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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「誑魁跋扈の予定調和」編
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587話 「リベンジマッチ その2『広がり続ける差』」


 ベ・ヴェルの泣きの一回により、間髪入れずに二回目の戦いが行われる。


 が、開始直後にホロロの背中から六枚の翼が生まれて共振開始。


 周囲に超音波が発せられ、地面にあった石がパリンパリンと割れていく。


 その軽快な破裂音とは対照的に、ベ・ヴェルはあまりの圧力に身動きができないどころか、そのまま圧されてひざまずく。



「ぐうううっ! くそ…おおおおお! 動けええええ!」



 いくら気合を入れても身体は動かない。それすら封じ込める強い精神波動が込められているからだ。


 クルルザンバードの『魔共波』は、あの三大魔獣でさえ動きを封じられたほどである。


 ベ・ヴェルが超一流の武人ならばともかく、鬼熊の魔石だけで抜け出すことはできなかった。


 こうして二回目も惨敗。勝負にすらならない。



「まだやりますか?」


「ぐううっ…! このまま簡単に終われるかい!」


「では、次は三ヶ月に延長します。よろしいですね?」


「ああ! やってやるよ!」



 普通は二度も負ければ諦めてしまうところだが、ベ・ヴェルは再選を希望。


 文字通りに血の涙を流しながら屈辱を受け入れる。その反骨心と闘争心はたいしたものだ。


 がしかし、そんな彼女の前に厳しい現実の壁が立ち塞がる。


 続いて三回目が行われたものの、今度はホロロの目を見た瞬間にベ・ヴェルが硬直。



「がっ…ごっ―――ぁ……っ…」



 声どころか呼吸すら満足にできない。


 それに苦しんでいると、手が勝手に動いて自身の首を絞めつけていく。踏ん張ろうにも身体の自由が利かない。


 そして、脳への血流が遮断されてあっけなく失神。


 クルルザンバードの『紫梟魔眼しきょうまがん』である。


 これは魔操羽の十倍以上の強制力があるため、一度魅入られたらどうにもできない。支配されるか死ぬか、どちらかだ。


 それからも何度か戦ったが、すべて惨敗。


 惜敗ならばまだ救いはあったが、どれも一瞬で勝負がついていた。


 あまりの結果に、ベ・ヴェルは呆然自失の表情で地面に転がる。



「はぁはぁ…くそ!! なんなんだい! 強すぎるじゃないか! 触れることもできないなんてさ!」


「ベ・ヴェル、メイド隊で一年間のタダ働きを忘れるなよ。手伝う時はメイド服も着るんだぞ」



 ショックを受けている彼女にアンシュラオンが追い打ち。


 負けるたびに期間が上乗せされていったので、結局は一年間こき使われることが確定してしまう。



「いちいち言わなくてもわかっているさね!」


「メイド服は胸が大きく露出したやつにしよう。浅黒い巨乳の女戦士がエロいメイド服を着てオレにご奉仕か。うむ、悪くないな」


「心の声が外に漏れてるよ! それよりどうして…あたしは勝てないのさ」


「当然の結果だからだ」


「なんでさね! あいつは鍛錬をしていないじゃないか!」


「鍛錬の方向性が違う。お前たち前衛の戦士は肉体の強さを鍛えるが、ホロロさんのカテゴリーは『術者』だ。何もしていないように見えても内部で術式の練習ができる。彼女も日々鍛錬を欠かしていないのさ」


「だからって…こんなにも差が出るものなのかい? もう少し抵抗できたっていいはずだよ」


「それだけ術が怖い証拠だ。しかもホロロさんは現状で唯一の『ジュエル・パーラー〈星の声を聴く者〉』だからな。メラキいわく、その力量は世界屈指の術士すら超えるらしい」



 サナの魔石もテラ・ジュエルに変質しているが、まだ黒雷狼を使いこなせていないので完全な状態ではない。


 よって、現状では撃滅級魔獣のクルルザンバードを喰らったホロロだけが、常時『ジュエル・パーラー〈星の声を聴く者〉』として『世界の意思』から認定されている。


 さすがにジ・オウンや上位メラキのエメラーダには及ばないが、各大国が抱える宮廷魔術師を凌駕する段階には至っているというのだから怖ろしい。


 また、当然ながら日々の鍛錬も欠かしていない。


 ホロロはサナの世話やメイドの仕事をしながらも常時周囲に注意を払っており、怪しい者がいたら魔操羽を突き刺して素性を調べている。


 その規模は日に日に広がっていき、すでに数万に拡大。


 多い日で十万近い人間に対して人知れず操作を行っているのだから、それだけでも十分な鍛錬になるだろう。



「あたしも…強い魔石を喰らえば強くなれるのかい?」


「理論的にはそうだ。サナも新しい狼の魔石を喰って強くなっている。しかし、何事にも相性がある。それを覆すには相当の犠牲と覚悟が必要だ。お前も気づいているだろうが、ホロロさんの精神力はもともと並じゃない。だから扱いづらい魔石も完璧に使いこなすことができるんだ。それは人間としての強さでもある」


「………」



 差が縮まったと思ったら圧倒的なまでに開いていた。いや、広がり続けていた。


 その現実がベ・ヴェルをこれでもかと打ちのめす。


 が、ここでホロロから一つの提案があった。



「あまりに弱いあなたにハンデをあげましょう。クルルザンバードの力は『あなたには』使いません。それに加えて無手であなたを倒します。これでどうですか?」


「なめてんじゃないよ! そんな提案を受けると思っているのかい!」


「仕方がないでしょう? これでは練習にすらなりません。館で窓を拭いていたほうがまだ有益でしたよ」


「こいつ…! 言ってくれるね! いいさ、やってやる! 後悔させてやるよ!」



(やれやれ、安易な挑発に乗ってしまうのも『短気』ゆえの欠点か。だが、ホロロさんとの差を知るには良い機会だな)



 ということで、お情けでもう一回勝負してもらえることになった。


 この条件は戦士からすれば相当な屈辱だが、このまま終わるほうがもっと屈辱だと判断した結果である。



「組手、開始!」


「うおおおおおおおお!」



 合図とともにベ・ヴェルが走るが、今度は絶対に負けるわけにはいかない。


 ポケット倉庫から大型のガトリングガンを取り出すと、ホロロに向けて発射。


 魔石によって腕力を強化しているので艦用のガトリングでも片手で振り回すことができる。これだけでも下位の討滅級魔獣ならば蜂の巣だ。


 対するホロロは、魔共波を限定展開して防御。超音波で銃弾をすべて叩き落とす。


 宣言通り、クルルザンバードの力はベ・ヴェル当人に作用しなければよいので、この使い方はルール違反にはならない。


 しかし、ベ・ヴェルは止まらない。


 撃ち尽くしたガトリングを投げ捨てると爆発矢を撃ち、それが爆発している間に暴剣すら投擲して、ひたすら接近を試みる。


 その様子は、ホロロを怖れて物を投げまくる発狂した女にさえ見えるが、もはや体裁を気にしている場合ではない。



(あたしは勝つためならば、なんでもするさね! 最後に立っていればいいのさ!)



 翠清山でもやっていたが、ベ・ヴェルはサナと同じく何でも使う戦法を編み出していた。サナほど上手くはやれずとも目くらましになればいい。


 そうしてホロロに接近すると、ゴンタの父親の素材で作った大型の鉤爪、『鬼熊重爪』を振り抜く。


 鉤爪は回避したホロロの後ろにあった大木を易々と破壊。本物の鬼熊以上のパワーを見せつける。


 アンシュラオンは軽くいなしてしまうので勘違いしがちだが、完全武装時のベ・ヴェルは全力の破邪猿将とも渡り合えるほどの膂力を誇っていた。



「さあ、肉薄したよ! 格闘であたしに勝てるのならば、やってみるといいさね!」



 ホロロは攻撃を避けることに集中していて反撃に出られない。


 パワータイプの魔石は乱打戦になれば、やはり強い。


 いくらホロロであっても、ベ・ヴェルの得意な戦い方で勝負すれば勝ち目は薄いだろう。


 しかし、劣勢のはずのホロロから余裕は消えていない。



「こんなものですか」


「また挑発かい? その手には乗らないよ」


「べつに煽っているわけではありませんよ。ただの事実ですので。では、そろそろこちらも本気で参りましょう」


「はっ! 素手のあんたに何ができるって―――」



 ホロロが六翼を広げると『魔操羽』を展開。何十もの羽根が宙に浮かぶ。


 ベ・ヴェルは警戒して身構えるが、この組手では相手に使えないルールだ。


 であれば、これは攻撃のためではない。


 羽根は方向を変えると【ホロロ自身】に突き刺さる。


 魔操羽自体は術士の目がないと視えない。よって、これはわざと物質化させて相手に見せていることになる。


 ただし、単なる牽制のためではない。これから起こることを『理解』させるためだ。



「はぁあああああああ!」


「っ―――!?」



 直後、ホロロの身体から膨大な量の戦気が噴き上がる。


 その凄まじい勢いに思わずベ・ヴェルが立ち竦むほどだ。


 だが、驚いている暇はない。


 すぐさまホロロがベ・ヴェルに蹴りを見舞う。


 咄嗟に腕でガードするが、その一撃は重く、腕ごとベ・ヴェルの身体が真後ろに吹っ飛ぶ。


 そこにホロロの追撃。


 一瞬で追いつくとベ・ヴェルに向かって猛打を見舞う。


 拳は膨大な戦気を固めた『戦硬気』で強化されており、顔面にぶち当たれば骨が折れ、胸に当たれば胸骨が軋んで悲鳴を上げる。


 ベ・ヴェルはすでに軽鎧とコートを着込み、魔石獣による獣鎧も展開している。言葉とは裏腹に油断はしておらず、防御力も最大まで強化していた。


 一方のホロロは魔石獣と融合化すらしていない素の肉体だ。その状態でこれだけのダメージを受けていることに理解が追いつかない。


 だが、このまま殴られ続けたら死ぬことだけは、嫌でも身体が教えてくれる。



「ぐっ! 離れな!」



 ベ・ヴェルは小回りの利く鬼重爪を生み出して反撃するが、ホロロは宙に少し浮かぶだけで完全回避。


 背中には六翼が展開されているので自由に空を飛べ、それによる無軌道の動きは相手に的を絞らせない。


 これは卑怯でも何でもない。ホロロの魔石は鳥型なので至って自然なことだ。熊の鉤爪と同じことである。


 ホロロは一気に加速してベ・ヴェルの背後に回り込むと、強烈な蹴りを首に叩き込む。


 その衝撃で首の骨が外れそうになったが、ここはなんとか熊の防御力で耐えきる。


 されど、耐えただけで何もできない。


 パワーが上がっただけではなくスピードも急上昇しており、かろうじて視認するのがやっとだからだ。



(何が…なにが起こっているさね!? どうして戦士のあたしが、たかがメイドにこうも簡単に殴り負けるんだい! それに、これだけの戦気を放出していて全然スタミナが切れないじゃないか! どんなカラクリだい!)



 ベ・ヴェルの疑念は正しい。


 ホロロは一応は武人であるが、マキといった強い武人には遠く及ばない下位レベルだ。


 だからこそ、そこには秘密があってしかるべき。


 クルルザンバードの力、『オーバークロック〈強制限界突破〉』。


 幾多の魔獣を暴走させ、ハイザクの能力を押し上げたユニークスキルである。


 アンシュラオンも高く評価していたが、この能力こそクルルザンバードの真骨頂。誰にも真似できない貴重な力だ。


 今までは他者に使っていたが、ここでは術者当人に使用することで潜在能力を強制的に引き上げている。


 それによってホロロの戦士因子は、一時的に6にまで上昇していた。


 しかしながら、因子だけ上がっても肉体が耐えきれなければ意味がない。あの時はハイザクの肉体があったからこそ、あれだけの力が出せたのだ。


 が、こちらも問題は解決済み。



(さすがはクルルザンバードの魔石。無尽蔵に生体磁気が溢れてきます)



 クルルザンバードはもともと生体磁気の塊であり、ハイザクの身体を復元できたのも撃滅級魔獣としての驚異的な生命力があったからだ。


 ホロロの魔石はその力も吸収しており、普段からも余った生体磁気をストックしている。逆に肉体的な鍛錬を制限することで貯蓄量を増やしているわけだ。


 それを一気に解き放てば、アンシュラオンの高出力モードに匹敵する戦気を放出維持できる。


 戦気の質と量が上がったことで身体能力は軽く五倍以上に上昇。そこに魔石の力も上乗せされるので、この状態ではベ・ヴェルはパワー負けしてしまう。


 ホロロは、戦気の暴力でベ・ヴェルを滅多打ち。


 殴られるたびにサッカーボールかのように吹っ飛び、肉が弾けて骨が砕ける様子は、赤子の手を捻るかの如く。


 さらには反撃する力を失ったベ・ヴェルに対し、ホロロが掌を当てて発気。


 彼女の手にまとわりついた『水気』が、内部に浸透して体内を蹂躙する。


 覇王技、『水覇・波紋掌』。


 アンシュラオンが好んで使う発剄の技を叩き込む。



「ぐ―――ばっ!」



 この技の直撃を受ければ熊の防御力など関係ない。


 肉質を無視して内部に浸透した力により、ベ・ヴェルの意識が強制的に断ち切られ、力を失った身体が重力に引かれて地面に激突。


 しばらく待ったが、彼女が立ち上がってくることはなかった。


 ここで勝負あり。



「ホロロさんの勝ちだ。…って、また聴こえてないけどさ。ホロロさん、身体はどう?」


「少し…つらいですね。身体中の筋肉が断裂しています」


「無理やり強化しているからね。その状態で技も使ったんだから仕方ないかな」


「ですが、短時間ならば問題ありません。出力を加減すれば数十分はもつでしょう。今回はベ・ヴェルが硬かったので無駄に力を使ってしまいましたが」



 ホロロはベ・ヴェルを過小評価などしていない。


 魔石を使った彼女が強敵だと認識しているからこそ、一気に最大まで因子を上げるしかなかったのだ。


 これはいわゆる、ホロロの『奥の手』。


 どうしても自分独りで対応するしかなく、なおかつ窮地に陥ってしまった際に嫌々使う最終手段である。今回はその実験を試みたわけだ。


 ただし、それを知らない哀れなベ・ヴェルは、新たなトラウマを植え付けられていることだろう。



「完膚なきまで叩きのめしちゃったけど、大丈夫かな?」


「この程度でへこたれるような女ではありません。また懲りずに向かってくるでしょう。その前にメイド隊でしごきますが」


「ホロロさんも大変だと思うけど、その時はまた相手をしてあげてね。彼女のモチベーションにもなるからさ」


「かしこまりました。何度でも叩きのめしてみせます。私とて、この座を明け渡すつもりは毛頭ありません」



(ベ・ヴェルには悪いが、これが現実だ。そう簡単に差は埋まらないのさ。序列にはちゃんとした意味と理由があるからな)



 ホロロが妻として寵愛を受けている限り、どうしてもキャパシティは彼女のほうが圧倒的に上になってしまう。


 名称においても『魔人の妻』と『魔人の側近』とでは意味合いが大きく変わるだろう。そもそもの【格】が違うのだ。


 それに加えて優先的に強い魔石をもらえるので、差がどんどん開いていくのは当然のことである。


 しかし、それもまた序列が上である特権。


 序列の順位は、受ける愛の深さでもあるのだから。



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