559話 「ヤバいやつ その2『意思ある人形』」
「ふー、さすがは古代文明だ。苦労したぞ。だが、これでは足りぬな。私が求めているのは、もっと上のもの。もっともっと上の!! デンジャラスでゴージャスなものだぞおおおお!」
その後、男の探索は続いて一ヶ月近くにも及んだ。
それだけここが巨大な施設であることがわかるが、それ以上に男の異様な生命力が際立つ結果になった。
酸素がなくても平気で、斬られても焼かれても即座に再生するとなれば罠など意味を成さないし、そもそも完全に生物の概念を超えている。
逆説的にこの遺跡は、最低でもそれくらいの力がなければ挑戦する資格がない怖ろしい場所なのだ。
そして、男が求める最高品質の機械人形は、遺跡の最奥に広がる巨大な空間にあった。
今まで見たどの人形よりも美しく、まるで貴族令嬢をそのまま形にしたかのような精巧なデザイン。肌艶も完璧に人間のもので、近くで見ても違いがわからないほどだ。
しかも人形はさらに大きな機械と繋がっており、その形状から『兵器』の一つであることがわかる。(デンドロビウム的な感じ)
唯一残念なことは、兵器ともども幾多の欠損や破損があり、すでに機能の大部分を失っていることだろうか。
人形の近くには修理をしていたと思われる小さなロボもたくさんいたので、おそらくこの遺跡は『人形の生産修理工場』だったようだ。
何らかの理由でこの人形も傷つき、修理を受けている間に施設そのものが壊れて機能を失ったと思われる。
だが、現在の技術体系では絶対に真似できないロストテクノロジーの結晶であることには変わりがない。
男は、興奮で顔を真っ赤にしながら人形にすり寄る。
「す、素晴らしい! もしやこれが噂の『機鋼戦人』! いや、これは…その上位である伝説の『貴高戦人』ではないか!?」
人形オタクの男が必死に古代文献を調べた結果、古代の機械人形にはいくつかの種類があることがわかっている。
道中で立ち塞がった普通の人形でも十分な技術ではあるが、あれでも下位にすぎず、その上に『機鋼戦人』が存在している。
こちらに関しては一部の技術を確保できているので、すでに男が持っている人形に武器として組み込んでいるのだが、最上位である『貴高戦人』に関しては未知数のままだ。
両者ともに同じ読み方ではあるが、この『貴高戦人』にはかつて上流階級だった者の魂が組み込まれているといわれ、人形技術の集大成とも呼べるものに仕上がっている。
なにせこれは魔神と同じ技術体系の遺物。
魔神が人間の魂を魔獣の肉体に移植したものとすれば、こちらは無機物の人形に移植しただけのこと。こちらのほうが先の技術であり、それを元に魔神の技術が構築されたと考えるべきである。
『肉』が嫌いな男にとっては、むしろこちらのほうが好みといえた。
「ふふふ、ふはははははは! よもや本当に現存しているとはな!! 僕が考えた最高の玩具を作れるぞおおおお! おおおお! マイスイートラブドーーール!」
そろそろラブドールと叫ぶのはやめていただきたいものだが、変態なので仕方がない。
男は卑しい笑みを浮かべながら人形に触れようとする。
目の前に求め続けたものがあるのだ。欲望を隠すことなどしない。
だがしかし、ガキガキガコンと人形から音がすると、その手が動いて男に照準を合わせる。
「なんと! まだ生きて―――」
その言葉が完全に発せられる前に、人形に接続されていた兵器が火を噴く。
凄まじい光量が包み込み、一瞬で叩き潰すと同時に膨張させて―――ボンッ!
男の身体が蒸発して消し飛ぶ。その威力は遺跡の天井を貫くほどだ。
しかし、吹き飛んだ周囲にエメラルドの水が溢れると、そこから再生を開始。ほぼ一瞬で肉体が復元される。
ただし、環境までは元に戻せない。
破壊された天井から濁流のごとく大量の砂が落ちてきて、人形ごと施設を埋め尽くそうとする。
「ぬぐうう! まずいな。このままでは崩落してしまうぞ! 仕方ない。こちらも『奥の手』を使って一気に取り押さえるか。ここで手に入れられなければ一生の不覚でござるよ!」
男は自らの心配よりも施設の崩落のほうを気にする。それだけ再生力には自信があるのだろう。
そして、ひときわ大きな術糸を生み出すと、空間術式から取り出した『巨大な機械人形』と接続。
それは全高十五メートルを超える巨大な体躯で、身体は人型の四肢を持ちながら頭部は牛のような形状。
よく伝承で見かける牛頭人身のミノタウロスに似ているかもしれないが、頭部にはツノが三本生えており、背に大きな翼を広げていることも特徴的だ。
このことから悪魔らしい姿を想像するものの、実際の姿は神々しいの一言だ。
「さあ、牛神よ! わが意のままに動いてみせろ!」
男は牛型の機械人形を操って対峙。
それに対して人形は再び砲撃を開始。凄まじい破壊の波動が牛を襲う。
これは『重滅砲』と呼ばれる、かつての文明が開発した一般兵装であるが、人形に搭載されているのは戦艦用の『大型重滅砲』だ。
その威力はすでに見た通り。強固な遺跡の壁すら貫通し、なおかつ触れたものを圧縮と膨張の相反する力をもって消失させる恐るべきものである。
しかし、この牛もただの牛ではない。
「ボオオオオオオオオオッ!!!」
ひとたび嘶けば、黒光りした身体は黄金の輝きを見せる。
頭、胸、腕、足、翼、すべてに粒子がまとわりつき、太陽が生まれたかのごとく周囲を明るく照らし出す。
四本ある手の一つには修験者が持ち歩くような錫杖を持ち、もう片方には巨大な棍棒を持っていた。
その存在を一言で示すとなれば、もはや『神』と呼ぶしかないだろう。顔は牛に近いので、男に倣ってひとまず『牛神』とでも呼んでおこう。
牛神は重滅砲の一撃を錫杖で受け止める。錫杖は少しずつ削られていくが、防御機能が働いて消滅を防いでいた。
続いて牛神が錫杖を大地に叩きつけると、振動が大地を伝って全方位に衝撃波として襲いかかる。
衝撃波は一瞬で空間の端まで到達して人形に直撃。
収まりきらなかった衝撃で遺跡が揺れて壁にも亀裂が入る。なんとも凄まじい威力と攻撃範囲である。
「ぐあああーー! 巻き込まれるーー!」
もちろん全方位に放ったことで男も巻き込まれたが、いつものことなので無視しよう。どうせこの男は死なないのだから描写する意味もない。
ともあれ、衝撃で人形の照準がブレている隙に牛神は急接近。
その巨躯に匹敵するくらいの巨大な棍棒で人形の身体、大型機械部分をぶん殴る。
さらに返す刀、もとい返す棍棒で再び横薙ぎの一撃を見舞い、それを何度も繰り返す連続攻撃を放つ。
殴られた人形の身体が右に左に揺れるが、装甲が頑強なせいか、たいしたダメージにはなっていないようだ。
「…ぎょろ」
人形の美しい赤い瞳が牛神を捉える。
そこにどんな感情が宿っているかはわからない。が、明らかな意思をもって睨みつけたのは間違いない。
「ビバッ! その魂の発露こそが人形を高尚にさせる! 私にもっとお前の意思を見せてくれ!」
直後、人形に接続されている機械の腕から光の刃が生まれると、牛神を下から切り裂く。
これは通路で出会った機械人形にも搭載されていたものだが、貴高戦人のものは規模も威力も数段上。直撃すれば巡洋艦でさえ真っ二つの代物だ。
その威力の前には牛神も胴体が抉れ、バチバチと火花が散っている。
しかし、牛神もまた『自己修復』機能を持っているので、損傷してもおかまいなしに何度も殴りつける。
されど、人形も再び重滅砲を発射。至近距離から何発も乱射してきたが、それでも牛神は耐え続けて攻撃を継続。
両者が放つエネルギーの衝突で周囲はもう滅茶苦茶。遺跡にもダメージが入って崩壊が早まっていく。
「ふむ、不完全な状態でこうも『タウモ・エルクウット〈金毛の霊牛〉』とやり合うとはな。見事な性能だ! ぜひ欲しいぞ!」
男が操っているのは『タウモ・エルクウット〈金毛の霊牛〉』という名の【神機】である。
神機に関しては物語最序盤や魔人機の説明の時に少し出てきたが、こうして実際に動く姿が描写されるのは初めてだろうか。
神機は『生きているロボット』であり、男が求める意思ある人形の一種ともいえるが、その本質は『人との融合』を目指したものなので単なる操り人形ではない。
あくまで選ばれた搭乗者がいてこそ本来の力を発揮するため、男の扱い方はかなり特殊というか邪道ともいえる。
なぜ直接乗らないのかといえば、単純に牛神に認められていないだけのことだ。
一応三百年近くかけて倒したことは倒したが、物量でなんとか押しきっただけなので主としては認定されなかったらしい。
とはいえ倒したことは事実なので、所有権を獲得してこうして利用しているというわけだ。
当然ながら神機なので強い。
タウモ・エルクウットは獣界出身の『霊獣階級』の神機で、レベル帯としては下から数えたほうが早い下級神機である。
しかしながら、ちゃんとした神機である以上はそこらの魔人機よりも数段上の性能を誇っており、こうした怪しい使い方でもガンプドルフのゴールドナイトに匹敵するパワーを引き出すことができる。
ちなみに神機は半生命体なのでポケット倉庫には格納できず、普段は生物も入れる特殊な空間に格納している。(小百合の能力に似た空間)
「このまま消耗戦では分が悪い。一気に決めるぞ! ぼくちんが考えた最強の必殺技をくらぇええーーい!!」
ここで男は勝負に出る。
牛神の手に巻物が出現し、くるくると開かれて術式が展開。
光輝く粒子によって空中に大量の術式陣が描かれ、目まぐるしい速度で演算が行われていく。
だが、すぐには発動しない。発生する現象の規模や威力が大きければ大きいほど複雑で長い術式の構築が必要になるからだ。
これは『牛輪金毛震』というタウモ・エルクウットの最強武装で、一定範囲内に防御無視の術式極大ダメージを与えるという強烈な能力である。
外ならば全力で離脱すれば回避可能だが、閉ざされた空間では範囲外に逃げることは難しい。半壊していて自力で動けない人形ならば、なおさらだ。
男自身もこの技によって何度も折伏に失敗していたが、自分が使う番ともなればこれほど心強い技もない。
人形も危険を察知したのか、ここで必死の抵抗を見せる。
光の刃を使って無防備になった牛神をズタズタに引き裂き、重滅砲を乱射して破壊していくが、それでも術式の構築を止めることはできない。
そして、ついに術式が完成。
牛神の身体から金毛が生え、それが高速振動することで周囲に光の爆発が発生。
光に触れたものは噛み千切られたように消し飛び、人形が接続されていた機械も穴だらけになって深刻なダメージを受ける。
全方位攻撃なので男も巻き添えになって砕け散り、牛神も力を失って動かなくなるが、すでに目的は達した。
再生した男の目の前には、完全に機能を停止した人形が転がっている。
どうやら接続されていた機械が守ったようで本体の損傷は軽微だが、もともと傷ついていたので、どこまで中身が無事かは調べてみないとわからない。
ただし、それを確かめる時間はない。本格的に天井が崩落を開始して遺跡自体が壊れようとしていた。
男は急いで牛神と人形を格納すると、時間が許す限り周囲の遺物を回収してから流れ込んできた大量の砂に呑まれる。
今のところ男は不死に近い存在なので、砂に流されていればいつかは外に出られるだろう。
常人ならばこの場所に来ることもできず、ましてやこんなやり方もできなかったので極めて特殊な攻略方法といえる。
(クフフフフ、面白くなってきたぞ。これを使って最高傑作を作るのだ。ああ、今から楽しみだなぁ)
男は、気色悪い笑みを浮かべながら静かに目を閉じる。
次に目覚めた時は、きっと世の中はもっと楽しくなっているに違いないのだから。