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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
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553話 「全滅 その1『消えゆく生命の光』」


「タイスケさん…無事だといいけれど」


「大丈夫よ。あの人は強いもの。今は先に進みましょう」


「そう…ですね」



 ファビオたちは、タイスケの安否を気遣いながらも足を止めなかった。それが彼の望みだと知っているからだ。


 しかし、その異変が起きたのは、エファニがふらつき始めた時だった。



「エファニ、疲れたのかい?」


「はぁはぁ…おにい…ちゃん……くるしい…」


「あと少しだよ。我慢できる?」


「わから…ない」


「大丈夫だよ。お兄ちゃんがおぶってあげるね」



 ファビオがエファニをおんぶして歩き出すも、彼女は依然として苦悶の表情を浮かべたままだった。


 次に調子が悪くなったのはアティノ。


 彼もふらふらとおぼつかない足取りになり、顔を真っ青にして自力で歩けなくなってしまう。



「アティノ、平気か!」


「おとう…さん……はぁはぁ…変だよこれ。何か…空気が……ごほごほっ」


「空気? なんだこの臭いは…まさか火事か!?」



 ディノが空気の中に焼けた臭いが混じるのを感じ取る。


 明らかに火の形跡だ。



「ファビオ、森に火を付けられたみたいだぜ。ジーギスの野郎、好き勝手しやがって!」


「ですが、それだけでいきなり体調不良が起きるのはおかしいです。火の回りも異様に早い」


「何か特殊な攻撃だってのか?」


「可能性は高いです。なるべく空気を吸わないようにハンカチかスカーフで口を押さえて進みましょう。気休めでしかありませんが…」


「それくらいしかやれることはないか…くそっ! アティノ、もってくれよ!」



 ルキニド・ヴァキスの煙は術式によるものなので、その侵食速度も通常とは異なる。こちらが歩く速度を遥かに上回って煙が広がり、周囲の視界も一気に悪化。


 火の粒子が呼吸を通じて体内に入ることで、喉や肺が焼かれる痛みに襲われる。それだけでも地獄の苦しみなのに、毒性の粒子も含まれているため神経も麻痺していく。


 まずは体力と抵抗力が低い子供のエファニ、アティノが意識を失い、次に母のクラリスが目眩に襲われて動けなくなり、カイロナウテも倒れ込み、ディノの妻のルイザも膝をつく。


 頑丈なはずの木こりのマテオでさえ、あっという間に歩けなくなってしまった。煙と毒のせいで言葉を発することもできずに昏倒する。


 残っているのは、ファビオとユーナとディノだけだ。


 ディノは強い武人ゆえに体力があり、ファビオはすでにヒトではないので毒が効きづらい。ユーナに関しても耐性があるようで毒の影響は受けていなかった。


 が、他の者たちは一般人だ。ユーナが看病しているが、すでに呼吸すら止まりかけている。



「このままでは命が危ないわ。なんとか隔離できないかしら。ファビオ、何か作れない?」


「やってみます。ユーナは引き続き、みんなの治療をお願いします」


「わかったわ」



 ユーナが回復薬で治療している間、ファビオはクラフト能力を使って小屋を生み出し、耐火ビニールで煙が入らないように密閉する。


 これだけでは窒息してしまうため、酸素を放出する石を生成して中に配置。さらには煙を解析して即席の解毒剤も作った。


 試しにエファニを小屋に入れてみると苦しんでいた呼吸が静かになった。応急処置ではあったが、解毒剤もなんとか効果を発揮しているようだ。他の者たちも小屋に入れると次第に呼吸も安定していった。


 まずは一安心だが、火が消えたわけではない。煙も広がり続けているので状況は悪化するばかりだ。



「どうする? 効果はあるみたいだが、連れていくのは無理じゃないか?」



 見張りをしていたディノが口元を押さえながら小屋を見る。中には彼の妻と子供もいるので気が気ではないだろう。


 だが、それこそジーギスの狙いである。



「ジーギス司教は意図的に僕たちの家族を狙っています。ここに置いていっても焼け死ぬだけですし、また人質にされたらどうしようもありません」


「子供たちを狙うなんて許せねぇ。あの悪党が!」


「それを正義だと思っていることが一番悪質なのです。彼に言葉は通用しません。少し回復したら小屋ごと引きずってでも連れていきましょう。世界樹にまでたどり着けば助かる可能性はあります」


「あそこは生命力に溢れていたもんな。ここよりはましか」


「ええ、もう少しの辛抱です。がんばりましょう」



 ファビオとディノが車輪を付けた小屋を引きずり、ユーナが皆の治療を続ける形で移動を再開。


 その間もずっとベルナルドが迫ってくる圧力を背中に感じる。気づけば頭の中は彼のことで一杯だった。



(すでに後先を考えていないような荒っぽい行動。やはりタイスケさんはもう…。ジーギス、あの男だけは危険だ。絶対に放置はできない。でも、今は逃げるしかない。くそっ! 大切な者も守れないなんて!)



 ファビオは感情を表に出していないだけで、心の底からベルナルドに怒りを感じていた。


 こうして家族を狙うのも『足手まとい』と認識させるためである。それを見捨てられないファビオをあざ笑っているのだ。


 現にその作戦は成功。確実にファビオたちの足取りは鈍っていた。


 しかしながら、ユーナがいるので地の利はこちらにある。


 本来ならば地表に張り出した樹木の根でデコボコな獣道が、この時だけはなぜか平坦になっていた。まるで森全体が生きているようにファビオたちを導いてくれる。


 そして、ついに世界樹にまで到着。


 世界樹は依然として美しい輝きに満ちており、生命の粒子が煙の侵入を防いでくれているようだった。


 しかし、進んでいる間に皆の体調はさらに悪化。動かすことも危険な状態に陥っていた。



(やはりこれは術式の一種なのか。今の僕の力では完全な解毒剤を作ることができない! せめてもう少し時間があれば!)



 世界樹の生命力のおかげで少しは時間が稼げたが、毒素そのものを消し去る効果まではない。


 ファビオの解毒剤も完全ではないため、このままの状況ならば全員が死ぬだろう。


 その焦りを感じ取ったディノが、ファビオの背中を押す。



「俺がここでみんなを看ているから、お前とユーナは先に行け」


「ディノ…。しかし、ジーギス司教は僕たちがここに向かっていることを予測しているはずです。すぐに追いつかれてしまいます」


「あいつの狙いはお前とユーナなんだろう? 隠れていればやり過ごせるさ。もうカーリスの思い通りになるのは嫌なんだ。頼む!」


「………」


「ファビオ、このままじゃ共倒れだ! 行ってくれ!」


「…わかりました。みんなを頼みます!」


「ディノ、気をつけて! 司教が来ても相手をしては駄目よ! 絶対に隠れているのよ!」


「ああ、お前たちこそ気をつけて行けよ! 本当に最後の頼みの綱だからな!」



 二人を見送ると、ディノは家族が入った小屋を世界樹の陰に隠す。


 刻一刻と死に近づいている息子と妻を見つめながら、ディノは斧を握りしめる。



「このままじゃ…悔しいよな。いつもやられっぱなしでよ。俺はファビオほど割り切れるタイプじゃない。あの野郎に一矢報いてやるさ」



 ディノは小屋を背にして樹の陰から出ると、タイスケの家の前で仁王立ち。


 自分たちを苦しめ続けている元凶を待つ。


 しばらくすると、そこに使徒を伴ったベルナルドが現れた。



「よぉ、司教さん。遅いご到着だな」


「なかなか森の地形にてこずりましてね。どうやら私はこの森に嫌われているようです」


「そりゃそうだ。自分に火をかけるようなやつをどうして好きになる。この森であんたを好きなやつなんて、虫一匹たりともいやしねえぜ」


「なるほど、道理ですね。それで、オルシーネさんはどこに? 隠れて不意打ちでもするつもりですか? それとも先に行きましたか?」


「俺がお前なんかに教えると思うか?」


「ふふ、それもそうですね。しかし、彼の性格を考慮すれば、あなたを捨て駒にするとは思えない。一緒にいないのならば、あなたが上手く口車に乗せたのでしょう」


「だったらどうする?」


「べつにかまいませんよ。どのみちすべてを焼き滅ぼすつもりですから」


「俺たちの家族もか?」


「ええ、すでにチャンスは十分に与えました。それを蹴ったのはあなた方ではありませんか。ならば、ここで全員死んでもらいます。オルシーネさんたちも足手まといがいないほうが身軽でしょう」


「とことんクズだな。ほんと救えねぇ野郎だ」


「勘違いしないでください。人を救うのが私の使命です」


「笑えない冗談だぜ!!」



 ディノが斧で攻撃を仕掛ける。


 全力の戦気を展開して全力で叩き込んだ一撃であったが、ベルナルドはそれをよけることもなく素手で受け止め、お返しとばかりに腹に蹴りを叩き込む。



「ぐはっ!!」



 それだけで重装甲の鎧に大きな亀裂が入り、衝撃が内部にまで浸透。


 二十メートルほど飛ばされたディノが吐血する。



「ごぼっ……その細身でなんてパワーだ…!」


「殺す気で蹴ったのですが、さすがは衛士隊の隊長です。しかし、これでわかったでしょう。あなたが私に勝てる確率はゼロですよ。おとなしくしていれば一瞬で殺して差し上げます。それが慈悲ですから」


「ざけんな…コラ! 黙って殺される…かよ!」


「理解に苦しみますね。抵抗したところで無駄だというのに」


「勝てるかどうかなんて関係ねぇんだよ! お前は俺らの家族を傷つけた! 仲間を傷つけた! それが許せねぇのさ!」



 ディノの血が燃え滾り、戦気に生命の輝きが宿る。


 その戦気量と質は、さきほどまでの数倍以上。ジャコブたちすら超える圧力で周囲の空間が歪んでいく。


 以前ジンロやリンウートが発動させた『オーバーロード〈血の沸騰〉』である。


 これを使えば通常の数倍から十倍近い能力を引き出せるが、『絶対に死ぬ』という最悪の条件を背負ってしまう。


 そう、ディノはここで死ぬと決めたのだ。


 その覚悟を感じ取ったベルナルドも興味を抱く。



「ほぉ、血を燃やしましたか。異教徒であるとはいえ、ここまで強い想いがあることには敬服いたします。ガジガさんやジャコブさんにも、それだけの信仰心があればよいのですが」



 『オーバーロード〈血の沸騰〉』は誰にでも起きる現象ではない。もし頻繁に起こるようなら、それはそれで問題だ。


 なればこそ、天を貫くほどの想いが必要。


 心から愛する者を守るため、忠義を尽くすため、国を守るため、友を守るため。


 自分の妻と息子はもちろん、一緒に育ち、腐れ縁ともなった親友のためにディノという男は自分の生命を燃やす。



「噂によると『痛い』と聞きますが、どうなのでしょう? 実際に発動させた者から話を伺いたいものです」


「ああ、痛いぜ! 死ぬほど痛ぇ! だが、お前を一発ぶん殴るだけの力は出そうだ!」


「それは楽しみです。どうせ無駄ではありますが、その想いを受け止めるのも司教の務めというものでしょう。さぁ、あなたの罪を悔い悔やみ、私に懺悔なさい」


「だったら、懺悔ごとあんたのツラに叩きつけてやるぜ!」



 突進したディノが斧を振り回す。


 武器にまとった戦気も血の沸騰によって肥大化。刃が触れてもいないのに地面が大きく抉れ、轟音とともに大気が裂ける。


 それをベルナルドは体術で回避。


 戦気の波動ごと完全に見切り、反撃の拳をディノの身体に入れていく。



「ぐっ…! 当たれえええええ!」


「猪突猛進ですね。悪くはありませんが、力の差がなければ通用しませんよ」



 ディノは高いフィジカルを生かして、ひたすら前に出る戦い方を好む。盗賊やそこらの傭兵程度ならば彼が押し負けることはない。


 しかし、それよりも上の領域にいる武人には通用しない。


 血の沸騰で強化したにもかかわらず、それでもなおベルナルドのほうが動きが速く、なおかつ強靭。


 顔面に叩き込まれた拳でフルプレートの兜が吹き飛び、頬骨が砕け、歯が何本も飛び散る。


 続けて腹に蹴りが炸裂。


 さきほど受けた蹴りとまったく同じ個所を狙われたため、筋肉が断裂して内臓が潰れる。



「がはっ…! このやろう!!」


「ですから、経験値が足りないのです」



 ベルナルドはディノの攻撃をいなしながら、的確に確実に明確に反撃を繰り返してダメージを与える。


 それを成しているのは、ただの身体能力だけではなく『経験』によるものだ。



「才能はあるようですが、あなたはまだお若い。しかも、こんな辺鄙な都市では対等以上に戦える相手も多くなかったでしょう。それが成長を阻んでいるのです」


「ご高説、どうも!!」



 ディノが身体ごと斧を回転させて斬りかかる。


 これも彼の大きな体躯でやれば、普通の武人ならば回避するしかない大技だ。


 が、ベルナルドは平然と素手で受け止める。


 ディノの戦気よりも強い戦硬気で手を覆っているので、まったくダメージを受けない。



「なぜカーリスが強いのかわかりますか? 我々が『神の兵』だからです。誰もが聖女と女神のためならば命を惜しみません。しかし、それはただ命を捨てるというだけでなく、命を最大限活用するために努力を惜しまないことを意味します」



 ディノもそれなりの資質を持っているが、大国が大量に集めた人材の中に入ってしまえば、良くて中の下にすぎない。


 さらに神官騎士たちは幼い頃から戦闘技術を叩き込まれている。彼らはDBDと同じく『軍隊』だからだ。


 その中でもベルナルドは上級に位置する幹部クラス。これだけの力の差が生まれるのは当然ともいえる。


 そして、彼の武器は体術だけではない。


 掌を向けて『熱火線ねっかせん』を発動。


 放たれた熱のレーザーが鎧ごとディノの胸を焼き穿つ。



「ぐっ……くそ……! まだ…終わるか……よ」


「心臓を焼き貫いたのに、まだ死なないとは。見事な体力です。あなたがカーリス信者ならば神官騎士に欲しいくらいですよ。私も部下を大勢失ってしまいましたからね」


「お前にとっては…部下も道具…だろうが」


「当然です。使命の前にはすべての者が道具であるべきです。この私すら聖女の道具なのですから」



 ベルナルドは、八つの熱爆球を生み出すとディノを攻撃。


 次々と爆発する火炎に包まれて彼の肉が焼けていく。


 しかし、まだ死なない。


 身体の大部分が焼け焦げ、肉が削げ落ちて骨が見えていても、彼はまだ動いていた。



「この…やろう…!」


「そのしぶとさは血の沸騰だけが理由ではないようですね。ふむ、この場の影響ですか。あの世界樹が生命を分け与えているのですね」


「はぁはぁ…うるせぇな! その口を斧で塞いでやる!」


「何度も言っていますが、あなたには不可能です。では、そろそろ余興も終わりにいたしましょう」


「てめぇこそ! そのすかしたツラも、これまでだぜええええええ!」



 ディノが斧を振り下ろすが、ベルナルドは拳で刃を破壊。


 しかし、それは織り込み済み。


 ディノは斧を投げ捨てると同時に、全力の拳を放つ。



「無駄なことを」



 ベルナルドは戦刃でディノの腕を―――スパン!


 骨ごとあっさりと断ち切ってしまう。



「だから―――なめんなぁあああああああああ!」


「っ…!」



 だが、ディノは止まらない。


 そのまま殴る動作を止めず、輪切りにされた切断面ごとベルナルドの顔面に向かっていく。


 ベルナルドは左手に本を持っているので、すでに放った右手を戻す暇がない。



(こんな攻撃を受けたとしても私にダメージはない。だがしかし!)



 異教徒の血で穢れるのを嫌ったベルナルドは、咄嗟に使徒を操作。


 ルキニド・ヴァキスの火剣がディノの横腹に突き刺さり、貫通する。


 それで宙吊りにされてしまうが、彼は笑っていた。



「へへ…そいつを使わせて…やったぜ」


「それに何の意味があるのですか? 私が使徒を使うのは当然のこと。勲章にすらなりません」


「勲章なんて…いらねえよ。俺が欲しいのは、お前の血肉だ!!!」



 ディノがルキニド・ヴァキスの剣を握ると、すべての戦気を解放。


 真っ赤な戦気が高まって高まって、高まり続けて大きな渦となり、ルキニド・ヴァキスを巻き込んでいく。


 覇王技、『渦旋戦気流かせんせんきりゅう』。


 ガイゾックが使った『渦旋闘気流かせんとうきりゅう』の戦気版だが、こちらは一つランクが下がって因子レベル3の技となる。


 これだけでも戦気の渦が相手を焼き削るものとなるが、その渦に用意していた大量の大納魔射津を流し込めば、至る所で大爆発。


 ベルナルドは咄嗟に防御。


 前方に戦気を集中させたので怪我はないが、その代わりにルキニド・ヴァキスの上半身と女性の顔に一部破損が見られた。



「はぁ……はぁ……どうだ…!」


「使徒がわずかに削られただけにすぎません。すぐに戻ります」



 ベルナルドが魔素を注入して破損部分を修復。一秒もかからずに元に戻る。


 その一方、ディノはベルナルドから受けた傷に加えて、至近距離で大納魔射津をくらったので大ダメージを受けてしまう。


 顔も半分が崩れ落ち、腕も繋がっているのがやっとの状態で、全身がボロボロだ。


 では、彼がやったことは無意味だったのか。


 否。断じて否。



「お前の余力を…少しでも削ぐ。それでファビオが楽になるなら…対価としちゃ…十分さ」


「………」


「へっ…言い返してみろよ。だが、お前が強い武人であればあるほど…こんな小さなことが致命傷になることも…わかっているはずだぜ」


「それであなたは満足なのですか?」


「ああ、当然だ! なんてたって…俺はあいつのダチだぜ! どうせ死ぬなら…あいつの役に立って……死ぬ!」


「そうですか」



 ルキニド・ヴァキスが、ディノを真横に切り裂く。


 手加減はしていないので、それで真っ二つ。


 上下に焼き切れたディノが地面に倒れる。



「たしかにあなたの言う通りだ。私はオルシーネさんをもっと警戒しなければならない。しかし、これで逆に冷静になれました。礼を言います―――」



 と、先に進もうとしたベルナルドの足に違和感。


 見れば、上半身だけになったディノの手が足を掴んでいた。


 その必死な形相に、さすがのベルナルドも一瞬だけ表情を強張らせる。



「簡単には…行かせねぇ……よ!」


「甘かったのは私のほうでしたか。世界樹は貴重な資源ではありますが、不確定要素はすべて破壊しなければならないようですね」



 ベルナルドはディノの腕を踏み潰して振り払うと、今度は世界樹に向けて『聖火』を放つ。


 最初は世界樹も抵抗していたが、所詮は植物。何度か放つと火が付いて燃え広がっていった。


 ディノがまだ生きているのは世界樹のおかげだ。現存していればファビオにも同じ現象が起きるかもしれない。


 ならば、その根源ごと消してしまえばいい。


 どのみち持って帰ることはできないのだ。他者に渡る前に消すのが確実な処分方法である。


 この樹は十三番区にとっては神に等しく、ユアネスにとっても象徴たる存在だったはずだ。


 それが外から来たカーリスに燃やされ、穢されていく。



(ファビオ…俺はここまでだ。たいして役には立てなかったが…お前と一緒にいた時間は楽しかったぜ。だからよ、俺らの大切な思い出をぶち壊したこいつを…叩きのめしてくれ! 頼むぜ、相棒!)



 薄れゆく意識の中でも彼は親友のことだけを想っていた。


 ベルナルドが去ったのちも火はどんどん広がっていき、世界樹の根本まで浸食。タイスケの壊れた家にも火は回り、大切な家族がいる小屋も火に包まれる。


 可愛いエファニが燃えていく。クラリスが燃えていく。マテオが燃えていく。


 将来が嘱望されたアティノが燃えていく。ルイザが燃えていく。温和だったカイロナウテが燃えていく。


 いつも味方をしてくれた親友のディノが燃えていく。


 ファビオが本当に大切にしていたものが、すべて燃えていく。



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