565話 「やんちゃ無法のホワイト商会 その1『仮面の集団』」
翌日。
ホロロが報告書を持ってアンシュラオンの自室にやってくる。
最近では傘下の商会から日々の報告が上がってくるため、自室にいることも増えていた。
DBDとハングラス関連以外では特に行くところもないので、それ自体は苦ではない。これも商人の務めといえる。
アンシュラオンは、ざっと報告書に目を通す。
まず最初に目を引くのが被害報告だ。
「また犯罪件数が増加しているね。一昨日の倍だ。日に日に増えていくよ」
「ほとんどは窃盗や恐喝といった小さなものですが、強盗殺人といった大きな事件も増え始めております。先日はアーパム財団が管理する店も被害に遭いましたので、アイラ隊を動員して確保しました」
「猿たちはちゃんと動いてる?」
「問題ないようです。良い実戦訓練になっております」
「それはよかった。預かった以上は立派に育ててやらないといけないからね。治安維持に出ていたサリータとベ・ヴェルの隊も強盗団と思わしき集団と戦闘か。平然と都市内で好き勝手やってくれるね」
「その件に関しまして、死者は八十二名。すべて向こう側の被害です」
「これも考えようによっては良い実戦訓練かな。よほどの手練れでもなければ彼女たちが負けることはないからね」
「アイラ隊が捕らえた生存者は、海軍の取り調べが終わり次第こちらに引き渡され、『強制契約用ギアス』を取り付けて翠清山送りにいたします。死体に関してもご命令通り、熊の食糧にいたしました」
「うん、それでお願い。ギアスを拒むようなら生きたままゴンタたちの餌にしていいからね。あいつら、死んだ人間だと食欲が湧かないみたいでさ。少し抵抗するくらいがいいみたいなんだ。あれも熊の習性なのかな」
アンシュラオンは海軍との間で犯罪者の取り扱いに関する『密約』を結んでおり、その処遇に関してはこちらが自由にできる状態にある。
海軍としても自身の立て直しに忙しく、いちいち収監するのは面倒でしかない。
どのみち強盗以上の重犯罪人は、縛ったうえで海に放り投げるので死亡率が高く、その手間をアンシュラオンが補ってくれるのならば大助かりといえる。
本来、治安維持を一般組織に任せるのは非常に危険なのだが、ライザックはとことん利用するつもりでいるらしい。
反面、アンシュラオンとしても『人間という資源』を十全に扱えるのはありがたい。上記の通り生き残った人間は、翠清山の労働力兼魔獣の餌にしている。
翠清山に送り込んだ犯罪者たちは、常に魔獣に囲まれているので逃げ出そうとしても食われるし、過労死しても食われるという牢獄よりも悲惨な環境にあった。(そもそもギアスがあるので逃げること自体が無理だが)
問題は、やはり犯罪数が増加していることだろう。
「オレたちが演習から戻った途端、一気に増えた気がするんだよね。その間に何かあった?」
「特段の事案は確認されておりません。南からの船も厳重に身元をチェックしているはずです。しかし、昨晩の犯罪者の半数以上が我々を知らなかったことからも、南部か東部からの密航者だと思われます」
「船の検査も意外とザルなんだよなぁ。結局は経済的な問題で入れるしかないからスパイや犯罪目的の連中が増える一方だ。それに、わざわざ港に船を入れる必要もない。荒い海流を突破できるほどの船ならばどこにでも上陸できる」
「ライザック様は、それを見込んでご主人様に治安維持を任せた節がございます」
「だよね。それも含めて責任の丸投げだからライザックにもメリットがある。こっちも労働力が確保できていいけれど、街の治安が悪化するのはいただけないな。訓練にはなっても子供たちの情操教育には悪い」
白スレイブも増えたので、今ではかなりの人数の命を預かっていることになる。
子供たちに楽しい時間を与えたい親心に反し、世の中は荒んでいくのが哀しいところだ。
「子供の件でスザク様からご報告があります。最近は子供の誘拐が多発しているので注意するように、とのことです」
「子供の誘拐? 大人は?」
「女性の被害も依然として多いですが、特定のエリアでは子供のほうが多いようです。スレイブ商ではない人さらいのグループと推測しておられます」
モヒカン兄弟の店は正規店かつ優良店だが、許認可を受けていないモグリの商人を入れればそれなりに数はいる。
裏スレイブの店も許可を受けていない店なので違法なことも平然とできるわけだ。だが、一方で被害を受けても表立って訴えることができない弱みもある。
「単純な子供の人身売買組織かな? そういえばダビアやモヒカン二号も、そんな連中がいるって話をしていた気がするね。そいつらが勢力を増しているのかもしれない」
「スザク様は『巣分け』による『ア・バンド〈非罪者〉』の再来を危惧しておられるようです」
巣分けとはよくミツバチで使われる用語であり、その巣で新たな女王蜂が生まれると、今度は旧女王が一部の働き蜂を引き連れて新たな巣を作ることを意味する。
もっとわかりやすくいえば『のれん分け』に近しいものだろうか。どちらにしても分裂して増え続けるので厄介だ。
「スザクは部下を殺されてア・バンドを恨んでいるからね。オレとしてもマキさんと小百合さんを拉致された件があるから個人的には嫌いだけど。でも、あいつらって南部で活動しているんだよね? かなり特殊な連中だった気がしたけど」
「はい。あの者たちは主に成人女性を狙っており、南部に移送する計画を立てていたようですので、一連の件とは別かと思われます。襲われた痕跡からもア・バンドほど強力な武人の存在は確認されておりません」
「モヒカンにも気をつけるように言わないとな。白スレイブを扱っているから襲われないとも限らない。ゲイルの商会からも護衛を増員してもらおう」
「かしこまりました。連絡を入れておきます」
「ほかには何かある?」
「今夜は『裏番隊』の出動が予定されております」
「ああ、そうだった。外部からやってくる連中もそうだけど、さっさとハピ・クジュネの掃除を済ませておかないとね。今晩は暇だからオレも出るよ」
「では、準備をいたしておきます」
ホロロが出ていったのを見届けたアンシュラオンは、窓からハピ・クジュネの都市を眺める。
(ずっと何事もなかったのに突然異変が起こり始めた。世の中に偶然はなく、起きることすべてに理由が存在するもんだ。じゃあ、今回のことは何が要因なんだ? 誰かが扇動している? ありえなくはないか。少なくとも密航を手助けしているやつはいるはずだ。おそらくは資金提供も)
いくら強盗団とはいえ銃火器が簡単に手に入るわけではない。それなりに足がつくし弾代も馬鹿にならない。もし南部か東部からの密航者だとすれば資金的にも厳しいはずだ。
そもそもこれだけの数の犯罪者を『生み出す』のは難しい。いくら武器を渡したとしても殺人に至るまでには多少の躊躇いがあるはずだ。
(捕まえたやつらにギアスや術の痕跡はなかった。精神術式無しに人の心を操作できるとすれば相当危険な能力だが…まあいい。仮に何者かの意思があったとしても害悪をすべて潰していけば、おのずと問題は解決する。逆にこれをチャンスに変えればいいだけだ。そろそろ決着をつけろってことさ)
∞†∞†∞
その夜。
ハピ・クジュネの『観光区』の裏通りを、とある集団が歩いていた。
身体の大きい者、小柄な者、太った者、痩せた者、中には腕や腹の一部が欠損している者すらいる。
そんな異様な集団が歩いていれば人目を引くのだが、その一団を見かけた人間に話を訊くと、彼らの身体的特徴など覚えていないと言うではないか。
しかし、それはおかしい。
たとえば警察の事情聴取で対象者を伝える場合、「背の低い太った男」「背の高いモヒカンの男」といった文句が並ぶはずだ。
もしパンチパーマの男がいたら最初に述べるだろうし、常人を超える背丈の人間がいれば記憶に残らないはずがない。
人間は一番覚えやすい場所を記憶する。それが身体的特徴であることが多いのは自然なことだ。
そう、人間は覚えやすいものを記号として捉え、記憶の中に刻み込む。
では、その集団を見た人間の中には、どんな【記号】が刻まれたのだろう。
それは間違いなく、覚えやすく、なおかつ印象に残るものだったはずだ。
ここに彼らを見た者の証言がある。
―――歩いていた集団を見た?
「はい、見ましたよ。ええ、そうです。仕事の帰りに裏道を歩いていてね。ほんと偶然です。え? 特徴ですか? 太った? 背の高い? ああ、そんな人もいたかもしれませんね。でも、それよりも一番目についたのは【仮面】です」
―――仮面?
「そうです。全員がなんというか…仮面を被っていたんです。だからびっくりしちゃって。海軍の重装備? うーん、そんな感じじゃなかったですね。仮面だけですから。海軍だったら鎧も着るでしょう? だからあれはそうですね…やっぱり…そっちのほうかなぁ。ああ、コスプレ集団って意味じゃないですよ」
―――ヤバイ連中? マフィアみたいな?
「ええ、ええ! 間違いないですね! 雰囲気がもう本当に危ない感じでした。抜き身のナイフってのは、ああいうことを言うんでしょうね。歩いているだけで空気が切れるみたいな。いやー、男としてはちょっと憧れちゃいますけどね」
―――近寄ってみた?
「いやいやいやいや!! 勘弁してくださいよ! 逆に訊きますけど、あなたは見るからに危ない魔獣に近寄りますか? 近寄らないですよね? 私だってそうですよ! あんなのに近寄ったら命なんてないですって!」
―――でも、見ていた。
「そりゃー、見る側としては面白いですからね。私たちには関係ないですし、見ているだけならいいでしょ? もちろん近寄ったりしたら危ないんでしょうけど」
この目撃者の脳裏に刻まれた記号は、たった一つ。その集団は全員が【仮面】を被っていた、ということ。
これほどのインパクトがあれば、それ以外のものはすべて記憶から消えてしまうだろう。
しかしながら、その一般人はもう一つのことも証言した。
―――その中で誰が一番危いと思う?
「一番ヤバそうなやつですか? そりゃもちろん、あの真ん中にいた『白スーツ』の人でしょうね。あれはもう別格ですよ。目が引き付けられるって言うんですかね? それ以外見えなくなっちゃって、ほんとびっくりです」
―――白スーツ? 屈強な大男?
「いやいや、見た目は全然違います。どっちかというと小さくて子供みたいな感じでした。でも、周りよりずっと背が低いのに、あれはヤバイってすぐに思いましたよ。正直、震えちゃいましたね。足が竦むって、ああいうことを言うんですね」
―――どうしてそう思った?
「明らかに雰囲気が違います。他の仮面のやつらも、そいつには従っていたみたいでしたし…あれがボスなんでしょうかね。だからそう、さっき言ったヤバイ連中っていう意味がね、もっと大きな意味なんですよ。ただの集団じゃなくて、もっと統率されているような感じがしていて…」
―――軍隊? 傭兵団?
「ああ、そうですね…。それに近いかなぁ。でも、もっとこう違うものがあるんですよね。そう、そう、そう…言ってしまうと『カルト集団』みたいな妄信的な圧力があるというか。だから怖かったのかもしれません。あれには近寄ったらいけないですよ。そういう危険な感じがするんです。あっ、もういいですか? 明日も朝が早いんで。あなたもお仕事で大変でしょうが、どうか彼らにはお気をつけて」
こうしてインタビューを終えた男は、ひっそりと路地に消えていった。
彼いわく、仮面の集団で一番目立っていた男は『少年』だった。
ただ歩いているだけなのに妙に目に付いたのは、白スーツに赤ネクタイという、いかにも筋者の格好だったからだけではないだろう。
明らかに他者と違う威圧感を放っており、一目で他の仮面の男たちを従えているリーダーだと直感する。本能が、あれは危ないと告げるのだ。
その仮面の集団が一軒の店の前で止まった。
店は全体が扇情的なピンク色をしており、明らかに他の店とは様相が異なる。いわゆる『風俗店』だ。




