581話 「文字の魔神」
「で、改めてその話をするってことは何か意味があるんだよね?」
「はい。強くなるためにはどうすればいいのか、私個人でも少々調べてみました。そして、グラス・ギースの書庫で『紋』に関する古代文献を発見したのです」
「新種の紋でも見つかったの?」
「新しいと申しますか、むしろ古いものです。どうやら『古紋』なるものが存在しているようでして、それらを利用することで特殊な能力を刻むことができるそうなのです」
「へー、化紋の要領でってことだよね? それは便利だね。どんなものがあるの?」
「属性だけではなく、あらゆる力を強化したり具現化することができるそうです。しかし、現在ではこの技術は失われており、自在に操ることは難しいとされております」
「古代の術式技術ってことか。今まで見たことがないってことは、それだけ希少ってことだもんね。でも、まだ何かあるんでしょ?」
「その通りでございます。たしかに技術は失われましたが、それ自体は残っているそうなのです。キャロアニーセ様にご相談したところ、宝物庫にその古紋が一つ残っていたことがわかりました」
「宝物庫か。懐かしいな」
領主城の宝物庫といえば、アンシュラオンが開拓に使っている『白夜光の宝珠』を見つけた場所である。
あの時は急いでいたため軽く見ただけだったが、どうやら古紋もあったらしい。
ファテロナがおもむろに下着の中に手を入れると、そこから術符を取り出して発動。
空間術式から出現したのは、一枚のプレートだった。
大きさは十センチ四方のタイル状で、表面には『剣』という漢字が一文字だけ書かれている。
「どうしてパンツの中?」
「服が破けたときを想定してのことです。あえて言うのならば穴の中でもあります。女には第三の穴があるものなのです。いえ、がんばれば第四も」
「どの穴かは聞かないでおくよ。で、それが古紋?」
「そのようです。しかし、まだ詳細がわかっておりません。どのように使うのかも不明です」
ファテロナからプレートを渡される。
触ってみたところ表面は硬いが、力を入れるとぐにゃりと曲がる柔らかさも併せ持っている。文字を指で擦ってみても摩耗しない。
これだけだと、ただのプレートだ。普通に店で売られていたら、お土産だと勘違いするかもしれない。
しかし、アンシュラオンの『情報公開』は、そこに眠る真実を暴き出す。
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名前 :『剣』の正紋
種類 :古紋
希少度:S
評価 :A
概要 :『大邪正紋』の欠片。第三階級の正紋。魔神が死後、生への衝動が文字になって遺ったもの。宿主に寄生して『剣』の力を与える。
効果 :剣の正紋の付与
必要値:
【詳細】
耐久 :C/C
魔力 :B/B
伝導率:C/C
属性 :無
適合型:攻撃
硬度 :C
備考 :
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(魔神…だと?)
ここでいくつか気になる情報が出てきた。
当然ながら最初に目に付くのが『魔神』の表記だ。
竜美姫や鬼美姫といった現存する魔神と遭遇したこともあるし、クルルザンバードの証言からも存在していることは明白といえる。
ただし、刻葉の情報から魔神はほとんど滅びている(生産が終わっている)ようで、完璧な状態で現存しているあの二人は希少であることがわかる。
では、ここで一つの疑問が生まれる。
クルルザンバードいわく、超常の国では魔神は珍しくもない存在だったという。
となれば、最低でも数万から数十万単位で生きていたと思われる。億の兵という言い方から、もしかしたら数百万以上かもしれない。
その大半が死に絶えたのならば、死骸や魂はどこに行ったのだろう。
それだけの数の魔神がそのまま消えていったとは思えない。なぜならば魔神とは、古代文明の超技術で作られた人と魔獣の合成生命体だからだ。
その答えの一つが、この古紋である。
(結論から言えば、これは【魔神の魔石】だ。あの二人の魔神には明確な核があったけれど、おそらくは強い個体だったせいだろう。ならば、彼女たち以下の魔神の場合はどうなる? すべての魔神があれだけの核を持っているとは思えない)
魔神といってもすべてが強いわけではない。中には現在の魔獣より弱い個体もいただろう。
魔神とは、あくまで人が生き延びるために魔獣の身体を器にしただけにすぎないのだ。能力も肉体の強さもまちまちである。
そうした連中は、滅びとともに『文字』という『紋の形状で結晶化』したと考えるのが自然だ。ここでも生への強い執着が垣間見える。
「これはなかなか興味深いものだね」
「何かわかりましたか?」
「ああ、だいたいね。こいつは『術式生命体』だよ」
「生きているのですか?」
「何をもって生きていると定義できるかわからないけど、術式として保存された魂のデータの一種だね。ただ、普通の魂の情報量ほどのものではないから、あくまで残滓に近いかな。力だけが結晶化した魔石に似ている。その文字バージョンと思えばいいよ」
「どのように使うのでしょう?」
「問題はそこだね。これは『寄生型』の術式だ。紋の形で人間に寄生することで力を付与するみたいだ」
「例のクルルザンバードのようにですか? 乗っ取られたりはしないのでしょうか?」
「それも使ってみないとわからないけど、これが主導権を握るほどの意思は持っていないように感じられる。その古代文献って持ってる?」
「はい。写しならば」
ファテロナがまたパンツに手を入れて術符を取り出す。
いったい何枚入れているのだろう。やはり女性の穴は神秘的だ。
ともあれ、その文献の写しをざっと流し読みしてみる。
「書かれているのは紋の種類と階級か。この『剣の正紋』は、上から三つ目の第三階級のものらしいね。というか『大邪正紋』という名前は載っていないな」
「『大邪正紋』ですか?」
「オレの術士の目で視た感じだと、そういうものがあるらしいんだ。それが大本で、そこから分かれてそれぞれの古紋になったみたいだ」
「では、全部集めれば本来の力を発揮するのでしょうか?」
「どうだろうね。この文献によると同じ紋が複数あるみたいだし、階級が下がれば何百もあると書いてある。さすがに全部集めるのは現実的ではないかも。この『正紋』がどういう意味かもまだわからないしね」
古紋は、第一から第五までの階級に分かれており、階級が上がれば上がるほど数が少なくなって唯一性が増す。
反対に階級が低いと同一のものが多数あるようだ。それだけ希少性が薄れていくからだろう。
(これは魔神の力の強さと系統によって区別されたと考えるべきだな。しかし、もともと一つなのだとしたら、元はとんでもない強さの魔神だったのかもしれない。そうなると何万という魔神が集まって一つの魔神を構成していたことにもなるが…これも類魂なのかな?)
霊界では、いくつかの魂が集まって一つのグループを形成している。その数は数人から始まり、上層に向かうごとに増えていって億の単位にもなる。
それを類魂やグループソウルと呼ぶが、地上の肉体とは違って意識を共有できるので全体で一つの意識体を構成できる。
魔神自体が魂を使った霊的技術の結晶のようなものなので、人為的にいくつもの魔神を集めて一つの巨大な意識体を作ることも可能だったはずだ。
「こいつの起源はともかく、まずは使い方を知ることと、メリットとデメリットを把握することかな。ちょっと試してみようか。術式回線を繋いで刺激すれば、たぶんこれで―――」
アンシュラオンが術糸をプレートに接続。
解析すると同時に内部の起動スイッチに触れると、プレートから文字が浮かび上がり、アンシュラオンの手の甲にまとわりつこうとする。
だが、何かの強い力に弾かれて文字はプレートに戻ってしまった。
「今のは?」
「あー、オレは耐性が強すぎて駄目みたいだ。これは生まれ持っての体質かな」
アンシュラオンの身体は魔人のものであり、各種耐性が完備されている。
だからこそ宝珠の呪いも弾くし、クルルザンバードにも寄生されることはないが、逆に強化に繋がる寄生も受け付けない。
酒で酔いたくても毒扱いされて浄化されてしまうのと同じだ。
「でも、こうなるとすでに魔石を使っている者には寄生できないかもしれないね。魔石もある意味では意識や力を共有している寄生物だし」
「ギアスとの併用もできないのでしょうか?」
「それも実験次第かな。ちょっと術の師匠に相談したいから、これを借りてもいいかな?」
「もちろんでございます。私も他の古紋がないか探してみます」
「下手に寄生されると困るから取り扱いは慎重にね」
「わかりました」
その後、予定を少し過ぎた頃にサナたちが帰還。
ベルロアナも慣れない走り込みに苦戦しつつも、化け物じみた体力のおかげで無事完走した。(クイナとアイラは回収。ユノは時間がかかったが最後まで走りきった)
一行は休憩を挟んでから白詩宮に戻り、今度は裏手の森で戦気術の訓練に入る。
ここでもベルロアナを集中的に鍛える。
「いいか。お前はまだ戦気術が全然なっちゃいない。まともに戦気を制御することもできないだろう。ほれ、まずは出してみろ」
「わ、わかりましたわ」
ベルロアナが戦気を放出。
翠清山の戦いで出せるようにはなっていたが、その炎はまるでガスの調整ができていない不安定なもの。
大きくなったり小さくなったり、見ていて不安になるレベルだった。
「どんな力も使いこなせなければ意味がない。今のお前は一割程度しか意識的に使えていない欠陥品だ。だから技を使おうとすると全部放出してしまう。要するに九割が無駄になっている状態だな」
「あれは本当に不便ですわ。記憶も飛びますもの」
「記憶に関しては…まあ、別の理由もあるんだろうが、ひとまずサナたちと一緒に基本の戦気術を学ぶんだ。最低でも十二時間は戦気を安定して放出できるようになれ」
「じゅ、十二時間もですの?」
「そこが最低ラインだな。まずは一時間、二時間と増やしていけばいい。サナも戦気術が苦手だったが今では五時間くらいは出せるぞ」
「サナはすごいですわね。尊敬しますわ」
「…ぐっ!」
「サナはサナでゼイヴァーに勝つために努力するんだぞ。正直、あいつは強い。魔石をフルに使ってもギリギリの戦いになるだろうからな」
「…こくり」
サリータたちもすでに三時間まで延ばしており、どんどん成長していく姿を見ているだけで楽しい気持ちになれる。
ただし、技を使ったり駆け引きをしたりと高度な攻防があるので、仮に五時間出せたとしても強敵との実戦では一時間ももたないだろう。
陽禅流では一週間、戦いを含めて常時放出できて初めて実戦レベルに至れるとされるが、彼女たちにそこまで求めるのは酷である。
と、ベルロアナはサナに任せるのでよいとして、ここで問題となるのはクイナだ。
(ユノは下位とはいえ武人だけど、クイナだけはほぼ一般人なんだよな。基礎体力が低いから伸ばす方向性は肉体の強化じゃない)
「クイナちゃんには、いろいろな道具の使い方を覚えてもらおうかな」
「お嬢様と一緒…っ…でなくてよいですか?」
「あれに追いつくのは才能的に無理だからね。遺伝がないと難しい。それよりは『従者』として必要なスキルを身に付けたほうがいいと思うんだ。さまざまな状況下でも動揺せず、適切な行動が取れれば生存率も高まるはずだからね。まずは死なないこと。それが一番大事だ」
「わかりました! がんばる…っ…のです!」
クイナには、魔石を含めて術具や術符の扱い方を積極的に学んでもらうことにするが、この中にはそれ以外の多種多様な知識も含まれる。
目指すところは『直接戦闘ができないサナ』だろうか。
サナが強敵相手にも立ち回れるのは相手の弱点を狙う観察眼があるからだ。そのためならば銃も使うし、刀を投げる等の突飛な行動も躊躇なく取れる。
クイナは頭も悪くなく手先もそれなりに器用なので、かつてのファビオのように道具を使いこなす方向性で伸ばせば、力押しばかりの金玉剣蘭隊に大きな変化を起こせるはずだ。
「それと、こないだあげた魔石の覚醒もがんばってほしい。もし魔石獣が出現するのならば非常に良い実験データになるからね。仮に出なくても能力を引き出せれば十分使い物になる」
「はいです! 私のは蝶々…っなのです!」
「うんうん、そうだね。虫型は珍しいけど、今までの情報から言えることは常に魔石と心を通わせることが大事みたいだよ。最初はお守りみたいに思えばいいんじゃないかな」
「わかったのです! やってみます…っ…です!」
クイナには『ラチエルファピヨン〈空色香蝶〉』という蝶型魔獣の魔石を提供している。
虫型はいまのところロゼ姉妹の蜘蛛がいるが、一般的な獣型と比べるとデータ不足だ。この機会にいろいろと試してみたいものである。(クイナの媒体は首輪)
(なんか可愛いなぁ。グラス・ギースに行く時期がずれていたら、もしかしたらこの子がオレのスレイブになっていたかもしれないんだ。縁ってのは不思議なもんさ)
「よしよし、よしよし。クイナちゃんはいい子だね」
「あうう…ナデナデ、気持ちいい…っ…のです」
「おっぱいはどうかな?」
「はうううう!」
思えばユノやアカリは触ったが、クイナの乳を触るのは初めてだった。
大きさはBカップかそこらで年相応だが、なかなかに柔らかい。彼女も成長期なので突然巨乳になるかもしれないから期待したいところである。




