨する。
アッテ姉妹も最初こそ勉強していたものの、午後三時ともなれば眠くなる時間帯だ。徐々にうつらうつらとして身体が傾いていく。
子供なんてこんなものだが、まったく統制が執れていないことも事実である。
(わ、私がなんとかしないといけない…のかな? でも、強く言ったら反発されちゃいそうだし、どうすればいいんだろう…)
セノアは何度か皆に呼びかけようとするも、マイナスのことばかり考えてしまい、そのたびに寸前で止まってしまう。
そんなことをしている間に周りにつられたのか、ラノアもソファーに転がる。
「ねーね、ねむい…」
「今から眠ると夜に眠れなくなっちゃうよ?」
「うーん…それでもいい…すぅー」
結局その後はぐだぐだで、各人が好き勝手に過ごして終わる。
そして、太陽が沈んで周りが真っ暗になった頃、一行はハピナ・ラッソに到着。
半分眠っている子供たちを引きずりながら、以前アンシュラオンが泊まったホテルで一泊する。
翌日。
ホテルでの朝食が終わると観光がてらに街を見て回ることになった。
大人たちは『最初で最後』のリラックスの場として、子供たちは情操教育の一環としてだ。
ここは翠清山の戦いでも被害が出なかったことから街の外観に特段の変化はない。だからこそアンシュラオンに感謝している人々が多かった。
「ほー、あのアーパム財団の方々ですか。どうぞどうぞ、好きなものを持っていってください」
「お久しぶりです。ア・バンド殲滅作戦の時はお世話になりました!」
店に立ち寄れば果物やお菓子をもらい、警備隊の面々はマキやホロロを知っているので挨拶をしてくる。
相手が子供であってもアンシュラオンが関わっているとなれば、誰もが丁寧で好意的になる。
このあたりの対応については遠征のことを知ったスザクからも、ちゃんと挨拶をするようにとの命令が下っているようだ。
「はぁ、やっぱりご主人様ってすごい。本当に英雄なんだねー。ア・バンドってマキ様や小百合様も苦戦したほどの敵らしいよ。それをすぐさま壊滅させるんだもんなー! カッコイイよね!」
もらった果実をかじりながら、アンがしきりに感心する。
それにアイシャンとディアナも賛同。
「三大魔獣も仲間にしちゃってるもんね。身近にいるとわからないけど魔獣が家にいるって異常だよ」
「四大悪獣の一体も倒したそうですよ。歴史に名を残す英雄ですよね」
「そんな人に僕たちが仕えているなんてすごいね! 夢みたいだ」
クルルザンバードを倒したことは秘匿されているが、それを除いても恐るべき戦果といえる。
こうした話を聞くことで忠誠心が高まるし、彼女たちにとっては外を知るための貴重な経験になるはずだ。
しばらく社会勉強をした子供たちは、午後になると再びトラクターに乗って移動を開始。夕方前には翠清山のアンシュラオン領に到着する。
「なんか簡単に着いたね」
マイリーン(双子の姉)が窓に顔を張りつけ、物珍しそうに森の入り口を見つめる。
だが、その言葉を即座にバレアニアが訂正する。
「簡単ではないわ。ロリ子さんが魔獣を追い払ったのを見ていなかったの?」
「さっき外に出ていったやつ?」
「そうよ。武装トラクターだから普通の魔獣くらいはどうにかなるわ。でも、やっぱりアーパム財団の力はすごい。あんな武器、見たことないもの」
都市間の移動が難しい最大の理由は、もちろん外敵の存在にある。荒野では盗賊団や魔獣が徘徊しているので一般人は大変なのだ。
しかし、さきほど魔獣が出た時には、他の二台と協力しながらロリ子がガトリングガンを掃射して見事に撃退している。
このガトリングガンもDBDと共同で新しく開発したもので、駆逐艦(この世界では全長三百メートル以下の艦を指す)に搭載できる軍用兵器である。
口径も通常より大きいため、このあたりの荒野に出る魔獣など一瞬で蜂の巣だ。
バレアニアは白スレイブになる前は、武器商人の父親と一緒にいたのでそれなりに武器にも詳しいが、アーパム財団にある武装はまったく未知のものばかりで驚いていた。
アンシュラオンが初めてグラス・ギースにやってきた時は衛士が木製の銃を使っていたくらいだ。それを考えると戦争が兵器の進化を急速に早めることを痛感する。
「ここから本格的に森になります。クルマごと入りますのでたぶん大丈夫だと思いますが、魔獣も多いので一応気をつけてくださいね」
ロリ子が子供たちに注意を促しながら、トラクター三台が翠清山の森の中に入っていく。
「翠清山って、どこ?」
「今さらそれ訊くの!? 真ん中にある山だよ」
メルのとぼけた質問にアイシャンが答える。
北部全体で見ればまったく中央ではないが、各都市の中間地点にあるという意味では、たしかに真ん中だ。
「ここって、ご主人様のものなの?」
「そう聞いてるけど…ここ全部そうなのかな?」
「全部ではないですけど、地図によるとこの周囲一帯はそうみたいですね。最近ではハピ・クジュネ領の一部も組み込んでいるらしいですよ」
各人に配布された地図を見ながらディアナが補足する。
今通っているのはアンシュラオン領となっている森林の浅部だが、分割案がまとまった時に見た地図とは多少異なっている。
この話題を少し掘り下げると、当初混戦軍として翠清山の森林部に侵攻したルートはハピ・クジュネ領になっているため、あの時に作った防塞は彼らのものになっている。
もともとハピ・クジュネの資材で建造したので何も問題はない。最初からそういう予定だったわけだ。
が、ハピ・クジュネ側が計画していた、森林部から銀鈴峰を経由してスザクが侵攻した北側に抜ける『交通ルート計画』は、微妙に頓挫している状況だった。
というのも錦熊を支配下に収めた結果、銀鈴峰は正式にアンシュラオン領に組み込まれることになり、ハピ・クジュネ側が無断では通れない状態にあるからだ。
通行料を払えば可能ではあるものの、錦熊に襲われる可能性もあるし、豪雪地帯なので冬場は移動に適さないことも厄介だ。
それにより現在は、銀鈴峰を迂回するルートをハピ・クジュネ側が新たに開拓しており、その人員(主に男スレイブ)をアンシュラオンが貸し出すことで収益を得ている。
そうしたやり取りを円滑に進めるため、一部のハピ・クジュネ領を暫定的にアンシュラオン領に組み込むこともしているようだ。
正直なところハピ・クジュネは再建に手一杯で、翠清山のことにまで手が回っていない。
最低限の調整役を派遣する程度であり、交通ルートの開拓はほとんどアンシュラオン側だけでやっているようなものだ。(要衝を全部アンシュラオンに取られたせいでもある)
(へー、そうなんだ。って、全然話に加われていないよ…。無理に会話に割って入るのも変だし。うう、難しいなぁ…)
セノアが三人の話に聞き耳を立てながら、いまだ壁が突破できないことを嘆く。
ロリ子も必要なことしか言わないので、あえてセノアに任せていることがわかる。ロリコンに至っては運転席にずっといるので顔も見せない。それも配慮の一つだろう。
だが、それがますますセノアを追い詰める。
(いくら同じ場所にいるからって、いきなり仲良くはなれないよね。それが普通だもんね…)
セノアは本を読むふりをして聞き耳を継続。哀しいかな、これが今の彼女の限界なのだ。
一方のラノアといえばすでに爆睡しているので、これまた到着するまで起きないだろう。実にフリーダムである。
「で、わたしたちはどこに向かっているの?」
「この先に『休憩所』があるみたいですね。そこが今回の拠点らしいですよ」
「へー、どんな場所なんだろうね」
アンシュラオン領となった森林部は改めて開拓が行われており、琴礼泉に向かうルートの随所にいくつもの休憩所が建てられていた。
ただし、休憩所という名称のわりに山小屋のようなものではなく、別荘風の建造物でありながらも周囲は強固な鉄壁に覆われた『半防塞型』の拠点である。
森林部の休憩所は主にロリコンの若葉商会が使っており、ゲイルの黒鮭商会からも警備員が提供されているので防衛面でも問題はない。(山のほうの休憩所は炸裂ドカン商会が使っている)
休憩所同士は補装された道で繋がっているため、トラクターでそのまま移動することが可能となっていた。




