570話 「シーマフィア壊滅 その2」
「女性を食い物にする連中は許さない。じゃあ、やめるから許してくださいと言われても許さない。なぜならば統御されていない悪は必ず『堕ちる』からだ。あんたらはもともとの性根がクズなのさ。クズに何かを任せることはしない。ただオレに従えばいい」
「従わない場合は私も殺しますか?」
「当然だ。例外はない。絶対的な服従か死か、ここで選べ。だが、服従する場合も強制ギアスをかけさせてもらう。逆らったら絶対に死ぬようにな」
通常ならば従ったふりができるが新型ギアスが完成した今、それは不可能になった。
同意による強制力は凄まじく、武人であれ一般人であれ逃れることはできない。
そして、その制約は当事者だけに作用するものではない。
「ジュゼーノさん。あんた、そろそろ二人目の孫娘が産まれるらしいね。娘さんが身重だって聞いたよ」
「…それが何か?」
「大いに喜ばしいことだ。新しい命が誕生することは女神様も喜ぶに違いない。そうそう、その孫娘さんなんだけどね、どうやら都市の外で『保護』されたみたいなんだ。どうして外にいたのかな? 魔獣もたくさんいるから危ないのにね。オレが先に保護できてよかったよ」
「………」
「これも知っているかな。なんだか知らないけど、うちもいつの間にか大量の『ペット』を飼うことになってさ。その餌代にも日々苦労しているわけなんだ。多頭飼いの一番の悩みどころってやつさ。ただ、彼らも種族としては数を減らしてしまったから、次はたくさん産んでもらいたいと思っているんだ。そのためには『栄養』が必要なんだよね。ねえ、身重の個体って栄養がありそうじゃない? 二人分なんだから当然かな?」
「ホワイトさん、そりゃさすがにルール違反では?」
「あれれ? 何のこと? オレはペットの話をしていただけなんだけどなぁ。でも、その子もまさか産まれる前に餌になるなんて夢にも思っていないだろうね。何も知らないほうが幸せかもしれないけど」
「………」
アンシュラオンを前にしても平静を保っていたジュゼーノに、ここで初めて動揺の色が浮かぶ。
当たり前の話だが、マフィアの構成員にも家族はいる。
彼はホワイト商会が接触してきた時、すでに危険を察知して家族を都市外に移住させようとしていた。その中には娘夫婦と孫娘も含まれている。
だが、それらの情報はすでに漏れていた。
ライザックが提供したリストには、全マフィアの構成員の名前と住所、家族構成がすべて記されている。海兵もグルなのだから都市外への出入りは監視されてしかるべきだ。
「あなたは…女性には優しいのでは?」
「ははは、定番の論点ずらし? 家族には罪がないから許してくれって? それは通じないな。だって、罪があるからね。マフィアのしのぎで生活しているんだから同罪だろう? 悪徳政治家だって同じだ。その家族も血族もすべて同罪なんだよ。違うかな?」
マフィアも政治家も辞めたら責任を追及されない、なんてことはありえない。
それまでに悪事を働いて不正な金を取得していれば、その恩恵にあずかっていた息子や娘、その孫に連なるすべての縁者たちにも責任があるのは至極当然の論理だ。
「こういうのは何事も連帯責任だと思うんだ。だから先にそっち側から取り立ててもいいよね? ああ、ちなみにここにいた連中の家族も全員『保護』しているからね。そこのところを忘れないでほしいな。それとも父親が死んで路頭に迷うくらいなら熊の餌になったほうが楽かな? ねえ、どっちがいいと思う?」
「ぐぐっ…」
「お前たちに未来はない。さっさと選べ。これでも温情をかけてやっているんだぞ。今すぐ問答無用で殲滅してもいいんだ。ゴミはゴミらしく這いずって生きろよ」
「ホワイト、貴様!! ころしてっ―――ぐばっ!」
アンシュラオンに詰め寄ったワカマツがマサゴロウに捕まり、大きな手で首を絞められて宙吊りにされる。
この男の腕力ならば簡単に首をへし折ることができるだろう。
「まったく学んでいないな。そろそろ死ぬか?」
「がっ! ぐっ! はな…ぜっ……がはっ!!」
「マサゴロウ、放っておけ。ただの雑魚だ」
「そういうやつを殺すのも面白ぇって、オヤジも言っていたんじゃ?」
「こいつはそれにも値しないクズだ。捨てておけ」
「ふっ、クズで命拾いしたな」
近くにあった机に無造作に投げ捨てられ、ゴロゴロと転がる。
「がっ!! げほげほっ! がほっ!! でべぇ…覚えて…おげっ! ころず…がらなぁ!」
喉がやられてしまったのだろう。ワカマツはしわがれた声で叫ぶ。
その声にはさまざまな感情が宿されていた。怒り、怨嗟、憎しみ、それから恐怖。
しかし、それだけで相手を殺すことはできない。ただの言葉など無力でしかないからだ。
「お前には一生できないよ」
それを証明するように、アンシュラオンが懐から二本のナイフを取り出して投げる。
遠隔操作で操ったものなので狙いは正確。二本とも見事に太ももの根元に突き刺さった。
「ぐあっ!!! くううっ…そおおっ!! やりやがった…なぁ! ホワイト!!」
突然の攻撃と痛みに驚き、思わず足に触れようとするが―――ぼんっ
ナイフにまとわせた戦気が爆発して両足が吹っ飛ぶ。
ついでに押さえようとしていた手も焼け焦げ、その際に指も何本か吹っ飛んだ。
「がっ!! あじがぁあああああ!!! てがぁがあああ!!」
さすがにその事態は想定していなかったのだろう。
絶叫とともに血を撒き散らしながら転げ回る。
「どうした? オレを殺すんじゃないのか?」
「ぐうううあぁああああ! ぁぁぁああ!」
ワカマツは涙を流しながら悶え苦しみ、アンシュラオンを見る余裕もなかった。
太ももの根元から下は完全に失われており、ぐちゃぐちゃになった肉と骨が剥き出しの状態にある。
彼は武人のレベルにまで到達していないので筋肉操作で止血することもできない。このままではすぐに失血死するだろう。
さらに爆発した位置を考えると、男にとって絶対に失ってはいけないモノにまでダメージが及んだ可能性が高い。
だが、殺しはしない。
「そんなに痛いのか? ならば治してやろう」
アンシュラオンは命気を放出して傷口を塞いでいく。
ただし、再生はさせない。逆に命気を結晶化させることで回復術式でも足が復元しないように仕向け、同じ処理を手にも施す。
これで傷は治っても両足と一部の指は失われたままとなった。
「代償はもらった。お前は今後一生、車椅子で過ごしな」
「ぐぞぐぞぐぞぐぞおごおごごあああああ!! ほわおいいととお!!」
「叫んだって足は増えないぞ。ははは、まるで芋虫みたいじゃないか。力の流儀を否定した者に相応しい姿だ。で、どうだ? 今の気分は? ええ、おい?」
「ぐやあああああ!」
指が半分になった手を踏んでやる。ワカマツはジタバタするが、足がないのでもがくことしかできない。
その姿は、まさに芋虫。何の抵抗もできない虫けらである。
「これでお前も弱者のお仲間入りだな。マフィアの世界は保障や介護保険はどうなっている? ちゃんと周りが世話をしてくれるのか?」
「ほわほわ…ほわい…とおお!! よくもよくもよくもぉおおおお!! コケにぃいい! お、おれをぉおおコケけえええええにいいいいいい!! こけにいぃいいいい!」
「ああん? 何を言っているのかよくわからないぞ。口は無事なんだから、もっとちゃんとしゃべれよ。じゃあ、オマケでこっちもやってやるか」
アンシュラオンが火気を放つとワカマツの頭がメラメラと燃え、髪の毛が焼ける嫌な臭いが立ち込める。
「ぎゃああああああああ!! あづあづあづううううううううう!」
「ははは! 焼き芋虫だな。ほらほら、早く消さないと大火傷だぞ」
「がうあああああ!! ああああ!!」
ワカマツは何度も何度も転げ回り、いろいろなところに頭をぶつけながら必死に火を消そうとする。その際に切ったのか頭からは出血も見られた。
そして、ようやく火を消し終えた頃には、半ば炭化して黒焦げになった頭皮だけが残った。
「あああーーーー! よくもよくも!! よぐもぉおおおおお!! ホワイトォオオオオオオ!! おまえは…ごろっ…ごろっ、ごろじてええええ! おばええおえおおおごろじでええええ―――がくっ」
壮絶な表情で叫びながらワカマツが気絶。
火傷の痛みというよりは、ショックと怒りのほうが大きかったようだ。激しい精神の高ぶりで意識を失ったのだろう。
目を見開き、口を大きく開け、現世を憎む悪鬼のごとき顔つきだ。人間の憎悪とはいかに凄まじいかを思い知る姿である。
一番怖ろしいのは、それを笑いながら見ている少年だ。その姿にジュゼーノは戦慄を覚える。
(知能のある魔獣ほど怖ろしいものはいない。人間の狡猾さと魔獣の強さを持っていれば、それはもう化け物だ。翠清山の魔獣すら服従する相手に俺らが敵うわけがないか)
「それじゃジュゼーノさん、挨拶もそこそこで申し訳ないけど、オレたちは帰るよ。まだ今晩中に襲わないといけない事務所がいくつもあるんだ。決断は早めによろしく。制限時間は二十四時間以内だ」
「シーマフィアをすべて潰す気ですか?」
「もちろんさ。おとなしくうちの支配下に入ってくれれば悪いようにはしないよ。大本を正さないと治安の悪化は止まらないからね」
「うちはまだいいですよ。これでもハピ・クジュネを愛していますからね。しかし、ここまでやったら他の勢力だって黙っちゃいない。結託だってする。その覚悟はあるんですか?」
「そうだろうね。ぜひそうしてほしいよ」
「…それが狙いですか。正直、私には正気とは思えませんよ。それとも老いましたかね」
「分を知るのは悪いことじゃない。あんたという人間は自分の器を知り、そこで満足している。その終着点がここだったにすぎない」
「では、あなたはどこまでいけば満足なさるんですか?」
「オレは自分の住処が荒らされるのが嫌なだけさ。それはあんたらも同じだろうけど、より強い者には従ってもらわないとね。それだけのことだよ」
そう言ってアンシュラオンたちは出ていった。
残ったのは組長であるジュゼーノだけ。あとはかろうじてワカマツが生きているくらいだろう。
ここまでやられれば激怒は必至なのだが、アンシュラオンをじかに見た彼は、そこに奇妙な期待を感じてもいた。
(フロンティア…か。久々に聴いたな。俺が若い頃、親父の世代は口癖のように言っていた。この大地に生きる者ならば夢を見なくては生きているとは言えない、と。腑抜けたのは俺らのほうか)
人生とは、ただ飲み食いして生きるだけではない。
何かを追い求め、熱中し、がむしゃらになっている時こそ、その魂が一番燃え盛るのだ。
「オヤジ、『アレ』は殺したほうがよかったんじゃ?」
帰り際、アンシュラオンにマサゴロウが話しかける。
「あの男のことか?」
「おれにはわかる。あいつは害悪になる」
「それは裏スレイブの直感ってやつかな」
「そんなところです」
長いこと裏の世界にいたマサゴロウは、直感的にワカマツが危ないとわかったのだろう。
殺せる時に殺すことはとても大事だ。それによって安全を確保できるので躊躇ってはいけない。アンシュラオンも常々そうしてきた。
しかし、『危険を欲する』のならば話は別だ。
「それでいいんだよ。ジュゼーノも言っていたが、そうすれば勝手に『集まる』からな。隠れる場所が山ほどある北部において一つ一つ潰していくのは効率的じゃない。群れたところを一気に潰したほうが楽だ。あいつは必ず役に立ってくれるよ」
「…オヤジは怖いな」
「そうか? こんなに優しいやつはいないと思うけどな。だって、オレが支配したほうが(男以外は)みんな幸せになるんだぞ。より良い社会の出来上がりってわけさ」
実際にアンシュラオンによって弱い立場にいる女性たちが保護されている。それは厳然たる事実だ。
マフィアが必要悪だと言っている者たちも内心では不要だとわかっている。それを排除する力と覚悟がないだけにすぎない。
だが、アンシュラオンにはそれができる。おそらくゼイヴァーも男の被害など気にせず、ニッコニコで称賛してくれるに違いない。
「オレが組織を作った以上、この都市にマフィアはいらない。いや、北部全体がそうあるべきだ。邪魔する者は武力ですべて排除する。さぁ、次の組を潰しに行くぞ。今回は家族もろとも見せしめの皆殺しだ」
「そりゃいい。得意分野だ」
その後もホワイト商会の襲撃は続き、次々とシーマフィア系の組が壊滅または服従を決断。
ハピ・クジュネの裏の勢力は、ほぼすべてがアンシュラオンに屈することになった。
しかし、それを拒絶した者たちは居場所を失い、都市から出ていく。
マサゴロウが危惧したワカマツもその一人であった。