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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
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545話 「異端審問」


 ファビオが都市に戻ったのは、それから十日後。


 一週間ほどクロスライルの隠れ家で眠りに落ちており、残りの三日間でようやく動けるようになってからだった。


 しかし、戻ったことが伝えられると同時に拘束されてしまう。


 容疑は、イノール司祭長への脅迫と殺人未遂。


 いきなり館に押し入って警備員や司祭にも暴行を加えたうえ、イノールに対しては弁明できないほどの行動を起こしたので、これは仕方ない。


 ファビオも抵抗せず、おとなしく捕まることに同意する。


 しかし、それ以上に困ったことが起きていた。



(まさかジーギス司教が、カーリスの実権を得ているとは…)



 この十日間で、ベルナルドは第一神殿に働きかけてイノールを失脚させ、後釜として責任者に任命されていた。


 アモンズとしての責務があるので、あくまで次の責任者がやってくるまでの代理なのだが、何よりも『肩書』が厄介。


 彼は司教かつ枢機卿である。まずこの段階で一都市に収まる位ではない。


 さらに問題なのは『異端審問官』でもあることだ。


 この異端審問官というのは、カーリスの中でいわゆる『司法権』を持つ役職であり、内外問わずカーリスを脅かす存在や敵対行為に対して【裁判にかける権利】を有する。


 アモンズの構成員には基本的に異端審問官としての役職が与えられているので、ガジガやジャコブにもその権利がある。(他の神官騎士は審問官ではない)


 ただし、あの二人は『下級審問官』ゆえに彼らだけで裁判を行うことはできない。いわゆる新米の判事補のようなものだ。


 一方のベルナルドは、カーリス内で十二人しかいない『上級審問官』であり、単独で司法権を行使できるだけの強力な権限を持っている。


 今までそれを行使しなかったのは、この都市に来た目的が別にあったことと、イノールがすでに教会を管理していたからだ。


 いくら上級審問官とはいえ、よほどの事態でもなければ同じ組織の利権に口を出すことはできないし、する必要もない。


 がしかし、此度の事件をきっかけとして彼は大義名分を手に入れた。それによって『異端審問』が行われることが決定する。


 ファビオも牢屋に入れられ、裁判の日が来るのを待っていた。



「大丈夫よ、ファビオ。ちゃんと私からも説明したから」



 唯一の救いは、ファビオを励ますために毎日ユーナが面会に来てくれることだ。


 あの夜、彼女はエファニたちと一緒に都市に戻ると、門番の衛士経由でディノを呼んで事情を説明。


 改めて衛士隊も連れて現場に戻ったが、その頃にはもうファビオはいなかった。


 仕方なく都市に戻ったものの、今度はファビオを幇助して一緒に逃亡したと思われていたユーナも神官騎士に拘束されてしまう。


 が、ここで彼女を助けたのは意外にもベルナルドだった。


 ユーナから詳しい話を聞いて再調査を約束した彼は、即座にイノールを拘束して事情聴取を開始。


 だいぶ前から彼の悪事を調査していたこともあり、今回の誘拐事件に加え、森での一件やその他さまざまな余罪を追及して失脚に追い込んだ、というわけだ。


 その結果、イノールもファビオ同様に異端審問にかけられることが決まっている。


 当然ながら、これは非常に危険な状況だった。このままではイノールともども葬られる可能性すらある。



「ユーナ、万一にそなえて逃げる準備をしていてください。最悪の場合、家族全員を連れて都市から脱出します」


「え? どうしていきなり? 釈放される可能性のほうが高いのよ?」


「嫌な予感がするのです。とてもとても嫌な予感が。残念ながら僕は彼を信用していません」


「ジーギス司教は、そんなに悪い人には見えなかったけれど…」


「人の本質は簡単には変わらないものです。僕はもう希望的観測に身を委ねることはしません。何があっても家族を守ると決めたのです」


「ファビオ…少し変わった? なんだか雰囲気が違うわ」


「…かもしれませんね。殺されかけましたから」



 ファビオはすでに以前のファビオではない。遺伝子も細胞も変質してしまっているので、もはや中身は別人といえる。


 そのことが本能的にわかっても、いや、わかったがゆえにユーナは強く頷く。



「任せておいて。みんなにもちゃんと伝えておくわ。夫を支えるのが妻の役目ですもの。何も心配しないで」


「ありがとう、ユーナ。君と結婚できてよかった」


「それは私もよ」



 夫婦は牢屋の格子越しに手を合わせる。


 本物の愛が伴った結婚ができた者は、それだけで幸せだ。





  ∞†∞†∞





 あの事件から三週間後、ついに異端審問が開始。


 異端審問という名称ではあるが、内容はカーリスの教えに沿って罪を裁くこと全般を指す。


 本来は専用の法廷を使って行われるが、今は教会の椅子をどけて簡易的な裁判所を作っていた。


 その中央の被告席に座るのは、手足を拘束されたイノールである。


 すでに司祭服を脱がされて普通の簡素な服を着ている姿は、そこらにいる初老の男性と大差ない。


 その両隣には逃走を防ぐため、二名の神官騎士ががっしりと守っているので抵抗は不可能だ。


 まずは審問官であるベルナルドが、イノールへの罪状を読み上げる。



「イノール司祭長、あなたは現在、横領、贈賄、姦淫および、カーリスの信用を失墜させた特別背任罪に問われています。何か申し開きはありますか?」


「私は教会にとって必要な措置を取っただけです。罪とは思っておりません」


「これらを事実として認めるのですね?」


「賄賂はカーリスのために必要なことでした。ただし、横領と姦淫は否定します」


「俺はそいつに騙されて土地を奪われたんだ!」


「娘が酷い目に遭ったのよ! 重罪にして!」


「そんなやつ、悪党に決まってんだろ! さっさと有罪にしろ!」



 イノールが潔く罪を認めないことに大勢の傍聴人が野次を飛ばす。


 この教会の規模では五百人の収容が限界だが、それでも満員かつ、溢れた人が教会の扉を開けて立ち見しているほど盛況だった。


 野次を飛ばしているのはカーリスによって被害を受けた者たちで、積年の恨みを晴らすべくイノールの有罪を求めている。今までのイノールの所業を考えれば至極真っ当な意見ともいえる。


 一方、カーリスの信者もいるので擁護の声も上がる。


 弁護側の証人として出廷したシスターキャサリンも祈るように声を振り絞る。



「ジーギス司教、彼はカーリス教徒をよく守り、慣れない土地の中で敬虔に布教に努めました。どうかご慈悲をお与えください」


「その女は、うちの旦那をたぶらかした悪女だよ! 一緒に裁いておくれ!」


「なんだと! キャサリンさんになんてことを! 黙れクソババア!」


「なにするんだい! この色ボケ眼鏡が! アソコをちょん切ってやろうか!」


「ひぃ! ハサミはやめてください!」


「傍聴席の皆様はお静かに。刃物の類も没収です」



 激怒したキリポが中年女性に掴みかかるが、周囲にいた警備の神官騎士がドンっと床を剣の鞘で叩けば、さすがにおとなしくなる。


 久々にキリポを見たが、彼は相変わらずキャサリンに熱を上げているようだ。


 何も知らないとは残酷なことである。あるいは知っているのならば、なおさら地獄ではあるが。


 このように反カーリス市民はイノールを非難し、カーリス信者は擁護を続ける。


 裁判では傍聴席からの発言自体が許されないことだが、ベルナルドはそれを黙って聞いていた。


 これらは明確な証拠のない発言ではあるものの、火のないところに煙は立たないからだ。



「質問を変えましょう。あなたには違う嫌疑けんぎもかかっています。三週間ほど前、オルシーネ議員の妻と妹を誘拐監禁した疑惑です。あなたは裏稼業の人間に依頼して二人をさらった。間違いありませんか?」


「あずかり知らぬことです」


「捕縛された『星飼い』なる犯罪集団の生き残りは、あなたに依頼されたと自供しています」


「そんな輩は知りません」


「司祭長、この場は厳正かつ神聖な場。嘘偽りは重罪となります」


「承知しております。女神様と聖女様の御名において潔白だと主張します」



 これはある種、事実である。


 代理の者に任せているのでイノール自身は依頼をしていない。星飼いの名前も顔も知る必要はないし、そもそもイノールの名前で依頼をするわけがない。


 星飼い側も「カーリス=イノール」と勝手に結び付けているだけなので、嘘はついていないことになる。



「では、オルシーネ議員の殺人未遂の嫌疑については? 殺し屋を雇いましたか?」


「同じくあずかり知らぬことです。たしかに個人的には因縁ある憎々しい人物ではありますが、殺してまで排除しようとは思いません。事実、議会は我々が過半数を占めております。失脚させようと思えばできたのですから、そうする必要がありません」


「なるほど、納得できる弁明ではあります。あなたが依頼したという絶対的な物証がないのも確かです」



 エングリシュとモアジャーキンは、すでにいないので証言が取れない。もちろん契約書なども存在しない。


 彼らは星飼いとは異なり単独で仕事を請け負うタイプなので、仲間内からの暴露もなく、イノールが依頼した明確な証拠は出なかった。



「嘘に決まってんだろう!」


「そうだそうだ! ずっと対立してたんだからよ! 森でしくじって後先考えなくなっただけだ!」


「お静かに。簡易的ではありますが、ここで上級異端審問官としての権限をもって判決を下します」



 ベルナルドは傍聴席を一瞥しながらカーリスの聖典を開く。


 その国の裁判制度によってさまざまな違いはあるが、異端審問における判決は当日下されることが大半である。


 事前に調査を続けていたこともあり、当日の弁論は擦り合わせと反省の程度を確認するだけで、実際は裁判前に判決が決まっているからだ。


 そして、イノールに下された判決は―――



「アンリ・イノール、あなたは本日をもちまして司祭長の任を解かれます。今後二十年間、いかなる職務や奉仕であろうともカーリスに関わることを禁じます」



 ベルナルドが下した判決は、カーリスからの追放。


 もっと詳しく述べれば、カーリス教会への立ち入り禁止、聖女像の所有禁止、祭服の所持禁止、真言術の使用禁止、十字架の所有禁止、慈善活動を含むカーリスからの援助の禁止、司祭長として蓄えていた財産の没収等々、カーリスから完全にイノールが消されるものばかりだ。


 信者にとって、これは死にも等しい罰である。


 がしかし、カーリス教徒ではない者からすれば納得できないものだった。



「ちょっと! 罰が軽すぎるんじゃないのか!」


「そうだ! そんなのはどうだっていいことだろう!」


「どうでもいい? 敬虔な信者にとって、これ以上の罰はありませんが?」


「うっ…」



 ベルナルドから鋭い視線が向けられ、気圧された傍聴人が一斉に縮こまる。


 場が静まったところで、ベルナルドは一呼吸置いてから聖典を閉じると、厳粛な声で民衆に語りかけた。



「私は異端審問官であり、カーリスの戒律内においてのみ沙汰を下す存在です。現在の罪状では、これが適切かつ適当と考えます。まずはそれを理解していただきたい。彼には十分かつ必要な罰が与えられました」



 その言葉を聞いたイノールは、ほっと胸を撫で下ろした。


 こうなることを予期していたからだ。おそらくは戒律に詳しい司祭から詳細を聞いたのだろう。


 しかし、次の言葉でその表情が凍りつく。



「ですが、オルシーネ議員を殺害しようとした罪に関しては、これから改めて裁きを下します」


「なっ…お、お待ちください! 私はその件に関しては一切知りませんぞ! 司教も物証はないとおっしゃっていたはず!」


「イノール司祭長…いや、イノールさん。数々の状況証拠が、あなたが犯人であると伝えています。そうですね、司祭」



 ベルナルドがイノールの侍従をしていた司祭に視線を移す。


 彼は強張った顔で、こくりこくりと頷いていた。


 それでイノールはすべてを察した。



「貴様! 寝返ったな!」


「ひっ! も、申し訳ございません!」


「散々目をかけてやったのに! なんというやつだ!」



 あれだけ横柄に接していたのだから、そんなことを言われても司祭の心には響かないだろう。裏切られるのは当然であり、因果応報ともいえる。


 ベルナルドは物証はないと言ったが、関係者からの証言といった多数の状況証拠を集めていた。それが直接命令を受けた侍従の司祭のものともなれば、十分すぎる証拠である。



「イノールさん、もはや言い逃れはできません。あなたは司祭長である段階で、この罪に関して否定しました。されど、今はカーリス教徒ではありません。この意味がわかりますね?」


「違う! 俺じゃない! 俺は何も知らない!」


「アンリ・イノール、あなたに【火刑】の罰を申し伝えます」


「―――っ!!!」



 顔面蒼白のイノールに対して、傍聴席の人々は聴き慣れない言葉に首を傾げる。



「かけい…って何だ?」


「家計のことかしら?」


「家系かもしれんぞ」



 という的外れな発言が飛び出るのも致し方ない。普通に生活をしていれば絶対に聞かない言葉なのだ。


 ベルナルドは、理解が及ばない者たちに火刑について説明する。



「『異教徒』がこのような罪を犯した場合、審問官によってさまざまな沙汰が下されますが、私はいつも火刑を宣告します。言葉通り、死ぬまで火で焼く刑罰です」


「嫌だ! そんなことは認めん!」


「司祭長にもなった者が見苦しいですよ」


「ジーギス! この人殺しの狂信者め! この俺まで火刑にするつもりか! あれだけ殺してもまだ足りないのか!」


「私は異端審問官としての責務を果たしているだけです。火刑は一週間後、公開で行うこととします。判決は下りました。連れていきなさい」


「くそおおおおお! ふざけやがって!! この似非司教が! 教皇の犬め!」


「侮辱罪も追加されたいのですか? 苦痛が長引きますよ」


「ちくしょううううううううううう!」



 絶叫に近い抗議の声を上げて抵抗するも、神官騎士に掴まれているので逃げることはできない。


 イノールに下された判決は、火刑。


 その事実を完全に理解しきれていない人々は、まだぽかーんとしている。


 許されたと思ったら、なぜかいきなり死刑になったのだから当然の反応だろう。その落差に気持ちがついていかないのだ。


 実際のところ同じ嫌疑で二つの判決を下すのは、かなりの荒業である。ここが神殿での審問ならば不可能だったはずだ。


 反面、ベルナルドがそれだけ強引な手法を取っても、誰も止めることができないことを意味する。



「オルシーネ議員を連れてきなさい」


「はっ!」



 続いてファビオが連れてこられる。


 イノール同様に拘束されており、傍らには神官騎士がついていた。



「オルシーネ議員、あなたは司祭長であったイノールを殺そうとしました。この件についての弁明はありますか?」


「弁明はありません。事実です。ただし、殺すつもりはありませんでした。情報が訊けなくなりますから」


「他の者への脅迫と暴行はどうですか?」


「すべて認めます」


「わかりました。あなたへの判決を下します。よろしいですね?」


「…はい」



 司祭長への殺人未遂は厳罰。


 今しがたの判決を見ればわかるが、特に異教徒への刑罰は重くなる傾向にある。


 ファビオも十分に火刑になる可能性があった。



(場合によっては力を使って逃げよう。家族は僕が守らないと)



 自身の能力についてはまだ不確定な要素が大きいが、この場から逃げるだけならば不可能ではないだろう。


 ユーナやディノがここにいないのは、すぐにでも家族を連れて都市から逃げられるように準備をしているからだ。


 最悪の事態にそなえて覚悟だけは決める。



「では、判決を申し上げます。ファビオ・オルシーネは、議員を失職したのちに釈放とします」


「っ…罪に……問わないと?」


「罰として議員は失職となります。最低でも五年間は復職は認められません。これは議会も了承済みです」


「ですが、イノール司祭長たちに暴行を…」


「あなたの行動には十分な正当性があります。命も狙われていたのならば致し方のないことです。それに、この裁判は議会の承認も得ているとはいえ臨時のもの。カーリスだけの正義で物事は進められません。それだけイノール元司祭長の罪が重かったともいえます」


「………」


「何か異論はありますか?」


「…いいえ、寛大な処置に感謝いたします」


「よろしい。では、これにて閉廷」



 こうして異端審問は終わる。


 この結果における人々の反応はまちまちだ。


 イノールへの罰が重かったと考える者もいれば、ファビオへの罰が軽かったと考える者もおり、判決が妥当と考える者もいた。


 ファビオ自身、これが正しいのかわからなかった。



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