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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
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543話 「クロスライルとの共闘」


 ファビオとクロスライルは、隠れながら正門に向かう。


 門番の衛士たちにはディノから話が通っているため、門で止められることもなかった。完全に見て見ぬふりで素通りだ。


 都市の外に出て、少し落ち着いたのでクロスライルに話を訊く。



「クロスライルさんの目的は何ですか?」


「目的?」


「もっと早くイノール司祭長を助けに来られましたよね? おそらく僕が館に入った時から見ていたはずです。いえ、ディノと一緒にいる時から監視していましたよね?」


「まあ、そうね。監視っつーか、オレって一応はイノールの護衛だからさ。何かトラブってると思えば確認はするわな」


「でも、ああなるまで黙って見ていた。理由は何です?」


「そのほうが兄さんの気が済むと思ったんでねぇ。オレとしてはイノールは死ななきゃオーケーだしな。どうだい、少しはすっとしたかい?」


「………」



 今回のことがトリガーになっただけで、イノールにはずっと昔から鬱憤が溜まっていた。クロスライルの言う通り、半殺しにはできたので気分はいい。


 しかし、それならそれで、ますます目の前の男の真意がわからなくなる。



「あなたはずっとそうだ。自分からは関わらないけど、いつも問題の近くにいる」


「胡散臭いって言いたいわけね。そりゃそうだよな。オレだってそう思うぜ。だが、それだけ兄さんに期待しているともいえる」


「僕に? なぜです?」


「兄さんが本気を出したらどうなっちまうのかな、と思ってね」


「いつだって本気は出しています」


「そうかい? オレにはまだまだ本気じゃないように見えるぜ。あんたはいつも手加減をしている。力を無意識のうちにセーブしているのさ」


「それが普通では? 普段から全力を出すほうがおかしいです」


「かもな。だが、武人の考えは違う。どこまで届くのか試したくはならないかい?」


「武人ではないのでわかりかねますが、言いたいことは理解できます。しかしまさか、それを確認するためだけにイノールを裏切ったのですか?」


「オレは案外、律儀でね。裏切ってはいないさ。かといって、べつにクソ坊主に肩入れしているわけでもない。そういうところが兄さんは気になるんだろうが、今言ったことは事実だぜ。あんたの本気が見たいだけだ」


「仮にあなたの言う通りだとして、僕の限界を知ったらどうするのです?」


「さて、それはその時に考えるさ。…と、こんな話をしている場合じゃないわな。ちょっとここで待ってな。最新の情報を集めてくるわ」



 クロスライルは闇に消える。


 都市とは違う方向に走っていったのが気になるが、今は任せるしかないだろう。


 待つこと三十分。


 行きは徒歩だったはずのクロスライルが、なぜかクルマに乗って戻ってきた。



「よぅ、お待たせ!」


「そのクルマは?」


「女子供が一緒だろう? 戻りが楽だろうってことで奪ってきた。それと、こいつもプレゼントだ」



 クロスライルは、血塗れの地図をファビオに手渡す。



「地図に監禁先を書かせた。血塗れなのはまあ、ご愛嬌ってことで見逃してくれや」


「この短時間でここまで…。都市外に溜まり場があるのです?」


「都市を作った兄さんからしちゃ複雑だろうが、裏の人間の集まりがあるのさ。ちなみに兄さんの相棒は、入口あたりで殴り合いになっていたぜ。止めなくてよかったよな?」


「ディノ、僕らのためにそこまで…」


「あの兄さんは目立つ。潜入には向かないから、あのまま放っておいたほうがいいかもな。せっかくだから上手く陽動として使おうぜ」



(クロスライルさん、やはりこの人は別格だ。尋常じゃない)



 クロスライルは裏稼業の連中が集まる秘密の場所に赴き、主に誘拐を生業とするグループと接触。


 事前に目星をつけていたこともあって交渉はスムーズに終わり、ユーナたちの居場所に関する情報を手に入れた。


 交渉とはもちろん、『そういう意味』だ。


 そのせいで無関係の者も含めて十数人が死亡したが、どうせ裏稼業の人間の命など安いものである。今頃は死体も淡々と処理されていることだろう。



「兄さんの嫁さんを拉致ったのは『星飼い』って連中だ。イノールはいくつかの組織に打診していて、今回はたまたま連中が採用されたらしい。そいつら自体は普通の誘拐グループで雑魚だが、一緒にいるやつらが戦闘のプロだな」


「何者です?」


「エングリシュとモアジャーキン、名のある暗殺者と戦罪者だ。どっちもやりすぎて表にはいられなくなった殺人鬼だよ」


「そんなやつらがユーナとエファニを! いったいどんな扱いを受けているか! すぐに助けないと!」


「落ち着けよ。星飼いも一応はプロだ。依頼でやってんだから商品を無意味に傷つける理由はねえ。それにだ、女子供をさらうのに手練れをつける必要もない。ってことは、最初から『本命』が違うのさ」


「狙いはユーナたちではないと?」


「カーリスにとって一番邪魔な人間、それは『あんた』だ。ユーナイロハは巫女ってことで有名だが、女子供はオマケだろうな。まとめ役の兄さんがいなければ、反カーリスなんて即座に瓦解するもんさ」


「…だったら…最初から僕を狙えばいいじゃないですか」


「別勢力の枢機卿様がいる。森での失敗もあって大きくは動けなかったんだろうぜ。相変わらずセコい真似ばかりするよな。で、どうする?」


「愚問です。助けに行きます」


「独りでか?」


「時間が惜しい。僕が独りで行けば相手も油断するはずです」


「兄さんが死ねば嫁さんたちも終わりだぜ」


「僕は死なない。殺してでも助けます」


「カカッ! いい顔になってきたじゃねえか! いいぜ、オレも手伝ってやるさ。って、疑うなよ? ただの善意からの申し出だ」


「今はなんでもかまいません。使えるものは使います。ぜひ手伝ってください。お金も必要ならばいくらでも用意します」


「金はいらないぜ。楽しめればそれでいい。じゃあ、行こうか」



 クロスライルの行動を不審に思いつつも、今のファビオに選択肢はなかった。


 さっそく二人で移動を開始。


 情報ではユーナたちが監禁されているのは、都市から少し離れた荒野である。地図では何もないように見えるし、昔そのあたりに行った時にも何もなかったはずだ。


 しかし、『ソレ』があったのは地上ではない。



「おっと、これ以上進むと見つかるな。そろそろ潜ろうか」



 ちょうど窪みになって周囲から見えない場所でクルマを止める。


 外に出たクロスライルは、持ってきたシャベルでおもむろに地面を掘り始めた。



「ふんふーん、それがおいらのぉ~、生きざまぁ~♪ 酒飲み船乗り~、港に着きゃ~♪ そこがおいらのぉ~、死に場所さぁ~♪」



(演歌? この世界にも演歌があるのだろうか?)



 クロスライルは演歌らしき歌を口ずさみながら、陽気に地面を掘り進めていく。いくら他人事とはいえ、こんな状況下でよく楽しそうに歌えるものだと感心する。


 しかし、歌に合わせてシャベルも陽気に進み、固い地盤を簡単に抉り取って、あっという間に二十メートル以上の穴が生まれた。


 シャベルに戦気を伝達することで強度と威力を劇的に増しているのだ。あまりの早さに手伝う暇すらない。



「昼間だったら目立つが、夜なら偽装は必要ないか。で、方向はこっちだな」



 穴の底から北西に向かってシャベルで土壁を掘っていく。


 今度も戦気を展開しているので簡単に抉りつつ、戦気の燃焼も利用して照明代わりにする器用っぷりである。


 しかも地表に光が漏れない程度に制御しているので、戦気を完璧に操っていることがわかる。



「どうして正確な方向が? 地図には細かな場所は書いていませんよね?」


「兄さんは武人の訓練は受けたかい?」


「いえ、独学です。僕の師も術者ですので」


「だろうねぇ。『波動円はどうまどか』って探知系の技があるんだが、オレの場合は五百メートルくらい伸ばせんのよ。それで様子を探ると、こっちの方向に地面とは違う反応があるって話さ」


「五百? それって凄いことでは?」


「まあね。オレって凄いからさ」



 アンシュラオンは平然とやっているが、実際のところ波動円を地下にまで浸透させるのは高等技術だ。


 最低でも戦気を土の粒子より小さくする必要があるし、土中にもさまざまなものが埋まっているので、それらを正確に探知して認識する必要がある。


 場合によってはコンクリートの壁や鉄板すら掻い潜らねばならず、ただ広げるのではなく、より精密な操作が求められるからだ。


 術にも『導星どうせい』という探知の術があるものの、こちらは土中までは対応していない。仮にファビオがこれを学んでいたとしても探知はできなかっただろう。



「狭いところ悪いが、タバコを吸わせてもらうぜ。ぷはー、これだけはやめられんね」



 クロスライルは本日何本目かのタバコに火を付け、上に向かって大きく煙を吐き出す。


 こんな土木作業をしていても相変わらず荒野が似合う男である。



「クロスライルさんは、今までどうやって生きてきたのです?」


「産まれてからずっと戦いさ。ガキの頃にはもう両親は死んでたからな。そっからは他人の食いもんを奪って、物資を奪って、命も奪う生活だ。さっきは武人の訓練なんて言ったが、結局は自分独りで強くなるしかない。オレも全部我流さ」


「それは…厳しいですね」


「だが、荒野は強い者に寛大だ。強くあれば道理を通せる。何物にも頼らない力、『無頼』こそがオレの本領なのさ。たぶんオレと兄さんは全然違うベクトルでここまで来たはずだ」


「ええ、僕はそこまで苦労はしていません。家族もいたし友達もいた。食べ物にも困っていない」


「しかし実のところ、そんなことはどうだっていいのさ。世の中は楽をしている人間を悪く言いたがるが、そんなものは強さとはまったく関係がない話だ。恵まれた環境にいたこと自体が、逆に兄さんの強さを証明している」


「僕はそこまで強くありませんが…」


「あんたは何もないところから、これだけの都市を生み出した。それはイノールのおかげじゃねえ。やっぱり兄さんのおかげなのさ。これが他の人間だったら周りの連中はついてこなかっただろう。それも含めての力だ」


「…それはそうかもしれません。武力だけが力ではないことは事実です」


「だからこそ兄さんは、あえて武を制限してきた。もしオレが兄さんだったらイノールなんて速攻でぶち殺しているからな。我慢ができるのも意思が強い証拠だ。この世界じゃ意思が力になる。だが、今は武が必要な時だ。それを忘れないこったな。よし、見えてきたぜ」



 クロスライルのシャベルが、こつんと土とは違う何かにぶち当たる。


 それは鉄板を重ねたようなもので、明らかに人工物だった。


 都市からそう離れていない地面の中に建物があることに、ファビオは少なからずショックを受ける。



「まさか本当にあるとは…」


「モグラは暗い場所が好きだからな。都市の養分を吸うために近場に巣を作るもんさ。ええと、見取り図はこうか」



 クロスライルが、波動円で調べた内部の構造を紙に大雑把に描く。


 形こそラフだが図は極めて正確で、ユーナが捕らえられている位置まで的確に導き出していた。


 地中にある建造物の大きさは、およそ五十メートル四方の三層建て。


 今二人がいる場所はその真ん中の二層目で、中にはいくつかの人間の反応がある。反応の強さからして男かつ、最低限の武力を持つ者たちだった。



「下の層に弱い波動のやつらが固まっているな。たぶん誘拐された女たちだろう。連中、調子に乗って標的以外の女もさらったかもしれねえな。その中に一つだけ強い波動があるから、それが兄さんの嫁さんだろうぜ。隣に寄り添っているのが妹だな。身体的特徴にぴったりだ」


「本当に便利ですね。助かります」


「カカッ、オレがすごいってのは内緒だぜ? で、オレがこの壁を壊すから、兄さんは脇目も振らずに下に直行して二人を助けな。下には見張りがいないから大丈夫だろう。助けたらクルマを使って一気にここから逃げるんだぜ。クルマも乗り捨てていいからよ。その間の足止めも任せな」


「いいんですか? クロスライルさんが危険では?」


「はっ、冗談だろう? オレに言う台詞かい?」


「たしかに。では、お願いします」


「準備はいいかい? いくぜ!」



 すごいすごいと散々言っていたが、ここからがクロスライルの本当に凄いところだ。


 壁に向かって掌を上から下に振り下ろすと、音も立てずに厚さ一メートルはあろうかという鉄板が消失。


 壁の先には通路が続いており、迷いもなく中に入り込む。


 ファビオも急いで中に入るが、すでにクロスライルは二十メートル先にいて、ドアを蹴破って隣接した室内に入っていた。


 そこには見張り番であろう傭兵風の男が三人。


 武器は近くに置いてあったが、ドアが蹴破られたことに気を取られて、まったく迎撃準備ができていない。


 一方のクロスライルは波動円で位置が特定できていたため、即座に行動に移る。


 近くにいた男の頭を蹴り飛ばすと、頭部がいともたやすく粉々に砕け散る。


 それと同時に、さきほど拾っていた石を奥にいた一人に投げつける。


 男がそれに気づいたのは、石が胸に当たった瞬間だった。


 直後、男の胸が大きく陥没し、そのまま弾け飛んで空洞が生まれた。


 戦気で覆った石は、それ自体が砲弾と同じ。男を貫通して背後の壁まで破壊してしまう。



「だっ―――」」



 最後の一人は「誰だ!」と言おうとしたのだろうが、最初の一文字を呼吸とともに吐き出すまでが精一杯。


 すでに接近していたクロスライルが、手刀で男の首を胴体から切り離していた。


 男の視界が宙に舞い、テーブルに落ちた瞬間にブツン。意識が途絶えて絶命する。



「弱いねぇ、モグラさん。もっとがんばらないと拍子抜けだ」


「クロスライルさん!」


「ほいよ、たぶんこれが牢屋の鍵だぜ。違ったら自力で壊しな」



 クロスライルが室内にあった鍵束を放り投げる。


 それをファビオは走ったままキャッチ。



(なんて人だ。この人だけ違う速度で暮らしているのかもしれない)



 同じ場所から移動したのに、クロスライルは三人も殺して鍵まで奪っているではないか。


 恐るべき速さと強さだ。改めて彼の怖さを思い知る。



「じゃあ、オレは残りを片付けてくる。さっさと家族を助けて逃げなよ」


「すみません!」


「こういうときは、ありがとうでいいのさ」



 クロスライルは手をひらひらと振りながら、今度は上の階に向かう。


 その姿に感謝しながらファビオは階段を下りていく。


 一番下の層は牢屋だけしかないらしく、通路の両側に複数の檻があるだけの簡素な造りだった。



「ユーナ! エファニ! いますか! 助けに来ました!」


「ファビオ!? ここよ!」


「お兄ちゃん!」



 クロスライルの地図通り、二人は檻の中にいた。


 人物の配置まで完璧だったので、すぐに鍵を開けて二人を牢屋から出す。



「二人とも大丈夫ですか!? 怪我は!?」


「私たちは無事よ! でも、あっちにも捕まっている人がいるわ!」


「わかりました! 助けましょう!」



 捕まっていたのは、二人を含めて五人。


 どれも若い女性だったが、幸いながらまだ衰弱しているほどではない。



「ユーナは三人をお願いします! エファニはお兄ちゃんと離れずに!」



 混乱している女性たちはユーナに任せることで落ち着かせ、ファビオはエファニの手をしっかり握って小走りに移動を開始。


 女性を連れていることで遅くなったが、敵はクロスライルが排除していたので難なく入ってきた場所に到着。


 ちゃんとした階段を作っていたわけではないので、女性たちは登るのに多少手間取ったが、なんとか地上にまで出てくることができた。


 しかし、クルマの近くにまで戻った時のことだった。



「っ…!」



 ファビオが異様な気配を感じて立ち止まる。


 視線の向こう、十メートルほど先に、夜の闇に紛れて屈強な男が立っていた。


 どうやら独りのようだが、放たれる圧力が強すぎるせいで、むしろ隙の無さが際立っている。


 男はファビオとユーナたちを一瞥してから、つまらなそうに口を開く。



「なんだ、クロスライルではなかったか。女を連れているところをみると、お前がオルシーネか?」


「…あなたは?」


「モアジャーキンだ。クロスライルから聞いているのではないか? お前を殺せと依頼された男だよ」



 モアジャーキンが小さなジュエルを地面に投げると、大きく光って灯りとなる。


 灯りによってくっきり映し出されたモアジャーキンの身体は、常人よりもかなり筋肉が発達しており、実際に1.5倍ほどの大きさがあった。


 筋肉量としてはアンシュラオンが倒したクロップハップに比肩し、モアジャーキンも同じく殴り屋としての経歴を持っているので同種のタイプといえるだろう。


 彼がなぜここにいるかといえば、街の酒場で飲んでいたところ、クロスライルが裏稼業の溜まり場を襲撃した話が伝わってきたからだ。


 蛇の道が蛇なのはクロスライルだけではない。情報屋もいるため、同じく裏側の人間にも即座に情報は伝わってしまう。


 ファビオがカーリスの館を襲った件や、クロスライルが『星飼い』や自分らの情報を得たこともわかったので、おそらくはイノールを裏切ってファビオ側についたものと判断。


 急いでアジトに戻ってきたところでクルマを発見。その周囲を探っていたら逃げている一行を見つけた、という流れである。



(まさか外にいるとは。最悪の状況ではないけれど、できれば出会いたくはなかった相手だ)



 ファビオは逃げるチャンスをうかがうが、どうやっても逃げきれるイメージが湧かない。


 少しでも後ろを見せたら、次の瞬間には自分の頭が消し飛んでいるかもしれないからだ。それだけの強さと迫力が佇まいから滲み出ている。


 ファビオは、じりじりと下がりながらモアジャーキンに話しかける。



「僕が狙いなら女性たちは必要ないでしょう」


「………」


「あなたはプロなのでしょう? 僕を殺すくらいは造作もないことだ。人質なんて卑怯者のすることですよ」


「ふん、俺は最初からこんな面倒なやり方は気に入らなかった。星飼いのやつらが勝手にやったことだ。俺への依頼は、お前を殺すこと。それだけだ」


「だったら彼女たちだけでも逃がしてくれますよね?」


「いいだろう。女どもは邪魔だ。さっさと消えろ」


「ユーナ、行ってください」


「でも、ファビオが!」


「いいから行って!」


「ディノを連れてくるわ!」


「駄目です。来てはいけません! 僕が戻るまでディノに守ってもらってください!」


「お兄ちゃん! 危ないよ!」


「エファニも言うことをちゃんと聞くんだよ。お兄ちゃんは大丈夫だからね。彼の気が変わらないうちに早く! クルマがあるからそれで逃げて!」


「ファビオ、死なないで!」



 ユーナにクルマの鍵を渡し、モアジャーキンとの間に割って入るように牽制。


 モアジャーキンは本当に女性に興味がないらしく、視線はファビオだけに向けられていた。


 ユーナたちの姿が消え、この場にはファビオとモアジャーキンだけが残る。



「イノール司祭長の依頼ですか?」


「依頼主の話はしない。どうせお前は死ぬ。どうでもいいことだ」


「僕としては重要なことですけどね」


「しかし、解せぬな。この程度の男一人になぜここまでする。捻り殺せば簡単に終わることだ。高額の金を払うほどのことなのか?」


「人間社会は進化すればするほど複雑になり、単純な暴力だけでは成り立たなくなります。もし暴力だけがすべてならば文化の発展もなく、人はただの獣と化します。人の価値は筋肉だけでは決まらないのです」


「あ? お前もしかして…博識だな?」


「え? ま、まあ…そうかもしれませんが…」


「頭のいいやつは嫌いだ。俺たちの生活を滅茶苦茶にするのは、いつだって頭のいいやつばかりだ!」


「それは否定できませんけど…」


「俺はそんなやつらを殺してきた! それがどうしていけない! なあ、どうしてだ! 同じ博識ならわかるのだろう!? 俺がやってきたことは正義のはずだ! 違うのか!」



(まずい。地雷を踏んだかもしれない)



 時間稼ぎのつもりであえて対話したのだが、ものの見事に地雷を踏み抜いてしまった。


 が、これは不可抗力。


 モアジャーキンはかつて西側の小国の兵士だったが、無謀な作戦ばかり立てるエリートの作戦立案者に立腹して殴り殺した過去がある。


 それが次第にエスカレートしていき、国が貧しいのは上の人間が悪いのだと次々に上層部の人間にまで襲いかかって殺害。


 官僚を含めた二十五人を殺した時、ようやく逮捕されて戦罪者として裁かれることになった。末端の人間も含めれば軽く三百人は殺しているはずだ。


 小国の衰退と滅亡の時期に上手く逃げることには成功したが、その後も偉ぶった知識人を見つけると殴り殺す癖は抜けず、結局は裏稼業に身をやつしているのが現状だ。


 ただし、彼の言い分にも一理ある。


 大学で知識だけを詰め込まれた人間が、実生活もよく知らずに政策を打ち立て、半ば無意識のうちに自国民を虐殺してしまうこともある。


 彼らはそれが正しいと思っているのだから、なおさら始末が悪い。知識と知恵は簡単に両立しないのだと痛感する。


 しかしファビオが言う通り、進化した社会は暴力だけで成り立たない。それを理解していないモアジャーキンは、暴力でしか不満を訴えられない哀しき獣なのだ。


 とはいえ、彼の生い立ちなどファビオには関係がない。



(相手が油断しているうちに突破口を開く!)



 地雷を踏んだおかげで隙ができた。


 ファビオはバッグから自家製爆弾を取り出して投げつける。


 モアジャーキンは咄嗟に右手で弾いたが、直後に爆発。衝撃とともに激しい煙幕を生み出す。


 その間にファビオは、ハンドガンを取り出して連続発射。


 装填されていた火炎弾を迷わず全弾を撃ち込むと、続けてグレネードを発射。こちらも命中して大きな爆発が起きる。


 そして、一気に振り返ってユーナたちとは反対側、都市から離れるように走り出す。



(まともに戦って勝てる相手じゃない。これで少しはダメージが入れば!)



 だが、ファビオが十メートルも走らないうちに背中に悪寒。


 真横に転がり込むように飛ぶと同時に、背後から飛んできた何かが突き抜けて、数十メートル先にあった地面を大きく抉る。


 もしあのまま走っていたら、今頃は背中がなくなっていたかもしれない。


 土埃の中でうっすら見えたものは、ほぼ無傷のモアジャーキンの姿。


 全身に防御の戦気を展開されたことで、あの爆発でも服と皮膚を少し焼くのが精一杯だったようだ。



(くそっ、戦気か。あれは本当に厄介だ。しかもかなりレベルが高い)



 ファビオもディノが使えるので戦気は知っているし、傭兵やハンターの中にも扱える者はいる。


 いろいろと研究してみたが、これは非常に強力なものであると言わざるをえない。


 肉体能力を何倍にも強化し、一定の段階に至ると炸裂弾ですら傷つけることは難しい。使えない者からすれば反則級の能力である。



「お前たちはいつもそうだ。好き勝手しながら責任は取らない! いつだって逃げ回ってばかりだ!!」



 モアジャーキンは、再び拳にまとった戦気を放って攻撃。


 回転を帯びた拳圧が周囲を巻き込みながら地面を抉る取る。アンシュラオンも使った『修殺・旋』である。


 戦士にとって修殺は牽制技だが、一般人には致命傷になりうる恐るべき攻撃だ。


 ファビオも必死になってよけるが、衝撃波によって少しずつダメージを受けていく。



「戦気すら扱えないか。常人よりは強いが…やはり解せぬな」



 モアジャーキンが距離を取っていたのは、こちらの力量を見極めるためだったようだ。


 わざわざ殺し屋に依頼するくらいだ。普通ならばそれなりの使い手だと思うのが自然である。


 しかし、ファビオは武人ではない。道具を扱う能力には長けているが戦気を扱えない以上、肉体能力はたかが知れている。


 結果、ファビオは一般人より少し強い程度と判断。


 モアジャーキンは、ゆっくりと近寄りながら一方的な怒りを燃やす。



「まあいい、どうせ殺すことには変わりない! お前は議員らしいな! こんな弱いやつが偉そうにするから世が悪くなる!」


「知恵は人間である唯一の証明でしょう! それを否定するのは間違いです!」


「俺を馬鹿だと言うのか!」


「あなたのことなど知らない! 僕たちは一生懸命生きているだけだ!」


「っ…! 足場が!」



 ファビオは、倒れ込みながらも手を地面に触れて『解析』。


 地質を細かい砂利状に変化させ、流砂と化した地面が蟻地獄のようにモアジャーキンを沈めていく。


 モアジャーキンは完全に虚をつかれたため、足を取られて動けない。


 その隙に立ち上がったファビオが術を発動。


 今使える術式、主に火力が出る火の術をBPが尽きるまで叩き込む!


 術の合間には持っていた全爆弾も投げ込み、最後に熱爆球の上位技である因子レベル4で扱える『高熱爆球』を発動!


 二十メートル大に肥大化した火球が放たれ、激しい炎の爆発によって一時的に周囲が昼間のごとく明るく照らされた。



(はぁはぁ…! これで…どうだ! 僕が使える最高の術だ!)



 ファビオが使った『高熱爆球』は、アンシュラオンが使う熱爆球くらいの火力は出ていたはずだ。


 ヒグマならば黒焦げ、刃狼であっても軽く三頭以上は焼き殺せる威力があるだろう。


 道具も使いきったのでファビオができることはすべてやった。これで足止めすらできなければ、もう終わりである。


 半ば祈りながら様子をうかがう。


 が、激しい爆発が起きて流砂ごと地面が吹き飛んだ。



「…まさか術士だったとはな。油断した」



 そこから這い出てきたのは、上半身がズタボロになったモアジャーキン。


 流砂に囚われていたので下半身は軽傷だが、額や頬、胸や腕の肉が削げて赤く爛れており、頭部の髪の毛も半分ほど失われている。


 戦気で防いでも術はダメージが通りやすく、そのうえ大納魔射津も投げ入れたことで大打撃を与えることには成功していた。


 がしかし、モアジャーキンはアンシュラオンが雇っている戦罪者級の武人であるため、この程度では死にはしない。(耐久力はマサゴロウ級)


 それどころか、ますます怒らせる結果になる。



「なんと小賢しいやつだ! 許さぬ! 許さぬぞ! 俺は絶対に国を守る!!」



 いきなり喚き散らしては、激高して殴りかかってくる。


 相対する者からすれば迷惑だが、当人の心はいまだに祖国にあるのだろう。その意味では愛国心の強い男といえる。


 ファビオは飛び退いてかわすが、強い戦気をまとっているため拳圧が触れるだけでも防具が削れ、内部にもダメージが通る。


 怒りのおかげで攻撃が読みやすくても、これではジリ貧。


 疲労で足がもつれてしまい、モアジャーキンの拳がついにファビオの胸に直撃!



「ご―――ぶっ! がはっ! げほっ!」



 ファビオは吹っ飛んで倒れ、血を吐き出す。


 鎖帷子がなければ、おそらくは即死だったに違いない。



「弱い。まったくもって弱い。そんな博識は死んでしまえ!」


「ぐうっ…!! あの力なら…!」



 ファビオは『死滅の力』を右手に集める。


 今は時間がないので最低限の力しか集約できないが、これが当たればモアジャーキンでさえ一撃のはずだ。


 だが、掌を相手に向けた瞬間、モアジャーキンが横に走り出す。



(照準が…合わない! でも、撃たねばやられる!)



 ファビオなりに狙いをつけて発射。


 死滅の力は地面を破壊しながら突き進み、その破壊痕から凄まじい威力がうかがい知れる。


 が、モアジャーキンは軽々と回避。



「なっ…!」


「武人の身体能力を侮るな。お前の術が危険なことは理解している。そのうえで弱いと断言するのだ」



 すでに術による奇襲を受けたため、モアジャーキンは警戒態勢に入っていた。


 こんなに大きな身体でも戦士因子が覚醒していれば、そこらの魔獣より何倍も速く動ける。


 死滅の力は威力が高い反面、溜めが長くてモーションも大きい。仮に最初の奇襲の時に使っていても当たらなかったはずだ。


 思えばアンシュラオンの覇王・滅忌濠狛掌にしても効果範囲は三メートル程度で、当てるスピードと技術がなければ宝の持ち腐れである。


 ファビオがいくら術士として優れていても、敵を牽制してくれる前衛がいない状態では動きが丸見え。モアジャーキンほどの武人ならば対応できて当然だ。



「ぐっ―――がはっ!」



 しかも死滅の力は、使ったあとの反動が大きい。


 ただでさえBPが底をついているのに、こうして放射してしまえば身体中に痛みが走って身動きが取れなくなる。



「どうやら万策尽きたようだな」



 モアジャーキンが、倒れたファビオの首を掴んで片手で持ち上げる。


 ファビオは酸素を求めて何度も足で蹴りつけるが、この大男はびくともしない。


 殺すことにも躊躇いがないため、一気に強まった握力でファビオの喉が潰される。


 ごひゅごひゅと血と空気が漏れる音だけが響き、ファビオの意識が薄れていく。



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ファビオがピンチに……ますます心配になりました……
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