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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「誑魁跋扈の予定調和」編
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575話 「トイレの販売 その2」


「あのトイレをどうしたいと?」


「ぜひとも、うちに【専属で】取り扱わせてほしいのです! あのトイレならば大ヒットは間違いなしです!」



(やはりそうか。それ以外の理由がないからな)



 ゴゴート商会の狙いはトイレの『独占』にある。


 それゆえにリスクを負ってでも秘密裏に接触したかったのだ。



「自由貿易郡にもトイレはあるのでしょう?」


「もちろんありますが、悪い意味で別次元のものです。比べるなど恥ずかしくてできません。近年、わがゴゴート商会では衛生面に関して、とても力を入れております。良質な洗剤や吸水玉、浄化作用のあるハーブなど、それなりに実績を挙げてはおりますが、あれだけのものは取り扱っていないのです」


「あれの構造はそう難しくありません。真似しようと思えばできるのではありませんか? 【図面】はごらんになったでしょう?」



 アーパム財団との交渉を諦めた者の大半は、このトイレを真似しようと画策したはずだ。


 その根拠は、アンシュラオン自らがトイレの構造を示した図面を内部に貼っておいたからだ。


 まさに企業機密とも呼べる大事な図面を公開するなど馬鹿のすることである。


 と、誰もが思うだろう。


 しかし、これには明確な意図がある。


 それを知っているニクバンドは、ゆっくりと首を横に振る。



「まったくもってお見事です。あえて図面を公開するとは、それだけの自信がおありだということでしょう。事実、我々も少し試して【絶対に真似できない】と即座に理解しましたよ」



 ニクバンドの目が初めて鋭くなる。


 それに対して笑みを返すアンシュラオン。これも想像通りだったからだ。



「ふふ、さすがはゴゴート商会さんだ。どこが気になりましたか?」


「どれもこれも気になりましたが、肝は【水】ではないかと。失礼だとは思いましたが実際に飲んでみました」


「ほぉ、勇気がありますね」


「この程度のことならばいくらでもします。それこそ素材を確かめるためならば舐めることだって…ああ、これは失礼。茶の席で言うことではなかったですね」


「おかまいなく。私もそこまで綺麗な人間ではありませんからね」


「あの水は特殊なものだと思いました。素人ですから断言はできませんが、あれこそ浄化力の源だと考えております」



 ニクバンドが最初にトイレのことを知ったのは、北部に派遣した調査員から報告が入ったからだ。


 その後、彼はすぐさま図面通りにトイレを作ってみた。


 全部が全部上手く出来たわけではないが、ゴゴート商会の技術をもってすれば真似ることは可能だ。根幹の濾過浄化システムも術具を使って再現できたと自負している。


 が、結果は惨敗。


 たしかに多少ならば電気分解で浄化できるが、再利用するまでには至らない。臭いが酷くて吐きそうになったくらいだ。


 これでは幾多の女性たちが夢見心地になった、あの素晴らしい体験を与えることなどできない。


 その現実を知ったニクバンドは、トイレの偉大さを痛感したのだ。



「あの水には言葉にできない何か凄い力があります。あーー! もどかしい! いったいあれは何なのか! そのことが頭から離れず、あれからずっと眠れないほどなのですよ! 素晴らしいのです! あまりに素晴らしいのです! それだけは間違いありません!」 



(水に気づくとは、なかなかの観察眼だ。オレは答えを知っているからわかるが、初めて見たものだったらどうかな。ここまで気づけるかどうか。それだけ商品に対する見識とノウハウがある証拠だ)



 ニクバンド自体も優れているが、浄化システムをすぐに用意できるゴゴート商会も明らかに際立っている。


 だが、そんな彼らでさえ同等の浄化力は再現できない。もし質の悪い模造品など作ろうものならば、大商会であればあるほど嘲笑の的になるだろう。


 だからこそアンシュラオンは堂々と図面を公開したのである。他の商会に向けての宣戦布告でもあったからだ。


 そして今、一番大きな魚が餌に食いついた。すべて予定通りである。



「ご要望はわかりました。取り扱いというのは具体的に、どのあたりまでのことでしょうか?」


「外装に関しましては、こちらでも仕上げることができると思います。ですので、機構の使用許可と水の供給をお願いできれば幸いです」


「それは楽でいいですね。で、どれくらいで?」


「失礼いたします」



 ニクバンドが紙にペンを滑らせ、そっと差し出してくる。


 そこには「100」と書いてあった。



(これは…百万じゃないな。商人の経験が無いからなんとも言えないが、たぶんもっと上だろう。一桁が百万としても一億か、あるいは十億くらいか?)



「毎年ですか?」


「いえいえ、とんでもない! 毎月です!」


「ほぉ、毎月これだけの金額を。さすがですね」


「はい! あれのためならば『百億』程度はたいした額ではありませんよ! 安いくらいだと考えております!」


「っ!!」



 思わずアンシュラオンが紅茶を噴き出しそうになったが、慌てて何事もなかったかのように振舞う。


 このあたりは武術で鍛えた平常心と反射神経の成せる業である。



(毎月…百億―――だと!?)



 が、ニクバンドの言葉が脳裏に焼き付いて離れない。


 あの数字の単位は『一億円』だったらしい。これまでは完全に想定内だったが、この額は完全に予想外だ。



(あれだけ翠清山で苦労しても五百憶だったのに、命気水の供給だけで毎月百億だと!? となると年間千二百億円ってことだよな! オレが今までやってきたこととはいったい!? これが経済の力なのか!!)



 思わずそう言いたくもなる。


 なにせ多くの命を犠牲にして得た報酬の何倍といった金額が、たかだか思いつきで作ったトイレによってもたらされるのだ。


 しかも毎年なので、仮に十年続けば一兆二千億円の儲けとなる。地獄にいるであろう死者たちの嘆きの声が聴こえてくるようだ。


 逆にいえば、なぜ人々が経済を重視するのか。安定した社会を求めるのか。そのほうが金になるからだ。


 戦争で金儲けをするのはハンターや傭兵、戦争屋や兵器屋といった一部の者たちにすぎず、世の中では普通に商売をする者のほうが圧倒的に多い。


 それらを吸収していったほうが、楽に金を生み出すことができるに決まっている。やはり数こそ力なのだ。



「さ、さすがはゴゴート商会さんですね。おみそれいたしました」


「いえいえ! それはアーパム財団さんのほうですよ! これは実に画期的です! 価値を考えれば、本当にこれでも安いくらいなのですよ! 量産された暁には、まさに全世界に革命が起きるのです! ザ・トイレ革命です!」


「た、たしかにそうですね。まあ、本当に単なる娯楽で作ったものですが…」


「ご謙遜を! 偉大なる発明と呼ぶに相応しいものです! これは伝説になりますよ! いえ、我々が必ず伝説にしてみせます! 一緒に世界を獲りましょう!」


「な、なるほど。ところで、そのトイレはどのエリアで販売する予定なのですか?」


「最初は本拠地である自由貿易郡で販売したいと思っております。それから徐々に販売域を拡大したいというのが私どもの考えです」


「北部での販売の予定は?」


「なんとも奇妙な話ですが、このあたりは最後になってしまうかもしれません。本当に大変申し訳ないのですが…どうしても大都市が優先になってしまいます。もちろんアーパム財団さんに権利がありますので、ご自身で作って販売や配置をする分には問題ありません」


「わかりました。そのお話、前向きに検討させていただきましょう」


「そうですか! ありがとうございます!」


「ただし、私にも少しばかり特殊な事情がありましてね。ハピ・クジュネよりも南はお好きにしても問題ありませんが、この北部エリアに関してだけは条件を付けさせてもらってもよろしいでしょうか? 懇意にしている商会がありますので」


「わかりました。突然のお話ですので、できる限り善処させていただきます」


「では、具体的な話は彼女と詰めていただけますか。私の妻兼優秀な秘書なのです。よろしくね、小百合さん」


「はい! お任せください!」



 大まかな流れはアンシュラオンが作ったので、あとは小百合に任せておけば大丈夫だろう。


 アンシュラオン自身は太っ腹、言い換えれば自分の価値を軽視しがちなので、そのあたりは彼女がサポートして限界まで利益を引き出してくれるはずだ。


 茶を飲みながら、ゆっくり待つこと一時間。ニクバンドと小百合によって交渉がまとまった。


 こちらの条件としては、北部地域におけるトイレの流通にはハングラスを一枚噛ませることを了承させた。


 ニクバンドもハングラスのことは知っていたようで、一切の文句なく条件を受け入れていたようだ。


 アーパム財団と親密にしている商会なので当然だが、ゴゴート商会からすればハングラスなど敵ではないからだ。


 ゴゴート商会を武人でたとえればゼブラエスのようなもの。グラス・ギースの勢力の一つにすぎない小規模商会が甘く見られるのは仕方ない。


 しかし、彼もその認識が甘かったことをいつか思い知るだろう。



(今はまだゴゴート商会に敵わないだろうが、オレと組んだ以上、ハングラスにはもっと強くなってもらう必要がある。一般の人々の生活を守るのは経済力だからな。オレがゼイシルさんを上まで押し上げてやるさ。それがオレ自身の利益にもなる)



 何事も重要なことは信頼関係だ。


 単純な利益だけではなく、その人物に大事なものを託せるかどうか。その意味でゼイシルとグランハムを含め、ハングラスは信頼に値する商会である。


 ついでにこんな嬉しいプレゼントもあった。



「アンシュラオンさんに、このようなものを用意してみました」



 帰り際、ニクバンドが一つの箱を取り出す。


 中には一つの真っ赤なジュエルが入っていた。



「これは?」


「『ファイヤー・ジンウルフ〈赤なる刃の燃ゆる狼〉』と呼ばれる魔獣のジュエルです。魔獣鉱物がお好きと聞いたもので、お近づきのしるしにと思いまして」


「ほぉ、狼の! これは珍しいですね。どこで手に入れたのですか?」


「これは四百年ほど前、南方の地に生息していた魔獣の死骸から取られたもののようです。ご存じの通り、自由貿易郡は貿易の都。さまざまな物が流れてくるのです」



 ニクバンドが渡してきたのは、まさかの赤刃狼の魔石だ。


 といっても、これはファビオが関わった赤刃狼の雌個体ではなく、そのつがいであった『雄』のものである。



「これはいただけるのですか?」


「もちろんです!」


「いやー! 嬉しいですね! 実に素晴らしい! ほかにもあったらぜひ譲ってください。もちろん代金はお支払いいたしますよ! 特に狼に関しては是が非でも欲しいのです!」


「こんなに喜んでいただけるとは、お持ちした甲斐があるというもの! お代などいりません! 珍しいものがあったらすぐにお届けいたします! 今後ともご贔屓にどうぞ!」



 ニクバンドも予想以上の喜びように驚いたようだ。


 たしかに一般の人間からすれば、魔獣鉱物など鑑賞用の宝石や武器の素材にしかならない。それなりに価値はあるものの、アンシュラオンほど重要視はしないだろう。



(まさか狼のジュエルが手に入るとはな。こんなに嬉しいことはない! サナの強化に使えるぞ!)



 トイレの収益もそうだが、自由貿易郡と独自のルートを築けたことが一番大きなメリットといえる。


 こうしてゴゴート商会との取引は大成功に終わるのであった。



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