53話 「イタ嬢のスレイブ その1」
目指す場所はわかった。
ただし当然ながら、正面入り口から館に入ることはできない。
適当に衛士を撒いたり排除しつつ、城の裏側に移動。
裏側には『フォーナドッグ〈飼育警備犬〉』と呼ばれるドーベルマンに似た犬が放されていたが、さきほど拾った衛士のカバンに入っていたパンを喉にぶっ込んで追い払ってやった。
ついでに犬の世話係の衛士にもパンを飲ませてあげて、無事に失神させたので、このあたりに警備の目はもうなくなっていた。
(よし、誰もいないな)
各階に設置されたバルコニーを足場に一気に登っていく。これだけ突起があれば、山で暮らしていたアンシュラオンにとっては楽勝である。
二階、三階、四階と登って、さらに一旦屋根に出て周囲を確認。
(特に騒ぎにはなっていないな。イタ嬢が変態でよかったよ。この格好でもまったく疑われないって普段どんだけ馬鹿やってんだろうな。あの強い武人にも見つかっていないから、いい感じかな?)
こうしてわざわざ時間をかけて遠回りしているのは、ガンプドルフがいるからだ。攪乱の意味を含めて慎重に移動している。
しかし、彼が領主に危機を伝えることで、もっと大きな騒動になるかとも思っていたが、どうやらその気配はないようだ。
なぜならばガンプドルフは、客人でありながらも領主たちに警戒される立場である。常時監視され、行動も制限されている。
勢いよく飛び出したはよいものの、すぐに城内の見張りが制止。むしろたくさんの腕利きの警備兵が集まってくる始末だ。
彼の実力ならば振り切ることは容易いが、強引に突破したら今度は彼自身が捕縛対象にされてしまう。それでは商談どころではない。
仕方なく説得を試みるが警戒されているので簡単には信じてはもらえず、時間だけが過ぎていく状況が続いていた。
さらに付け加えれば、ガンプドルフがいた東館とアンシュラオンが向かっている西館は正反対だ。そういう意味でも、やはり運がない。
そんな涙目の魔剣士をよそに、アンシュラオンは着実にサナに近づいている。
両手足に粘着性を高めた命気を放出し、ヤモリのように両手足を壁に密着させながら、四階にあるひと気のない部屋の窓に移動。
(罠や警報装置がなければいいんだけど…よし、開いた)
命気を窓の隙間から侵入させて、内部から鍵を解除する。
どうやら警報装置はなかったようだ。あっさりと開いた。
(無用心だな。オレが警備担当だったら、もっと厳重にするんだけどな。外側から窓を開けると爆発するとかさ。…まあ、冷静に考えると危ないか。自分の罠にはまって死んだ人もいるし、自宅が常時地雷原だったら落ち着かないよな)
手慣れた様子で、するりと窓から侵入。
(女の子の部屋だな…ここは)
侵入した部屋の雰囲気は、明らかに女の子といった様相。
カーテンやベッド、机の色もカラフルで、ヌイグルミもいくつか見受けられる。
若い女の子の部屋だと思って間違いないだろう。
(モヒカンの話じゃ、同年代の娘を集めているとか言っていたな。ここはそういったスレイブの部屋だろう。となれば、サナがいる可能性も高くなるな)
廊下に人がいないことを確認し、そっと扉を開けて出る。
(あまり『ひと気』がないな。四階は要人専用の特別なフロアなのかもしれない。イタ嬢がいるのならば当然か)
イタ嬢は領主が溺愛している一人娘らしいので、あまり他人を近づけたくないはずだ。メイドや専属のスレイブを合わせても十数人程度だと思われる。
(これくらいなら普通に歩いていても大丈夫そうだな。さて、どこの部屋かな)
廊下をしばらく歩いていると、人の気配がある部屋を発見。
扉も同じデザインをしている。ここも女の子の部屋の可能性が高い。
(女の子なのは間違いないが、この雰囲気はサナとは違うっぽいな)
この距離ならば気配だけで相手の状態がある程度わかる。サナではないらしい。
ただ、本当ならば素通りすればよいのだが、アンシュラオンには一つの感情があった。
(オレの物に手を出したんだ。ならば、オレもあいつの物を好きにしてもいいよな。うん、これこそ平等だ)
ということで、遠慮なく中に入る。
ガチャッと何のノックもなしにドアを開けると、中には予想通りに女の子がいた。
年齢はサナより一つか二つ上だろう。藍色のショートカットをした愛らしい少女だ。
アンシュラオンが入ると、ベッドの上から視線をこちらに向ける。どうやら寝る準備をしていたようでパジャマ姿であった。
(首にスレイブ・ギアスがある。イタ嬢のスレイブかな? くくく、ちょっと試しに命令してみるか)
「はい。今日の検診を始めますよ」
「はへ? 検診…ですか?」
「そうです。私は医者です」
「お医者さん?」
「お嬢様に頼まれて、皆さんの健康を管理するお仕事をしています。さあ、服を脱いでください」
「は、はい! お嬢様のご命令なら!」
イタ嬢の命令だと勘違いした女の子がパジャマを脱ぐ。
「下着も脱いでください」
「は、はい」
ついでに下着も脱がせる。
(おっ、何でも言うことを聞くな。というか持ち主以外の言うことも聞いてしまうのか? おいおい、それは危険だろう。まあ、このあたりは当人の知能とか判断力も影響する問題だろうが、サナや他のスレイブと契約するときは気をつけよう)
ひょんなことから重要な情報を得た。ラッキーである。
「ベッドに寝てください」
「は、はい」
「楽にして、身体に触りますよー」
「あっ!」
「こらこら、動いたら駄目ですよ」
「す、すみません。触られるのなんて…初めてで」
「おや、お嬢様は触ったりしませんか?」
「は、はい。友達って…そういうこともするんですか?」
「する人もいますね。いいですか、そういうときは相手の手を振り払って、涙ぐんだあとに平手打ちをするのですよ」
「え? お嬢様にですか? そんなことできません!」
「駄目ですよ。それが友情には必要なんです。遠慮なく平手打ちをしてください。相手が泣くくらいにね。泣くまで叩かないと友情は結ばれませんから、絶対に殴り続けることです。わかりましたか? それが真なる友情なのです」
「そうなんですね…知りませんでした。わ、わかりました。今度やってみます!」
「私以外の男の人に触られたときも同じことをしてくださいね。そういう場合は、深い感謝の意味があるのです」
「勉強になります」
平然と嘘知識を教えるアンシュラオン。
これも報復の一環である。
「じゃあ、診察しますから動かないでくださいねー」
「ひゃっ! ぬ、ぬるぬるします!」
「我慢してください。治療ですから」
ローションくらいにぬるぬるさせた命気を放出。
それを肌に触れながら高速振動させる。
ポヨポヨポヨ ヌルヌルヌル
「あっ、ひゃっ、ひゃっ!」
「声はもっと艶っぽく!」
「つ、つや?」
「そう。あっ、あぁあ! あはぁ! みたいな感じで!」
「は、はい! あっ、あはあ!! ああああ!」
「いいですよ! そうですよ! グッドですよ!! モミモミモミ! ヌルヌルヌルヌル! ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅっ!」
「あっあああああ! ああああ―――――――――っがく」
少女は痙攣しながら意識を失った。
「あれ? 気を失ったの? ただのマッサージなのに、すごい敏感な子だな。しょうがない。ついでに身体を調べるか」
命気を振動させて身体の状態をチェック。
「うーん、ちょっと胃腸炎気味かな? やっぱりイタ嬢と付き合うってのはストレス溜まるんだろう。この子に罪はない。同じ被害者だからな。治しておこう」
口から命気を侵入させて胃腸に薄く展開。それらが瞬時に新しい細胞となって防護膜を張りつつ、古くて傷んだ細胞を侵食していく。
数秒後には、綺麗さっぱり健康体になっていた。
「通りすがりの白仮面。その正体は医者であり紳士である。では、さらばだ。モミモミ」
最後に胸の診察して部屋を出た。
アンシュラオンはサナの捜索に戻り、廊下を歩く。
「しかしまあ、成金趣味というか廊下にいろいろ飾りやがって。どうせあこぎな商売でもやっているんだろう」
領主城の通路には、高級な調度品が飾られている。
上級街にある高級店やハピ・クジュネから送られてくる貴重な品、あるいはさらに南から仕入れたような芸術品が並んでいた。
倉庫にあったものより質が数段上なので、どれも高級品といえるだろう。一応、芸術を見る目はあるようだが、単に高いから買っただけの可能性もある。
「下級街はあんなにボロなのに、やっぱりここの領主はクズだな。うん、そうだ。絶対に許せん。詫びの証として、いくつか持って帰ろう」
どれも大きなものばかりなので、これを引きずって帰るのは非常に面倒である。
よって、選ぶのは手頃なサイズのものかつ、値が張りそうなものに限定する。
「剣があるじゃないか。って、これは張りぼてだな。何かもっとましなものは…おっ、この皿はなかなかいいな。これをゲットして、と。あとは…この椅子にはまっているのはジュエルかな? こいつもボッシュートだな」
続いて、飾ってある『符』といったものを物色する。
「これって何かの術式が付与されているな。そういえば術式を込められるのってジュエルだけじゃないんだよな。媒体として優秀ならば、どんなものにだって付与できるみたいだし」
符は文字通り紙媒体に文様が描かれたもので、見た目は書道そのものだが、それぞれに特殊な効果を宿すことができる『符行術』と呼ばれる術式体系だ。
その『符行術』で作った符を『術符』という。
術式は術士因子を持つ特別な人間にしか扱えないが、術符は誰にでも使える利便性が売りである。
「ふーん、せっかくだからもらっておくか。しかし、なんでこんなものが飾ってあるんだ?」
そうしてまたしばらく進むと、再び部屋が見えてきた。中には人の気配がある。
そして、なぜこんな場所に術符が飾られているのか、その答えがこの部屋にあった。
部屋の扉には『術符』が張られている。
他の部屋にはない特徴なので、明らかに廊下に置いてあったものと関連があると思うべきだ。
「これは何の符だ? まあいいや、お邪魔しまーす」
バリンッ
何か音がしたが、気にせずに入っていく。
遠慮なくドアを開けると、オレンジ髪の少女がこちらを振り向いて硬直している。その少女も非常に整った顔立ちをしていた。
年齢はさきほど出会った少女より一つか二つ上、高校生くらいの印象だ。
「あっ、診察に来ましたー。服を脱いでください」
「え? え!? 診察!?」
「はい。診察です。あなたの身体の異常を全部治すために身体を触りますよ。はい、脱いで」
「えと、えっと…ぬ、脱ぐ? 胸? あれ? 扉の結界は…? え?」
「お嬢様の命令ですよ。早く脱いでください」
「…は、はい? 命令って…?」
「もう、面倒くさいな。私が脱がせてあげましょう」
理解が及ばないようなので、アンシュラオンが率先して脱がせてあげる。
少女は驚いてはいるものの、まったく抵抗することなく服を脱がされる。
「はい、力を抜いて」
「あ、あの…これ……どういう…」
「はーい、ぶるぶるしますから気をつけてねー。ブルブルブル、ヌルヌルヌルヌル!!」
「あっ、ああああ!! あひぃいい!!」
「おっ、いいですよ! いい声だ! もっと、もっと自分をさらけ出して!! 素直になって!」
「あっ、ああああ! ひぐうううう! ―――がくっ」
「ええええ!? まだ十秒もやっていないのに、また!? もしかして、この世界の女の子は敏感なのか? でも、姉ちゃんなんて何時間やっても大丈夫だったような…。まあ、あの人と比べたらかわいそうか。こっちは一般人だしな」
それから身体を診察。
肉体面に問題はないが、精神力がかなり疲弊している様子であった。目の下に少しクマもある。
「イタ嬢の相手は疲れるんだな。お疲れ様だよ。命気を全身に塗って疲労だけでも抜いてやろう」
命気で疲労回復である。当然、報酬の胸検診も忘れない。
前の子より育っているため将来が楽しみだ。なかなか素質がある。
それから部屋を物色してみると、周囲にはさまざまな符が落ちており、少女がいた机の上には書きかけの符も置いてある。
「ああ、なるほど。この子が符を書いていたのか。ということは術士の才能があるのかな?」
少女の首には緑のジュエルがあるので、彼女がスレイブであることは間違いない。
ただし普通のスレイブではなく、特殊な技能を持った存在なのだろう。符が書けるのならば二級以上は間違いない。
「なかなかいい人材だな。オレも欲しいが、今はサナが優先だ。じゃあね」
 




