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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
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539話 「神託と邂逅」


 一週間後。


 ベルナルドたちはイノールを通じて議会に働きかけ、街中での武器携帯および布教活動の許可を得る。


 ここでファビオが常々怖れていた、カーリスの独自戦力による駐屯が現実になってしまう。


 といっても都市内部に用事はないらしく、彼らは準備を整えると北に広がる大森林に赴く。


 まずは森の浅部をくまなく歩いて地図を補完しつつ、少しずつ奥に向かっていた。



「見たところ、ただの森ですな」



 軽鎧の上から鎖帷子をまとい、長剣を身に付けたジャコブが先頭に立ち、周囲を警戒しながら様子を探る。


 本来の彼の装備は重装のフルプレートであり、武器も大型の戦斧を使用するが、森での機動力と戦いやすさを考慮してこの装備に落ち着いている。


 他の者たちも同様に街にやってきたような重装ではなく、準装に切り替えていることからも戦闘経験値が高いことを示していた。



「面倒くさい場所だぜ。くそがっ、草が多いんだよ!」



 そのすぐ後ろを歩くガジガが、絡みつく枝葉を鬱陶しそうに払いながらぼやく。相変わらず神経過敏らしく、常にイライラしているのが印象的だ。


 そもそも神官騎士は神殿を守る高位の騎士であり、局地戦に特化した部隊ではない。このような場所では真価を発揮しづらいだろう。(特化型の特殊部隊もいる)



「司教、本当にこんな場所に何かがあるんですかね?」


「『神託の聖女』が啓示を授けたのです。何もないわけがありません。丹念に探してください」


「探すと言われてもな。何を探せばいいのかもわからねえってのは困るぜ」


「あらゆる異変の兆候、そのすべてです。これは重要な任務なのです。気を抜かぬように」



 ベルナルドも旅用の牧師服の上から準装を身にまとい、自ら森の中に入っていた。


 すでに述べたように、司教かつ枢機卿ともなれば中規模以下の神殿を任せられるほどの地位なので、こうして現地に赴くことは滅多にない。


 しかし、アモンズは『特殊な任務』を請け負う組織でもあるため、条件がそろえばこうして出向くこともままある。


 その中でもベルナルドの部隊は、数々の功績を挙げてきた優秀な部隊といえる。


 それをこんな未開の地に派遣した理由は、まさに『神託の聖女』からの要請があったからだ。



(神託レベルは『神亡しんぼう級』から『破滅級』。放置すれば大きな災いとなるだろう)



 『神託の聖女』とは、カーリスが擁する聖女の一人である。


 表立って公表されている聖女は法王ただ一人だが、実際は何人もの聖女を抱えており、彼女たちの力によって勢力を拡大しているのが実情だ。


 聖女が持つ力の強大さゆえに存在は秘匿され、アモンズを含めた裏側の実働部隊の大半が聖女を守るために存在すると言っても過言ではない。


 その中で『神託の聖女』、または『神託の巫女』と呼ばれる聖女の役割は【未来予知】。


 彼女たちは代々『神託』という予知スキルを【継承】することで、世界に起きる異変をあらかじめ察することができた。


 神託という名前からも『神』から授かる予知とされ、女神や天使を含む高位の神霊から雷妖王のような最上位精霊まで、その情報源は多岐にわたる。


 どれくらいの神託を受けられるかは当代聖女の力によって異なるが、幸せな出来事をあえて予知する必要性もないので、その多くは『警告』で占められており、危機レベルに応じて段階が存在する。


 一番下の第七級警告の『災害級』は、文字通りに一部地域における災害を予知するものだ。


 第六級警告の『崩壊級』は、地震や雨などによる地盤の崩落が伴う大規模な災害を示す。


 第五級警告の『仏滅級』は、重要人物が関わる被害、たとえば大都市群や国家を導くリーダーの死亡といったものを予知する。


 第四級警告の『神亡しんぼう級』は、最低でも主要都市の崩壊や消失といった、その地域において大きな損失を与える出来事を示す。


 日本で起きた『大震災』もここに含まれるが、このレベルになると最低でもそれ以上の被害が出ると思ったほうがいいだろう。


 第三級警告は『災厄級』。


 今までの情報から災厄はかなり危険という印象を受けるが、大災厄を除けば通常の災厄で被害を受けるのは、複数の都市または一つの国家が甚大な損失を被る程度である。


 そこに住んでいる人々にとっては地獄だが、世界規模で見ればさほどの被害とはいえない。よって、災厄でも第三級にとどまっていた。


 その上にある第二級警告は、『破滅級』。


 複数以上の国家が受ける甚大な被害を意味し、場合によっては世界のパワーバランスが崩れるほどの影響を及ぼすものだ。


 たとえば世界大戦規模の争いや世界中に蔓延した病気、それも人類の一割以上が死ぬような事態が該当する。(概算でおよそ八億人以上の死者。実際の戦争での死亡者は意外と少ないので、この数は凄まじい被害といえる)


 最後の第一級警告は『滅亡級』。


 文明の滅亡を意味するもので、これが出たらもう絶望するしかない状況といえるだろう。最低でも世界の三分の一は消え去るレベルの惨事になると予想されている。(概算で二十五億人以上の死亡および、技術の消失に伴う文明レベルの著しい低下)


 この滅亡級が出されたのは、カーリスの記録上では一度だけ。


 数千年前に出されたこと以外は、すべての情報が秘匿されているので詳細は不明であるが、震源地は約束の地であるアヴェロン神王朝であったと噂されている。


 そして、今回神託の聖女が受けた啓示は、第四級から第二級までの被害。


 つまりは主要都市レベルの崩壊から複数国家が受けるほどの甚大な被害に発展する『何か』が、この周辺で起こることを意味している。


 「この周辺」というのも実にアバウトではあるのだが、神託は【的中率が百パーセント】である代わりに予知の規模が大きいので、どうしても大雑把な位置しかわからないのが欠点だった。


 また、「誰が引き起こすのか」「何が発端となるのか」といった原因も具体的に特定することはできない。よって、災害の結果だけを百パーセントの確率で予知できる能力ともいえる。


 仮に個人でこの能力を持っていたとしても、危険を避けるためだけにしか使えない微妙なものになってしまう。世界規模の組織が持つことで初めて意味を成す。


 幸いながらニューロードの北東付近は未開発の荒野が多く、目ぼしいものは大森林と、それに付随する十三番区しか存在していない。


 仮に異変が起きても数億人規模の犠牲は出ないと思われるが、そこから派生して被害が拡大する可能性も否めない。


 そこでまずは少数の部隊で都市(当初は村)に赴き、情報を集めてから本格的な対応を考える手筈になっていた。


 では、なぜ調査隊にベルナルドほどの大物が来たのかといえば、神託内で【人物指定】があったからだ。


 明確に彼の名が示されたわけではないが、「千の火を十字に灯した黒き使徒」という描写から彼であることは明白であった。



(警告の規模に大きな振れ幅があることからも、未来は確定したものではないのかもしれぬ。ならば未然に阻止、あるいは被害を減らすことも可能なはずだ。神託を受けた私こそが人々を救い、希望の道を照らせるのだ)



 その後ベルナルド隊は、数週間かけて森を調査。


 浅部はあらかた探索し終わったが、何も発見することはできなかった。



「こうなりますと、やはり深部が気になりますな」



 鎖帷子が土や植物で黒く汚れたジャコブが、森の深部への入口に視線を移す。


 そこでは都市で雇っている三人のハンターが立番をしていた。



「森の深部に立ち入るためには議会の承認が必要だとか。ですが、あのイノールという司祭長はだいぶ歪んでいる様子。あまり頼りたくはないですな。我々の目的を悟らせるのも面倒です」


「あんな連中、無視すりゃいいんじゃねえのか? 回り込んでいけばわからねえよ」


「土地勘のない我らが、地元住人でさえ怖れる深部に入ること自体が危険を伴う。あそこから入ることにも意味があるのだろう」



 短慮なガジガをジャコブが戒める。


 彼の推測通り、わざわざ深部への入口が設定されているのは、そこ以外から入ると迷う確率が圧倒的に高まるからだ。


 機器が発達した現代でさえ山での遭難は後を絶たない。いざ内部に入ってしまうと方向感覚が狂ってしまうのだ。(ここでは狂うように結界が張られている)


 しばし考えたのち、ベルナルドは決断を下す。



「危機が迫っている以上、余計な時間をかけたくはありません。ひとまず彼らと交渉してみましょう」


「我らもお供いたします」


「いえ、それこそ圧力になってしまいます。ここは任せてください。あなたたちは命令があるまでここで待機しているように」


「はっ」



 武装を解除したベルナルドが、ハンターの前に身を晒す。


 立っていたのは森林に特化したレンジャーで、すでにこちらの気配に気づいて警戒していたようだが、それが牧師であることには驚いたようだ。


 ベルナルドは穏やかな笑顔を向けたまま話しかける。



「初めまして、私はカーリス教団で司教を務めさせていただいているベルナルド・ジーギスと申します」


「あっ…これはどうも」


「実はこの先に行きたいのです。許可をいただけませんか?」


「許可と言われても…議会の許可を取らないと先には行けませんよ?」


「根回しの時間すら惜しいのです。急いで果たさねばならない重要な任務があります」


「しかし、我々の独断では…雇われの身ですし」


「あなたはカーリス教徒ですか?」


「司教殿には申し訳ありませんが、違いますね」


「なるほど、ならば致し方ありません」



 そう言うとベルナルドは懐に手を忍ばせる。


 その動作に一瞬警戒したハンターであったが、取り出されたのは厚みのある封筒だった。



「こちらに現金があります。これでしばしの間、見て見ぬふりをしていただけませんか」


「ちょっ、困りますって! というか、司教様がそんなことをしていいんですか!?」


「世のすべてがカーリスの道理で成り立っているわけではないことは知っております。好ましくはありませんが、これも処世術でしょう。ほんの少しの間でよいのです。お願いできませんか?」


「い、いえ…しかし、議会の承諾がないと…我々もクビになってしまいます。せめて誰か議員の許可があれば…」


「どうしても駄目でしょうか?」


「我々にも職務への誇りがありますから」


「素晴らしい。まだ都市が出来たばかりだというのに道義的にも成熟されておられる。しかし、困りましたね。我々にも使命があります。どうしてもというのならば…」



 ベルナルドが少し離れた位置にいる自分の隊を見る。


 そこには武装した十九人の精鋭がいて、誰もがある種の『覚悟』を宿していた。


 それは狂信者が宿す不気味な光。人の意思が過剰にまで高ぶった時に輝く危険な揺らめきである。


 視線で察したのか、ガジガとジャコブがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。他の者たちも各々に武器を確認し、いつでも抜けるように準備していた。


 場には徐々に不穏な空気が漂い始め、ハンターたちも状況の変化を感じ取って緊張感が高まる。


 どう考えても勝敗は明らか。


 ハンターたちもそれなりの練度ではあるが、数の差以上に神官騎士の前では赤子同然だろう。


 ベルナルドが何かを言おうとした、その時。


 異様な空気を切り裂く声が『背後』から発せられた。



「彼らを通してあげてください」



 ハンターの視界の端からファビオが歩いてきた。


 その後ろには完全武装したディノが、同じく武装した三人の衛士を連れている。


 ファビオは両者の間に立つとベルナルドを見据えた。



「ベルナルド・ジーギス司教ですね。僕はファビオ・オルシーネと申します。このユアネスで議員をやっている者です」


「議員…ですか?」


「はい。この森に関しては、カーリス派の議員よりも強い権限を有しております。話ならば僕が伺いましょう」


「まだお若いのに立派なものです」


「まだまだ若輩です。それで、司教は森の奥に何か御用でも?」


「内容は機密なので言えません。が、やましいことではないと聖女と女神に誓います」


「やましいことがないのならば武器は不要では?」



 ファビオがガジガたちに強い非難の視線を向ける。


 普段は温厚な彼であるが、いざやるとなった時の迫力は相当なものだ。さすがのガジガたちも一瞬だけ気圧される。


 が、その気迫を受けてもベルナルドだけは、涼しい顔をしてファビオに笑いかける。



「あくまで自衛のためです。あなた方も武装されているではありませんか」


「ここは我々の土地です。しかし、あなたは外からやってきた人間だ。その差は明確なものです。逆に問いますが、カーリス教徒ではない僕たちが武装して教会に入ったら、あなた方は自衛の一言では納得しないでしょう。違いますか?」


「いえ、道理ですね」


「我々の監視付きという条件でのみ、森の奥に行く許可を出します。それ以外は認めません。それも今回が最初で最後です。今日だけならば許可します」


「議会はイノール司祭長の管理下にあると伺っていますが?」


「時間がかかりますよ? 彼には敵も多いので」


「………」



 二人の視線が交錯。


 ベルナルドの目が細く鋭くなるにつれて無言の圧力が増すが、ファビオも同じく睨み返す。


 ファビオはどんな手段を使っても議会を引き延ばすつもりでいた。過半数を取らせないように工作することだけならば、それこそ賄賂を贈れば不可能ではない。


 自身の流儀を曲げてでも絶対にカーリスの思い通りにはさせない、という強い意思を瞳に宿している。


 その無言の衝突が十数秒続いたのち、ベルナルドが折れた。



「本当にたいしたものです。その覚悟、実に見事だ。あなたに従いましょう」


「では、参りましょうか。ハンターの皆さんは、引き続きここで監視をお願いします」


「は、はい。オルシーネ議員も…お気をつけて」



 ファビオを先頭にしてベルナルドが続き、その後ろにガジガたち神官騎士、最後尾にディノたち衛士が彼らを注視しながら歩く形になる。


 ファビオにしても準装に加えて、目に見えていくつもの特殊道具を仕込んでいた。最悪はベルナルドたちとの戦いも辞さないと主張しているのだ。


 その様子に感嘆したベルナルドが、少し並ぶ形でファビオに話しかける。



「さきほどの言葉は世辞ではありません。若く勇敢で、郷土愛に溢れた者は尊敬に値します。ましてや勝ち目のない戦いに挑む覚悟のある者は、非常に貴重な人材といえるでしょう」


「もし本当にそう思われるのならば、無益な騒動は起こさないでいただきたい」


「騒動にするつもりはありませんでした。できるだけ少ない被害で迅速に事を収めたかっただけです」


「なぜそこで争いを選ぶのです。たとえ一人であっても甚大な犠牲です。時間をかけてでも被害は減らすべきです」


「それができぬことも多い。この世界は不完全で無慈悲なのです。犠牲を惜しんでいては使命は果たせません」


「それがカーリス教の総意なのですか?」


「聖女はいかなる犠牲も望んではいません。女神もそうでしょう。しかし、現実的な問題はいつも重くのしかかる。それを払うための剣はあってしかるべきです。教義を守るためにはどうしても必要な措置があるのです」



 教皇派は実務を担当してきた者たちである。それゆえに世を動かすのは金や武力であることを強く理解していた。


 信仰に権力と武力が伴えば、それこそ無敵になれるからだ。


 だが、ファビオははっきりとそれを否定する。



「僕にはあなた方が正しいとは思えない。その判断は間違いです」


「あなたはカーリス教徒ではないのでしょう。理解できないこともあります」


「教徒であるかどうかは関係ありません。人としてどうかの話です。教義はカーリス教徒しか理解できませんが、道義や道理は全人類が理解できます。ならば、教義よりも道義を重視すべきでしょう」


「どうやら議員は我々のことが嫌いなようですね。イノール司祭長のことは聞いていますよ。残念ながら、ああいう輩がいるのも事実です。ですが、それだけでカーリス全体を判断しないでいただきたい」


「そういう輩を排除できないのも事実でしょう? 飼い慣らしているのならば、それも意図的といえます。結局は同じ穴の狢なのです」


「なかなか手厳しいですね。議員は司祭長が都市の発展に寄与していないとお考えですか?」


「寄与に関しては否定しません。処世術においては優秀な人物です。ただ、彼は『宗教家』ではありません」


「それには同意します。しかし、信仰の扉は誰にでも開かれてしかるべきです。それこそが人を救うための道なのですから」


「人を救うためにカーリスが必要だと?」


「その通りです。異教の方々にはわかっていただけないことが多いですが、カーリスこそが人類を救う唯一の手段なのです」


「傲慢では?」


「いいえ、真理です」


「我々からすれば邪悪にも見えます」


「悪から見れば光は邪でしょう。が、光が正しいのは間違いのない事実です。我々は光に属する者なのです。つまりは正義であり聖なる者といえます」


「………」



(この人物は危険だ。今もまったく嘘を言っていない。すべて本気で何の疑いもなく確信している)



 ファビオは、ベルナルドが街に来た時から最大級の警戒をしていた。


 彼らが森で探索している際も常時監視を続けていたため、今回もギリギリのところで割って入ることができたのだ。


 その理由は、彼の『ドグマ』が異様だから。


 ドグマ、いわゆる教義における精神的束縛が視認できるようになったファビオは、ベルナルドを視た瞬間に戦慄した。


 今まで見てきた他のカーリス教徒などとは比べ物にならない強大な何か。絡みつく執念や邪念のようなものが、彼から凄まじい勢いで迸っていたのである。


 現にこうして隣にいるだけでも、その精神的圧力に気圧されそうになる。



(なんという真っ直ぐな瞳をしているんだ。怖ろしいほどに純真で本気でカーリスに身も心も捧げている。僕はこういう人種を何人か知っているが、その中でも彼ほど危険な者はいなかった)



 ある種の確信。


 それはかつての自分がそうであったように、信じるもののためならば他をいくらでも犠牲にできる人間特有の目であった。


 人類史においては、いくつかこうした人物の記録が残っているもので、その大半が大量虐殺に関わるものだ。


 彼らは欲望のために虐殺をしたのではない。本気で苦悩し、世界を正そうと自己の正義を全うした結果にすぎない。


 アンシュラオンもそうだったが、ベルロアナしかりソブカしかり、異邦人はかつての自分と似た人物と遭遇することが多い。


 ファビオの場合は、このベルナルドという男がまさに過去の自分そのものであった。


 もし自分が宗教を信じたままでいたら、きっとこのような人物になっていただろう。そう考えるだけで怖ろしくなる。



(今ならばわかる。タイスケさんが、なぜカーリスを危険視していたのか。この男から目を離してはいけない)



 この男と比べればイノールなど小物も小物。なんとも可愛いものである。


 【真の敵】をはっきりと理解したファビオは、心を奮い立たせて監視を続行。


 一方のベルナルドたちは、いくつかの術具を使いながら森の調査を進めていた。


 しかしながら一向に進展がない。


 それどころか森の複雑な地形に苦しみ、同じところをぐるぐると回って時間を浪費していく。



「ベルナルド卿、このままでは日が暮れます」



 剣に付いた木くずを払いながら、ジャコブが空を見る。


 鬱蒼とした木々は太陽を半ば隠してしまっているが、すでに日が傾いていることだけはわかる。これ以上の探索を続ければ確実に夜になるだろう。



「そうですね。強行軍といきたいところですが、今日だけという約束ではそれも無理そうです」



 ベルナルドが、遠巻きから監視しているファビオを見る。


 彼が調査に口を出すことはなかったが、じっと監視されているだけで緊張感が走るものだ。


 戦力的にはベルナルド隊が確実に勝っていても、その迫力に負けてしまっている。調査が思うように進まない理由の一つがそれだ。



「護衛は、たかが四人。強制排除も可能です」


「それは得策ではありません。災いの元凶が明確ならばともかく、現状では何もわかっていないのです。あの様子ですとオルシーネ議員はかなり人望があります。衛士全員が敵に回ってはやりづらくなります」


「だからこそではありませんか。危険の特定を急ぐ必要があります」


「最初は私もそう思っていましたが、闇雲に動いたところで消耗するだけのことです。それに、もしかしたら『時期』が来ていないのかもしれません」


「時期…ですか?」


「神託が外れたことは一度たりともありません。何かが起こるのは確実でしょう。ですが、時期について明確な啓示はありませんでした。とすれば、大事なことは我々がここにいることです。そうすれば何があっても迅速な対処が可能になります」


「…その考えはありませんでした。浅慮をお許しください」


「いえ、あなたの信仰と自己犠牲の精神に敬服いたします。ほかにも監視をしている者がいるかもしれません。ここで手の内を見せるべきではないでしょう。必ず時期は訪れます。それを待ちましょう」


「わかりました。では、撤収を開始します」



 ベルナルドたちは、おとなしく帰還の準備を進める。


 その様子に心から安堵するファビオ。



(よかった。結界には気づかなかったみたいだ。狼に遭うリスクはあったけど、護符を置いてきて正解だった)



 戦いにならなかったこともありがたいが、何よりも彼らが道に迷ったのは結界があるからだ。


 どうやらこの結界はかなり優れたものらしく、ベルナルドほどの優れた術者であっても簡単には察知できないらしい。


 当時のファビオが結界に気づいたのも、たまたま破壊してしまったがゆえにタイスケが出てきたからであり、通常の状態ならばまず気づくことはなかっただろう。


 また、ファビオが道案内と監視をすることで、結界が強固な場所に誘導することにも成功していた。これもタイスケの後継者となったがゆえである。


 こうして、もっとも危険なベルナルドの行動を一時的に制限できたことは朗報だ。


 しかしながら、彼らに気を取られて『あの人物』から目を離してしまう。


 それが「終わりの始まり」になろうとは、まだファビオは知る由もなかった。



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