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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「誑魁跋扈の予定調和」編
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564話 「それゆけ魔獣隊!」


 アンシュラオンがDBDと軍事演習をしていた間。


 ハピ・クジュネでは、ゲイルたちが海軍とともに治安維持を担当していた。


 強面の傭兵たちが街を徘徊することで都市には緊張感が増し、少し前にあった立て籠もり事件といった凶悪犯罪は鳴りを潜めていた。


 しかしながら、静かだったのは数ヶ月の間だけ。夏の終わりが近づくにつれて少しずつ治安は悪化していく。


 小さなところでは窃盗から始まり、それらは素人の何気ない犯行にすぎなかった。ちょっとした店での万引き程度の話である。


 それが徐々にプロに移行していくことで被害が拡大。盗みはもっと凶悪な強盗や誘拐に発展し、仕舞いには殺人や放火まで多発する始末。


 これには海軍も放置はできず強硬策を打ち出すしかなかった。少しでも怪しい者は取り押さえて厳しい尋問をしたり、疑わしい者には嫌疑不十分でも罰を与えるようにした。


 が、それでも犯罪は増加の一途をたどっていく。



「こら、待て!!」


「誰が待つかよ!」



 ある夜のこと。


 大きな袋を持った男が、するすると屋根に登って逃げていた。


 それを追っているのは海兵だが、男の思った以上の身軽さに苦戦しているようだ。


 この男は最近、商会の倉庫から物資を盗んでは転売を繰り返すことで指名手配された『賞金首』だ。


 たかが窃盗なので最低レベルのちんけな賞金首ではあるが、それでも犯罪者には変わりがない。逆にその程度の者さえ捕まえられないとなれば、海軍の名折れとなってしまう。



「へへ、楽なもんだぜ。早く都市外に逃げちまおう」



 男は外周にある防壁によじ登り、都市の外に出ようとする。


 ハピ・クジュネの壁はグラス・ギースほど高くはないので、ある程度の道具があれば一般人でも登ることは可能だ。(外側からは登りにくくなっている)


 いつもならば防壁には見張りの海兵がいるはずなのだが、最近は犯罪も増えたため、他の場所に駆り出されて無人であることが多くなった。


 それを知っている男は悠々と登っていくのだが、ここで不運なことが起きた。


 真夜中の月明りの下、男の視界がいきなり真っ暗に染まる。


 ふと違和感に気づいた男が視線を上げた時には、すでにそれは目の前にいた。


 大剣を持った―――【大猿】


 人間と比べてあまりに大きく逞しい腕に、筋肉がパンパンに詰まった毛むくじゃらの身体。猿は猿でもヒヒのように厳めしい面構え。


 それはまさしく『魔獣』と呼ばれるものだった。


 しかも中位の存在ともなれば、人間からすれば裸の状態で猛虎と出会うようなものである。


 その大猿は、じっと男を見つめている。



「あ……さ、最近は少し肌寒くなってきましたもんね…。毛皮があると…便利ですね……はは…」



 睨まれた男は、なぜか人間の言葉で挨拶を交わす。その内容も酷い。


 突然の出来事に脳内がパニックで、そんな馬鹿なことしか言えなかったのだろう。


 されど無情にも大猿は剣を振り上げ、男に向かって躊躇なく振り下ろす!



「ひっ!!」



 強張った男の頭部、その真横の壁に剣先がぶつかって大きな火花を散らす。


 よけられたのは完全に偶然で、思わず壁から手を離してバランスを崩していなければ、頭が割られていただろう。


 ただし、命は助かったが真下に真っ逆さま。


 ハピ・クジュネの防壁は十メートル程度しかないが、一般人が変な体勢で落ちたものだから、ビシシッ。



「ぐぎゃっ―――っっ……っ!」



 見事に腰から落下して骨盤に亀裂が入り、男は悶絶。


 しばらくは呼吸もできずにビクビクと身体を震わせることしかできない。


 その間に追いついてきた海兵によって御用。膝を首に押し当てられて動きを封じられる。


 欧米ではこの捕縛方法で死んだ事例も多々あるが、男は犯罪者なので死んでもべつにかまわないだろう。魔獣に頭を割られるよりは、まだ生存率が高い。



「こっちも捕まえたよー!」



 そこにアイラがやってくる。


 その両隣にも若いグラヌマが二頭おり、それぞれ二人ずつの人間を雑に抱えていた。


 担がれた男たちは気絶しており、腕や足があらぬ方向に曲がっているので、おそらくはグラヌマに掴まれた際に負った怪我だと思われる。


 彼らにしてみれば手加減したつもりなのだろうが、魔獣が一般人の肉体強度を知っているわけがない。殺されなかっただけ幸運というものだろう。



「じゃ、その人たちはそこに置いてー。エンショ君も降りてきてねー」


「キキッ」



 壁の上にいた大猿と他の方面に向かっていた猿たちも合流し、それぞれが捕まえた犯罪者たちを海兵の前に投げ捨てる。


 どれもこれも海兵が取り逃した連中で、中には武器を携帯している者もいたが猿の前では無力な常人でしかない。


 実際に抵抗した者も何人かいたようだが、両手足を折られるという大惨事によって愚かさの代償を支払うことになった。


 その光景には海兵たちも恐れを抱き、若干腰が引けている。



「あ、あの、大丈夫…ですよね? 俺らまで襲ったりしませんよね?」


「この子たちのこと? 大丈夫だってー。好んで人間を食べるわけじゃないからさ。ほら、ご褒美だよー」


「キキッ! ガブッ!」



 アイラがグラヌマたちに林檎を放り投げると、嬉々としてかぶりついて一口で食べてしまう。



「ね? 基本的に果物しか食べないんだよー。毎日洗っているから毛も臭くないしねー」



 アイラが無造作に毛に触れてもグラヌマが嫌がることはない。それどころか彼女に触れられて満足げな様子がうかがえる。


 彼女は破邪猿将の力を受け継いでいるので、彼らからすればボスに認められたようなものなのだろう。


 この魔獣たちは翠清山から派遣されてきた若いグラヌマたちだ。また、さきほど壁の上にいた大きな猿は破邪猿将の子供の一人である。


 まだまだ幼体なので小さいが、種族的には破邪猿将と同じく上位種の『グラヌマーロン〈剣舞猿王将〉』であり、他のグラヌマよりも大柄で力も強い。


 アイラは彼をエンショ君と名付けて大切に世話をしており、その戦闘力の高さから『アイラ隊』期待のエースといえる。


 ちなみにグラヌマたちの武具は焔紅商会が作った業物だ。ここは街中なので軽装だが防具も装備できるので、仮に相手が上級傭兵でも負けることはない。



「私のところなんて、まだいいほうだよねー。サリータやベ・ヴェルのほうは大変だよ。毎回、血だらけで帰ってくるからね。もちろん相手の血だけどさー」


「な、なるほど。ご、ご協力感謝いたします! では、自分たちはこれで失礼いたします!」



 なんとも言えぬ複雑な表情を浮かべつつ、海兵たちは縄で縛った犯罪者たちを連れて戻っていく。


 いくらアンシュラオンが支配下に収めたとはいえ、彼らの中ではまだまだ魔獣への理解は浅いようだ。


 ついこの前まで戦っていた敵なのだから当然ではある。それを配下にしてしまうアンシュラオンのほうがおかしいのだ。



「私たちも一度戻ろっかー。それにしても犯罪って増えるもんなんだねー。やだなー」


「キキッ」



 アイラは、明かりが少なくなったハピ・クジュネの街を眺める。


 初めて来た時はもっと輝いており、夜でも陽気に歌う者たちが多かったものだが、今ではすっかり静かなものだ。


 一方、サリータとベ・ヴェルの隊が担当するのは、もっと凶悪な犯罪者たちである。


 これは役割の問題であり、機動力に優れた猿たちは泥棒や窃盗、ひったくり犯の追跡に向いている。さきほどのように高い場所に逃げられても簡単に捕縛が可能だからだ。


 では、たとえばベ・ヴェル隊の相手がどんな連中かといえば―――



「海兵どもが来たぞ! 追い払ってやれ!」


「おうよ!」



 十数人の男たちが銃を構えて、背後に迫ってきた海兵に向かって乱射。


 海兵も応戦するが相手が使っている銃も戦闘用のものであり、グラス・ギース軍が保有していた三連射バースト銃を使う者さえいる。


 これは翠清山での戦いが激化したことで、大量の武器がハピ・クジュネに流れ込んだせいだ。


 特に銃火器は一般人でも簡単に扱える兵装である。グラス・ギースはDBDから仕入れたが、ハピ・クジュネは南部から仕入れたので中古品の軍用銃もかなりの数が入ってきていた。


 それが戦後、余った銃火器が安値で売られたことで、こうした小規模の窃盗団でも『強盗団』に変化することが増えてしまったのだ。


 窃盗は人を殺さないが、強盗は傷害や殺人を伴うことが大半だ。


 人間というものは急に力を手にすると気が大きくなるのか、平然と人を殺すようになるから怖ろしいものである。



「くそっ! 強盗ふぜいが軍用銃を使う時代か! やってられないぜ!」


「無理に前に出るな! 退路を塞いで時間を稼げばいい!」



 対応している海兵は巡回していた一般の海士なので、武人としての能力も最低限しか持ち合わせていない。武器も敵側と似たような性能だ。


 となると数が多いほうが有利。強盗団が何百という弾丸を撃ち込む間に、その半分にも満たない抵抗しかできない。


 がしかし、海兵も最初から自分たちで解決しようとは思っていない。こうして時間を稼いでいれば、すぐに援軍がやってくるからだ。



「やれやれ、こっちでも騒ぎかい。今日は祭りだね」



 そこに黒い制服を血塗れにしたベ・ヴェルがやってきた。


 すでに違う場所で他の強盗たちを文字通り『血祭り』に上げたところなので、付着しているのは敵の血である。


 今は多少肌寒くなったものの、たくさん動いて暑いのか胸元を派手に開いており、その大きな胸がこぼれ落ちそうだ。さすがの巨乳である。



「あんたらは下がってな。ここはあたしらがやる」


「は、はい。バックアップに回ります!」



 その豊かな胸に視線が向いていた海兵は慌てて敬礼。あっさりと引き下がり、代わりにベ・ヴェル隊が前に出る。


 ベ・ヴェル隊はアイラ隊と同様に魔獣部隊であり、隊長のベ・ヴェル以外はすべて熊によって構成されていた。


 のっしのっしと石畳を踏みしめながら、闇の中からいくつもの巨体が出現する。



「熊ども、突撃さね! 敵は全員食ってよし! 間違って海兵を食い殺すんじゃないよ!」


「ガウッ!」



 ベ・ヴェルの号令で熊が一斉に走り出す。


 隊に所属している熊は、ニ十頭のうち十六頭が翠清山にいた『グスマータ・デビル〈岩掘悪熊〉』で構成されている。


 この魔獣は熊神の軍勢にも入っていたが、根絶級魔獣なので仮に軍用銃で撃たれたとしても、その肉厚な脂肪と筋肉によって銃弾を防いでしまう。


 しかも走る速度は常人を遥かに超えるため、あっという間に弾幕を突破して敵の懐に飛び込む。


 いきなり魔獣に襲われた強盗団は大パニックだ。



「どうしてこんなところに魔獣が!」


「にげ―――ぎゃっ!」


「剣も効かねぇ! ば、化け物だ! 来るな来るな―――ぐえっ!」



 熊の鉤爪付きの張り手で押し倒され、体重をかけられて動けないところをガブリ!


 頭や肩、腕に噛みついて引きちぎっていき、ベ・ヴェルが指示した通り、それをムシャムシャと食べ始めた。



「こいつら、人を食ってやがる!」


「魔獣なんだから当たり前さね。今日の餌代が浮いて助かるよ」


「女! お前が魔獣を操っているのか!」


「あたしらのことを知らないなんて、どこから来たよそ者だい。ここはうちらアーパム財団が仕切ってんのさ。わかったなら、さっさと死にな!」


「ぐぇっ!」



 ベ・ヴェルが男の顔面をぶん殴ると、ぐしゃっと砕けて頭部が吹き飛ぶ。



「こいつ!」



 他の男たちがベ・ヴェルに銃弾を連射するも、そのすべてが体表に届く前に戦気に触れて消滅。


 すでにベ・ヴェルは屈強な戦士の仲間入りを果たしている。術式弾ならばともかく、通常の武器でどうにかなるレベルを超えていた。


 この程度ならば武具の使用も必要ない。いざとなれば魔石もあるため制服と素手で十分である。



「駄目だ! 殺される! 逃げろ!」



 仲間たちが喰われ、ベ・ヴェルにもまったく歯が立たないことを知った男たちは逃走を開始。


 全力で都市の入り口に向かって走るが、すでにそこには『彼』が待機していた。



「グォオオオオオオオ!!」


「なんだこいつは! で、でかい!」



 全長六メートルほどの巨大な熊が立ち上がり、その赤い爪を男たちに向かって振り下ろす!


 凄まじい勢いとパワーによって一撃で死亡どころか、男たちは衝撃でバラバラになってはじけ飛ぶ。


 一気に数人を叩き潰したので、中には腕一本程度で済んだ者もいたが、それはそれでさらなる地獄が訪れる。



「ひ、ひぃい……た、助けて…くれぇ……」


「ガオッ! ガブッ! ガブガブッ!」


「ぎぃいいい! は、腹…! 俺の腹がぁああああ! やめ、やめ…うごっ! やべで……ぐれぇ……」



 その大きな熊は男の腹を一口で噛み千切り、腸を引っ張り出して咀嚼している。


 地球でも生きながら熊に喰われた少女の話が有名だが、腹や下半身から食われると簡単には死ねない。こうして長い時間、恐怖と苦痛を味わうことになる。


 唯一幸いなのは、熊のサイズが大きかったことで一口も大きく、食い終えるまでそこまで時間がかからなかったことだろう。


 男はすべてを諦めた表情で絶命。嫌な死に方トップ5には入りそうな終末であったが、当人が悪いので擁護のしようもない。



「ゴンタが食っているやつで全員かい? やることが大胆なわりに弱いやつらだねぇ」



 ベ・ヴェルが敵の殲滅を確認しながらゴンタを撫でる。


 そう、この大きな熊はサナのペットであるゴンタである。しかし気のせいか、やたらでかい。


 保護した時は一メートルかそこらだったのに、この一年ですでに六メートルにまで成長。頭部の赤い角といい、親を彷彿とさせる屈強な様相である。


 彼も普段からアンシュラオンの命気を飲んだり、命気水で身体を洗われているので、もしかしたら成長が早まっている可能性がある。


 このペースならば親を超える日も近そうだ。



「ガオガオッ」


「まだ足りないって? 成長期の子供は食いしん坊さね。ほかにも出動があったら食っていいけど、さすがにもう打ち止めかねぇ」



 魔獣たちにはホロロの羽根が埋め込まれていて会話が可能だが、ベ・ヴェルに関しては鬼熊の魔石を使っていることから、なんとなく雰囲気だけでゴンタの言っていることがわかる。


 他の熊たちもベ・ヴェルのことを親分として認めており、こちらも良好な関係が築かれていた。(言うことを聞かなければ殴るだけだが)


 サリータ隊の活動も似たようなものなので割愛するが、彼女のほうも盗賊団まがいの連中を排除。彼女の隊は錦熊なので、男らはミンチにされて喰われてしまう。


 こうして日々、魔獣隊の活躍もあってハピ・クジュネの治安は維持されているのであった。



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