529話 「森の賢者 その2『二人の成長』」
(そろそろ本格的に村を統合して『街』にする時期なのかもしれない。そのほうが防衛力をもっと強化できるはずだ。…と、今はそんな場合じゃない。急がないと)
「ディノ、行けますか?」
「ああ、任せておけ」
交番を出た三人は、移動しながら出会う村人に警戒を呼びかけつつ、一番防御力の高いディノが先頭になり、ファビオとキリポが続く形で森に入った。
森の浅部ではいつもの通り、何事もない穏やかな空間が広がっている。
森はそれぞれの場所で異なった一面を見せる。ここが安全で美しいからといって、それ以外の場所がそうであるとは限らない。
ファビオたちは捜索を続ける。
が、森は広く、そう簡単には見つからなかった。
「ちっ、いねぇな」
「相手だって隠れているでしょうし、簡単ではありませんね。しかし、こちらには地の利があります。じっくり捜していきましょう」
山での遭難も発見には多大な時間と手間がかかるものだ。この世界ではヘリコプターが存在しないため、なおさら困難を極める。
ただし、この森は奥に進めば進むほど道が狭まっていくため、人間が歩ける場所には必然的に限りが出てくる。
いくら潜むとはいえ、人質を含めた七人超の人間がいるのだ。森に詳しい地元の人間が捜せば痕跡くらいは見つかるはずだ。
事実、その三十分後には携帯食料のゴミと木の実の皮を発見。
木の実の皮はともかく、地元の人間は土に還らないゴミは置いていかない。間違いなくよそ者の仕業だろう。
ファビオは落ちていた空き缶を調べる。
「まだ中の汚れが固まりきっていません。比較的新しいものですね」
「ちょうどここは東西の境目あたりだ。東側に痕跡がなかったということは、連中が向かったのは北か南か」
「もし南に向かったのならば他の村の衛士と遭遇するはずです。ですが、逃げる相手がわざわざ村に向かうとも思えません」
「なら、残るは向こう…か」
ディノの視線が、北側の深部の方角に移る。
地面を調べたところ、足跡もそちらの方向に続いていた。悪い予感だけはいつも当たるものだ。
「応援を呼びますか?」
「痕跡を残すようなやつらだ。やはりプロじゃない。不意をつけばやれる。それよりは深部に入られるほうが面倒だ」
「では、このまま向かいましょう。くれぐれも気をつけて。キリポも離れないでくださいね」
「了解です。レンジャー組は速いですから、後ろからゆっくりついていきますよ」
三人は気配を殺しながら深い藪の中を進む。
ここは獣道なので地元の人間、それもハンターをやっているレンジャーしか知らないルートだ。
ファビオもディノに付き合っている間にレンジャーのスキルを手に入れており、音もなくすいすいと進んでいく。
一般人のキリポもがんばってついてくるが、邪魔にならないように歩くので精一杯のようだ。彼は戦闘要員ではないので、むしろそのほうがよい。
そして、十数分ほど進むと、深部の入口付近で見知らぬ男たちを発見。
武装しているが所々破損しており、腕や頭には血が滲んだ布が巻かれている。おそらくは商隊を襲った際に護衛の傭兵たちに返り討ちにされたのだろう。
男たちは怪我と慣れない森道で疲れているようで、仲間内でも全体的に会話が少なく、動きもあまり見られない。
「数は六、どう思います?」
ファビオが藪に隠れながら小声でディノに話しかける。
「子供がいないな。情報が間違っていたとも思えないから、べつのところにいるか、それともあの『麻袋』か」
男たちの足元には米俵大の麻袋が転がっている。サイズからして子供ならば十分に入る大きさだ。
よく拉致をする際は、突然後ろから袋を被せて抵抗できなくしてから一気に持ち去るというが、それを用意している段階で人攫いもする連中なのかもしれない。(猫に洗濯ネットを被せるのと同じ)
しかし、まだ確証がないので踏み込めない。
情報では六人か七人とされていた。もし七人目がいて人質も隔離されていたら対応が面倒だからだ。
「リスクは避けましょう。子供の安全を優先します」
「わかった。少し様子を見よう」
人命優先ということで、ここではしばし注視することにした。
アンシュラオンならば即座に皆殺しが可能だが、ファビオ自身は武人ではない。ディノにしても一気に倒せるのは二人までだろう。
となれば、奇襲の出来がすべてとなる。
まどろっこしいが、これが普通。アンシュラオンが特殊なだけである。
じっと息を殺して待つこと、ニ十分弱。
新たに一人の男が深部の方向からやってきた。
「やはり七人でしたね」
「だが、子供はいない。あの麻袋で確定か?」
「まったく動かないので可能性は半々です。気絶しているか、それとも死んでいるか、はては違うのか」
「いくら推測しても始まらない。もう我慢の限界だ。いくぞ」
「そうですね。怪我をしている場合は手遅れになるかもしれません」
「手加減するなよ。最初から殺すぞ」
ファビオは返事の代わりに木に登ると、弓を構える。
相手との距離は、およそ三十メートル。
(殺しは好きではないけれど、必要ならば仕方ない。僕の大切な居場所を穢す者には消えてもらう)
このまま放っておけば愛する家族にも害を及ぼすだろう。
対話は不要。排除あるのみだ。
ファビオの目が細くなり、殺意を潜ませた指が素早く弦を引く。
この弓は五年前の改良型で、軽い力でより重い矢を引くことが可能になっており、発射時に勢いを強めることで命中率も上げている愛用の武器である。
ファビオが狙いを定めて、矢を発射。
飛び出した矢は『射筒』を通ることで『急速回転』。
弾丸のように弾道を安定させながら、ちょうど七人の真ん中に立っていた男の頭に命中。
男は薄めの鉄兜を被っていたが、そんなものは役に立たない。
あっさりと貫通して脳を破壊。
男はそのまま絶命。バタンと倒れる。
「なっ…!」
突然崩れ落ちた仲間に驚き、その頭に矢が刺さっていることに気づいて敵襲だと悟る。
が、その認識に三秒近くも要してしまった。
その間に駆けだしていたディノが、ボウガンを発射。
雑に放たれたので急所には当たらなかったが、手前にいた男の横腹に突き刺さる。
そこでようやく本格的な対応を始めるが、即座にボウガンを捨てて斧に持ち替えていたディノのほうが早い。
矢を受けて硬直している男の身体に斧を叩き込む!
常人が同じことをしても腕の一本を斬り落とせるかどうかだろうが、戦士因子が覚醒しているディノの場合は、身体ごと破壊!
肉を裂き、骨を砕き、ほぼ真っ二つにされた男が地面に倒れる。
「てめぇ! やりやがったな!」
予想通り、彼らは戦闘のプロではない。
その証拠に身体よりも口が先に出てしまっている。
ディノは無言で次の相手に標的を定め、突進してからの―――ぶちかまし!
フルプレートを着込んでいるので、その威力は全速のクルマに正面衝突されたのと同等の衝撃。
男はいとも簡単に吹き飛ばされ、身体を強く地面に打ちつけて身動きが取れない。
顔が大きく変形しているので、胸から首、側頭部にかけての骨が砕けて瀕死になっていると思われる。少なくとも戦闘が継続できるコンディションではない。
ただし、相手は七人。
奇襲が成功してすでに二人死亡、一人重傷といった具合ではあるが、まだ四人いるので油断はできない。
しかしながら、ここでファビオが最初に真ん中の男を狙ったことに意味が出てくる。
中央で倒れたことで他の者の移動の妨げになったことと、いくら野盗とはいえ仲間の死体を踏むのは躊躇われたこともあって、一瞬の間が生まれてしまう。
その隙にファビオの第二射が炸裂。
奥にいた男の頭に突き刺さり、今度も一撃で即死させる。
ディノも動きを止めず、手前側にいた一人を斧で叩き斬っていた。
「くそっ! 傭兵か!」
「弓使いもいるぞ! 狙われている!」
ディノの身体が大きいせいもあるが、野盗が傭兵と勘違いするほど二人は強かった。
これは事前の準備の差でもあるのだが、ファビオたちが五年前の反省を生かして訓練を欠かさなかったことも大きな要因である。
が、強すぎることが災いしたのか、相手が戦意喪失。
残った二人が猛ダッシュで深部の方向に逃げ始める。
一人はファビオの第三射が背中に突き刺さって倒れたが、もう一人は奥に消えていった。
「ちっ、逃がしたか」
今すぐ全力で追えば追いつけなくもないが、深部は刃狼のテリトリーだ。
五年前のトラウマが脳裏をよぎり、ディノの出足が鈍ったことで一人を取り逃してしまう。
「すまん、ファビオ」
「いえ、これ以上のリスクは負いたくありません。今は追わなくていいでしょう。それよりも子供が先です。キリポはそこで倒れている男を頼みます」
「わかりました。ちょうど先日、縛り方の本を読んだところです。試してみましょう」
ファビオが背中に矢が刺さった男を拘束し、体当たりで昏倒している男をキリポが縛る。
両者ともに重傷ではあるが命に別状はなさそうだ。情報を確認するためにも生きていてもらったほうが都合がよい。
しかし、肝心の子供は―――
「駄目だ! ただの道具袋だぜ! 子供はいない!」
麻袋を調べていたディノの悔しがる声が聴こえる。
どうやら中身は単なる旅道具と食糧らしく、外れを引いてしまったようだ。
ファビオも内心では動揺を隠せない。
(子供はどこにいるんだ? 浅部で置いてきた? それが一番楽観的ではあるが、もしまだいるのならば…残る可能性は深部だけだ)
男がなぜ深部から一人で出てきたのかを考えると、嫌なことまで想像してしまう。
だが、まだ生きている可能性もあるので、その二つの可能性とリスクの間で逡巡する。
その時、キリポが口を開く。
「縛った者たちは僕が見ています。二人は深部に行ってください。もし子供が奥にいたら大変です」
「しかし…まだ可能性ですし…」
「僕たちは大人になりました。子供を守る責任と義務があります。後悔しないために今は可能性を潰しましょう」
「…わかりました。ただ、ここも安全ではありません。魔獣が出たらすぐに逃げてくださいよ」
「わかっていますって。僕だって命が惜しいですからね。それより二人とも気をつけてください。深部のほうが危険です」
「ええ、身にしみています」
刃狼、特に『赤刃狼』と呼ばれているボスを思い出すと今でも恐怖心が蘇ってくる。
あの時に感じた誰も助けが来ない絶望感は言葉にはできない。もしまだ子供が生きているのならば、大人として同じ思いをさせるわけにはいかない。
「ファビオ、前とは違うさ。今度はやれる」
「…ディノ」
「俺とお前ならなんとでもなる。そのために鍛えてきたんだからな。子供を抱えて逃げるくらいはできるさ」
「…ありがとう、勇気が出ました。僕も覚悟を決めます」
親友の言葉とは、これほど力強いものなのか。
ファビオの心身に立ち向かう気力が湧き上がってくる。
「では、行ってきます。もし二時間経っても戻らなかったら、村に引き返してください」
「そうならないことを祈っています」
キリポに別れを告げ、ファビオとディノは森の深部に侵入。
ディノも今では強くなり、あのヒグマくらいには十分勝てるようになったが、それでも狼の群れには勝てないだろう。
それがわかっていても行くのは衛士の務めでもあり、同じく大人としての責務でもあるからだ。
ただし、幸いなことに他の魔獣には遭遇せずに済んだ。
(魔獣の気配がない? なぜだ?)
自分たちが大人になったので狙ってこないのか、あるいは武装しているせいか、予想されていた魔獣の襲撃はなかった。
それだけならば偶然の可能性もあるが、この周辺からすっぽりと魔獣の気配が消えているのが気になる。
そして、疑念を抱きながらも慎重に進むこと三十分。
ついに逃げた男を発見。
彼はこちらに背中を向けたまま突っ立っていた。
「動くな! 子供はどこだ!」
ディノが斧を向けながら大声で威圧する。
しかし、相手からの返事はない。
「言わないのならば叩き斬るぞ!」
再度警告するが、またもや男からの返答はなかった。
業を煮やしたディノが突っ込もうとした時、ファビオが止める。
「ディノ、あの腕を見てください」
「腕? あっ、左腕が…無い?」
興奮していたので気づかなかったが、男の左腕は途中から無くなっていた。
血の痕跡があることから最初からなかったわけではなく、ここに来るまでの途中で失ったものと推測できる。
「袖がギザギザにちぎられています。おそらくは噛み切られたものでしょう」
「狼か? ヒグマか?」
「確証はないですが、サイズ的に狼っぽいですね」
「やつらが近くにいるのか!?」
「それならば他の魔獣がいないことにも説明がつきます。しかし、腕だけ噛みちぎって終わりとは少々解せません」
「何があったかは問いただせばわかるさ。おい、お前! 動くなよ!」
「っ…」
ディノが接近して強く呼びかけると、男が振り向いた。
しかし、その表情に険しさは一切なく、きょとんとした目でこちらを見つめている。
それどころか―――
「ここ…どこだ? 俺はなんで…こんなところに?」
「何を言っている! お前が逃げ込んだんだろうが! 子供はどこだ!」
「俺…が? 子供? お前は…誰だ? というか、俺は…誰だ?」
「本気で言ってんのか!? さっきまで殺し合いをしていただろう!」
「殺し…あい?」
「こいつ、ふざけてんのか! さっさと子供の居場所を吐け!」
「うぐっ…ぐぇっ…! ぁぁっ……」
ディノが胸倉を掴んで首を絞めるが、男は抵抗せずにされるがままになっている。
本当に何が起きているのかわかっていないようだ。
「ディノ、落ち着いてください。これはもしかして『例の現象』では? 記憶を失うというやつです」
「嘘だろう! このタイミングでなるのかよ! こいつが演技をしているだけじゃないのか!?」
「この男は村に来たばかりです。噂を知っているとは思えませんが…どちらにしても拘束しましょう。話はそれからです」
男を拘束してから改めて子供を探すが、肝心の女の子は見つからない。
「なんてことだ! 一番大事なものが見つからないなんてよ!」
「これ以上は危険です。血の臭いを嗅ぎつけて他の魔獣が来るかもしれません。一旦戻りましょう」
「ここまでか…」
ディノもこの場に残るリスクを知っているため、渋々了承。
縛った男を連れて深部の入り口にまで戻る。
そこではキリポが心配そうに待っていた。
「子供は…いなかったみたいですね」
「途中で解放した可能性もあります。後続の衛士隊が見つけてくれているとよいのですが…」
「俺が残って捜す。もし入れ違いになったら困るだろう? 大丈夫、深部には行かないさ。お前たちはこの三人を連れていってくれ」
「わかりました。気をつけてください」
ディノを残し、ファビオとキリポは一度帰還。
途中で応援の衛士と出会ったものの、彼らも子供は発見していなかった。
ファビオに落胆の感情が芽生えるが、ここで一つの変化が起こる。
「あっ…ああああ! は、放せ! 放せよ!」
「なんだこいつ! 突然、暴れ始めたぞ! おい、抵抗するな!」
深部で見つけた野盗の男が、突如として自我を取り戻したのだ。
必死に暴れるが、がっちりと衛士に拘束されているので動けない。
それでもまだ暴れるので、衛士が殴ろうとしているところをファビオが止める。
「待ってください。先にここで事情聴取をします。子供はどうしましたか?」
「こ、子供?」
「攫った子供です。知っているでしょう?」
「こ、子供…子供は……いつっ!」
「隠し立てをするのならば、もう一本の腕も無くなりますよ」
ファビオがナイフの先を右腕に突き立てる。
その言葉を聞いて、男が初めて自分のちぎれた左腕を認識。
「うで…? あっ! あーーーー! 俺の腕ぇえええ! お、お前たちがやったのか!! ひでぇ! なんてことをしやがる!」
「野盗のくせに何を言っているんですか。そもそも見つけた時にはこうなっていましたよ。どう見ても魔獣に喰われた跡でしょうに」
「魔獣? し、知らないぞ!」
「嘘をついたら罰を与えると言いましたよね?」
ファビオのナイフが男の右腕に押し込まれ、ぷつりと肉が弾けて服に血が滲む。
その痛みが恐怖心を刺激したのか、男は急におとなしくなった。
「ま、待ってくれ! 本当に知らないんだ! こ、子供は…し、知っている。だが、そのあとのことがわからない!」
「事情を説明してください。早く!」
「わ、わかった。わかったから…落ち着いてくれ。全部話すよ!」
いきさつはだいたい情報通りだ。
男たちは商隊を襲ったが、返り討ちにされて生き残りが十三番区に逃げてきた。
その際に子供を一人誘拐して森に入る。
子供を攫ったのは、逃げるための馬車や食糧と交換するためだったという。
その段階でも許せないが、問題はその先である。
男が独りで深部から出てきたのは、その先に隠れる場所がないかを探っていたからで、子供もそこに置いてきたそうだ。
子供を置いたのは、もし魔獣がいたら危険だから。つまりは身代わり要員として利用したのだ。
そのまま子供が無事ならば人質として活用すればよく、仮に魔獣に殺されたとしても危険だと知ることができ、彼女が犠牲になっている隙に別の場所に逃げればよい。
それを聞いた時、思わず怒りでナイフをさらに押し込んだが、これくらいの罰は当然である。
「ひっ、ひぃ! 刺さないでくれぇ!」
「それで、子供は!」
「もう一度行った時にはもう……い、いなかった…はずだ。たぶん」
「たぶん? 証言は正確にしてください」
「記憶が曖昧なんだ。腕は…突然出てきた狼か何かに噛まれたような気がするが…、子供は……いたようないないような。いや、その前に何かを見た気がする。あれは…なんだ。何かの動物のような…」
「あなたが行った時には、もう子供は消えていた。間違いありませんか?」
「あ、ああ。それは確実だ。人質に取ろうとしていたから…困惑している間に頭がくらくらして……」
「狼はどうしました?」
「わ、わからない。いつの間にか消えていて……ああ、俺の腕がぁ…」
(嘘を言っているようには見えないが、あまりに要領を得ない。どうなっているんだ?)
男はすっかり怯えてしまい、そのまま口を閉ざす。これ以上の新たな情報は得られないだろう。
仕方なく野盗たちを衛士隊に渡し、キリポも一緒に帰ってもらった。
ファビオはその後、応援の衛士を数人連れてディノと合流。子供を捜すが、やはり見つからなかった。
捜索にはマテオ組も駆けつけて、大人総出で三日間続けられたものの、消息は完全に途絶えてしまう。
「今度は『神隠し』ですか」
交番の机に突っ伏したファビオが、立番をしているディノに話しかける。
ここ三日、ほとんど寝ていないので体調は最悪だ。
本当は今すぐにでも捜索に戻りたいのだが、さすがに休めとマテオに戻されたのである。
「訳がわからねぇな。どうなってるんだ」
「それはディノにも言えます。同じく三日間寝ていないのに、どうして元気一杯なのです? 僕と一緒に戦闘もしましたよね?」
「鍛え方が違うんだよ」
「これだから戦士は…存在自体がおかしいです」
ファビオは武人ではないが、村の人口が増えるとともに準武人といった者たちも出てきたために最低限の知識は持っていた。
華々しい剣士や派手な術を使う術士にも憧れるが、一番便利なのは戦士で間違いないだろう。
身体能力が向上すれば疲れることも減り、それによって思考力が低下することもなくなる。それが一番羨ましかった。
「俺たちはいいが、子供の体力じゃそろそろ限界だ。まだ森に残っていたらヤバいぜ」
「そうですね…」
(狼に襲われていたら死体が無いことにも説明がつく。考えたくはないけれど…)
野盗の男も襲われたのだから、常識的に考えれば子供も狼に喰われたと考えるべきだ。
しかし、それを口に出すと本当になってしまいそうで言葉にできない。
「はぁ…犠牲が出たら僕の責任です」
「お前は悪くないだろう」
「真面目に村長代理をしていなかったからです。もっと防備を充実させていればよかった。他の村にも道具が普及していれば…」
「そう思うんだったら次に生かせばいい。どうせ過去は戻ってこない。前に突き進むしかないんだよ」
「ディノはどんどん脳筋になっていきますね。逞しいものです」
「しょうがないだろう。俺ももうすぐ『父親』だぞ」
「…へ? 今なんと?」
「子供が出来たんだよ」
「う、嘘でしょ! どうしてそんなことに! なんで教えてくれなかったんですか!」
「俺だって、さっき知らされたんだ。どうしようもない」
「う、裏切者ー! 裏切られたー!」
「何も裏切っていないぞ。既婚者なんだから当然でもある」
「避妊をしましょうよ!」
「する意味がない。人手は多いほうがいいからな。お前も早く作れ」
「クララ! クララはどこー!!」
伏字にする余裕すらないらしい。
という冗談はさておき、ディノも前に述べていた連れ子同士の結婚をしているので、健康的な男女ならば子供が出来るのは至極当然のことだ。
ここは平和な日本ではない。荒野のニューロードなのだ。こっちのほうが普通なのである。
「さらに疲れました…」
「そんなことを言っているとユーナが来るぞ」
「さすがに彼女もここまでは来ないですよ」
「ファビオ、またここなの!? なんで家に戻ってこないのよ!」
「ユーナの幻聴が聴こえる…。僕は病気です。壊れてしまったんだ」
「こら、ファビオ! 起きなさい! ばしん!」
「あいた!! え! ユーナ!? 本物です?」
頭に衝撃を受けて顔を上げると、そこには妻の愛らしい顔があった。
ただし、笑ってはいない。ファビオが家に戻らなかったからだ。
「走ってくるユーナが見えたんだ。だから本物だ」
「もっと早く教えてください!」
「知ったところで結果は変わらない。往生際が悪いぞ」
立番をしていたディノは、我関せずとさらに離れていく。
ユーナも交番を我が家のように扱い、机に弁当を並べ始める。
「ちゃんと食べなさい。本当に病気になっちゃうわよ。はいこれ、クラリスさんが作ったお弁当」
「うう、やっぱり持つべきは母。偉大です」
「お嫁さんにも感謝してよね。心配していたんだから。キリポが教えてくれなかったら何も詳細を知らないままだったわよ」
「村長から連絡がいくと思いまして」
「伝聞に期待しないの。で、まだ見つかっていないの?」
「ええ…残念ながら。一時的に記憶を失う現象もいまだによくわかりません」
「困ったわね。でも、森の奥で見失ったなら、やっぱり奥にいるんじゃないかしら。私は生きていると思うわ」
「…根拠を訊いても?」
「そんな感じがするからよ」
「曖昧ですね」
「悪いほうに考えるから暗い現実になるのよ。明るい未来を考えたほうが楽しいに決まっているわ」
「それはそうなんですが…」
「とりあえず食べて。話はそれからよ」
食欲はなかったが丁寧に作られた弁当は美味しく、思った以上に箸が進んだ。
栄養が補充されたことで頭の中もすっきりして、ようやく思考が回り出す。
「ユーナの言う通り、まだ諦めるのは早いです。僕たちも捜しに行きましょう」
「じゃあ、私も一緒に行くわ」
「ユーナは駄目ですよ。ディノと行きます」
「ディノが行ったら誰が村を守るのよ。大人も捜索に出ているんだから、その間はずっと交番が空いちゃうじゃない。違う事件が起きたら大変だわ」
「ですが…」
「足手まといにはならないわ。だって、私は『森の巫女』よ。森が敵対するわけがないじゃない」
「それも曖昧な理由ですけどね」
「さあ、行きましょう。今度は見つかるわ。きっとね」
抗議したとて彼女の行動力が衰えるわけもない。
途中で様子を見に来たキリポも合流し、結局三人で行くことになった。