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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
551/618

551話 「狼と異端審問官と無頼者と」


 ベルナルドが去った戦場では、ガジガとジャコブが狼と対峙。



「俺らは狼退治だな」


「あの特殊個体はかなり脅威だ。ガジガ、油断するな」


「へっ! 俺の使徒で混乱させてやるよ!」



 ガジガがバルヴァハ説教型で狼の群れを攻撃開始。


 使徒はワシャシャと奇怪な音を発して状態異常を狙う。


 以前と同様、これで多数の狼が混乱状態に陥るが―――



「バォォーーーンッ!!」



 赤刃狼の咆哮が轟くと、狼たちがふらつきながらも混乱から回復。


 『集団統率』スキルによって能力値が上昇したことで、術に対する抵抗力も上がったのだ。


 また、彼が持つ『大咆哮』スキルは、群れの攻撃力を倍にしつつ強制的に攻撃態勢に移行させるものなので、多少混乱していようが関係ない。


 血走った目をした狼たちが、一斉にガジガたちに襲いかかってくる。



「壁を作れ! 狼たちを寄せつけるな!」



 ジャコブの指揮で神官騎士たちが応戦。


 一体一体の能力では神官騎士のほうが上だが、狼は攻撃力が強化されているので牙や爪の攻撃は鎧すら穿つ力を誇り、思わぬ苦戦を強いられる。


 都市内に大勢の一般人がいたことで警備も分散しており、ここにいる神官騎士は三十人ほどしかいないことも痛手だった。



「ちっ、あのデカブツが邪魔だな!」


「手伝うか?」


「ざけんな! あいつ一匹に集中すれば問題ねえよ!」



 ガジガの使徒が力を集中。


 対象を赤刃狼だけに絞ることで威力を増した音波を放射する。


 赤刃狼は異変を察知して回避運動。



「馬鹿が! 音から逃げられるものかよ!」



 音属性の攻撃の怖さは、圧倒的な攻撃範囲の広さにある。


 音も指向性を持つものではあるが、大気を震わせることで自然と周囲にも広がっていく。大声ならば仮に後ろにいても聴こえてしまうように、完全に影響から逃れることはできない。


 どこに隠れても無駄。バルヴァハ説教型が赤刃狼にまとわりつき、デバフ効果がある説教を唱え続ける。



―――「ワシャシャワシャシャシャッ!」



「グルルッ!!」



 赤刃狼はバルヴァハに攻撃を仕掛けて引き剥がそうとする。


 使徒は実体化しているので爪で引き裂かれれば破損するが、本から供給されるエネルギーで回復。すぐに元に戻って赤刃狼に再度まとわりつく。


 闘人と同じく与えられたエネルギーによって動いているため、それが尽きない限りはいくら攻撃しても復活してしまうのだ。


 これにはさすがの赤刃狼も苦戦。徐々に動きが鈍ってくる。



「そのまま抑え込め。串刺しにしてから首を撥ねる」



 そこにジャコブのバルヴァハ天罰型が接近。


 使徒の三叉槍で突き刺そうと狙いをつける。



「魔獣が。身の程を知れ」



 そして、バルヴァハ天罰型が槍を突き出した瞬間。


 突き刺さったのは、なぜかジャコブのほう。


 凄まじい勢いで飛んできた『銃弾』が、彼の右肩に当たって―――爆散!



「ぬぐっ!!」



 吹き飛ばされたジャコブの集中が途切れたことで、使徒も攻撃を止めてしまった。


 当然ながら狼は銃など使わない。


 ジャコブは破壊された肩を術で治療しつつ、銃弾が飛んできた方向を睨みつける。



「へー、あの一撃で死なないなんて、やっぱカーリスの異端審問官は違うねぇ。普通なら木っ端微塵よ?」


「貴様は…クロスライル」


「異端審問官にも名前を覚えられるなんて嬉しいもんだ。おおかたエングリシュたちに依頼する時に知ったんだろうがよ」



 現れたのはクロスライル。


 すでに得物であるガンソードを抜いて戦闘態勢に入っている。


 彼は無造作に銃を構えるとガジガにも銃撃を見舞う。



「くそが! 集中が途切れるだろうが!」



 ガジガは咄嗟に回避して難を逃れる。


 彼の防御力ではクロスライルの銃弾には耐えられそうもないので必死だ。


 それによって説教型も動きを止めてしまい、赤刃狼がデバフの音波から解放されることになる。


 クロスライルは、二挺のガンソードを二人に向けて牽制。



「これ以上、狼ちゃんを苛めるもんじゃないぜ。どうしてもやるってんならオレも参加するからよ。それで対等だ」


「どういうつもりだ? なぜ魔獣に味方する。貴様はイノールが雇った傭兵ではないのか」


「その雇い主様をあんたらが殺しちまったもんでね。今は無職なのよ。どうしてくれんのこれ。おまんまの食い上げだぜ」


「ざけんな! そのわりに助けに来なかったじゃねえか!」


「オレは外部の者から守るとは契約したが、身内同士のいざこざは対象外でね。あんたらこそ同じカーリスなのに冷たいねぇ。人間は残酷だ。同胞でさえ殺しちまう。カカッ! やっぱりボッチ最強だな!」


「貴様はオルシーネも助けたな。なぜやつに加担するのだ」


「前途ある若者を助けたいと願うのが、真っ当な大人ってやつじゃないのかね? オレはあいつに期待していてね。もっとビッグになると思っているのさ。だからファビオ青年の敵はオレの敵でもあるってわけ。あんたらも邪魔をするなら殺しちまうぜ?」


「ああ゛!? 俺らとやり合って勝てると思ってんのか!」



 ガジガのバルヴァハが説教を広範囲に展開。


 狼の群れは赤刃狼の咆哮が守るが、クロスライルは音波に晒される。



「どうだ! 動けねえだろう!」


「いや、動けるけど? はい、証拠のバン」



 クロスライルが苦もなくトリガーを引いて銃弾を発射。


 銃弾は神官騎士に当たり、彼が戦っていた狼ごと貫通して両者ともに爆散させる。


 その様子に特段おかしな点はない。いつものクロスライルだ。



「なっ!! どうして動ける!」


「オレ、耳栓してっから」


「馬鹿がよ! そんなもんで防げるか!」


「ちょっとはましだぜ? あとは気合でなんとかなるもんさ。もともと他人の説教なんて耳から抜けちまうタイプだからねぇ」



 クロスライルの身体から膨大な戦気が湧き上がる。


 その質は、極めて純度が高い赤。


 武人としての強烈な気概と強靭な意思を併せ持つ、一つの到達点ともいえる姿であった。



「オレは無頼。何物にも頼らない。誰にもすがらない。文句があるならオレを殺してみな。だが、オレもお前らを殺すぜ。気に食わないならカーリスも殺す。カカッ、ただそれだけのことさ」



 クロスライルはこの戦場の中でさえ、タバコを吹かして自然体で立つ。


 自らの言葉だけを信じ、何者にも屈せず、ただただ我を突き通す。やりたいことをやって好きなように生きて、最期は身勝手に死ぬ。


 仮にここが日本でも生き方は変わらないだろう。行政の言うことも聞かず司法の命令にも従わず、常に堂々と爪を研ぎ続ける。


 そんな『無頼者』には宗教家の説教など何の意味も価値もない。ただの雑音にすぎなかった。


 その姿には、感情が抑制されているジャコブですら戦慄する。



(この男、なんという精神力だ。放置は危険。必ずや我らの害悪となろう)



「狼ともども、あの男を滅する! 命を賭して排除せよ! それが我らの使命だ!」


「はっ!」



 これでカーリスと刃狼とクロスライルの『三つ巴』が発生。


 クロスライルは赤刃狼を助けたが、さきほどの攻撃を見る限りは誰の味方でもないようだ。狼単体では狙わないものの、神官騎士と一緒に殺すことも厭わない(動物愛護発言はなんだったのか)


 狼たち側からすれば人間全員が敵状態だが、とりわけカーリスには強い恨みを抱いている。今回の襲撃が報復である以上、まずはカーリスを狙うのは道理だ。


 そうした事情もあって三つ巴でありながら、ここでニ対一の状況が生まれる。



「バオオーーンッ!」



 赤刃狼の号令で狼たちが神官騎士に突撃開始。


 それに合わせてクロスライルもカーリス陣営に銃弾を連射。



「ひゃっほーー! かっとばせーー!」



 彼の得物はリボルバーなので六発ずつ、両手二挺で計十二発の連続発射が可能だ。


 しかも威力は、今までの二倍強。


 発射された弾丸は音速を軽々と超えて空気の壁を破壊。衝撃波を発生させながら周囲を薙ぎ倒していく。


 神官騎士が防御しても盾を破砕して鎧を砕き、肉を穿って上半身が吹き飛ぶ。


 銃弾はそのまま突き進んで背後にあった家に当たると、それも一撃で吹き飛ばして更地にしてしまう。


 その威力は、まるで巡航ミサイルの如く。


 それが十二発も連続発射されるのだから、場は一気に混乱状態に陥る。



「あれが銃弾の威力かよ! 戦艦の副砲レベルだぞ!」


「ガジガ、お前は狼をやれ。私がやつを討つ」


「ちっ、わかったよ!」



 ガジガの能力は狼には効くため、二人は役割分担を決める。


 走り出したジャコブはバルヴァハ天罰型を最大強化。クロスライルの銃弾を身代わりで受けさせる。


 銃弾によって天罰型は弾け飛ぶが相殺には成功。やや押し負けて弾丸の破片がジャコブに当たっても重甲冑が防いでくれる。


 使徒は弾幕として割り切って使い捨てにし、自身は突っ込んで両手で持った戦斧を振り下ろす。


 クロスライルは回避しつつ後ろに回り込もうとしてくるが、ジャコブも回転して斧を薙ぎ払う。


 クロスライルは銃剣をクロスさせてガード。得物同士が激突して火花が散る。



「いい反応とパワーだ。あんた、強化人間なんだろう? イノールから聞いているぜ」



 現状における両者のスピードとパワーは互角。


 エングリシュでさえ当てるのに苦労したクロスライルを捕捉できるジャコブを褒めればよいのか、遊び半分で止めてしまえるこの男がすごいのか。


 どちらにせよ密着して距離が詰まったのは事実だ。



「この状態ならばリロードはできまい」


「あんたも同じだろう? やっぱり本を手に持っていないとアレの操作はできないらしいな」



 ジャコブはクロスライルに対応したものの、その代償として使徒は消えていた。


 使徒は闘人と違って自動操作ができない。少なくとも二人が所有しているタイプでは不可能で、あくまで術者が操らねばならないのが最大の欠点だった。


 ファビオとは異なり戦闘経験値が豊富なクロスライルは、相手の能力を観察しながら戦いを進めることができる。こうして密着すれば相手も強力な武器を使えない。


 そのうえ、すでに先手は打った。


 クロスライルは斧を受け止めながら、ジャコブの腰を狙って蹴りを放つ。


 そこには仕舞ったばかりの『アメンズ=メタナイア〈異端への懲罰〉』があった。



(本が狙いか。やらせん!)



 ジャコブは咄嗟に身を挺して庇う。


 が、クロスライルの蹴りは本には向かわず、彼の巨体を蹴って跳躍。


 手慣れた様子でリボルバーのシリンダーを開くと、すでに空中に投げていた新しい薬莢を装填する。


 さきほど斧を受ける前にクロスライルが回り込む回避を見せていたが、あれは薬莢を宙に投げたのを隠すためのフェイクである。


 彼が身に付けているベルトには常時いくつもの薬莢が収められており、指で弾くだけでこうやって簡単に投げることができるのだ。


 しかも初撃で破壊した右肩の方向に回り込んだので、ジャコブも若干反応が遅れて薬莢を飛ばす動作を見逃していた。


 弾を補給したクロスライルは、ジャコブに向けて発射!


 空から高威力の弾丸が降り注ぐ。


 ジャコブは斧でガードするが、着弾と同時に爆発。



「ぬぐううう!!」



 あまりの威力に斧が砕け散り、防御の戦気も貫かれて重装甲の甲冑にいくつもの亀裂が入った。


 かろうじて受け流した数発の弾丸も地面に当たると、周囲の地形が変わってしまうほどの衝撃を発し、足場が崩壊して大柄なジャコブが浮き上がる。


 だが、彼は死なずに耐えきった。


 この膨大な戦気が込められた銃弾を防げた段階で、ジャコブも相当な実力者であることがわかるだろう。


 ただし、ショックとダメージが大きすぎて、すぐには動けない。


 その隙にクロスライルは着地して急接近。舞うようにガンソードを振るってジャコブの左腕を斬る。



「おっと、さすがにエングリシュよりも硬いな」



 ジャコブが全身鎧を着ていたことで腕の切断までには至らない。


 が、これはガンソードだ。


 すでに装填は終わっており、半分ほど切り裂いた腕に続けて射撃。


 傷口に銃弾が入り込み、破砕してジャコブの左腕が吹き飛ぶ。



「ぬぐっ! バルヴァハ!」



 ジャコブは残った右手で本を開くと、バルヴァハ天罰型を再度具現化。雷撃を放射してクロスライルを引き剥がす。


 しかし、クロスライルも雷撃をあっさりとかわしていたので無傷だ。



「どうした異端審問官さんよ、あんたの実力はそんなもんかい?」


「我らを侮るな。神官騎士の本領は耐久力にこそある」



 加えてジャコブも強化人間である。その体力は通常の武人を遥かに凌駕する。


 真言術で治癒を施しつつ、本からも生体磁気が供給されて、少しずつだが吹き飛んだ左腕も復元を開始。


 アンシュラオンの命気に見慣れていると普通の光景に思えるが、自力で欠損部位を復元できる段階で彼らは特別な存在といえた。



「カカッ、便利だねぇ。しかしまあ、だらだらと遊んでいる暇はないか。ファビオの兄さんがもっと怖いお兄さんに追われているみたいだからな。あんたがあまりに弱いと、さっさと殺してそっちに向かっちまうぜ?」


「ベルナルド卿に勝てると思っているのか。身の程知らずの愚か者め」


「身の程知らずはどっち―――」



―――「バォオオオオオオオーーーーーンッ!」



「どわっ!」



 クロスライルの背後から、赤刃狼の『ファイヤー・ブラストエッジボイス』が襲ってくる。


 慌てながらも空中に回避したことと、防御の戦気を集中したことでダメージはないが、いきなり後ろから撃たれるのは肝が冷える。


 といってもクロスライルを狙ったというよりは、人間全部をまとめて攻撃しただけのようだ。


 巻き込まれたジャコブは使徒を使ってガードしたのでまだよいが、他の神官騎士は鎧ごと身体中を焼かれて倒れる者が続出する。



「ガジガ、狼に咆えさせるな!」


「うっせぇな! 手当たり次第に撃ってくんだよ! どうしようもねえ!」



 ガジガも使徒でガードしていたが、威力が高くて軽鎧が所々破損。火傷と細かい裂傷を負っていた。


 説教型は型にはまれば強力ではあるが、一撃で混乱にまで追い込めない場合は相手からの反撃を受けてしまう弱点がある。


 今回の咆哮も使徒の説教をやめさせようと放ったものであり、獣は追い込めば追い込むほど激しく抵抗するから厄介だ。


 そして、ファイヤー・ブラストエッジボイスで生まれた穴から他の狼がなだれ込んで、次々と神官騎士に噛みついていく。


 ここで赤刃狼も一気に加速。


 敵を薙ぎ払いながらガジガに肉薄し、大きな額の刃を振る。


 青雷狼ほどの速度はないが、パワーはこちらのほうが上。


 ガジガは長剣で切り払おうとするが、魔獣の膂力に押し負けて背後に下がるしかない。


 そこに赤刃狼の追撃。大きな牙で頭を砕こうとしてくる。


 ガジガはギリギリで頭を引っ込めて回避するが、続けて放たれた前足の爪撃で鎧ごと腹が抉られる。


 一瞬で軽鎧が血で染まるほどの大量出血。もし鎧を着ていなかったら腸が飛び出ていたほどの大ダメージを受ける。



「てめぇ! もう許さねえ!」



 だが、ガジガも強化人間だ。


 ブチ切れて本に大量の魔素を注入すると、バルヴァハ説教型の身体が盛り上がり、ゴポゴポと液体が沸騰するような音が響く。


 それが最高潮にまで達した瞬間―――バーンッ!


 バルヴァハ説教型自体が爆弾となって周囲を吹き飛ばす。


 本物の爆弾ではないので威力は大納魔射津程度の力しかない。赤刃狼もたいしたダメージは受けなかった。


 それよりも問題は―――



「ッガ―――ガッ…ガッ!!」



 赤刃狼が突然、嗚咽に似た声を漏らす。何かが呼吸を通じて体内に入ってきたのだ。


 ただし、これは普通の毒の類ではない。



「はぁはぁ! 『痛み』で悶え死ね、このワンコロが!」



 各使徒には【神の試練】と呼ばれる奥の手が用意されている。


 人造使徒バルヴァハ説教型の場合は、『痛みの道』。


 正式名称は「汝歩むは痛みの道。罪に穢れたことを苦しみ悔やめ」と呼び、激痛を周囲に撒き散らすという非常に迷惑な行為である。


 仕組みとしては、使徒内で生成された特殊な『ウィルス』が爆発による空気感染を通じて一定範囲に展開され、吸った者に激痛を与えるものだ。


 通常のウィルスと異なるのは、これが術式によって生み出されたものである点だ。高度な術者ならば解析して解除することも可能だが、物理型の魔獣である赤刃狼に対処は困難。


 その痛みは、痛風はもとより『イタイイタイ病』のように、地面に足を着くだけでも泣き叫ぶほどだ。



「ギャンッ! ギャンッ!」


「クゥーーン! クーーン!」



 痛みは他の狼にも感染して一気に動きを鈍らせる。赤刃狼も耐えてはいるが明らかに動きが悪い。


 だが、これはガジガにとってもリスクのある行動だった。


 大量の魔素を使用するためBPが一気に削られ、呼吸するのもやっとになってしまう。



「ぐっ…早く……狼たちを殺せぇえええ!」



 ガジガは他の神官騎士に命令して攻撃を促す。


 ただし、これは一対一の勝負でもなく、勢力が二つしかないわけでもない。


 動けなくなったガジガに向かって即座に銃弾が飛んできた。



「くそ―――が!」



 ガジガは『無限盾』を展開して防壁を張るが、銃弾はそれを貫通。彼の身体を大きく抉り飛ばす。


 半身が破裂して心臓が剥き出しになり、いくつかの臓物も飛び出ている。


 だが、強化人間である彼はまだ死なない。


 本を抱くように固定し、バルヴァハ説教型をなんとか具現化させる。



「ガジガ! 私の後ろに回れ!」



 ダメージを負ったガジガをジャコブがカバーするが、彼もまた手負い。


 そこにクロスライルが迫る。



「油断大敵ってね。戦場じゃどこから銃弾が飛んでくるかわからんもんよ」


「貴様、どうやってそれだけの力を手にした。我らのように祝福を受けたわけでもないだろうに」


「なめんなよ。いつも独りで死線を潜ってきたんだ。慣れ合っているあんたらとは気迫が違うぜ」



 クロスライルが銃を撃つ構えを見せる。



「撃たせん!」



 ジャコブはバルヴァハ天罰型を飛ばして間合いを詰めさせる。


 が、これはフェイク。


 撃つと見せかけてダッシュしたクロスライルは、使徒の真下を掻い潜るとジャコブの懐に入り込み、蹴りを放つ。


 覇王技、『赤覇・煌琥炎漠蹴おうがえんばくしゅう』。


 蹴りの衝撃と同時に炎気が爆発し、当たった箇所の周囲を抉りながら爆砕する因子レベル5の蹴り技である。


 技は見事に命中。ジャコブの腹が大きくぜる。



「はは、アレに頼りきりなのさ。それがあんたらの強みでもあり、同時に弱点でもある」



 クロスライルはガンソードを振り、首を撥ねようとする。



「ぐふっ…やらせん!」



 ジャコブは前に出ることで自ら刀身の根元にぶつかり、芯を外すことに成功する。


 がしかし、その横顔にクロスライルの拳が炸裂。頬骨が砕け、眼球が飛び出る。


 そこからは一方的。


 ジャコブがソードに対応しようとすれば銃を撃ち、銃に対応しようと接近すれば今度は拳や蹴りが飛んでくる。


 クロスライルの強みは、ガンソードを使ってあらゆる距離で戦えることだ。


 基本は戦士であるため肉体能力が非常に高く、銃がなくとも覇王技を含めた格闘で対処でき、剣士因子もあるので剣気の出力も高く、放出維持が得意なために遠距離も得意。


 アンシュラオンがあれだけ強いのは穴が無いからだ。それを高度なレベルで維持するから誰に対しても負けないのである。


 クロスライルも『銃戦士』として、それに近い戦い方ができる。いわばスザクの完全上位互換なので強くて当然だ。


 しかしながら、それでもまだ本気を出していない。


 クロスライルはニヒルな笑みを浮かべながら、ジャコブをなぶっている。



「で、次は? あんたも奥の手があるんだろう? 早く見せてくれよ」


「ぐ…う…! 余裕を見せたことを…後悔しろ……異教徒が!」


「いやいや、それを言ったら世界の七割が異教徒じゃね? ってことは、あんたたちのほうがマイノリティなんだぜ? その自覚ある?」


「天罰を…受けよ!」



 クロスライルの軽口を無視して使徒に力を注ぐ。


 バルヴァハ天罰型の奥の手は、『落雷の道』。


 文言は説教型とほぼ同じで「汝歩むは落雷の道。罪に穢れたことを苦しみ悔やめ」であり、三叉槍に大量の雷を集めて槍ごと投げつける能力である。


 コウモリの悪魔に似た姿の使徒が、雷撃をまとった三叉槍を投擲。



「いいねぇ! どっちが強いか勝負しようぜぇ!」



 クロスライルは槍に向かって銃撃。


 左右それぞれ三発ずつ、計六発のミサイルを発射して激突。


 勝ったのは―――銃弾


 二発までは雷撃によって破壊されたが、三発目は威力を軽減できずに槍が破壊され、そのまま使徒に当たって爆散する。


 残った三発の銃弾もジャコブを掠めながら突き進み、地面や建物を吹き飛ばす。


 その衝撃を受けてジャコブの身体はもうボロボロ。欠損まみれで人としての形すら保てなくなる。



「なんだよ、派手な見た目に騙されたな。三発でよかったじゃねえか。リボルバー用の弾は高いんだぜ? 無駄にさせるなって」


「…ばか…な。なんという強さ…だ」


「ジーギスはあんたの何倍強いんだ?」


「愚か者め…あの御方は我らのような下級とは…桁が違う。貴様に天罰が下ることを―――」


「あっ、そう。もう飽きたわ。アディオス、アミーゴ」



 言い終える前に、クロスライルがソードで―――スパンッ!


 使徒に力を使ってしまい、身動きが取れないジャコブの首を撥ねる。


 ぶしゃーっと大量の血液が地面に注がれ、彼の罪も洗われた。


 クロスライルは、残ったガジガに向かって歩いていく。



「来いよ…道連れにしてやる…!」


「いや、あんたの相手はオレじゃねえ」


「んだと―――っ!?」



 ガジガが気配に気づいた時には、もう手遅れ。


 背後から凄まじい速度で迫ってきた赤刃狼が、頭部の刃でガジガを串刺しにすると、ブンブンと首を振って傷口をさらに広げる。



「がはっ!! ワンコロ…ふぜい……がぁあ!」


「バォオオオンッ!!」



 そして、最後に空中に放り投げてから咆哮一閃。


 ガジガは『ファイヤー・ブラストエッジボイス』に全身を細切れにされながら灼かれ、バラバラの黒焦げになって地面に落下。


 それを赤刃狼は踏みつけて粉々に砕く。



「フーーーフーーー!」


「やるね、兄さん。痛いはずなのによく我慢したよ。って、悪い。『姉さん』の間違いみたいだな」



 ずっと彼と呼んでいたが、あくまで魔獣に対する呼称であり、赤刃狼自体は『雌』個体である。


 クロスライルの言う通り、バルヴァハ説教型の『痛みの道』は効果を発揮し続けており、動くこと自体が相当厳しかったはずだ。


 生物は痛みを我慢できない。どんなに強い者でも痛みには必ず屈してしまう。それを耐えることはできるが精神が摩耗し、いずれは倒れる。


 限界まで気力を振り絞った赤刃狼も力なく倒れ込み、その場に伏せてしまった。


 気づけば周囲の戦いもあらかた終わっており、結果は狼側がかろうじて勝利といった様相であった。


 しかし、まだ他の場所に神官騎士が残っている。リーダーである赤刃狼が動けないのならば、最後は人間側が勝つかもしれない。



「悪いな姉さん、オレは行くぜ。この戦いを最後まで見届けないといけないからよ。一緒に戦えて楽しかったぜ」



 大勢の神官騎士の死体と大量の狼の死骸が散乱する中、無頼者のクロスライルだけは我関せず歩いていく。


 この男は誰にも従わない。自分の意思だけに従うのだ。



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