572話 「公開処刑 その2『お前らも海賊だ!』」
「なんだ? まだやらねぇのか?」
「まだだ。これから『有志』を募る」
「有志?」
「お前たちの中で一緒に戦いたい者はいるか! いたら名乗り出ろ!」
「え? 俺ら?」
ライザックが叫んだ相手は、処刑を見学していた観衆だった。
いきなり呼びかけられたので、多くの者は意図をはかりかねて困惑。誰も動かない。
されど、ここはやはりライザック。
観衆に向けて大声で訴えかける!
「お前たちも海賊だ!!」
「っ―――!」
「何を驚く! 何を迷う! 都市が出来てもう長い。自覚がない者もいよう。だが、ハピ・クジュネに生きる者は誰もが海賊なのだ。男も女も子供も関係ない。年齢も関係ない!」
「俺たちが…海賊? でも、海兵じゃないし…」
「お前たちはこの都市を愛しているか? 平和な暮らしと家族を守りたいと思うか? 海の恵みに感謝しているか? 敵に奪われたくないと思っているか? ならば戦わねばならない。自身の生活を脅かす者たちにあらがわねばならない!」
「け、剣だってまともに握ったことがないのに…」
「剣ならばある! 戦う力はすでにある!」
ライザックが手を上げると、海兵たちが幅十メートルもある大きな箱をいくつも持ってきた。
数人がかりで箱を倒せば、そこから出てきたのは大量の武具。
剣や小剣、斧や槍もあれば盾や銃火器も存在する。銃器以外はすべてアズ・アクスで作られたものなので品質も確かだ。
「翠清山での戦いはお前たちも知っているな。たしかにあの戦いで海軍は劣勢に陥った。第二海軍が全滅しかかったことも事実だ。だが、それがどうした。あいつらはこの都市を守るために文字通り命を捨てたのだ。それは誇りにほかならない。むしろ称賛されるべきことだ。しかし、それらはけっして武人や兵士だけに与えられる名誉ではない!」
ライザックは武器の山から一本の剣を取り、一番先頭にいた男に渡す。
男は中肉中背の一般的な体格で、平和なハピ・クジュネで暮らしているせいか一度も戦ったことはない。喧嘩も避けてきたので殴ったこともない。
だが、海賊だ。
こいつも海賊だ!
「海兵と市民に、なんの違いがあろうか! 同じ人間だ! 同じ郷土を守りたいと願う者だ! ならば、お前もれっきとした海賊なのだ!」
「っ…!」
「海賊とは、俺たちにとって生きることそのもの。生き方そのもの。ハピ・クジュネの民であることが海賊そのものなのだ! 剣を持て! 旗を掲げろ! 歌を歌え!」
「俺たちは―――海賊だあああああああああ!!」
ライザックの親衛隊がハピ・クジュネのエンブレムが描かれた旗を持ち、ドンドンドンと足で地面を打ち鳴らす!
その強引で乱雑で、思いやりもセンスの欠片もない、力任せに地面を叩くだけの野蛮な行為。
しかし、所詮は誰もがならず者。
いくら着飾ってうそぶいても、どうせその本性まで隠すことはできない。
「俺たちは海賊にしかなれない! それを思い出せ! お前たちの中に眠る海の声を聴け!」
なぜ国家が大事なのか。なぜ郷土が大切なのか。それに対し、なぜ人種は関係ないのか。
その土地に宿るエネルギーが、同じ場所で暮らす者たちに同一の性質を与えるからだ。
たとえば日本で暮らす外国人は、その心に『愛』があれば、いつの間にか日本人らしくなっていく。
同じ水を飲み、同じ言語を話し、同じ仕事をするうちに感性が移っていくからだ。
それは風土によってもたらされる。長く守られた伝統や慣習によって受け継がれる志でもある。だから人々は立派に生きた祖先を誇りに思うのだ。
同時にそれは、外敵に対する強力な武器にもなる。
もし自身が大切にしている伝統や誇りを踏みにじろうとする者がいれば、団結して戦わねばならない。
その時に同じ慣習や風土の中で育った者たちは、かけがえのない戦友になれる。仲間になれる。同志になれる。
「時代は変わった! 戦う意思を持たぬ者はハピ・クジュネの市民にあらず! 男は戦え! 女子供であっても意思があれば戦え! 我々は一丸となってこの都市を守る剣となる! さぁ、名乗りを上げろ! 海賊である者、これから海賊になりたい者は前に出ろ! 迷ったなら心に聞け! 自身がどうありたいか問いただせ!!」
身体が熱い。燃えるようだ。
地面を踏み鳴らす足音に刺激されて心臓が激しく動いている。それによって血流が増して熱が生まれ、力が湧いてくる。
そして、さきほど剣を渡された男の足が、一歩前に出る。
「た、戦うぞ! 俺だって…俺だって海賊なんだ!」
「そうだ、お前は海賊だ! このライザック・クジュネが認める!」
「ぼ、僕も! 僕もいいでしょ!」
「ああ、少年よ! お前も海賊だ! 好きな武器を選べ!」
「わ、私だって戦えるわ! もうあんな怖いことは嫌だもの!」
「力が弱い女は銃を取れ! そのために作られた武器だ!」
一人、また一人と増えていく志願者に対して、ライザックが背中を叩いて活を入れていく。
この都市の責任者にして頭領の長男。見た目は怖いし武闘派だし、言うことも怖いので一般人からすれば畏怖の対象である。
されど、今は目の前にいる。すぐ隣にいる。真後ろにいる。
その大きさを肌で感じ取りながらも、彼もまた一人の海賊でしかないことを悟る。ライザックもハピ・クジュネの民の一人にすぎないのだ。
ただし、彼はリーダーだ。その意思をまとめて力にする者だ。
そうして集められた力は、一人一人は弱くとも都市を守る武器と化す。
気づけばブッソンの前には、最初に集まった四人の男のほかに二十人の志願兵が加わっていた。
「彼らはお前を殺したいと願う者たちだ。この新しい刑罰は市民自らの手によって執り行うものとする」
「ざけやがって! 素人が俺とやろうってのか! 上等だ! 全員殺してやるよ!」
「では、処刑を開始する! 遠慮なく戦え!」
ライザックが開始を宣言。
といっても、こうした処刑が行われるのは初めてかつ、集まった者たちは技術的にまだ戦う準備ができていない。
その隙をついて最初に飛び出したのはブッソンであり、それに対して復讐者の四人が立ち向かう構図となる。
「馬鹿がよ! やれるもんなら、やってみやがれ!」
「ぐっ!」
ブッソンは勢いよく迫り、男の剣を叩き落とす。
他の者がすかさずカバーに入るが、腕力を生かした攻撃で強引に薙ぎ払う。
腐っても傭兵崩れだ。よく訓練された武人が相手の場合、一般人が何人いてもあまり意味を成さない。それだけ実力差があるからだ。
その様子を見て志願兵が思わず逃げ腰になるが、後ろからライザックの声が響く。
「それでも海賊か! 勇ましさこそ我らの誇りだぞ! 痛みを怖れるな!」
「っ…俺が! 俺がやってやる!」
「なんだ、そのへっぴり腰はよ!」
最初に志願した男が剣で突き刺そうとするが、ブッソンは余裕をもって迎撃。
どう見ても素人の動きなので軽くかわして、返す剣で脳天を叩き割ろうとする。
「てめぇが死ねや!」
「うわあああああ!」
パニックに陥った男が剣を滅茶苦茶に振り回す。
初めて剣を振るのだから仕方ないが、それはあまりに弱々しいものであり、本来ならば絶対に当たらないものだった。
が、突然軌道を変化させて間合いが伸びると、反撃の態勢に入っていたブッソンの首筋に命中。
「んなっ!? ちっ! まぐれかよ!」
ブッソンも咄嗟によけたので剣先が掠めただけだが、それでも出血を伴うダメージを受けてしまう。
もちろん、それに一番驚いたのは男のほうだった。
「え? 当た…った? 俺の剣が!?」
「何をしている! そいつだけに戦わせるつもりか! お前たちも戦え!」
「っ…そうだ! 俺たちもいくぞ! 数で押せばなんとかなる!」
「ええ、わかったわ! 私たちだってやればできるもの!」
そのまぐれ当たりが周囲に勇気を与えたのか、他の者たちもブッソンに攻撃開始。
「当たって!」
女性が震える手でハンドガンを撃つ。
銃自体がこれまであまり流通していなかったこともあり、撃つのは初めてのことだ。
明らかに照準がずれていたので、ブッソンはいとも簡単に射線を外す。
がしかし、放たれた銃弾は突然角度を変えてブッソンの肩に命中。
「あ、当たった! 当たったわ!」
「ぐっ! なんだ今のは! ありえねえだろうが!」
どう考えてもおかしい軌道だったが、女性は一般人なので銃弾の変化などよく知らない。気づいたら当たっていただけだ。
だが、困惑している暇はない。
男たちがブッソンを取り囲んで攻撃。
それらもまた剣に振り回された素人の動きであり、もし鎧を着ていたら軽々と弾き返せるものだった。
それが―――ザクッ!
いなしたはずの剣先がブッソンの脇腹に突き刺さり、もう一人の剣が背中を切り裂き、誰かが思わず投げたナイフが見事に太ももに突き刺さる。
「やれる! 俺たちでもやれるぞ!」
「本当だ! たいしたことないじゃないか! 怖いのは顔だけだぜ!」
(くそが! どう考えてもおかしい! 何かやってやがるな!)
ブッソンにもおかしいことだけはわかる。絶対にありえないからだ。
だが、『レベル差がありすぎて』そのカラクリに気づくことはできない。
優れた者が見れば、彼らが持っている武器がうっすらと戦気をまとっているのがわかるはずだ。
それは非常に薄い膜であり、ライザックでさえ視認できないのだから、ブッソン程度の武人が認識できるわけがない。
戦気によって『操作された剣』は、使う当人の意思を半分だけ尊重しつつ的確にサポート。
当たらない軌道ならば当たるように軌道を変更し、相手の防御が貫けないのならば力を貸し与える。
相手の反撃を受けても、剣が勝手に踏みとどまって衝撃を完全に吸収してしまう。
やっている当人たちは、それが自分の力と勘違いするか、またはまぐれだと思うかもしれないが、どちらでもかまわない。
ここで大切なことは、自分自身が勇気をもって戦っている事実だけだ。
(大いに勘違いすればいい。人間なんて自信がつけば何でもできるからな)
操っているのは、アンシュラオン。
彼らの武器を遠隔操作して戦いのすべてを制御していた。
誰もイカサマに気づかないのならば、これが現実に起こったこととして記録されるはずだ。それがまた他者のやる気と自信を生み出すきっかけになるだろう。
「てめぇら! いいかげんにしやがれ! 絶対にぶっ殺すからな!」
ここでブッソンが戦気を発動。本気を出してくる。
これまで使わなかったのは余力を残すためだろう。
ライザックが約束を守らなかった場合は、海にでも飛び込んで逃げるか、強引に包囲を突破しようと考えていたはずだ。
それをたかが素人に使う羽目になるとは完全に想定外である。
が、さらに想定外なことは、それすらも意味がないことだ。
「ブッソン! 死ね!」
ブッソンの身体に復讐者の剣がざっくりと入り込む。
アンシュラオンの戦気をまとっているので威力は抜群。ブッソン程度の防御の戦気など紙切れでしかない。
「て、てめぇ…! よくも…!」
「妻の仇だ!」
「地獄に落ちろ!」
「ぐぁっ!」
他の復讐者の刃も次々と突き刺さり、ドクドクと大量の血が噴き出す。
反撃しようにもブッソンの攻撃はすべて弾かれてしまうので、どうしようもない。
そうしている間にも志願者たちの剣や槍が身体中に突き刺さり、全身が武器だらけの『黒ひげ危機一髪状態』になってしまう。
「がはっ…ちくしょう……! こんなところで…死ぬなんて―――」
「お前の断末魔なんて豚でも食わねえよ!」
最後には口に剣が突き刺され、喉を貫通してブッソンは絶命。
それを見届けたライザックが市民を称賛する。
「よくぞ成し遂げた! それでこそ海賊の民だ! よいか、我々は誰にも負けぬ! 団結して立ち向かえば、お前たちだって戦えるのだ! 俺にお前たちの力を貸してくれ! 共に戦おう!」
「おおおおおおおお!」
「やれる! 俺たちもやれるぞおおおお!」
場は興奮のるつぼと化し、一種の狂乱状態に陥る。
今の戦いが市民優勢だったのはアンシュラオンのおかげであるが、ライザックの『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』によって能力が底上げされていたからでもある。
自ら海賊になりたいと願うことは、ライザックの支配下に入ることを願うのと同義なのだ。
その後も市民による処刑は続き、最後はライザック自らが少年の相手をする。
「今ならば戻れるぞ? 服従を誓え」
「嫌だ! 父さんを殺したお前は許さない!」
「ならば一人の海賊として扱おう! 俺と一対一の本気の勝負だ!」
この少年はシーマフィアの幹部の息子で、復讐心からライザックを付け狙っていた。
まだ子供ということもありライザックも何度か見逃したが、今日の公開処刑がタイムリミットとなった。
「うあああ! 死ねええええ!」
「ぬんっ!」
「っ―――!」
少年が剣を持って飛びかかった瞬間に、一刀で斬り伏せる。
真っ二つになった少年は、死を自覚する前に即死。あまりの速度に痛みを感じる暇もなかっただろう。
相手が誰であろうが本気で戦う。それがライザックの生きざまである。
「これにて本日の執行は終了とする。ここにある武器はそれぞれが持ち帰ってかまわない。今後も自衛の手段とせよ。では、解散!」
解散が告げられると、人々は興奮した面持ちで今日あったことを語り合う。
その顔には今までになかった自信が垣間見られ、「俺でもやれる」「私が守る」といった声が所々から聴こえてきた。
まだ刀身に少年の血がこびりついているライザックのもとに、アンシュラオンがやってくる。
「お疲れさん。都市の管理者も大変だ」
「お前にとっては茶番だったか?」
「そうでもないさ。これも必要なことだったからね。目指していた自警団がようやく形になってきたってところかな」
ライザックは出会った頃から『市民の武装化』を計画していた。初志貫徹、首尾一貫、誰と衝突しようとも一度決めたことをけっして曲げない。
翠清山での戦いでは、集まった志願兵や自警団が山の包囲に加わっていたが、本物の武人から見ればお遊びみたいなレベルであっても、その意思が大切なのだ。
こうして市民自ら戦わせることで、その流れはさらに加速するだろう。
「これからは治安維持に市民で構成した自警団を交ぜる。管理を頼めるか?」
「抵抗していたシーマフィアは全滅したし、武装した連中はこっちが対応するから問題ないよ。そこらの巡回程度ならば市民で十分だ。それより雷聯と風聯は使わないの?」
「あれはスザクにくれてやった。憎しみは俺が引き受けるが、スザクには希望を託す。あいつはいつか俺を超えて都市を背負うことになるだろう」
「スザクも山の戦いで随分と成長したもんね。じゃあ、オレも解散するよ。あとはよろしく」
「今日の報酬は、本当に『アレ』だけでよいのか?」
「いろいろと使い道もあるし、ちょっと面白いことを考えていてさ。完成したらライザックも招いてあげるよ。楽しみにしていて」
「やはりお前は、俺なんぞよりとんでもないやつだな」
「はは、誉め言葉として受け取っておくよ」
アンシュラオンは対価として、死刑宣告を受けた罪人の中で一定以上の強さを持つ者の『身柄』を要求した。
見ての通り、この公開処刑で殺された者たちの大半は弱い者ばかりだ。ブッソンとて武人としては下位に属する。
シーマフィアにはそれ以外にも多くの武闘派がおり、大半は裏番隊との戦いで死んでしまったが、生き残った者たちは報酬としてアンシュラオンが引き受けた。
だが、自分の兵にするわけではない。
(戦闘訓練が大事なのは市民だけじゃない。オレもしっかりと利用させてもらうよ)
アンシュラオンの悪だくみが密かに始まっていた。




