55話 「サナ発見」
「領主城ってのは、本当に面白い場所だな」
アンシュラオンが見つめる先には、なぜかメイド服が落ちている。
ブラジャーやパンツが落ちていたりメイド服が落ちていたり、領主城は思っていたよりもカオスな場所のようだ。
仕方ないので、これも拾っておく。
それからさらに進むと、ネックレスが落ちていた。それにはジュエルもはめ込まれている。
「これはもしかして『スレイブ・ギアス』か? だが、どうして外れているんだ?」
それは見覚えのある緑のジュエル。スレイブ・ギアスに使われるものだ。
しかし、もしギアスの効果が発動していれば、こんなところには落ちていないはずだ。自分の意思で取り外すことはできないからだ。
可能性があるとすれば、もう一つの事態。
「待てよ。『他人が外した』という可能性もあるな。それならば問題ない…わけがないな。たしかこのジュエルは専用の機械を使わなければ簡単には外せないはずだし、無理にやれば精神に悪影響が出るはずだ」
スレイブ・ギアスは精神に働きかけるものであり、強引に外すことは極めて危険である。
たとえば機械の起動中に強引にパーツを取り外せば、他のパーツの故障の原因になるように、実際に作動している間は外してはいけないようになっている。
これが人間の場合、基本的には常時精神が作用している状態なので、取り外しはスレイブ館の機器を使って精神術式を一度停止させ、その間に取らねばならない。
(サナのギアスを強引に外した? いや、そんな必要性はないだろう。偶然外れるものでもないしな。…はて、これはどういうことか? とりあえず、これも拾っておくか)
さらに進むと、ちょうど十字路に差し掛かったあたりに、今度はナイフが落ちていた。
「なぜナイフが? しかも戦闘用じゃないか。まさかサナに変なことをしているわけじゃないよな。ますます気になってしょうがないぞ」
だがその直後、また意味不明な落し物を発見。
【ヌイグルミ】が投げ捨てられていたのだ。
「こっちのエリアで初めてガキっぽいのが見つかったな。間違いなくこの先にいるぞ」
確信を持ちながら通路を進む。
ここまで来れば、もうわざわざ他の部屋を見て回る必要はない。
アンシュラオンは、ひときわ大きな部屋の前に立つ。
今までの部屋とは豪華さのレベルが違う。ここが目的の場所であろう。
気配を探ると、中には三人の気配があった。
その中の一つは―――サナ!
間違いない。出会った時に感じた彼女の波動そのものである。
(ついにやってきたぞ。サナを返してもらおう。と、その前に、何か話しているな?)
アンシュラオンが耳に意識を集中し、中の会話を盗み聴く。耳も良いので扉越しでも十分聴くことが可能だ。
ついでに波動円で当人たちの場所、表情、口の動き、筋肉の動き等から詳しい状況を察する。
中の人間は、全員少女。誰もアンシュラオンには気が付いていないようだ。
「負けた。負けました」
「ふふん、またわたくしの勝利ね」
「お嬢様、強すぎ、強すぎます」
「もう一回よ!」
(お嬢様? なるほど、ツインテールの女がイタ嬢だな。もう一人の大きなおさげの子は友達にしたスレイブだろう。このゲームは何だ? ババ抜きか?)
どうやらカードゲームに興じているらしい。やっている内容は、ほぼ地球のババ抜きと同じだ。
「わー、また、また負けました」
「わたくしが勝つことは、いつだって決められていること! しょうがないのよ、クイナ!!」
「お嬢様、すごい、すごいです」
「ふふ~ん、そうでしょうとも!」
勝負はイタ嬢の四連続勝利である。
だが、アンシュラオンには、すべてのカラクリがわかっていた。
(クイナって子、わざと負けてるな。ババじゃないやつを意図的に上に出して上手くイタ嬢を誘導している。サナも加わっているようだが…あの子もさりげなく勝たせるようにしているっぽい。たぶん彼女の真似をしているんだな)
この年齢にしてまさかの接待ゲームに勤しむとは、もはや度し難い馬鹿である。
(しかもイタ嬢のやつ、本気で気づいてなさそうだ。正直、ここまで痛いとは思わなかった。サナにまで接待されるってどういうことだよ。接待をされて喜ぶ程度のやつってことか。なさけないな)
「それじゃ、次に負けた子は、これを着てもらうわ」
「えー、えー、それは、それは大変です!」
「これは罰ゲームよ。そうしないと面白くないものね」
「がんばり、がんばります!」
(なにー!? 何を着せようってんだ! もしサナが負けたら卑猥な服を着せて楽しむ気か!? なんたるやつ!! このオレが成敗してくれる!!)
イタ嬢が取り出したのは単にメイド服だったのだが、「メイド=エロ」の間違った認識があるアンシュラオンにとっては、それは単なるエロ衣装にすぎない。
そこでもう我慢の限界がやってきた。
頭に被ったパンティーをしっかり固定したのを確認し、ハンマーを振りかぶる。
「殴り込みじゃー! 殴り込みじゃーーー!!」
アンシュラオンが扉を蹴破って中に入ると同時に、叫びながらハンマーを振り回した。
相手の位置はわかっているので当たることはないが、無我夢中で振り回すふりをしながら、周囲の壁を破壊していく。
ブーンッ! ガンガンガンッ バキバキッ!
ブーンッ! ガンガンガンッ バキバキッ!
ブーンッ! ガンガンガンッ バキバキッ!
「きゃあああああ!?」
「にゃはああ!?」
「………」
まるでドッキリ映像だ。
突如入ってきた謎のハンマー男に少女たちは驚き叫ぶ。
「な、なんですの!? いったい何が!?」
極めて普通の反応をしているのは、意外にも金髪ツインテールのイタ嬢。
やや釣り上がった目が勝気な印象を与えるが、文句なしの美少女である。顔だけならば将来は美人になるだろう。
年齢は、聞いていた通りに中学生くらいだろうか。
「お嬢様! 隠れましょう! 隠れましょう!」
もう一人、金髪の女の子のやや後ろにいるのは、長めの空色の髪を一つのおさげに束ねた女の子。
イタ嬢とは対照的に、おっとりとした顔つきである。この子は可愛いといった感じだろうか。年齢はイタ嬢と同じか、少し下くらいだ。
「………」
そして、そんな激しい殴り込みにもまったく動じていない少女。
美しく黒い艶やかな髪、ほどよい褐色の肌をしたアンシュラオン好みの超可愛い子、サナ・パムがいる。
わかってはいたが、彼女がいたことに改めてアンシュラオンは満面の笑顔を浮かべる。
ただし変装した怪しい格好、顔に被ったパンティーにしわを作りながらニヤリと笑うのだから、イタ嬢たちはさぞや怖いに違いない。
ここまで完全なる変質者は見たことがないだろう。
「え? え? な、なに? これはいったいなんですの?」
「あなたがお嬢様ですね?」
「え、ええ。そうですけれど…あ、あなたは?」
まだイタ嬢はこちらを敵と認識していないようだ。
それも当然。これだけの警備態勢の中、いきなり自室に入ってくる部外者など普通はいないのだ。
アンシュラオンは、じっとイタ嬢を観察。
(たしかに顔は可愛いが、オレとしてはあまり好きではないタイプだな。明らかに傲慢そうな顔つきだ。典型的な駄目なお嬢様タイプだ)
というのはアンシュラオンの偏見だが、実際にお嬢様といった格好をしている。
今は三人とも寝巻きで、イタ嬢のものは至る所に細かい刺繍が施され、小さな術式付きのジュエルがいくつも付いている高級品だ。
ちなみに効果は、安眠促進、美容効果アップ、疲労回復量アップなどなど、寝巻きとしてはかなりの優れものである。
「どうも、変態仮面です。これ、名刺です」
「ああ、ご丁寧にどうも。クイナ、こちらも名刺を」
「はい、はい。名刺、名刺…はい!」
クイナが名詞を持ってくる。この歳にして名刺を持つとは、さすが領主の娘である。
だが、名前を見たアンシュラオンは首を傾げた。
「ベルロアナ? それが本名?」
「はい。それが何か?」
(あっ、そうか。イタ嬢が本名じゃなかったんだな。自分で名乗っていたらイタ嬢というよりネタ嬢だもんな。まあ、面倒だからずっとイタ嬢って呼ぶけどさ)
一応、本名はベルロアナ・ディングラスである。
名前だけは立派だ。名前だけは。
「お嬢様、こちらにお手を」
「手…? こうですか?」
「はい、ここです。ぽちっとな」
事前に用意していた朱肉にイタ嬢の指を乗せる。手には、べっとりと赤い染料が付いた。
その指を一枚の書類に押し付ける。
「うん、綺麗に付きましたね。では、こちらが代金となります。お確かめください。あっ、それと十万円ほど外の衛士に渡したので、その分は引いてあります」
「は、はぁ? 十万円?」
「野グソです」
「野グソ?」
さりげなくイタ嬢に野グソという言葉を言わせて、にんまりと笑うアンシュラオン。鬼畜の所業である。
一億円が入ったアタッシュケースも忘れない。部屋の入り口にそっと置いておく。
野グソの衛士に渡した分は引かれているので、厳密には一億ではないが問題ないだろう。
これで準備は整った。
アンシュラオンは、フリルのついた寝巻きを着たサナを抱きかかえ、残った二人に手を振る。
「アディオス、お嬢様方。皆様に不幸があることを心より祈っております」
実に堂々とした足取りで廊下に出る。
その間、少女二人は硬直したままだ。
あまりの出来事に思考が完全に止まっているらしい。
 




