579話 「アイラの特性 その2『ユニゾン型』」
外の森にアイラを連れ出すと、命気結晶でいつもの戦闘フィールドを作る。
「これから模擬戦を行うぞ」
「えー、またー?」
「いつもとは違う。今回はオレと一緒だ」
「アンシュラオンと私じゃ勝負にならないよー」
「違う。オレと『一緒に戦う』んだ」
「へ? なんで? そんなの初めてじゃん!」
「そうだな。だからこそ意味がある。いいか、オレの動きに合わせるんだぞ」
「ちゃんとできるかなー? チームだってクビにされたくらいなんだよー?」
「何も考えるな。お前に頭脳戦や駆け引きは求めていない。感覚のままやればいい」
アンシュラオンはノーマル状態のアーシュラを生成。
いつもは鎧人形を使うが、自分が相手をするのでそのままの闘人を出す。
「いくぞ。お前は専用武具を使え」
「ええ!? もうやるの!」
「集中しろよ。相手はこちらを殺すつもりでくるからな」
アーシュラを自律行動にして勝負開始。
まずはアンシュラオンが前衛として飛び出してアーシュラと激突。
互いに拳の打ち合いを始める。
闘人の強さは破邪猿将をタコ殴りにした時と同じだが、此度は倒すことが目的ではない。
拳打を交わしながらアイラの様子をうかがう。
(さて、アイラはどうだ?)
いくら低出力モードとはいえ、当然ながらアンシュラオンの速度にアイラはついてこられない。出足の段階で距離が空いてしまっている。
しかし、アイラは特に取り乱した様子もなく、二本の『曲刀』を取り出して間合いを詰めていく。
アンシュラオンが正面で殴り合っている間に闘人の背後に回り込み、曲刀を振って攻撃。
一撃、二撃、三撃と剣舞を踊るように剣撃を叩き込む。
通常の武器ならばアーシュラにダメージは通らないが、アイラが持っているのは彼女専用の『連刀・渦月』と呼ばれる術式武具だ。
これは炬乃未が作った武器で、マキの『六鉄功華・弐式』と同じく複数の金属を化合して生み出した特殊武装である。
動き重視のアイラに合わせてバランスに優れた造りとなっており、『連撃』を加えやすいように反りを強くしてシミターに近い形状になっていた。
攻撃を繰り出し続けることで出力が増す仕組みで、一度流れに乗ると力を入れずとも何十回という連撃を見舞うことができる。
アイラは回避はそこまで低くないが、命中が低いので手数で補うための武器である。
一度攻撃して当たらなそうであれば戻り、上手く切り込むことができれば相手を圧倒できる極端な武器といえる。
ただし、アイラ自身の攻撃力が低いため魔石を使ってもアーシュラに与えるダメージは多くない。せいぜい軽く傷をつける程度だ。
がしかし、アーシュラはアイラを引き剥がせない。
前面のアンシュラオンの攻撃が苛烈なこともあるが、それ以上にアイラの『間合いの取り方』が上手すぎて振り向く余裕がないのだ。
その最大の理由は、アンシュラオンと息がぴったり合っているから。
初めて一緒に戦うにもかかわらず、アイラの位置取りはほとんど完璧だった。
(やはりか。では、これはどうだ)
アンシュラオンはあえて攻撃を抑えてアーシュラに主導権を渡してみた。
するとアーシュラはアルゴリズムに従い、まずは弱い相手を探す。ここでは背後にいるアイラが標的になるだろう。
だが、アーシュラが振り返った瞬間には、すでにアイラは飛び退いていて防御の態勢。
迫ってくるアーシュラから距離を取り、逆におびき寄せることで動きを単調にする。
そして、いざ攻撃が飛んできたらカウンターを入れつつ攻撃をいなす。
もちろんこれは破邪猿将の魔石の力があってこその芸当だが、いつもならば泣き叫んで逃げ惑う彼女が、何も言わずに黙々と対処しているではないか。
そのこと自体が異常。大きな異変といえる。
もう少し見ていたい気もしたが、彼女の『お膳立て』が見事すぎて、アンシュラオンは思わずアーシュラの背中に打撃を叩き込む。
それでまたアーシュラがこちらに注意を向けると、アイラは再び死角から剣撃を見舞う『いやらしい攻撃』を仕掛ける。
その動きは、まさに阿吽の呼吸であった。
(これがガンプドルフならばわかる。同じく一流同士だからだ。だが、アイラは違う。本来ならば動きについてこられるわけがない)
ガンプドルフと共闘した際は、相手が一級品の武人だったがゆえに即席で合わせることができた。
が、アイラは下位の武人かつ、初期のゲイルにも勝てるかわからないレベルだ。
それがここまで対応できるとなれば、別の要素があってしかるべきである。
(おそらく息が合うのは、『阿吽の呼吸』というスキルのおかげだろう)
アイラのデータには、いつの間にか『阿吽の呼吸』が追加されている。
他者との実験でも完璧に相手と呼吸を合わせていたことから、それがスキルの能力である可能性は極めて高い。
が、それだけでは説明できない要素がある。
その答えも今しがた得ることができたので、アーシュラを止める。
「よし、終わりにするぞ」
「え? いいのー? まだやれるよ?」
「もう十分だからな。戦っている間は何を考えていた?」
「何も考えるなって言ったから、その通りにしたけど?」
「なるほどな。ようやく特性がわかったよ。お前はおそらく『補助型』の武人だ」
「補助型って?」
「オレも初めて見るから詳しくはないが、誰かと『セット』で動くことで能力を発揮するタイプと聞いている」
アイラ単体では非常に弱くて脆い。レベルが上がっても成長率が悪く、とてもではないが使えないと思っていた。
だが、それで当然だったのだ。
彼女は補助型、またはデュオ型やユニゾン型と呼ばれるタイプで、『主体となる誰か』を補佐する時に実力を完全に発揮する。
たとえば司令官であるガンプドルフは単独でも優れているが、そこに副官のメーネザーが加わることでさらに強くなる。彼の能力が弱点を補填し、長所を引き上げるからだ。
アイラもそれと同じで、誰か主体となる相棒を置くことで性能が大幅に変化する。
しかもアイラの場合は、さらに特殊だ。
「それに加えてお前は、主体となった者の『能力を一部共有』することができる。明らかに格上のアーシュラ相手に動きで後れを取らなかったのが、その証拠だ」
「私がアンシュラオンの力を使っているってことー? どうやって?」
「無意識のうちに専用の回線を作っているんだ。ミャンメイや小百合さんの仕事をした時もそうだったから、これは間違いのない事実だ」
術士の目で視ると、コンビを組んだ瞬間からアイラとの間に特殊な回線が生まれ、それを通じてアンシュラオンから力が供給されていることがわかる。
もしこれが一方的な関係性ならば、主体となった人間がアイラの分を負担するので消耗が増すはずだ。
が、これに関しても特段のデメリットはなく、強化されたアイラからも力が還元されているので供給した当人が弱くなることはない。それどころか共鳴するように両者の力が向上していく感覚がある。
よって、こう言い換えることもできる。
「そうだな。お前は魔力珠みたいな存在なんだよ。一種の『増幅器』だ。思えば初めて会った時からヒントはあったんだよな。ユキネさんと剣舞を演じていた時は実に見事だったからさ」
ラポットの評価とユキネとの剣舞に相当な開きがあったが、あれはまさにこの特性を示していたのだ。
ユキネと一緒にやっている時は、彼女の剣技や能力が一部共有されていたからこそ、一座でもメインを張るくらいの出し物になった。
これがアイラ単独のショーだったら見るも無残なものになっていただろう。
そして、実験結果から察するに『経験や思考も共有』していることがわかる。そうでなければアーシュラ相手にあんなに上手くは立ち回れないはずだ。
「翠清山ではチームに組み込んだのが良くなかった。特定の相方を指定しないとお前は力を出せないのさ」
「それだといつも誰かと一緒にいないと駄目じゃんかー。不便だよー」
「それでも単なる無能よりましだぞ。いや、十分に優れた才能だ。今後はいろいろなパートナーと組ませて相性を見極めていくからな。何よりも人手の足りないところに人員を増やせるのは大きなメリットだ」
「うーん、それならいいかー。でも、これで私が使えるって証明できたよねー。ミャンメイよりも上になれたかなー?」
「勝負してみるか?」
「え? だって彼女は戦闘要員じゃないでしょ?」
「まあまあ、試してみろよ。ちょっと呼んでくるからさ」
「なになになに!? その妙なやる気が怖いんだけどー!」
ということで、夕食前の忙しいミャンメイをちょっとだけ借りることにした。
ただし、両者が並んでいざ勝負―――とはならない
ミャンメイの指輪にはめられた魔石が輝くと、突如としてアイラがお腹を抱えてうずくまる。
「うっ、なんかお腹が……痛い! うぎゅううう! も、漏れちゃうよおおおお!」
「アイラちゃん、ごめんなさい。私の能力って『微生物の操作』なのよね。朝もお昼も料理を食べたよね?」
「それってまさか…あぎゅうううう! うん〇、出ちゃうううう!」
ミャンメイの能力の一つ、『山羊の呪い』。
自身が触れた微生物(細菌含む)を遠隔操作する能力で、彼女が作った料理を食べた者には抜群の効果を発揮するものだ。
その気になれば胃や小腸に働きかけて消化や吸収をできなくすることも可能なので、生物にとっては極めて危険な力といえる。
今回の場合は便意を加速させるという恐るべきもの。強力な武人ならば対応は可能だが、それでも強い不快感に襲われるだろう。
つまりは勝負する前から結果は決まっていたことになる。
「うむ、予想通りだな」
「知っていたなら、どうしてやらせたのよー!」
「そのほうが自分の立場を理解しやすいかなって」
「うえーん、やっぱり最下位じゃんかー!」
メイドよりは上だが、主要メンバーでアイラの序列は変わらないのであった。




