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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「誑魁跋扈の予定調和」編
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563話 「誑魁と義侠と調意」


 太陽がもっとも高く昇る日。


 一隻の商船が海を進んでいた。


 この船は南部からの物資を運ぶ輸送船だが、同時に人を乗せる客船でもあった。


 特に豪華でもなく貧相でもない、ただの船。


 乗っている者も各々が北部に向かわねばならない事情を抱えており、その大半が貧しき者や力なき者たちである。


 彼らはなけなしの金をはたき、わずかな望みを抱いて北部に行くことを決めたのだ。


 たしかに南部には豊かな面もあるが、人が多いがゆえにさまざまな危険もある。旧ユアネスのように外部からの影響を受けて、都市があっさりと崩壊することも珍しくはない。


 そうなると弱き者たちは行き場をなくす。それだけならばまだよいが、野盗や盗賊に襲われて売られれば、スレイブよりも酷い奴隷に身をやつすことにもなりかねない。


 その意味において北部は変化が乏しい反面、都市崩壊のリスクが少ないので最後の拠り所として人々は北を目指すのである。


 しかし、その中に『四人』だけ他者とは違う雰囲気をまとった者たちがいた。


 四人とは、壮年の男、若い女性、ローブを着た老齢の男、無精髭の若い男で、彼らはひっそりと凡人たちに交ざりながら船倉の隅で語り合う。


 最初に壮年の男が言った。



「調和とは何か。それは善と悪を含めたこの世のすべてであり、喜劇も悲劇もその中の一つの側面にすぎない。ゆえに地で起こることはすべて許容されるべき事象である」



 それに対して、対面に座っていた若い女性が言葉を紡ぐ。



「悪も容認されるということか?」


「その通り。そうでなければ存在すらできぬ。存在するということは地に許容されたことを意味する」


「貴殿にとって善と悪はどう定義される?」


「善は、己が思想を善しとするもの。悪は、己が思想を悪しとするものだ。そこに長短も優劣も存在しない。それぞれで程度の違いがあるだけだ」


「しかし、人は善を好む。それはなぜか?」


「光の女神の愛を求むるは、創られし者の特権。子が親を目指すのは道理であろう。だが、それもまた一つの側面にすぎぬ。一方の闇の女神の中には悪すら存在している。それが論拠となろう」


「それでも対比として善は善とし、悪は悪として成立する。たしかに悪もまた闇の女神の一部なれど、悪を嫌うのが人の本質ではないのか?」


「それもまた事実なり。悪は一側面、すなわち手段にすぎぬ。ゆえに悪をもって善を生み出すことが神意でもある」


「手段はどのようにもちいるのか?」


「悪は力、悪は動、悪はきょう。悪が世にはびこれば、人は善を求める力をさらに生み出すであろう。積極的に悪を動かすことで『調和』が生まれる」


「それで悪は消えるのか?」


「永劫に消えぬ。手段がゆえに」


「では、悪によって犠牲になる者たちはどうなる。彼らは必要な犠牲だったのか? それとも運が悪かっただけなのか?」


「その両方でもある。がしかし、何を哀しむことがあろうか。悲劇もまた調和の一つにすぎぬ。結果として進化の道を辿ったのならば喜ぶべきことだ」


「それには異を唱える。人は自ら善への意思を高め、生まれ持った『義侠ぎきょう』によって悪を予防すべきだ。それでもなお溢れ出た場合のみ、悪は手段足りえるのではないか」


「それは理想でしかない。人の多くは潜在的に『』を内包し、それ自体が『愚』となり、最後は悪に変容する。いずれそうなるのであれば、その前に手段としてもちいてこそ犠牲は少なくなる」


「人々の嘆きに価値はないのか?」


「価値はある。嘆きがあるから人は進化する。貴殿は感傷が過ぎる。世はすべて調和の中にあり、その感情も一つの側面でしかない」


「それでも見逃せぬのならば、どうする? この心の痛みはなんと定義するのか?」


「致し方がない。それもまた調和が生み出す軋轢にすぎぬ。が、貴殿がそう思うのならば、それもまた神意の側面であろう。真理は一つだが道は一つではない。多様であることが真実の条件である」



 両者の意見は微妙にすれ違う。


 人間の魂がそれぞれ違う進化の行程を辿るのならば、むしろ異なってしかるべきだ。これ自体はなんら問題はない。


 当人たちもこれが『議論』であることを理解しているので、否定されたからといって気分を害することもない。


 そこで第三の男、老齢でローブを身にまとった者が、まだ語っていないもう一人の無精髭の若い男に話しかける。



「お前の意見はあるか?」


「べつにない」


「なぜだ?」


「この二人は思い違いをしている。世とは、そもそも善と悪によって成り立つものではない。ならば話すこと自体が無駄だろう」


「では、何で成り立つ?」


「自然と成り立つ。それに言葉を付けたがるのは学者どもの悪い癖だ。人が人として生きる限り目の前の現実と向かい合い、常に直視しなければならない。畑を耕すことは善か? 悪か? べつにどちらでもない。腹が減るから食べ物を作る。ただそれだけのことだ」


「進化に向けて特段の努力をせぬということか?」


「生きることそのものが努力だ。何もしていない者を見て怠惰だと思うか、または努力していると思うかは見ている側の感情の問題にすぎない。何を考えようが現実は何も変わらないのだから、大事なことは生き続けることだ。その過程で進化は必然的に発生する」


「しかし、その現実にも善と悪が存在する。言い換えれば、生活上の恵みと困難が混在した状態にあり、努力の如何にかかわらずどちらかに偏ることもある。仮に困難が多い時、お前はどうする? 受け入れて何もしないのか?」


「困難から逃げればいい。混乱はいずれ自然と収束する。それが自然の法則だ」


「それでも困難が追ってきたらどうする?」


「さらに逃げる。特に弱き者はあらがうすべを持たない。ゆえに善にも悪にも加担することは最初からできない。それを強いることは無駄な犠牲を生むだけだ」


「無駄ではない犠牲については何を思う?」


「運がなかった。されど、それをもって調和の一つとは考えない。生命は生き続ける努力をすべきだ。人が考える調和と女神が考える調和は同じではない。同じと思うほうが傲慢だ。人は人らしく地面を走ればいい」


「ふむ、三者の意見は理解した」



(何の話をしてるんだべ?)



 たまたま近くにいて話を聞いていた男が、首を傾げて頭に?を浮かべていた。


 何やら哲学的な話をしていることはわかるのだが、それにどういった意味があるのかまったくわからないのだ。


 事実、意味がないのかもしれない。行動が伴わない言葉はいつだって空虚で価値がないものである。


 その男はこちらに興味を失ったのか去っていった。答えの出ない議論など無意味なのだから、この男こそがもっとも賢いといえる。


 それを横目で見つめながらローブを着た老齢の男は言う。



「物事が起きても何も学ばないのが『愚人ぐじん』。物事が起きてから後悔するのが『凡人ぼんじん』。物事が起きる前に予測できるのが『優人ゆうじん』。予測したうえで対処できるのが『秀人しゅうじん』。対処したうえで他の者を導けるのが『偉人いじん』。物事の始めから終わりまでをすべて知り、世界そのものになったものが『賢人けんじん』である」



 今去っていった者は『凡人』。


 どこにでもいる平凡な者である。善が強ければ善人となり、悪が強ければ悪人となるだろう。それは些細な違いにすぎない。誰もがそうなのだ。


 では、この場にいる者たちはどうか。



「すでにそなたら三者は『優人』である。されど、時に言葉は虚しく、内なる心は実行によってのみ示されねばならぬ。これより至るは人が生きるに困難な土地よ。そこで各々が死力を尽くさねばならぬ」



 老齢の男の言葉に二者が静かに頷き、無精髭の男は何も言わない。


 だが、どんな態度でいようとも肉体はしっかりと運ばれていく。


 太陽が沈む前には、その船は港に到着した。



「身元の確認をする! 怪しい動きをしたら海に叩き落とすから覚悟しろよ!」



 船から降りてくる者たちを武装した海兵が調べている。


 最近では南部から犯罪者もやってくるため、取り調べはかなり厳しくなっているようだ。



「おい! 逃げたぞ! 捕まえろ!」


「こいつ、おとなしくしろ!」


「ぐっ…! くそっ!」



 実際に三組ほど前の男が、取り調べの最中に逃げ出して捕縛された。


 男は工作員ではなく単なる密輸業者だったようだが、これから激しい尋問を受け、場合によっては海に沈められることにもなるだろう。


 これだけを見ても人の世は殺伐としており、常に善と悪、秩序と混沌が入り混じっていることがわかる。


 そして四人組の番となるが、老齢のローブの男が懐から一枚のカードを取り出した。


 それを海兵がまじまじと見つめる。



「これは何だ?」


「自由貿易郡、ジュアーユ上級評議員からの紹介状である」


「書状じゃないのか?」


「書状は書き換えが可能である。濡れることもあろう。ハローワークまたは、ライザック・クジュネに照会すれば真相はおのずとわかる」


「わかった。少し待っていろ」



 しばし待つこと、およそ十数分。


 走って戻ってきた海兵がカードを老人に返すが、その態度は明らかに変わっていた。



「失礼いたしました。確認が取れましたのでどうぞ」


「うむ、ご苦労であった」



 ジュアーユ上級評議員は自由貿易郡の評議会のメンバーであり、ライザックの妻の父親であるレイファーゼン上級評議員とも旧知の仲である。


 ただし、レイファーゼンが中立なのに対し、ジュアーユは入植にも賛成の立場で西側諸国にも顔が利く。


 この老人もまた西側からやってきた者であり、その伝手で北部に来ていた。本当ならばハピ・クジュネとしても入植地からの人間は入れたくないのだが、政治的な問題で受け入れるしかない。


 四者は港町に舞い降り、一度だけ顔を見合わせる。



「さぁ、行くがよい。いかなる手法、いかなる動機、いかなる結末も問わぬ。ただ己が才をその身一つで試すがよい。願わくば、それが女神の御心に適うことを祈るのみ。そしてすべてが終わった時、また戻ってくるがよい」



 老齢の男の言葉を受け、三者は去っていく。


 まだ誰も知らない。


 この三者によってもたらされる『調和』が迫っていることを。



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