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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
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546話 「都市からの脱出」


 釈放されたファビオは、ユーナたちに出迎えられて実家に戻っていた。


 そこにはディノの家族もおり、指示通りに逃げ出す準備をしてくれていたことがわかる。



「ようやく釈放か。あれだけ無理をするなと言ったのに、ほんと頑固なやつだよ」


「申し訳ありません」


「まあいいさ。昔からそういうやつだからな。お前が無事でよかったよ」



 ディノが呆れた口調で諭すが、ファビオだから仕方ないと笑う。


 彼も裏の溜まり場に殴り込みをかける等、かなり危ないことをやってくれた。


 モアジャーキンとの戦いに参加できなかったことは悔しいだろうが、何よりも無事を祝ってくれる最高の友である。



「それにしても裁判の結果は意外だわ。何がどうなってそうなったのかしら? 特に火刑なんて初めて聞いたもの」



 夫が無事に戻ってきたことを喜びつつも、ユーナが疑問を口にする。


 彼女だけではなく誰もが思っていることなので、街中の至る所で似たような会話がなされていることだろう。


 これについては、まずはディノが情報を提供してくれる。



「実はな、お前がいない間にジーギス司教について調べたんだよ。あの男は『千人焼きのベルナルド』として有名らしい」


「千人焼き? まさか火刑ですか?」


「そうだ。ジーギスはすでに千人に火刑を宣告している。主に異教徒に対してだが、今回みたいに追放された身内に対しても容赦はしない方針みたいだ」


「それだけ厳格ともいえますが…狂気の沙汰です」


「だよな。俺らからしたら仲間を殺すなんて信じられないぜ」



 かつての村では他人を裁くこと自体が珍しかった。


 重犯罪が起きていなかったこともあるが、だいたいは謝罪と赦しによって社会が成り立っていた。それが狭い村で暮らす最善の方法だったからだ。


 だが、ベルナルドは違う。


 彼はカーリスのためだけに存在し、権威を脅かす者に対しては苛烈に攻撃を仕掛ける狂信者だ。仲間の定義がかなり狭いうえに、恐怖によって人々を支配しようとするきらいがある。


 イノールに付き従って甘い汁を吸っていた者たちは今頃、ベルナルドの粛清を怖れて戦々恐々としているはずだ。



「イノールの件に関しては自業自得ってやつさ。同情はしたくないな」


「より危険なジーギス司教が残ったので素直に喜べないのがつらいところです。しかし、よく調べられましたね。カーリスの内情はハローワークでさえわかりませんから、内部情報経由だとは思いますが…司祭たちからは拒絶されなかったのですか?」


「そりゃお前があれだけの騒ぎを起こしたからな。信者は教えてくれないさ。ただ、司教を警戒しているやつもいる。この話、誰から聞いたと思う?」


「もったいぶらないで教えてくださいよ。キャサリン司祭とかですか?」


「キリポだよ」


「え? アレから?」



 もはや『アレ』呼ばわりである。


 色ボケした裏切者に対しては妥当な扱いではあるが、彼が情報を流したことは事実だ。



「あいつもいろいろと思うところはあるようだ。俺らもだいぶ歳を取ったからな」


「…そうですか。アレが…」



 アレ呼ばわりは継続。



「とはいえ、今回の判決は少し気になるところがあります」


「どこがだ? けっこう妥当に思えるぜ」


「ジーギス司教は異端審問官です。彼自身が述べたように異教徒には厳しい姿勢を取ります。それなのに僕に対する判決が軽すぎませんか?」


「軽くて文句を言うのはおかしい気もするが…ユーナもエファニもさらわれたんだ。情状酌量ってやつじゃないのか?」


「彼がそんな甘い人間には思えないのです。議員の失職だけで終わったのが気になります」


「どうにもお前はジーギスを敵対視するな」


「彼は怖ろしい人間です。僕にはそれがわかるのです」



(あの凄まじいドグマの形質。みんな、あれが視えないからそう思うのだろう)



 今のファビオには、ベルナルドは悪鬼にさえ見える。


 溢れ出る真っ黒なドグマが精神の奥底にまでへばりついて、行動のすべてを支配してしまっているからだ。


 おそらくは、あれがタイスケが言っていた精神汚染の終末の姿なのだろう。


 だが、表面は変わらないので多くの人々はそれに気づかない。



「で、これからどうする? そのほうが重要だな」


「議員もクビになりましたので静かに暮らしたいものです。ですので『自由貿易郡』に向かおうと思います」


「北の大都市郡か?」


「はい。最近は北側のルートも少しずつ治安が良くなってきているようですし、暮らすならあそこが一番安全かと考えています。ユアネスとは比べ物にならない大都市ですからカーリスに対する抵抗力もあります」


「それは『移住』する、ということでいいのか?」


「…そのほうがよいでしょう。名残り惜しい気持ちはありますが安全のほうが大事です。多少なら蓄えもありますし、余力のある今ならば移住も可能です」


「そうだな…。一度やり直すのもいいか」


「ディノは衛士隊の要です。僕たちのために無理をしなくても…」


「馬鹿を言うな。とことん一緒にいくぜ。まあ、俺も少し疲れたってのが本音だけどな」


「ええ、いろいろとありましたね…」



 かけた情熱も失った絆も、新たに生まれた因縁も含め、そのどれもが今は息苦しい。


 今のユアネスは、もはや自分が愛した故郷ではないのだ。



「ユーナもいいですか? 突然のことでカイロナウテさんには悪いけれど…」


「私はどこまでもついていくわよ。お父さんに長旅は少しつらいかもしれないけど、クルマがあればなんとかなるもの」



 その後、クラリスもマテオも、エファニも了承してくれた。


 エファニが誘拐されたことで、両親としても安全第一という言葉に心動かされたようだ。


 また、ベルナルドからの言明はないが現在は監視されているはずなので、準備も含めて移住開始は一週間後となった。


 その日はちょうどイノールの火刑が行われる日。


 異端審問官であるベルナルドは忙しく、教会以外の警備が甘くなるはずだ。街中が色めき立って混乱している間に都市を出ようという算段である。



(どのみちこの都市は終わりだ。もう浸食は止められない)



 ファビオ自身が事件の当事者であったことも原因だが、都市が若いゆえに此度の事件に動揺し、議会が思わずカーリスの異端審問を許してしまった。


 あの時のベルナルドの態度は、まさに都市の司法機関そのものだ。これはカーリスの異端審問を都市の司法制度として受け入れたことを意味する。


 たかが一回でと言う人もいるかもしれないが、明確な法制度がない田舎の都市では秩序の維持が難しい。


 グラス・ギースにしても最低でも数百年かけて派閥間での秩序を構築する必要があり、海賊の巣窟だったハピ・クジュネに至っては暴力で治安を守っていた。


 しかし、このユアネスは違う。


 ファビオが優秀だったがゆえに、成熟する期間をすっ飛ばして中堅都市の仲間入りを果たしてしまった。


 イノールは黎明期から関わっていたから、まだいいだろう。彼もそれなりに努力したし我慢もした。


 だが、結局はより大きなベルナルドという存在に取って代わられた。


 世界の大きな組織は、それが小さいうちは野放しにしておくが、いざ大きくなって利益をもたらすと知ればすぐに刈り取りにやってくるものだ。


 純粋だったユアネスには、それを防ぐ免疫力がなかった。それだけの話である。



(過去は忘れよう。今は逃げ出すことだけを考えるんだ。ここでやられたら未来自体が失われてしまうのだから)



 こうしてファビオたちは脱出の時期を待つのであった。


 一方その頃、イノールは再びベルナルドと面会を果たしていた。


 教会の地下に軟禁された彼は、自分に火刑を言い渡した者を見るや否や、凄まじい形相で睨みつける。



「ジーギス! 地獄に落ちろ、クソ野郎! あの小僧までむざむざ釈放しおって! 絶対に許さんぞ!」


「それが司祭長であった者の品性ですか」


「もう死ぬのだ! 知ったことか!」


「死ぬことは怖れるべきものではありませんが、たしかに罪を犯して死ぬことは怖い。そこは同情しますよ。信仰を失えば生きていることもできませんからね」


「くだらん! 信仰で飯が食えるか! 世の中を動かしているのは金だ!」


「やれやれ、俗物とはあなたのためにある言葉ですね」



 ベルナルドは、もはや威圧すらしない。


 イノールがカーリス教徒でなくなったことも要因だが、信仰無き者に何を言っても無駄だと知っているからだ。



「いまさら何をしにきた! 俺を笑いに来たのか!」


「いいえ、交渉に来たのです」


「交渉? ふん、心にもないことを。お前が判決を下した者はすべて焼き殺されている。俺が知らないとでも思ったのか」


「平時ならばそうです。例外はありません。しかし、今は状況が異なります。それよりも優先すべきことがあるのです」


「アモンズの特務か? それこそ俺には関係のないことだな。お前も失敗して権力を失うといい。今はお前の不幸だけが唯一の愉しみなのだからな」


「交渉と言ったはずですよ。あなたが協力するのならば助けることもできるかもしれません」


「馬鹿が! 騙されるか!」


「聞く耳を持ちませんか。ならば仕方ありません。少しお待ちなさい」



 ベルナルドは一度部屋を出る。


 そして、少ししてからまた戻ってきた時には、何やら大きな箱を持っていた。



「この中を見てください」


「何もないではないか」


「いいえ、しっかりと『います』よ」


「ん?」



 物ならば普通は『ある・なし』を使うが、彼はあえて『居ます』と言った。


 これは生物を指す時に使う言葉だ。


 イノールが目を凝らしてみると、そこには蠢く何かがあった。



「動いているのか? なんだそれは?」


「これは生物です」


「魔獣の一種か? それにしても気持ち悪い生き物だ」


「いいえ、これは『人間』です」


「…は? この俺をおちょくる気か! ただのブヨブヨの気色悪い生き物だろうが!」


「言葉が適切ではありませんでしたね。【かつて人間だったもの】が、より正確な表現です」


「…?」


「先日、事件の調査をしていた時に発見したものです。術具で調べた結果、やはり元人間だった形跡があります。そして、これをやったのはオルシーネ議員…いえ、もう議員ではありませんが彼の仕業です」


「何を…言っている?」


「ファビオ・オルシーネ、彼はとても危険です。出会った頃から漠然とした不安を感じていましたが、ようやくその確信に至りました。あなたもそう思っていたのではありませんか? だから必要以上に激しく敵対したのです」


「っ…馬鹿な。あの小僧がこれをやっただと? お前こそ気が狂ったのではないのか?」


「信じたくない気持ちもわかります。ですが、オルシーネさんが都市を出た時、外で『禁忌の術式』が発動しました。彼を『監視』していたので間違いありません」


「禁忌だと? これがか?」


「人が人でなくなるのです。禁忌でなくてなんと呼ぶのでしょう。しかし、原理はわかりません。禁忌であることだけがわかる程度です。これは本国に送って改めて調査してもらうつもりです」


「…それで俺に何の用だ?」


「私の仕事を少しだけ手伝ってくださればよいのです。そうすれば助けられるかもしれません」


「司法取引か。だが、カーリスでは禁止されているはずだ」


「今は有事。そんなことを言っている場合ではないのです。私の権限でなんとかいたしましょう」


「………」


「あなたに選択肢はない。おわかりでしょう?」


「…何が望みだ?」


「あなたが見聞きした彼に関するすべての情報を教えてください。些細なことから重要なことまで全部です」


「些細なことなど覚えていない」


「そこはぜひとも思い出してください。彼のことが大嫌いなあなただからこそ、自身が気づかぬうちに何かしらの弱みを掴んでいるはずです」


「弱みなど掴んでいたら、とっくの昔に追い込んでおるわ」


「リミットは明日の晩まで。その気になりましたら外にいる神官騎士に伝えてください。ちなみに火刑は熱くて苦しいですよ。では、失礼」


「………」



 そう言い残すと、ベルナルドは悠然と部屋から出ていく。


 すべてが相手の手の平の上で転がされているようで怒りが湧くが、このままではイノールに未来がないことも事実であった。



(ジーギスのやつめ、足元を見おって。しかし、思い出せと言われてもな…。あの男は苛立つほどに品行方正で、弱みは家族しかなかった)



 ファビオが苦戦していたように、イノールもまたファビオの扱いには苦慮していた。


 不能者なのかと疑うほど女になびかず、金にも興味を示さない。他の者からの賄賂に関しても茶の一杯すら警戒するほどだ。


 その意味において、コインの裏表のようにイノールとは完全に正反対であった。


 だが、そこでふと思い出す。



(…待てよ。家族にばかり注目していたが、やつの交友関係はどうだ? いつもつるんでいたのは衛士隊の男だが、ほかにはいなかったか? そういえば俺の女に近寄っていたやつも、あいつの仲間だったと聞いたことがあるぞ)



 イノールはキャサリンと肉体関係を持っていたが、最近は権力が増したことで、もっと若い女をはべらせるようになっていた。


 ファビオが館に行った時も、三階は十代後半から二十代半ばの若い女性ばかりで彼女の部屋はすでになかった。


 そういう事情もあってキャサリンを気にかけることも減っていたのだが、ベルナルドの言葉で彼女にいつも付きまとっている男がいたことを思い出す。



(あの男…名前をなんと言ったか。思い出せんが、キャサリンならば何か知っているかもしれん)



「おい、キャサリンを呼んでくれ。証言の時にいた女だ」





  ∞†∞†∞





 一週間後。


 ファビオたちは早朝から動き出していた。


 必要な荷物や家具類は自家製バッグにしまったので、最低限の装備だけで家を出る。



(さようなら、僕が産まれた思い出の家)



 何度か修繕はしたが、産まれた頃から形が変わっていない家に別れを告げる。


 思い出すのは家族と触れ合った、ただただ愛しい時間。


 しかし、愛は物に宿るのではない。今ここに家族がいることのほうが重要だ。


 一緒にいるのは、ファビオの両親であるマテオとクラリス、妹のエファニと妻のユーナイロハ。親友のディノと妻であるルイザ、息子のアティノ。


 ユーナの父親であるカイロナウテは正門で合流する予定だ。さきほど糸電話で確認したところクルマを用意できたとのことなので、まだ幼いエファニやアティノに関しても安心である。



「焦らずにいつもと同じように歩きましょう。どうせ街は人で溢れています。それに紛れるのです」



 ファビオたち八人は、ゆっくりと森道を歩いて街に向かう。


 予想通り、街に近づくにつれて人の気配が増えていった。


 火刑は午前十時から教会前の広場で行うと通達されている。ベルナルドや他の神官騎士たちもそちらに集まっているだろう。


 ファビオたちは朝食を装ってカフェに入り、しばらく時間を潰す。(実際にご飯は食べた)


 九時半頃になると表通りは人が集まって混雑してきたので、人込みに紛れて都市の正門に向かう。



(ちょうどいい時間だ。火刑が始まってしばらくは皆の注意も逸れているはず。その間に脱出する)



 ファビオたちは、思わず早足で歩く。


 あと少し、あと少しと逸る気持ちを抑え、ようやく門が近づいてきた。


 予定では門の外で、カイロナウテがクルマを出して待っているはずだ。


 ここでディノが先に動く。


 仲の良い衛士が門番になるように事前にスケジュールを調整してもらっているので、話しかけて門を開けてもらうつもりなのだろう。


 時間は、ちょうど十時。



(間に合った。これで家族は守れる)



 そうして安堵した時だった。


 視界の端ではディノが門の外を凝視している。その時はクルマの確認をしているのだと思った。


 しかし、周囲を見回すような仕草に嫌な予感がした。


 そして、振り返ったディノの顔は困惑と焦りに満ちていた。


 彼は慌ててこちらに戻ってくると両手を広げて通せんぼをする。



「ディノ?」


「駄目だ! この先は使えない!」


「どうしたのです!?」


「やられた!」



 ディノはそれ以上は言わなかった。


 冷水を浴びせられた気がして、彼の腕を掻い潜るように飛び出して門にたどり着くと、ファビオの眼前にその光景が広がる。


 門の外には、いくつものクルマと大勢の人々がいた。


 グラス・ギースがそうであったように、門での検問待ちやこれから出立する人々が集まるため、都市となったユアネスでは普通の光景だ。


 だが、今いる彼らは単なる一般人ではない。


 ほぼ全員が武装した者たちであり、車両には『カーリスの旗』が掲げられていた。



(赤い十字架! カーリスの紋章!)



 所属によっては多少アレンジされるが、赤い十字架を使ったデザインは総じてカーリスを表す。


 しかも、そこにいるのはただの兵士ではない。


 ベルナルドが従えていた神官騎士と同じく、全員が重装備を身にまとった屈強な騎士たちだった。


 クルマも普通のものではなく戦闘を想定した装甲車両で、ほぼ戦車といっても差し支えないものである。


 見える範囲だけでも騎士の数は、優に二百を超えている。


 彼らは都市を取り囲むように配置されているため、完全包囲されているとすれば、この数倍はいることになる。


 当然、彼らは味方ではない。


 その証拠に合流するはずだったカイロナウテが拘束され、クルマも彼らに接収されている様子が見て取れた。


 状況を理解したファビオは、顔を強張らせたまま都市の中に戻る。



「ファビオ、どうしたんだ?」


「父さん…ごめん。最悪の状況です。僕はあの男を甘く見ていた」


「出られないのか!?」


「とりあえず移動しましょう。ここにいたら目立ちます」



 動揺を隠しながら、ファビオたちは再び雑踏の中に身を隠す。


 しかし、予想外の事態に冷や汗が止まらない。


 一行は路地裏に入り込むと状況を整理する。



「外はカーリスの兵によって囲まれています。カイロナウテさんも捕まったようです」


「どうして? お父さんが捕まる理由がわからないわ」



 ユーナが、やや不安そうな声を出す。


 自分の父親が捕まったのだから怖くて当然だ。それでもできるだけ感情を抑えて周りに不安が伝播しないように努めている。



「おそらくは…いや、間違いなくジーギス司教が手配したのでしょう。あれだけの兵を動かすのは普通の立場では不可能です」


「俺らを捕まえるためか?」



 少し落ち着いたディノが、不安そうにしている息子のアティノの肩を抱きながら訊く。



「それにしては数が多すぎませんか? 殺し屋も退けたのですから多少警戒はするでしょうが、司教自体もかなり強いと聞いています。一週間も時間があったのですから、いまさら応援を呼ぶ必要性を感じません」


「そうだな。その気になれば今いる連中だけでもやれたはずだ。何よりも数が異常だ。あれだけの戦力があれば、この都市くらいは制圧できそうだぜ……って、まさか! それが目的か!?」


「わかりません。そこまでやる理由がわからない。でも、それ以外に考えようがないのも事実です」


「くそっ! あの司教、正気か!?」



 ベルナルドが応援を呼ぶとすれば『都市の制圧』以外には考えられない。


 だが、大義名分もなく都市に攻撃を仕掛けることは難しい。それが世界的な宗教組織であればなおさらだ。


 また、こんな辺鄙な田舎都市にそこまでする必要性も感じない。



(彼は何を考えている? イノールがいなくなったから本格的に占領するつもりなのか? くそっ、わからない。どちらにしても先手を取られたことは間違いない)



 ベルナルドの目的を知らないファビオからすれば、どうしてここまでやるのか理解に苦しむのは仕方がない。


 残念ながら、それによって都市からの脱出は阻まれてしまう。



「ところで火刑はどうなったのかしら?」



 クラリスが後ろの大通りをチラチラ見る。


 時刻はすでに十一時前。本来ならば火刑は実行されているはずだ。


 しかし、さきほどから「まだやらないのか」とか「時間に杜撰だな」という声があちこちから聴こえているので、まだ行われていないようだ。


 何かトラブルが起きた可能性もあるが、のこのこと見に行くわけにはいかない。


 クラリスの相手はディノの妻であるルイザに任せ、ファビオはディノと作戦を練り直す。



「強行突破は…無理か」


「ええ、相手は本物の『軍隊』です。ディノと僕がいても難しいでしょう。カイロナウテさんを人質に取られたら、ますます動けなくなります」


「相手が動くまで待つか? 都市の制圧が目的なら近いうちに動きがあるはずだ」


「それも危険です。こちらには子供もいますし、争いに巻き込まれるのは避けるべきでしょう。今すぐにここを離れるべきです」


「となると、村長のおじさんは助けられない…か」


「………」


「いいのよファビオ、気にしないで。今はみんなの安全が一番よ」


「ユーナ…」


「あの日、お父さんが村長を譲った時、あなたにすべてを託したの。それは私も了承済みよ。もしここで何か言ったら、それこそ何もしないで文句だけを言う最低の人間になっちゃう。あなたはよくやっているわ」



 妻の配慮と気遣いに泣きそうになるが、今は彼女の言葉に甘えるしかない。


 言い方は酷いが一人の命よりも八人の命。子供も二人いるのだから優先すべきはこちらの安全である。



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