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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
544/617

544話 「禁忌の力、真なる能力の片鱗」


 一方、その頃。


 地下施設に残ったクロスライルは、全身を黒い包帯で覆った男と対峙していた。



「普通、地面を掘って横に穴をあけるか!? 上から来い、上から! 何のための入口だ!」


「知るかよ。真正面から来るとか思ってるほうが阿呆だろう」


「てめぇはいつだってそうだ! ルールを守らない!」


「お前だって暗殺者じゃねえか。ルールもクソもないだろうに」


「暗殺者にもルールがあるんだよ! まあいい、ここで会ったが百年目! クロスライル、ようやくこの時が来たな!」


「いやー、だからさ、なんなんお前? またオレのストーキングかよ。よく飽きないよな。そもそもお前の標的はファビオの兄さんだろうが」


「それこそ知るか! 俺はずっとてめぇを殺る時を狙ってたんだ。いつも逃げ回りやがって!」


「お前のために生きているわけじゃねえしな。つーか、逃げてねえよ、バーカ。やれるもんならやってみろ」


「へっ、たりめぇだ! ぶち殺してやる!」



 男の名は、エングリシュ。


 そこそこ名が知れた暗殺者で、今まで受けた指令は必ず遂行してきた暗殺のプロである。


 特に対武人戦を得意とし、組織にとって厄介な武人を始末してきたことからも需要は多く、ファテロナと同じくA級賞金首として指名手配されているほどの凄腕だ。


 その経歴を考えれば、ユアネスという若い都市にやってくる必要性はまったくない。この都市では暗殺の依頼はほとんどないからだ。


 なればこそ彼の目的は、クロスライルただ一人。



「殺す前に訊いておいてやるよ。なんでこの都市に入り浸ってやがる」


「お前に関係があるのか?」


「てめぇは本当に気に入らない野郎だ。それだけの腕を持ちながら仕事が終わるとさっさと消えちまった。あのまま残っていれば組織の上層部にもなれたものをよ」


「殺し屋で有名になっても価値はないだろう。おだてられて飼い犬になるよりはましだと思うぜ?」


「それは俺への侮辱か!」


「いやいや、お前は悪くない。誰だって安定した地盤は欲しい。ずっと雇われで殺しまくるだけの人生なんて荒んでいるからねぇ。ただ、生温いなぁと思うだけさ」


「あぁ゛!! やっぱり侮辱じゃねえか!」


「人の価値観なんてそれぞれだ。お前が何をしようがオレは何も言わねえよ」


「組織は嫌だが、カーリスの犬にはなるってか? そのほうが正気じゃねえな」


「カカッ! オレが犬だって? 逆逆。こっちが小便垂れ流しのお犬様の世話をしてやってるだけさ。今回もオレの都合で動いているにすぎねぇよ」


「だからオルシーネを助けるってか? へっ、随分とあのガキに入れ込んでいるじゃねえか」


「まあ、ガキって年齢じゃないが、オレたちからすればそうかもしれんね」



 クロスライルやエングリシュは見た目は若く見えるが、実年齢は五十をとっくに過ぎている。


 強い武人がゆえに生体磁気が活性化することで老化が遅くなっているのだ。


 事実、クロスライルは十年以上ユアネスに滞在しているが、来た時とまったく姿が変わっていない。



「あいつは何者だ?」


「出会ったのはたまたまだが、あの兄さんは大物だぜ。その将来性に期待してだな」


「どうせ今頃は、戻ってきたモアジャーキンに殺されているぜ。あいつは馬鹿だがプロだ。仕事はする。てめぇが派手に動いたからバレたのさ」


「あ、そうなん? だったらそれまでの命だってことだ。そこまで執着はしねえよ。だが、そうはならないと思うぜ? モアジャーキン程度とは器が違うからな」


「ちっ、やっぱり気に入らねえ野郎だ! もしガキが生き残ってやがったら、てめぇをやったあとに殺してやるぜ!」


「イキんなよ、噛ませ犬っぽく見えるぜ?」


「てめぇともこれで終わりだ! そろそろ死ねや!」



 エングリシュが疾走。


 素早い動きで接近すると持っていたナイフを一閃。


 鋭い一撃が襲いかかるが、クロスライルは難なく回避。


 だが、エングリシュはさらに加速。


 もう片方の手からもナイフを取り出して連続攻撃を見舞う。


 それはまるで黒い独楽こまが高速回転しているようであり、あまりに速すぎて常人には何が起きているかまったくわからないだろう。


 しかし、クロスライルはすべて回避。


 エングリシュが当たると思った一撃も急加速してよけてしまう。



(ちっ、またこれだ。間合いに入ったはずなのに捉えきれねぇ!)



 ならばとエングリシュは回転しながら剣衝を連打。


 ここは室内なので逃げ場が少ない。


 それを利用して、すべての空間を埋め尽くすように鋭い剣圧が襲いかかるが、クロスライルは壁を走りながら回避しつつ、明らかによけられそうもないものは修殺を放って迎撃。


 修殺はエングリシュの剣衝を破壊しながら突き進んでくる。



(剣気で作った剣衝を簡単に破壊するかよ)



 剣気は戦気の1.5倍の威力があることから、この段階でクロスライルは攻撃力も高いことがわかる。


 逆をいえばエングリシュはスピード型の武人であるため、一撃の攻撃力そのものはけっして高くない。だからこそ手数を重視しているのだ。


 修殺を回避したエングリシュは、まだ様子見をしているクロスライルを非難。



「さっさと得物を抜けや!」


「抜かせるほどのタマかよ。それこそ弾がもったいないだろう?」


「てめぇ!」



 クロスライルの武器は腰から下げている『二挺拳銃』だが、この都市に来てから一度も使っている姿を見たことがない。


 当人の言う通り、弾丸一発の価値すらない相手ばかりだからだ。



「だったら嫌でも抜かせてやるよ!」



 エングリシュの影が伸びて室内の床や壁、天井に至るまで黒く染め上げ、彼自身も影の中に消える。


 以前ファテロナが使用した暗殺術と同じく『影侭法延えいじんほうえん』からの『影隠かげかくれ』である。


 あまり暗殺者が出てこないので珍しく思えるが、影を操るタイプの暗殺者にとっては基本コンボともいえるものだ。


 ただし、さすがに分身を使いながらは難しく、そこはハイブリッドであるファテロナのほうに軍配が上がるだろう。


 しかし、エングリシュもまた凄腕の暗殺者だ。


 姿を隠したまま『陰影刃いんえいじん』を発動。影から飛び出る刃を使ってクロスライルを串刺しにしようとする。


 クロスライルは回避を続けるが、やはり室内という環境条件は暗殺者にとって有利に働く。


 陰影刃自体は回避したものの、今度は影から出現したエングリシュの猛攻に晒される。


 エングリシュは回転しながら何重もの刃で襲いつつ、バックステップで大きく飛び退こうとしたクロスライルの背後にも影の刃を放ち、逃げ道を潰す。



「もらった!」



 逃げ場がなくなったクロスライルの喉元にナイフが迫る。


 クロスライルは腕でガードするが、防御の戦気を貫いてライダースーツが破ける。


 さきほどの剣衝は刀身の力が乗っていなかったが、こちらは直接触れたことで防御を上回ったのだ。



「どうだ! 当てたぜ!」


「カカッ! 良いナイフじゃねえの。服を切るくらいはできるみたいだな。つーか、ルーキーじゃあるまいし当てたくらいで喜ぶなよ」


「ほざけよ! もう余裕はないぜ!」



 まずクロスライルに当てること自体が難しく、そのうえで防御の戦気まで貫く。


 この段階でこれまでの敵とはレベルが違うのがわかるだろう。エングリシュは十分に一流の武人を名乗る資格がある。



「やっぱ、ここは狭いな」



 クロスライルは拳で壁を破壊。


 隣の部屋に逃げ込んでいく。



「逃がすかよ!」



 エングリシュは逃げるクロスライルを追う。


 再び追い詰めるとクロスライルはまた壁を破壊し、その中に逃げ込む。



(馬鹿が! そっちは地面だぜ!)



 武人の戦いで五十メートル四方はかなり狭い。


 すぐさま外壁の鉄板に行き着いてしまい、その先には地面しかない。掘っている間に追いつくだろう。


 だが、エングリシュが破壊された壁に顔を出した瞬間。



「バーンッ!」


「っ―――!」



 エングリシュの頭部を銃弾が掠め、覆っていた黒い包帯が一部吹き飛ぶ。


 否、それは銃弾ではなかった。


 クロスライルが指鉄砲を作って放った『戦気弾』である。


 戦気弾のサイズは人差し指の第一関節と同じくらいであったが、その威力は規格外。


 エングリシュの後方にあった壁に衝突すると、込められた戦気の質量が大きいゆえに大爆発を起こす。


 その衝撃で施設全体が揺れ、天井から大量の塵が落ちてきた。



「やろう! 穴場に誘い込みやがったな!」


「ほいほい追ってくるからだぜ、バーカ! これに懲りたら逃げ帰るこったな!」


「ざけんな! てめぇを殺すまで追ってやるよ!」


「カカッ、人気者ってのはつらいねぇ」


「てめぇも爆発して死ねや!」



 エングリシュが、クロスライルがいる穴の中に大納魔射津を放り投げる。


 それが爆発する前に、クロスライルは上部を破壊して離脱。一気に地上まで抜け出す。


 エングリシュは今度はそのまま追わず、時間がかかることを承知でちゃんと建物の入口から地上に出てくる。


 が、クロスライルは特に何もすることなく彼を待っていた。



「おー、ようやく来たか。まあ、早いほうなんじゃねーの? 暗殺者は足が速いからねぇ」


「おちょくりやがって! 波動円で探知してやがったなら、出てくる時に狙えただろうが!」


「それやったらお前、死んじゃうじゃん」


「あぁ゛!?」


「どうせこのままじゃ勝ち目はないぜ。ほれ、さっさと『奥の手』を出せよ。それでオレを満足させたら、こっちも本気で相手してやる」


「調子に乗りやがって! その時には、てめぇはもう死んでるぜ!」



 エングリシュが再度『影侭法延えいじんほうえん』からの『影隠かげかくれ』を発動。


 夜の闇の中では影が特定しづらく、これだけで十分な効果を発揮する。


 しかし、奥の手というくらいだ。この程度ではないだろう。



(どう考えても、あの黒い包帯が臭ぇよな。可能性は三つくらいか)



 一つ目は、包帯を操作するパターン。


 こちらは赤鳳隊のラーバンサーが拘束具を操っていたこともあり、衣服兼武具を操作するのは珍しいことではない。包帯自体に何か特殊な能力があれば、それ自体が脅威となる。


 二つ目は、身体に何か仕込んでいるパターン。


 これは包帯に限らないが、体表に爆弾や術具といった小道具を潜ませることはメジャーな戦法だ。


 ただし、あえて包帯を使うのならば「身体には何もないですよ」とアピールすることになるので、体表に毒や油といった液体を塗っていることが多い。


 三つ目は、まったく関係がないパターン。


 これ見よがしに包帯を見せることで注意を逸らしつつ、別の角度からの攻撃を持っている可能性だ。


 とはいえ、その際にも包帯を見せ球にしてくるはずなので、まったく無意味ではない。


 クロスライルは高い戦闘経験値から行動を予測して身構える。


 本当ならばここで地盤を破壊する等、伸びた影自体を攻撃して行き場を無くすことも可能なのだが、戦闘を楽しんでいるので完全に受けの態勢だ。



(なめやがって! 死ねや!)



 エングリシュは『陰影刃』を使用。


 再びクロスライルの足元から影の刃が出てくる。


 ここまでは前と同じだが、刃と一緒に黒い包帯も同時に飛び出て足に絡みつこうとする。当人はまだ影の中なので包帯だけを操作した形だ。


 クロスライルは跳躍して包帯から逃げつつ、刃も回避。


 それでも包帯は次々と影から出てきて捕縛しようとしてくる。


 さらには包帯が岩に誤って巻きついた瞬間、仕込んであったジュエルが反応して爆発。


 薄くカットした特殊なジュエルだったため、爆竹のような乾いた小さな音ではあったが、岩に大きな亀裂が入っているので通常の地雷程度の威力はあるようだ。


 常人ならば足が欠損、武人でも肉を削ぐくらいはできるだろう。クロスライルにはたいして効かないと思われるが、一瞬の足止めにはなるかもしれない。



(影の中にいると視力は使えないみたいだな。だから間違えて岩に巻きついたのか)



 クロスライルは暗殺者ではないので影に入ったことはないが、その様子から『触覚』だけで判断していることがわかる。


 エングリシュの波動円の範囲は直径三十メートル程度。短いように見えるが彼の技の性質からすれば、それが包帯の射程範囲だとわかる(エングリシュが移動すれば影も移動するので十分な距離)


 ということでエングリシュの奥の手は、予測の一番目である包帯の操作と仕込み爆弾だった。


 と思った矢先、エングリシュが影から飛び出てきて回転連続攻撃。


 これも最初にやった時と同じ動作だが、ナイフと剣衝を避けても何かが服に当たった感触が残る。



(液体? 毒か)



 臭いからして劇薬の類。


 暗殺者は自らの血を毒素として生成できるが、これは少し違う。神経毒の一種ではあるのだろうが即死系ではない。


 見ればエングリシュの身体から毒が霧状に噴き出しており、それを回転することで周囲に拡散しているようだ。


 おそらくは気化して吸わせることで麻痺を目的としたものだろう。


 なぜ自身の血を使わないかといえば、ファテロナがフラフラになったように単純にスタミナ切れを起こすからだ。


 それよりは威力が落ちてもリスク無しで使えるもののほうが便利であるし、影や包帯の操作にBPを使っているので余裕がないともいえる。


 この攻撃は毒を体表に塗って隠していたことから、奥の手の二つ目の可能性に該当する。


 しかし、これらはすべて囮。


 足元と前方に注意を引きつけておいて、背後の影から出現した八体の『包帯人形』が一斉に強襲。


 包帯人形のサイズは人間の子供程度だが、それらは手に毒付きのナイフを持っており、クロスライルの背中に刃を突き立てようとしてくる。



「三つ全部かよ! 楽しませてくれるねぇ!」



 結局エングリシュの奥の手は、予想した三つの複合型。


 包帯の操作と毒霧、それと包帯人形を使った死角からの遠隔攻撃である。


 ただし、包帯人形を構成している包帯はエングリシュに繋がっているので純粋な遠隔操作ではなく、直接的に戦気を通して操作するタイプだ。


 クロスライルが戦刃で影に繋がっている包帯を切り裂けば、それで包帯人形も動かなくなるはずだ。


 このことからエングリシュは、戦気よる武具操作が得意なタイプの武人といえるだろう。


 だが、ただでさえスピード型で手数が多いエングリシュが、さらに手数を増やせばクロスライルといえども回避は難しい。


 包帯人形自体にも大納魔射津が仕込まれていて大爆発するので、それらを捨て駒にしている間に本体が急接近。


 サナが最近得意としている直角のフェイントも交えながら、一気に肉薄。


 クロスライルが振り払おうとしても間に合わない。


 エングリシュのナイフが、ガードしたクロスライルの左腕にずっぷりと突き刺さる。


 刃は腕の筋肉で止められたので身体には届かなかったが、これでも十分。



「暗殺者の毒を甘く見るなよ! 悶えて苦しんで死にやがれ!」



 すでにエングリシュは、自らの血を使って即死毒を刃に塗りつけていた。


 しかも、ここが勝機といわんばかりに大量の血液を使用。自身が生存できるギリギリの血液量だけを残して、他はすべて毒素に変換していた。


 ついでに刃が離れないように、包帯で自らの右腕とクロスライルの左腕をがんじがらめにする。



「カカッ! 悪くない執念だねぇ」


「てめぇを殺すためだ! これで俺の名はさらに上がる!」


「くだらねぇな。他人から与えられる価値に何の意味がある? 自分の人生の価値は自分で決めるもんさ。所詮はお前さんも社会に踊らされた哀れな子羊ってわけだ」


「うるせぇ! 荒野では勝ったもんが正義だぜ! てめぇは負けた! それが答えだ!」


「は? 誰が負けたって? 寝言は寝てから言いな!」


「っ!」



 クロスライルが右手で腰の銃を抜く。


 反射的にエングリシュは、銃口と射線を合わせないように身体を捻る。


 これ自体は正しい。


 それがただの銃だったならば。


 銃自体は前に説明した通り、六発式のリボルバーだったが、そこにいつの間にか【銃剣】が付いていた。


 銃剣の発祥はフランスのようだが、よく旧日本軍がライフルの先に付けていたことでイメージはしやすいだろう。


 それがリボルバーと合体した造りになっており、振り払えば剣にもなる仕組みだ。


 そう、クロスライルの本当の得物はただの二挺拳銃ではなく、この【ガンソード】と呼ばれる武器だった。


 銃が入っていたホルスターは特別製で、強く押し込むとライダースーツに隠してあった剣と合体して銃剣になるように細工されている。


 取り出した時には、すでに銃は剣。


 完全に想定外の攻撃にエングリシュは何もできない。


 銃剣がズバッと、エングリシュの右腕を肩から切断。


 それによって包帯から逃れたクロスライルは、左手でも銃剣を抜く。


 エングリシュは斬撃を警戒したが、ガンソードとは銃と剣の両方がそなわった武器である。


 剣撃は途中で止まり、ぴたりと銃口が向けられ―――発射



「っ―――!」



 エングリシュは咄嗟に左の掌を向けて防御。包帯も密集させて防御力を高める。


 これが普通の銃弾だったならば、戦気を展開した彼にも防げただろう。


 だがしかし、この銃弾はクロスライルの強靭な戦気で覆われたものだ。


 銃弾は包帯ごと掌を貫通して胸に直撃。


 凄まじい衝撃が走り抜け、弾丸が突き抜けたと同時に、エングリシュの上半身が木っ端微塵に爆散。


 どさっという下半身が大地に倒れた音がした数秒後、宙に舞った肉片もどちゃどちゃっと地面に飛び散る。


 どう見ても絶命。即死である。



「お前の敗因は、オレへの執着で引っ付きすぎたことだ。スピード型なんだから掻き回し続ければよかったのさ。それと、ちと操作で手一杯になっちまったなぁ」



 これだけの包帯を手動で操作するのだ。あれもこれも全部自分でやっていたら、思考に余裕がなくなってしかるべきである。


 それによってクロスライルの攻撃に対する予測がまるでできなかった。アンシュラオンが闘人を自律操作にするのは、こうした事態を防ぐためである。


 が、そもそも遠隔操作の資質がないのにこれだけ操作できる段階で、やはりエングリシュは凄腕であった。逆をいえば、資質がないところに力を集約しすぎたので強度が低くなったともいえる。


 一方のクロスライルは、まだまだ力を残していて分析する余裕すらあった。


 戦い方を見てもわかるように、彼が得意とするのは『戦気の放出維持』だ。


 放射した戦気を一定時間維持する能力であり、戦気弾や銃弾との相性は極めて良く、包帯操作ほどの手間もかからず中距離をカバーできることは大きな強みとなる。


 ただし、放出技は多くのエネルギーを必要とするので、無駄な消費を防ぐ高度な戦気術と、それを維持するための膨大な戦気量が必要になる。


 それらを併せ持つクロスライルは、素の力でエングリシュを遥かに凌駕していた。この結果は当然である。



「四十点と言いたいが敢闘賞で五十点をくれてやるよ。オレが相手じゃなければ長生きできたのにな。だが、他人の評価に頼った段階で、お前は自分自身に負けていたのさ」



 誰にも頼らない。ただ独りだけで生き抜く。


 その覚悟を決めた『無頼者』は、他者からの評価など気にしない。むしろ恥だと考える。


 この勝負に関しては、それが決定的な差になったのかもしれない。



「毒も抜いておくか。燃やすのが一番だな」



 クロスライルは、ナイフが刺さった瞬間に刀身を戦気で覆って隔離していた。


 筋肉や血管も戦気でガードしていたので毒自体はさほど回っていないが、毒霧も多少吸い込んでいるので対処したほうがいいだろう。


 クロスライルは、戦気を激しく燃焼させることで体内の毒素を完全に抹消。


 自分の身体そのものを神経ごと一度焼くことを意味するため、この解毒方法はかなりの痛みを伴う。



「あいたた、けっこう痛えな。カカッ、だがそれがいいってね。さて、兄さんは生きてるかな? こんなところで死なないでくれよ。お楽しみはこれからなんだからさ」



 クロスライルは、何事もなかったように煙草を吹かしながら歩いていく。


 これだけの戦いを終えても、彼にとっては軽い運動でしかないのが怖ろしい。





  ∞†∞†∞





(ここで死ぬ…のか。僕は…)



 モアジャーキンに首を絞められているファビオは、自身の死を強く意識していた。


 産まれてから今までの出来事が走馬灯のように蘇る。


 平凡な毎日、家族との他愛もない会話、友や妻との出会いから、前世の経験を生かして街を発展させたこと。


 そのどれもが楽しく充実した日々だった。


 それがこんなところで終わる。誰かに消される。



(それじゃ、それじゃ…! 前と一緒じゃないか!!)



 前世では何もできずに死んだ。


 革命もどきは起こせたが、所詮は大きな流れの一つの出来事にすぎない。見方を変えれば犬死にだ。


 それが悔しくてまた地上に行きたいと願い、わざわざ違う世界にまでやってきたのに、ここでもまた殺される。


 そんなことは絶対に嫌だ!!


 ファビオは両手で相手の腕を掴みながら、足で蹴って必死に逃げ出そうとする。


 だが、それはある種、哀れみにも似た行為だ。



「お前のようなやつが世界を乱す! だからお前を殺す! 変える! この世界を変えるのだ!!」


「独りで…やってろ……こふっ!」


「頭だけでは何もできない。さあ、もう死ね!」


「ごががっ―――っ!!」



 モアジャーキンの手に力が入る。


 完全に喉が潰れて声も出なくなり、足も満足に動かないので抵抗することもできない。


 酸素の供給が途絶えたことでファビオの思考力も低下。


 回る世界が徐々に白くなっていき、ついには暗転して黒に変わる。



(もう駄目…だ。変える……変える。僕だって…変えたい。この世界を変えられるものなら……変えたい)



 変える。変える。変える。


 その言葉だけが頭の中を何度も行き交う。


 誰かが言っていた。


 世界は自分が思った通りになる、と。


 これは地球においては半分正解で半分間違いだ。


 自分の意思で強く立ち向かうことはできるが、その結果はさまざまな環境条件によって大きく異なってくる。


 たとえばお金が欲しいと願っても、それが必ずしも叶えられるわけではない。オリンピックで金メダルが欲しいと思っても肉体が伴わねば不可能である。


 しかしだ。


 この世界において、特にファビオに関しては事情が異なる。




―――〈変われ! 変わってしまえ!!〉




 ファビオが強く願った。


 それは無意識による『解析』。


 いつも道具を作る際、『材料』に対して行っている行為。


 だが、それはあくまで物質に対してのこと。『物』に対する行為。


 では、それを『人間』に対して行うとどうなるのか。


 ファビオの手が凄まじい光を発し、大きな紋様が描かれた『多重術式陣』が構築される。


 そこに大量の数式が走り抜け、モアジャーキンのデータをすべて解析。


 直後、ファビオが握っていた彼の右腕が、どろりと溶け始めた。



「むっ…!! なんだ!!」



 モアジャーキンは、まるで蜂に刺された人間のように慌ててファビオを投げ捨てる。


 しかし右腕は、ぐにゃぐにゃになったままで戻らない。


 感覚はある。自分の腕という認識も意識もある。


 されど、それはもう『人間のものではなかった』。



「な、何をした! 俺の右腕に何をしたのだ!」


「…はは、ははははは!! こんな、こんな簡単な…!」


「戻せ! 早く戻せ!!」


「何を…そんなに慌てているんですか?」



 ファビオが、ゆっくりと身体を起こす。


 その表情は笑っており、相手を見下すようなものだった。


 その前にファビオは喉を潰されている。すぐにしゃべられる状態ではなかったはずだが、いつの間にかそれも治っているようだ。


 さきほどとはまったく雰囲気が異なる男に、モアジャーキンが一歩後ずさる。



「どうしたのですか? 変わりたいのでしょう? いいですよ、僕が変えてあげますから」


「なんだ…お前は! 何をした!」


「ほら、早く近寄ってきてくださいよ。さあ、早く」



 今度は逆に、ファビオがモアジャーキンに近寄っていく。


 依然として周囲には異様な紋様の陣が光り輝き、次第にその数も増していく。


 普通は術者でないと視えないものなのだが、あまりの演算処理速度と『それによってもたらされる結果』が異質なため、モアジャーキンにもはっきりと見えていた。


 それがますます恐怖を助長させる。



「やめろ! 来るな! 近寄るな!」


「あなたが来ないのならば、僕から行きます」



 ファビオが足に力を入れると、一瞬でモアジャーキンの懐に入り込む。


 そして、思いきり腹をぶん殴った!


 相手は屈強な武人であり、一般人より少し強い程度の男が殴ったくらいでは何も起きない。


 が―――ブチブチブチィイイ!


 拳が大男の腹筋を破壊。


 筋繊維が激しく断裂する音が響く。



「ぐふっ…馬鹿……な! この! このこの!!」



 モアジャーキンは左拳でファビオを何度も殴りつける。


 だが、頭が左右に軽く揺れるだけで、たいしたダメージにはならない。



「なぜだ! おかしい! こんな結果は不正だ!! 不正に決まっている!」


「そうですね。おかしいです。でも、僕は変われることに気づいたのです。こんなに簡単なことなのに、どうして今まで気づかなかったのでしょう。クロスライルさんの言う通り、無意識のうちに避けていたのかもしれない」



 なぜかその発想がなかった。


 自身のクラフト能力を『生物に使ってみたらどうなるのか』を。


 おそらくは新たな個性であるファビオが比較的善良な人間であり、この世界で求めたのが平和な日々だったせいだろう。


 前世での苛烈な人生を癒すことが、彼にとっては何よりのご褒美だったのだ。しかし、それを壊す者が現れたのならば、自分を変えてでもあらがわねばならない。


 ファビオは、自身の身体に左手を押し付けて『自分を解析』。



「なんて弱い身体…だ。本当はそれでよかった。父さんと母さんを手伝って、ユーナを優しく抱いて、エファニの頭を撫でることができれば、それで十分だった。だってこれは母さんからもらった大切な身体なんだから。女神様からもらった愛だったのだから」



 ファビオは泣いていた。


 両親の遺伝子が、それぞれ半分ずつを与えあって受精卵が生まれる。


 地上の人間は快楽のために性交渉をすることが多いが、実際は霊的な側面からも素晴らしい行為なのである。


 この世でもっとも偉大なる行為は【自己犠牲】。


 自らの遺伝子をわが子のために分け与えることこそ、無償の愛。何も求めぬ子どもへの最高の愛情なのである。


 それが失われてしまうことが、あまりに心苦しい。


 これは生物学的にクラリスとマテオの子供ではなくなることを意味した。エファニとも血縁関係ではなくなってしまう。



「でも、僕は!! 守るために力を使う!! 女神よ、邪悪にあらがう力を与えてくれ!」



 ファビオの手が輝きをまとい、幾重にも連なった多重術式陣が激しく回転を始める。


 それに伴って肉体が再構築を開始。


 より強く、より速く、より硬くなるように【細胞を変質】させていく。


 活性化された細胞は大量の生体磁気を生み出し、覚悟を決めた強い意思は、周囲に瀰漫びまんする神の粒子を急速に集めていく。


 それが臨界点を超えた時―――



「おおおおおおおおおお!」



 閃光にも似た『白光』が肉体から迸る。


 それは戦気でもなく魔素でもなく、それらが変化した属性要素でもない。


 そもそもこれが何かを言い当てられる存在など、この星にはいない。


 なぜならば、今まで【この星に存在しなかった粒子】を、この瞬間に初めて『創造』したのである。


 その違和感を直感的に感じ取ったのは、ほかならぬモアジャーキンその人だった。



「この男は…危険だ! 存在してはいけない…悪魔なのだ!」



 『依頼者』が、なぜ彼を殺せと言ったのかはわからない。そんなことを考える必要はなかった。


 だが、今は心からファビオが危険だとわかる。


 この星の古い生命体の一つである人類として、目の前に出現した『新たな人類』に恐怖を感じているのだ。


 それは生存本能そのもの。


 自らが生き残るために、相手を殺さねばけっして安心することはできない生物の性である。



「うわあああああ!」



 モアジャーキンは全力で拳を打ち込む!


 虎破を放ったり、蹴り技を使ったり、持てる力で破壊しようと試みる。


 だが、それらすべては無意味。


 ファビオの白光に晒されると破壊力はすべて光に転換され、夜の闇に吸われて消え去ってしまう。



「嘘だ!! こんなことは認められないぃいいい!」


「あなたには感謝しています。女神様が僕にくださった『本当の能力』に気づかせてくれました。だから、あなたも変えてあげますよ」


「やめろ! やめてくれ! 俺は変わりたくない! いいんだ、このままで! このままで―――」




―――「『ヒト』のままで!! いさせてくれ!」




 ファビオがモアジャーキンに触れた。


 すると白光が彼の中にも吸い込まれていき、変質を開始。


 さきほどの右腕と同じく、全身の骨がなくなったかのように、ぐにゃりと潰れて地面に倒れ込む。


 この段階では、まだ頭部や四肢、上半身と下半身が存在する。


 だが、上も下も存在しない世界を望む彼に、そんな境目は必要ない。


 争うための手も無くなり、分かつための足も無くなり、見る必要がなくなったので目も無くなる。


 言葉も不要になったので喉も無くなり、聞く必要がなかったので耳も無くなり、食べる必要もないので口や歯も無くなる。


 結果、すべてが一つに溶け合って粘度だけを持った『何か』に変容。


 それはファンタジーでよく見る『スライム』に似ているが、このような種はこの星には存在していない。


 それも当然。


 今新たにファビオの力によって【創造】されたのだから。



「はぁはぁ…はぁ! ごほごほっ!!」



 ファビオが激しく吐血。


 全身が痛くて背筋も寒い。頭に至っては思考がぐちゃぐちゃで、考えるのも億劫だ。


 立つこともできずに地面に膝をつく。その傍らでは、かつてモアジャーキンであったものが、ぶよぶよと蠢いていた。


 そこにエングリシュを倒したクロスライルがやってくる。



「兄さん、無事だったんだな。良かったよ」


「…クロスライル……さん…」


「大丈夫かい? モアジャーキンのやつはどうした? この様子だと戦っていたようだが」



 周囲には破壊の痕跡がありありと残っている。


 しかし、残っているのは謎の生命体だけだ。


 ファビオは言葉よりも先に、その物体を指さす。



「うぉっ! なんだこれ! きもちわりー! 生きてんのか? クラゲかよ」


「それが…彼ですよ。僕がその形にしました」


「うぇ!? マジで? 本気で言ってるのか!?」


「ええ……ううっ、頭が……げぼっ…」


「おいおい、瀕死じゃねーか。こりゃ一度休んだほうがよさそうだな。とりあえず街に戻るのは危険だからよ、オレの隠れ家で休んでから戻りな。ちゃんと嫁さんには話を通しておくからさ」


「…ありがとう……ござい…ます」



 それで安堵したのかファビオは意識を失う。


 急激な肉体の変化に耐えきれなかったのだろう。それも仕方ない。


 しかし、そんなファビオを見てクロスライルは笑う。



「カカカカッ! ファビオの兄さんよ、あんたは本当にヤバい能力をもらったみたいだな。まさかここまでの力があるとは思わなかったぜ! オレとはまるで方向性が違うが、すげー能力だ!」



 クロスライルはファビオを肩に担ぎながら、ぶよぶよの生命体になってしまったモアジャーキンを見つめる。


 エングリシュは戦いで負けて死んでしまったが、こんな形になってまで『死んでいない』モアジャーキンと、どちらがよかったのかはわからない。



「それはそれで幸せなんだと思うぜ。何も考える必要もなく、人間みたいに醜く争うこともなく、あんたが嫌っていた上下もない。でもまあ、それが面白いかどうかはわからんね。少なくともオレは遠慮しておくがよ」



 かつて人間だったものと別れを告げ、クロスライルは闇に消えていった。



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