588話 「リベンジマッチ その3『小百合とサリータ』」
ホロロとベ・ヴェルの戦いがあるのならば、こちらの戦いもあってしかるべきだろう。
同じく琴礼泉近くの森で小百合とサリータが対峙していた。
サリータも一般人の小百合に負けてアンシュラオン隊に入った経緯がある。
だが、今は彼女も強くなった。その心の中に密かに燃える想いがあるのも事実だ。
「小百合先輩、胸を借りさせていただきます!」
「私も試したいことがありますので大歓迎ですよ。実力を示してこその妻ですからね!」
サリータは『赤昂の竜鎧』と『赤昂の竜盾』に加えて、右腕には錦王熊の素材から作った大型の鉤爪である『銀熊大爪』を装備している。
この盾と鎧は訓練でもしばしば壊れているが、杷地火たちアズ・アクスの協力を受けて、常に複数の予備を持つようにしているので安心だ。
また、左腕猿将の腕から作った『豪腕膂将の篭手』も鎧の中に装備しているため腕力も上昇。
試練と同様に現状における彼女の完全武装で勝負に挑む。
対する小百合は、翠清山の時に着ていた着物と馬乗り袴を改良した『浪漫帯政の着物鎧』を装備。
大正浪漫を感じさせるいでたちはそのままに、里火子と烽螺が作った軽量かつ防御力の高い鎖帷子を織り込みつつ、関節部位には鎧のパーツを一部流用して強化を図っている。
さらにはホロロの『給仕竜装』に使っていた『竜測器昇』を錬金術師の力で解析してコピー。
複製品でも本物と遜色ないパワーを生み出すことが可能となり、力の弱い小百合でも魔石無しで大きな岩を持ち上げることができるようになった。
薙刀である『守那岐の太刀』は炬乃未の能力で新たな素材が開発され、火乃呼の焔紅で叩いたことで『守那岐の竜太刀』に進化。
『琵秀刀・香澪』も副兵装として腰に差せば、相変わらず凛々しく美しいレマール人の装いとなる。
この戦いに関しても安全確保の都合上、立会人はアンシュラオンが務めていた。(さきほどホロロとベ・ヴェルの戦いを見届けたばかり)
「えーと、契約書はどうする? サリータは何か要望はあるのか?」
「必要ありません。力を試したいだけですので、ベ・ヴェルのように序列の変更など求めません。それは師匠が決めることですから」
「私も特にありません。でも、それだとつまらないので何か報酬が欲しいですよね。では、私が勝ったら『サリータさんを丸一日自由にできる券』が欲しいです!」
「ええええ!? なんですかそれは!?」
「サリータさんに可愛いお洋服を着せたり、サリータさんに綺麗なお化粧をしたり、私と一緒にサリータさんがお出かけすることを強要できる券です!」
「強要!?」
「ふふふ、サナ様みたいな可愛いフリフリの服を着て街中を一緒に歩きましょうね。最後は一緒にお風呂に入って寝ましょうね。その様子を観察して記録しましょうねー」
「ひ、ひぃ! こ、怖いです! 何をするつもりなのですか!?」
もちろん小百合は同性愛者ではないので、おそらくは薄い本のネタにするつもりなのだろう。
実はサリータは背が高く顔立ちも整っているためか、マキに次いで女性からの人気が高い。
治安維持を始めてからその人気はアーパム財団以外にも広まっており、いわゆる『男装の麗人』枠として彼女を題材とする本の売れ行きも順調なのだ。(哀しいことに胸が小さいのもポイントが高いらしい)
その麗人が、今度はフリフリのロリータ服を恥ずかしそうに着てしまう。それもまた一部の界隈で人気が出そうな話である。
「その代わり、サリータさんが勝ったらアンシュラオン様の妻に昇格できまーす!」
「えええええ!? そ、それは…! 師匠、よろしいのですか!?」
「え? そうなの?」
アンシュラオンも初耳なので思わず小百合の顔を見るが、にんまりと笑って返された。
どうやら夫に選択の自由はないらしい。
「まあまあ、いまさら一人や二人増えたところで困りませんって! サリータさんなら合格です! 私が推薦いたしますよー!」
「じ、自分が…師匠の妻に……ごくり」
「サリータさんも日々愛されているのですから、その資格はあるはずです。でも、私に勝ったらですよ? いいですね?」
「は、はい! がんばります!」
サリータやベ・ヴェルも一緒に風呂に入った時や、妻たちとの絡みがあまりない日はアンシュラオンとベッドを共にすることがある。
あるいは修行で疲れた時もそういう気分になるようで、マッサージがてらに相手をしてあげることも珍しくはない。
定期的に性交渉があることが妻の条件ならば、たしかに彼女が妻になってもおかしくはないはずだ。
(オレは女性陣が仲良くやってくれるなら、もうなんでもいいよ。そっちのことは小百合さんが決めればいいさ)
女性が増えると管理も手間なので、このあたりの人間関係はすべて小百合に任せている。
もともと女性間のやり取りは男には理解しづらい。下手に関わって妻たちから集中砲火されるよりは遥かにましだろう。
小百合はマキやホロロに対しても強い発言力を持っており、彼女がそう決めたのならば夫はただただ従うのみだ。
「じゃあ、始めるよ。組手、開始!」
アンシュラオンの号令で組手が開始。
今回もルールはホロロとベ・ヴェルの時と同じ。戦闘不能になるか負けを認めるまで続く無制限一本勝負だ。
(いつだって自分は前に進むことしかできない! 最初から全力勝負だ!)
先に仕掛けたのはサリータ。
戦気を放出して全身を強化した直後、魔石を発動させながらいきなり爆熱加速。
魔石獣と融合化しつつ、背中から火を噴いて急加速したサリータが大盾を構えて突っ込む。
その加速力は破邪猿将の斬撃すら妨害するほど。今は戦気の質も向上しているため、あの時以上のパワーと速度が出ているはずだ。
対する小百合も魔石を使って身体能力を強化。
融合化もして兎型の鎧を身にまとうと、兎足で大きく飛び跳ねて上空に逃げる。
「ここから! もっと先に!」
だが、サリータは地面を蹴って急激な方向転換。
爆熱加速の力で宙に舞い上がり、小百合を追う。
今までならば加速するだけで精一杯で姿勢制御までできなかったが、度重なる修練を経て軌道を操れるまでになっていた。
「サリータさんも成長していますね! では、これはどうでしょう!」
小百合は『夢の巣穴』を開放。
剥き出しの大納魔射津をばら撒くことで、宙に何十もの閃光と爆発が広がって音が一瞬飛ぶ。
そして、爆風で勢いが弱まったサリータを蹴って逃げようと試みる。
そもそも宙を跳んだ段階で突進の威力は軽減されている。この状態で当たってもたいしたダメージは与えられないだろう。
(いつもならばここで逃げられる! だが、簡単に踏み台にはさせない!)
ここでサリータはすかさず『衝盾』を発動。振動する剣気の衝撃波によって小百合を迎撃する。
このあたりは盾の修行の成果が出ており、場面場面に応じて最適な盾技を選択できるようになっていた。
されど、一方の小百合も即座に対応。
『夢の架け橋』の空間跳躍でサリータの背後に出現すると、『守那岐の竜太刀』で斬撃を見舞う。
火乃呼の焔紅によって強化された薙刀は、単純に業物であるだけではなく、斬ったものに強烈な炎の追加ダメージを与える。
また、『竜測器昇』で腕力も強化されているため、直撃すればサリータの防御力を貫通して鎧を抉るくらいはできるだろう。
(この転移だけはどうしようもできない! しかし、背後からの攻撃にも対応できるように特訓したのだ!)
サリータはアンシュラオンとの試練でも使った、全方位を強力な剣気の盾で守る『円強盾』を発動。
小百合の攻撃を防ぎつつ、鎧から爆炎を噴射して上手く反転すると、今度は盾から粒子を放つ。
至近距離から発せられた粒子に触れた小百合は、凄い力で圧されて地面に激突。
『銀の飛弾』は相手を弾き飛ばすことに特化したスキルだ。小百合とてまともに触れてしまえば、空間跳躍スキルを発動させる暇もない。
ただし、兎足の力で衝撃を吸収してノーダメージ。すぐさま跳ねて間合いを取ろうとする。
(小百合先輩の跳躍力は尋常ではない! 逃がしたら終わりだ!)
一度着地したサリータは、再び爆熱加速で追撃。
しつこく肉薄し続けてプレッシャーを与えていく。
小百合は強力な物理攻撃手段を持たないため、その執拗な突進に手を焼いていた。
(やれる! 今の自分ならば小百合先輩に対抗できるぞ! だが、油断はできない。精神攻撃には注意だ!)
兎足や夢の架け橋でいなされる場面も多いが、以前よりは何倍もましな戦いができていることに手応えを感じていた。
あとは小百合の本領である夢属性攻撃に注意すれば、わずかでも勝てる可能性が出てくる。
(気持ちで負けるな! 勝つのだ! 自分は必ず勝ってみせる!)
その強い意思がサリータに力を与え、上位者に立ち向かう勇気となる。
そして、意外なことにサリータ優勢のまま戦いは進んだ。
本当に勝てるかもしれない。
そんな淡い期待を抑え込むのに必死になるほど奮闘できていたのだ。
そう、【彼女の中】では。
「むにゃむにゃ…勝てる……勝つ…んだ……むにゃぁ…」
「という夢を見ています」
「サリータ…だからいつも言っているだろうに。相手はこっちの準備を待ってくれないってさ。お前もベ・ヴェルと同じか…」
地面に倒れている弟子に哀れみの視線を向けるアンシュラオン。
今までのことはサリータの『夢の中』での出来事であり、実際は開始地点から一歩も動いていない。
始まった瞬間には意識を失って夢の世界にダイブ。崩れ落ちて試合終了していた。
彼女を弁護するのならば圧倒的に相手との相性が悪いことだろう。そもそも小百合が強すぎるのだ。
「小百合さんは、前より強くなったよね」
「翠清山の頃と比べると魔石が馴染みましたね。サリータさんも警戒はしていたはずですが、まったく無抵抗で潜り込めました」
「やっぱり怖い能力だ。サリータだってそこそこ抵抗力はあるのに完全無視だもんね」
「ホロロさんも強くなりましたからね。私もこれくらいはできなくちゃ駄目ですよ」
翠清山でクルルザンバードや刻葉といった強力な術式を使う相手と接したことで刺激されたのか、小百合の夢操作は以前よりもだいぶ強化されていた。
こちらもホロロ同様、都市では他人の夢を勝手に操作して集団催眠をかけてみたり、精神体を抜き取って調べてみたりと術式の鍛錬は欠かしていない。
まだ完全な『ジュエル・パーラー〈星の声を聴く者〉』には至っていないものの、その能力の凶悪さから術士としての実力はメラキお墨付きである。
ということで、これではあまりにあっけないので、ベ・ヴェル同様に再チャレンジの機会が与えられることになった。
「サリータさん、次は同じ精神攻撃はしないでおきますね。ハンデです」
「ぐうう…なさけないです! 少しでも勝てると思っていたなんて…自分で自分を殴りたい!」
「いつでも好きにかかってきてください。と言っても警戒しちゃいますよね。だから私からいきますね」
「え?」
小百合の魔石が光り輝くと、周囲に十数体のマッチョウサギが出現。
たびたび事務所で目撃されているものと同じで、人型のマッチョの身体にウサギの頭部を持つ謎の存在である。(体毛はある)
事務所にいる時は人目があるのでスーツ姿が多いが、なぜか今回はビキニパンツ一丁のボディビルダースタイルで登場だ。
「ずっと公然の秘密にしてきましたが、これが私の新しい力の一つです。ようやく正式にお披露目できます」
小百合が魔石を食べる実験に付き合っていたことは覚えているだろうか。彼女はあれからも、さまざまなウサギ型魔獣の魔石を食べていた。
そこで新たに獲得したのが『想像兎』と呼ばれる魔獣の能力だ。
この想像兎は小百合の魔石である夢兎の亜種であり、一日中ぼけーっと想像の中で暮らしている呑気な妄想厨の魔獣である。
しかし、それだと厳しい自然界で生き残ることは難しい。すぐさま他の魔獣に食われてしまうだろう。
そこで彼らが取った防衛手段が、自分の思い通りに動く『想念体』を生み出すことだった。
小百合の周りにいる『兎人』がまさにそれで、生体磁気や魔素で質量を与えることで手足のように動かすことができる。それで敵を防ぐのだ。
いわば『兎版の闘人』といったところだろうか。
想像兎の場合は普通のウサギしか作れなかったが、小百合が吸収したことで『想念の兎人』というスキルに変化し、なぜか頭部が兎の人型が生まれるようになった。
もちろん想念体なので自分の思い通りにカスタマイズもできる。その自由度が本家よりも劇的に上がったわけだ。




