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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
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555話 「『ネェス・オブ・ネイジア〈救済者の奇跡〉』」


 世界が赤に染まって身体が燃え尽き、その精神までもが焼かれて魂だけとなる。


 ファビオの意識が『何か』に吸い込まれていく。


 何も考えられない。何もしたくない。何もできない。


 ここは真っ暗な場所。独りで寂しい場所。



(ああ、僕は独りでは耐えられない。つらいよ…哀しいよ)



 ファビオであったものは丸まって、孤独の中にいた。


 ふと前世を思い出す。


 あの頃の自分は、なんと利己的で独善的で救いのない存在だったのだろうか。


 怒って、叫んで、感情のままに暴力を振るい続けていた。


 それは自分を制御できなかったからだ。未熟だったからだ。


 何よりも独りだったからだ。


 だからこそ、この世界では『家族が欲しい』と願った。


 金も物もいらなかった。地位も名声もいずれは消えていくだけのもの。何ら価値がないものだ。


 求めるのは孤独を癒すための存在。


 愛するための存在。



〈ファビオ、ファビオ〉



 静寂が弾けて声が届く。


 声に意識を向けると、姿は見えないが誰かがいるのがわかった。



〈君は…?〉


〈忘れたの? 私はずっとあなたの傍にいるのよ。そう約束したでしょう? ほら、思い出して〉



 その声質、柔らかい感触。


 いつも元気で優しく、自分に温もりをくれた愛すべき存在。


 かつて彼女と出会った時の映像が急速に再生され、記憶が戻る。



〈…ユーナ……君はユーナイロハだ〉


〈そう、私の名前。でも、もうそれは意味を成さない。だって、これから一つになるのですもの〉


〈一つ? 君と僕が?〉


〈嫌? 心が溶け合うのは怖いものね。黙っていたことも知られちゃう。あなたの記憶も感情も、すべてさらけ出す必要があるもの〉


〈いいよ。知られても。隠すことなんて何もない。君はすでに僕のことを知っているだろう?〉


〈ふふ、そうね。あなたが弱虫だったことも、あなたが優しかったことも、あなたがちょっと怖かったことも含めて全部知っているわ。その記憶は私の宝物ですもの〉



 打算ではなく魂によって結びついた夫婦は、非常に親和性の高い存在だ。


 ファビオはユーナのことを知っているし、その逆もしかり。それゆえに最初に再会することができたのだ。



〈でも、ここは何? どうして僕たちはここに?〉


〈ここが暗く見えるのは、まだ私たちの【眼】が開いていないからよ。本当の姿は別にあるの。私ね、理解できたのよ。これは『星の記憶』なんだって〉


〈遺産のこと?〉


〈ええ、【彼女】がここに落ちてからの記憶が全部残っているの。もう何万年も前のことから、今までここで生きてきた人の記憶が全部。その中に私とあなたもいるのよ〉


〈なぜそんなことがわかるんだい?〉


〈自分の『使命』に気づいたからよ。肉体を失ってみて、彼女と一緒になって、いろいろなことがわかったの。その記憶もあなたにあげるわ〉


〈ずっと一緒にいてくれるの?〉


〈もちろんよ。だって、あなたと私は二人で一つだもの。さあ、手を〉



 二人の両手が絡まり、少しずつ一つになっていく。


 その原動力は、【愛】。


 互いを知りたいと願い、与えたいと願い、一緒にいたいと願う。


 単純にして明白で、誰もが求め、誰もが欲するもの。


 そこに我欲はなく、唯一にして吸引力だけがある。


 その愛に『母』は惹かれるのだ。



〈私があなたを支える『力』になる。それを使って『理想を創造』して。この世界をあなたの望む通りに〉


〈僕の望み……理想…〉


〈今ならば何でもできるわ。二人一緒なら、みんなと一緒なら〉


〈僕の理想は―――〉



 二人が完全に融合すると、真っ暗な空間の中心部に『乳房』が生まれた。これはファビオであったものがたねに触れた時に見たビジョンだ。


 母と赤子を結びつける象徴であり、この世でもっとも偉大な母性の一つであったもの。


 母が乳飲み子にわが身を分け与えるように、そこから膨大なエネルギーが溢れ出た。


 宇宙は愛によって導かれ、新たな世界を創造する。





  ∞†∞†∞





「ま…ゆ?」



 ベルナルド・ヴァキスの眼前に『繭』が現れた。


 いつ出現したのかわからない。


 聖火球が落ちてすべてが火の海に包まれたと思ったら、いつの間にかそこにあったのだ。


 その繭の糸はどんどん広がっていき、燃えている世界樹の根に絡みついて、さらに上昇を続ける。



「なんだこれは! なぜ燃え尽きない!」



 聖火で燃やそうにも糸は凄まじい量で増え続けているので、まったく間に合わない。


 ついには、あまりの力強さに遺跡自体が崩落を開始。


 この遺跡は古代技術を使って強固に作られているはずなのに、それがバキンバキンと強制的に壊されて真っ二つにされていく。


 ベルナルドは瓦礫を避けながら翼を使って飛翔。


 女神の規制があるゆえに空を自由には飛べないが、地下だったこともあって規制に引っかからずに外に出ることができた。


 地表では、燃えていたはずの世界樹も完全に白い繭に覆われていた。それによって火も完全に消えている。


 困惑しながら状況を見守っていると、まず最初に世界樹のほうに変化があった。


 古い幹がタマネギの皮のように剥がれていき、その中心部には新たな白金色の芽が生まれている。


 芽は急激に生長を開始。


 一気に『樹』にまでなると、天高く伸び続けて雲すら突き抜けていく。


 今度は地下から大量かつ巨大な根が生えてきて、周辺の土や木々を吸収席巻。


 それは言葉通りの吸収で、すべてが根に吸われて一つになっていった。


 次々と伸びていく根は燃えていた森にまで及び、そこにいた動物や魔獣の死骸、植物の燃えカスまで一緒に喰らっていく。


 勢いはとどまることなく伸び続け、火煙の毒素にやられて瀕死に陥っていたキリポとファンジーすら絡め取り、ファビオの実家も吸い取って、ついにユアネスにまで到着。


 根は都市の防壁を破壊して一気に中に入り込むと、死を迎えたばかりの赤刃狼を吸い取り、建造物ごと人間の死体や狼の死骸、さらには生きている人間まで吸収していく。


 その中には、まだ戦っていた神官騎士や狼も含まれていた。もしベルナルドも地表にいたら喰われていた可能性が高い。


 唯一、ハローワークに立て籠もっていたアケミや傭兵たちだけは喰われなかったので、これが『意思ある行動』であることがわかる。



「これはいったい…何が起きているのだ!!」



 大規模な自然災害を目にした人間のごとく、ただただ見守ることしかできない。


 仮に聖火を発したとて、それがこの巨木にどれだけの影響を与えるというのか。それだけ今のベルナルドは小さな存在だった。


 そして、ようやく浸食が止まった時に樹が本来の姿を見せる。


 天高くそびえた白金の大樹からは『黄金の光』が溢れ出ている。


 世界樹に似ているが、その中身はまるで別物。


 樹からは強烈な『神気』が発せられていて、ベルナルドでもまったく近寄れない。


 だが、それによって正体が推察できた。



「これはまさか―――【神樹】!」



 ベルナルドは、かつて見た古代文献から記憶を引っ張り出す。


 世界樹は植物系魔獣の最上位種の一つとされているが、あくまで現存するものに限ればの話であり、その上には伝説の神樹が存在する。


 神樹は『神の世界』にしか生まれない樹といわれ、前文明よりもさらに昔、偉大なる者が生まれた『旧時代』の初期においてのみ存在していたものだという。


 その神樹の役割は―――【神の復活】


 傷つき疲れ果てた神々は、その身が滅びても魂は不滅であり、神樹に寄り添って眠ることで身体が再生した。


 つまりは神々にとっての母たる存在だったのだ。


 実際にそれは、すべての古代神を産んだ『母神』の肉体の一部とされ、幼き神々は乳房に吸い付く乳飲み子のように神樹を慈しみ愛したといわれている。


 だが、それは神話でのお話。たくさんの高級自然霊がいた古代のものだ。それが目の前に実在することは驚異でしかない。



「なぜ神樹が…! もしや、これが前文明の遺産なのか!」



 その考察は半分正しい。


 前文明の超越者たちは『くたびれた神樹の種』を見つけると、それを『あるもの』と融合させて『神機』に搭載して苗とした。


 そうして生まれた神樹により、この大地には栄光と繁栄がもたらされ、人々はあの遺跡で感謝の祈りを捧げていた。


 だが、前文明が増長して滅びを迎えた時、神樹も萎んで胚芽の状態に戻り、幼体の世界樹だけが残ることになった。自ら退化することで本体を守ったのだ。


 その状態でも広大な森を軽々と維持していたのだから、本来の力を取り戻した神樹の力は想像を絶する。


 神樹の発現と同時に白い繭が溶け出し、その中身が少しずつ姿を現し始めた。


 出てきたのは、独りの美しい大人の女性。


 しかし、これを人間と呼んでいいのかは少し迷う。


 女性は大きな台座に乗っており、周囲には十二個の『卵』が見受けられるが、そのすべてが一つになっているのだ。


 何を言っているのかわかりにくいと思うが、女性も台座も卵もすべて同じ乳白色をしており、まるで彫像のように一体性と統一性を宿していた。


 それは全体にして一つ、一つにして十二の個性を持つものといえる。


 数秒後、女性の真下にあった卵にヒビが入る。


 ビシビシと中から力が加わっているので、自らの意思で這い出ようとしているようだ。


 そして、ついに手が殻を突き破る。


 その手は白く美しく、この世のものとは思えない神秘さと神聖さを秘めていた。


 もう片方の手も出てきて、ゆっくりと卵を分けると、乳白色の液体とともに【独りの男性】が滑り落ちてくる。


 男性は全裸であったが、あまりの美しさに圧倒されてベルナルドも目が離せない。


 男性は少しだけ呆けたのち、徐々に意識を取り戻して周囲の状況を確認。


 その第一声は―――



「ボクの名は…ファビオ…オルシーネ。…いや、違う。かつてファビオであったもの。だが今は……ファルネシオ。そう、ワタシは【ネア・ファルネシオ】だ」



 現れた者は、自らを『ネア・ファルネシオ』と称した。


 神樹と同じく白金の髪の毛に透き通るような白い肌。光る双眸は柔らかくも気高く強い意思を宿した金。


 佇むだけで他者を魅了してしまうほどの妖艶な肉体美を持ち、彼の呼吸からは金色の生命力が溢れ出て、まるでここが現世であることを忘れてしまいそうになる。


 しかし、その名を聞いたベルナルドは正気に戻り、出てきた男を睨みつける。



「ファビオ…オルシーネ…! 貴様がそうなのか!」



 ベルナルドが叫ぶと、ファルネシオもようやくその矮小な存在に気づく。



「まだいたのか、小さく弱き者よ。あまりに脆弱な波動で気づくこともできなかったよ」


「なんだと! この私を無視するというのか! お前を殺したのは私だぞ! 殺した…はずだ!」


「どうしたのだ? 随分と声に余裕がないじゃないか。何を怖がっている?」


「くっ…!」


「強ければ強いほど今の状況が理解できるはずだ。今のあなたは樹々の間を飛び回る、か細い羽虫でしかない。その事実を認めるといい」


「認めぬ! このようなことは認めぬ! 私は使命を果たすのだ!」


「使命…か。ベルナルド・ジーギス、あなたは哀れな駒にすぎなかった。神託の真の意味を理解できず、闇雲に自己の欲望を垂れ流すことで『ファビオの中にいたワタシ』の復活を促してしまった。だが、悔やむことはない。それもまた女神の意思なのだ」


「女神の意思がお前などに宿るものか!」


「その言葉をそのまま返そう。あなたには何の意思も宿っていない。邪悪な欲望が積み重なって生まれた妄執の成れの果てにすぎない。いわば人間の出来損ないだ」


「悪魔が私を見下すな!」



 ベルナルド・ヴァキスは、聖火で攻撃。


 最初から全力の「悪なる者に裁きを下せ、汝の聖なる灯火で」を放ち、燃やそうとしてきた。


 がしかし、神樹の根が盾になって火球を破壊。余波をすべて防ぐ。



「神樹を操っているのか!」


「あなたには理解できないだろう。ワタシと『彼女』は一つなのだ」


「それが遺産の力なのか! そうなのか! 教えろ!」


「教えなければ脅すか? それとも殺して奪うか? そうやって安易に人を傷つけ、喚き散らす姿は子供と変わらないな。お前など所詮はカーリスに作られた哀れな子羊の一頭にすぎない。自らの矮小さを思い知り、神の前にひざまずけ」


「貴様ぁあああああ! 神を騙るか!」


「騙ってなどいない。これは偉大なる神そのものだ。そして、ワタシも神の一人だ」


「天罰! 天罰! 天罰をくだすううう!」



 聖火を何度放っても神樹はびくともしない。


 正確には傷ついてはいるのだが、膨大な生命力によって即座に回復するので何も起きていないように見えるのだ。


 そうしている間に二つ目の卵にヒビが入る。


 そこから出てきたのは、ファルネシオに雰囲気が似た絶世の美女。


 髪の毛が金色であることと、膨らんだ乳房と性器の違いだけが唯一の相違点であるほどに両者は似ていた。


 なぜならば、両者は二人で一つだからだ。



「お帰り、ユーナ。…いや、『ネア・エルネシア』」


「ただいま、ファルネシオ。これが私の新しい身体なのね」


「あの男に全裸を見せるのは少々気まずいね。服を作ろう」



 ファルネシオが手を向けるとエルネシアの身体に服が生まれ、自身にも服が『創造』される。


 やっていることはクラフト能力であるが、今はこの空間に満たされている生命力そのものが素材となっていた。


 神樹は神気を生み出す巨大なエネルギー源だ。そう簡単に朽ちるものではなく、それを材料にしているのだから実質的にほぼ無制限といえる。


 そこにファルネシオの『真なる能力』が加わり、何でも生み出せる驚異的な力が現出していた。



「なぜだ! なぜ燃えない!! これでは神を騙る悪魔を討ち滅ぼせない! 使徒よ! もっと力を捻り出せ!」



 ベルナルドは依然として全力攻撃を続けているが、ファルネシオたちに触れることすらできない。まさに羽虫のごとく飛び回るだけだ。


 その間に三つ目の卵が割れる。


 そこから出てきたのは、背中に十二枚の翼を持った褐色肌の美麗な男性。


 ファルネシオが優しさと気高さをそなえた美だとすれば、彼は雄々しさを伴ったギリシア彫刻に似た力強い美を宿していた。


 ファルネシオは、その男性に手を差し伸べる。



「起きたかい、ディノ」


「ここは…俺は……どうなった? 死んだと思ったが…」


「君の『魂を救済きゅうざい』してボクが『創り直した』んだ」


「…わかる、わかるぞ。考えなくてもわかる。なぜだ?」


「それはボクと君が繋がっているからさ。君の新たな名は『ネア・ルシファシア』。ボクと彼女の敵を滅する最強の剣である者だ。さあ、一緒に行こう」


「ああ、友よ。この身と魂が再び朽ちるまで、お前と共に歩もう」



 かつてディノであったものは、十二枚の翼を広げて友との新たな約束を誓う。


 最初にファビオが使っていたクラフト能力は、手に触れた物質または物体の性質を変化させたり、それを素材にして新たな物質を作る力だった。


 それがモアジャーキンとの戦いで急成長して変質させる能力が強化。ヒトの概念すら破壊する驚異的な力にまでなっていた。


 されど、それらはすべて成長途上の現象にすぎない。



「ここにきて理解したよ。ボクの本当の力は『ネェス・オブ・ネイジア〈救済者の奇跡〉』。【奇跡を思創しそう】する力だったんだ」



 クラフト能力は勝手にファビオがそう名付けただけであり、真なる名は『ネェス・オブ・ネイジア〈救済者の奇跡〉』というユニークスキルだ。


 この世界は想いが物質化しやすい環境にある。だからこそ想いの力で戦気が強くなったり、弱気になって弱体化したりもする。


 そうして目に見えるもの以外にも、人の意思は常に何かを生み出し続けているものだ。


 ファルネシオの真の能力とは、神樹の活力を媒体にすることで考えたものを実際に創造してしまう奇跡の力。


 その驚異の力は【新たなる生命】を生み出すことも可能であり、あのブヨブヨのヒトの成り損ないは、その発展途上の姿にすぎなかった。


 あの時はファビオの力が弱かったせいで最終段階まで到達できなかったのだ。


 しかも生きている者だけではなく、自身を含めてユーナやディノのようにすでに死んだ魂すら救済することもできる。


 死者の救済にはいくつかの制限と条件があるものの、それだけでも神の御業と呼べるほどの能力だ。まさに奇跡と呼ぶに相応しい。


 そして、真なる能力が発現した今、生まれたのはまったく新しい人類。



「ボクたちは迷える人々を救済する者。そう…使徒ならぬ救徒きゅうとと呼ぶべきかな」


「それがあなたの望みであり、私の望みなのね」


「そうだよ、エルネシア。ボクと君の願いは同じ。想いも同じ。完全なる一つの存在なのだから。それは彼女の意思でもある」


「ええ、わかるわ。子の幸せを願うのが親の愛だもの」



 新人類の筆頭たるは第ゼロ真救徒しんきゅうと救済きゅうざいの救徒ネア・ファルネシオ。


 ファビオの理想を求める心が生み出した存在であり、前世の『彼』の記憶と姿も融合して自分自身を新たに創造した姿でもある。


 前の身体は、マテオとクラリスという一般人から生まれたものだったがゆえに限界があったが、神樹から造られた肉体は神話の神々と同じもの。


 まさに人が考える神そのものであり、この形態ならば能力を十全に扱うことができる。


 その彼に寄り添うのは第一真救徒、聖母の救徒ネア・エルネシア。


 ファビオの安らぎを求める心が生み出した存在で、かつてのユーナイロハと『わが子』であった者の魂が融合した姿である。


 ファルネシオの最大の理解者かつ半身でもあるため、意思も思想もすべてお見通し。そのうえですべてを受け入れる『無償の愛』を抱いた『聖母』たる者。


 その力は、神樹を覚醒させるためにあった。


 なぜユーナが世界樹と心を通じ合わせ、力を引き出せたかといえば、彼女が『聖女』だったからだ。


 皮肉にもカーリスが崇める聖女とまったく同じ力、【神と融合する能力】を有した女性だったからである。


 だが、彼女はカーリスの呪詛に汚染される前に覚醒を果たした。それゆえに神樹は本来の力を発揮している。


 彼女は神樹そのものでもあり、その力を引き出すのがファルネシオだ。二人のうちどちらか一方でも欠けたら完全体にはなれない。



「ユーナ、そしてボクの子よ。共に新たな世界を歩もう」


「ええ、あなたとならばどこまでも」



 二人が寄り添うたびに神樹は輝きを増し、溢れ出た膨大な神気がベルナルドを圧倒。


 彼の理想、彼の思想、彼の美意識が奇跡によって実体化したため、その声に宿る力もアンシュラオンに匹敵する。



「ベルナルド・ジーギス!」


「うっ…!」


「礼を言おう。あなたのおかげでボクは『使命』に目覚めた。弱き人々は誰かが導かねばならない。カーリス教のような悪辣な者にそそのかされ、悪事を重ねてしまう者がいるのならば、ボクが『救済者きゅうざいしゃ』となって彼らを救う!」


「悪辣と言うか! この聖なる使徒を!」


「使徒とは、そのような邪悪なものではない! 本物との違いを見せてやろう! ルシファシア!」


「任せておけ!」



 十二枚の翼で空を飛び、ベルナルドの前に立ち塞がるは、かつてディノだったルシファシアである。



「お互い翼を持っているんだ。空で競争でもするかい? 似非えせ天使さんよ」


「使徒を愚弄するな!」



 ベルナルド・ヴァキスが火剣を振るが、すでにルシファシアはそこにいない。


 十二枚の翼から粒子が噴き出して一気に上空まで上昇すると、急降下して拳をベルナルドの顔面に叩き込む!



「ぶっ―――がっ!?」



 殴られたベルナルドは地面に真っ逆さまに墜落。神樹の根にぶつかって何度も跳ねてから、ようやく止まる。


 今の一撃で虎の頭部が完全に砕けてしまったうえに、ダメージが大きすぎてすぐには立ち上がれないようだ。


 だが、攻撃はまだ終わっていない。


 真上から火球が落ちてきて、ベルナルドに激突!


 巨大な火柱を上げて燃え盛る。



「ぐあああああ!! 消えない! 消えない!! なんだこの火は!」



 聖火を司る使徒であるルキニドでさえ、その火は簡単には消せない。


 大量の魔素を消費しながら聖火を放ち続け、無様に転がることでなんとか相殺するが、それによって四枚の翼がズタボロ。もう二度と空を飛べなくなる。


 ルシファシアは地面に降り立つと、倒れているベルナルドを見下す。


 十二枚の翼が白金色に輝く姿はあまりに美麗で、両者の対比をより色濃くしていた。



「どうした司教さんよ、こんなもんか。俺を殺した時の偉そうな態度はどこにいった?」


「ぐぬぬ!! 貴様! よくもやってくれたな!」


「それはこっちの台詞だぜ! たっぷりとお礼をしてやらないとな!」



 ルシファシアの拳撃の連打がベルナルドを滅多打ち。


 あまりの速さに何の対応もできず、すべての拳が直撃して身体が陥没。所々が欠損していく。


 使徒と合体している間はBPを消費して復元が可能だが、それが間に合わないほどの連撃を受けて、ずっとズタボロのままになる。


 とはいえ、それに一番驚いているのはルシファシア自身だった。



「世界樹の前でこいつと戦った時は速くて動きが見えなかったが、今では緩慢に映るぜ。どうなってんだ?」


「ルシファシア、君の新しい身体は戦士と剣士、術士の因子を最大まで上げてみたんだ。強くて当然さ」


「そうなのか? どうりで術が使えると思ったよ。というか、こんなに簡単に強くなってもいいのか?」


「それが『奇跡』の力だからね。今の君も神の一人なんだ。神樹の近くならば消耗もなく力を使えるはずさ」



 ルシファシアと話す時のファルネシオは、ファビオの性質が出ているようで気さくな態度と口調になっている。それだけディノのことを信頼していたのだろう。


 そして、ルシファシアは奇跡によって与えられた『救済の超戦使』というスキルで【全因子を10まで覚醒】できる。


 全因子を同時に扱うことはできないうえ、神樹から離れると力が減衰する弱点があるものの、最低でも戦士因子は常に完全覚醒した状態にある。


 それを維持しつつ、剣士か術士の二つの因子のどちらかは同時に扱えるので、超級のモザイクまたは、疑似的なデルタ・ブライトともいえる強力な能力だ。


 何よりも神樹がある限りはエネルギーが枯渇しない。これは全救徒に適用される極めて有用な効能で、無制限に高度な術や技が使い放題となれば強くて当然だ。


 また、救徒たちは常にお互いの状況を完璧に理解できる。意図的に遮断しない限りは、考えていることも筒抜けとなる。


 ファルネシオもルシファシアも元は同じ存在だからだ。



(ボクたちは神樹を中心に一つになった。真の意味で家族になったんだ。ボクはもう二度と孤独にならないで済む)



 身も心も溶け合い、混じり合い、感情も記憶も共有し合っている。各救徒はそこから枝葉として分かれたにすぎず、本質は一つのままだ。


 唯一ベルナルドに感謝することがあるとすれば、ファビオたちを殺してくれたことだろうか。


 救済者として目覚めるためには一度死ぬ必要があった。いわば『復活のための通過儀礼』だったのだ。



「ファルネシオ、武器も試していいか?」


「もちろんだ。君に相応しい剣を作るよ。神樹の中に一振りの剣が眠っていたんだ。それを使って新たに創造し直そう」



 ファルネシオが『ネェス・オブ・ネイジア〈救済者の奇跡〉』を発動。ルシファシアの手に西洋風の大剣が生まれた。


 デザインは神樹がモチーフになっているようで、美しい幅広の刀身には葉の刃紋が浮かび、柄はツタが絡まったデザインをしている。まるで神話に出てくる聖剣のようだ。


 事実、これは紛れもなく聖剣である。


 材料となったのは前文明の遺産の一つである本物の聖剣であり、神樹の力を活性化させるための触媒として用意されたものだった。


 それをルシファシア用にカスタマイズ。攻撃力も防御性能も限界まで上げて理想通りに手直しする。


 ルシファシアは神樹の聖剣を持ってベルナルドの前に立つ。


 殴られ、火で焼かれた彼はボロボロだが、まだ戦う意思は萎えていない。



「貴様ら! 絶対に許さぬ! 火刑だ! 火あぶりだ! 火剣で焼き切ってくれる!」


「急に三下になったじゃないか。こんなやつに俺たちが殺されたとは、なんともなさけなくなる。お前は弱い者いじめしかできないクズだよ」


「口を慎め! 私は次期教皇も狙える枢機卿の一人だぞ!」



 ベルナルド・ヴァキスが一万度で熱せられた火剣で攻撃するが、ルシファシアはそれを素手で受け止める。


 さすがに無傷とはいかず、受け止めた手の表面はジュウジュウと皮膚が焼けているものの、活性化された肉体は即座に復元。


 戦士因子が10あるので、この程度の傷ならば何もしなくても自然治癒してしまう。



「ぐぬうううう!! なぜ斬れぬ!」


「無駄だよ、ジーギス。わかるんだ。今の俺はあんたよりも何十倍も強い。気づいているか? まだ戦気も出していないんだぜ」


「っ…! 馬鹿な! そんなことが…!」


「おらよっと!」



 ルシファシアが聖剣を振る。


 軽く振っただけなのに音速を超えて光速に達した一撃は、いとも簡単にベルナルドを両断。


 ぶしゃーっと血が溢れ出て、左右に身体がずれていく。もし融合していなければ、この段階で即死だったはずだ。


 使徒の力でなんとか生き延びたが、逆に二つに分けられても死ねないのは不幸かもしれない。


 なぜならば、これから本当の『神威』が示されるからだ。



「ぐぐぐっ…!! なんだ…何が起きた! 剣筋が…まったく見えぬ!」


「じゃあ、少し本気を出してみるかな」



 そして、ルシファシアが戦気を放出してみると―――



「うあぁああ! 眩しい!!」


「おっと、すまん。出力が調整できなくてな」



 ベルナルドが、その光量の強さに目を被う。


 見ればルシファシアの体表には、白金色の謎のエネルギーが満ちていた。



「これって戦気なのか? 初めて見るぞ」


「それは『新しい気質』だよ。名前はまだ無いんだ。でも、強化倍率は神気や覇気と同等以上のはずだ」


「よくわかるな。ああ、『星の記憶』から参照しているのか。なるほど、こいつはすごい」



 これは以前ファビオも発したエネルギーであるが、それをさらに成熟して完成させたものである。


 アンシュラオンが得意とする『神気』は、もともと古き神々が使っていたものだった。神樹もまた古い存在であり神気を放つもので、そこから作られた以上、これも『神気の亜種』といえる。


 性質は普通の神気より柔軟で、発している感覚は軽くてこそばゆいが、そのパワーは神気と同等以上だ。


 また、『神圧』はそのまま残っており、ファルネシオたち真救徒は最終段階の『神至カムイタリ』の状態に至っているため、最上位の神々と同じプレッシャーを放っていることになる。


 一方で強力なデバフ効果を持つ『神傷』は無くなり、その代わりに防御性能がさらに向上。


 こちらもモアジャーキンの攻撃を無効化した時のように、一定量までのダメージを光に変換して無力化することができる。


 エネルギー源である神樹の前で戦えば、巨大戦艦が主砲を放ったとしても無傷でいられるだろう。もはや通常兵器でどうにかなるレベルを超えている。


 名称がないと不便なので、これを『神樹気しんじゅき』と呼ぶことにしよう。


 これに対抗するには、ただ覇気や神気を扱えるだけでなく、それを極めるレベルにまで至らないと難しい。


 決戦モードになったアンシュラオンでさえ、現状のままならばルシファシアと対等に戦うのが精一杯だろう。打ち勝つには最低でもゼブラエス級の武人を連れてくる必要がある。(魔人化状態を除く)


 よって、たかがベルナルド程度がどうにかできる相手ではない。



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