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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
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528話 「森の賢者 その1」


 一年が過ぎ、十四歳になった時。



「ファビオ、ユーナちゃんが来ているわよ」


「はいはい」


「『はい』は一度でいいのよ」



 クラリスに呼ばれて家に戻ると、リビングでユーナがお茶を飲んでいた。


 結婚したので、いきなり小屋に来てパンツを見せることはなくなったが、相変わらず家には毎日やってくる。


 その理由は、とても簡単だ。



「毎日ご苦労様です。疲れません?」


「ファビオがうちに来ないからでしょ。早く引っ越してよ」


「向こうに製作小屋を移すのは大変ですし」


「マテオさんが『新しい小屋は任せろ!』って言ってくれたじゃない」


「ここでないと仕事がはかどらなくて」


「やることは同じでしょ? 道具なんてどこでも作れるじゃない。ピチピチのお嫁さんを放っておいて実家に篭もるなんておかしいわ」


「まだ村長さんは健在ですので政務の邪魔になるかなと。それに、あっちにいても特にやることがありませんから」


「お嫁さんを褒めたり、撫でたり、エッチなことをしたりできるじゃない。もう結婚したのだからやりたい放題よ」


「節度というものがありますので」


「節度? 一度もエッチしないのが節度なの? まだ処女だなんて既婚者で私くらいよ。もしかして立たないの?」


「お母さんの前でやめてください。僕は不能じゃないです」


「本当かしら? じゃあ、触ってみてもいい? ぎゅう!」


「僕のムスコに何をするんですか! ウアァー!」


「立つじゃない!」


「そりゃ触ればク〇ラだって立ちますよ!」


「それを入れるだけでしょ! 簡単なお仕事よ!」


「愛はどこに行ったんですか!」


「愛はここにあるでしょ! ぎゅうう!」


「クラ〇ーーーーー!」


「あー、もう! クラリスさんからも何か言ってください! こうやってすぐに逃げるんですよ!」


「うふふ、若いわねー。でも、ファビオは本当に性欲が無さすぎだわ。なんでこんなに淡泊なのかしら。マテオとは正反対よ」


「マテオさんの元気さが羨ましいです。『二人目』が出来るなんて」


「びっくりよねー。お父さんと比べてお兄ちゃんはヘタレでちゅねー」


「やめてください! 赤ん坊に言うことですか!」



 クラリスは女の子の赤ん坊を抱いていた。


 他人ではなく彼女の子、つまりは先月生まれたばかりの十四歳離れたファビオの妹である。



(お母さんは、まだ三十五歳。初産はとっくに終わっているから二人目はまったく問題ない歳だ。それにしても今になって妹が出来るなんて!)



「ああああああああ! なんてことだ!」


「ファビオ、喚かないの。なさけないわよ」


「ユーナには僕の気持ちがわからないのです!」


「私の気持ちだってわからないくせに。というか、さっさとエッチしてよね。私も子供産みたいから」


「ああああああああ!!」



 妹が出来たことは正直嬉しい。家族が増えるのは思っていた以上に幸せなのだと知る。


 だが、母親が出産したこと自体がいろいろとショックだった。


 母親が女であることを再認識したのが嫌なのか、息子特有の母親への恋慕を断ち切れないことが嫌なのか、マテオに嫉妬しているのか、あるいはユーナを一人の異性として見ないといけない強迫観念に怯えているのか。


 自分でもよくわからない感情に苛まれ、日々悶々とするファビオであった。


 とはいえ、アンシュラオンがその年齢の頃には、すでにパミエルキと交わりまくっていたので、その点に関しては見習ってほしいものである。(搾られて死にそうになっていたので幸せかは不明)



「しかし、さすがに毎日は来なくてもいいと思いますが…」



 そんなファビオの『逃げ』に対しても、即座にクラリスが反論。



「何を言っているの。赤ちゃんの世話があるから、ユーナちゃんが来てくれるのは助かるわ。ファビオは役立たずですものね」


「僕が作った光るガラガラは役立ってますよね!?」


「あのケバケバしいやつ? 眩しくて目を背けるのよね。だから捨てたわ」


「捨てた!? 僕が愛する妹に対して贈ったものをですか!? では、あの高性能な揺り籠は!」


「あれも駄目ね。揺れすぎて怖いみたいで泣くのよ。あなたの道具はすごいけど、あんまり相手のことを考えていないのよね」


「酷い! この家に僕の居場所なんてないんだ!」


「頭でっかちってことよ。拗ねてないで、もっと人生経験を積みなさい」


「くっ!! 言い返せない!」



 前世を含めればクラリスよりも長い時間を生きているのだが、いかんせん分野が偏りすぎていて世俗には疎い。


 特に子育てに関しては無知も無知だ。やることすべてが裏目に出てしまっている。



「ちょっと外に出てきます」


「ついでに買い物もよろしくね」


「傷心を癒すための散歩なのですが?」


「せめてそれくらいは役立ってね。妹にまで嫌われちゃうわよ」


「そういう印象操作が兄妹の絆を壊すのです! 僕は妹を守ってみせる!!」


「だったら早く行ってきてね」


「ぐぬ!!」



 さらに心を抉られるファビオ。


 仕方ないので外に出て太陽の光を浴びる。



(やはり結婚は人生の墓場だった。先人の言葉は正しかった)



 先人は先人でも、だいたいは結婚しないことを正当化している中年以上の男性の意見ではあるが、十四歳でこの惨状はたしかに哀れだ。


 結婚するとすべてが家庭に注がれるため遊ぶこともできず、妻からのモラハラも当たり前のように行われる。


 子供を産んだら産んだで今度は召使のようにこき使われ、仕舞いには印象操作で子供にも嫌われる始末。



「この世は地獄だ! ァァァア! 死にたい! 死にたい!!」


「ファビオではありませんか。道の真ん中で何をしているのですか?」


「キリポ! 僕は死にたい!」


「早まらないでください!? 何があったのですか!?」



 死にたいと叫びながら歩く友人に、目を丸くするキリポ。


 『こんなの』を見かけた日には親友さえ目を背けるものだが、彼は相手をしてくれる奇特な人物だった。


 ファビオが今までのことを赤裸々に吐露すると、キリポは深く頷く。



「本で見た通りの展開ですね。ファビオは悪くないですよ。男を酷使する世の中が悪いのです」


「ですよね! 理解者がいるって素晴らしい! 一緒に男の人権を守りましょう!」



 キリポの知識の大半も本で得たものなので、ここで意見が合ってしまうから不思議なものだ。


 結婚を墓場だと訴える人々の中には、こうした実体験がない者も多く含まれるのだろう。


 だが、その中に真実の一端が含まれるから言われるのであって、半分は正解なのかもしれない。どのみち男の扱いなどそんなものだ。



「ところでキリポは結婚しないのです?」


「する予定はありませんね。子供も作る予定はありません」


「そこにシビれる憧れるー!」


「既婚者に言われると複雑ですけど」



 キリポもこの二年間で成長していたが、安定を求める他の者とは異なり、自分の道を探すスタイルで独身のままでいた。


 いくら十二歳で成人とはいえ、やはり十四歳は子供の域を出ない。身体もまだ成長過程であり、人生に迷う年頃であってしかるべきだ。


 ただ、キリポに関してはもとから知識欲が強かったこともあり、この二年でどんどん『学者化』してきて、今ではローブをまとって『角帽』までかぶっている。


 角帽は学生帽などいろいろな形があるが、ここでは英国系の卒業式でよく見る平べったい帽子を想像すればわかりやすいだろう。


 実家が雑貨屋なので、こうした珍しい品々も手に入れやすい環境とはいえ、村の中ではファビオとは違う意味で異色な人物である。



「僕はこれからどうすればよいのでしょう…」


「ほどよく結婚生活を送ればよいのでは? まったく付き合わないから相手も過剰になるわけで」


「もっと心情的な問題なのです」


「どうせ受け入れるしか選択肢がないのですから無駄な抵抗だと思いますが…。そもそも、それだけ稼ぎがあるのならば自立すればよいのでは?」


「家が好きなんです」


「…そうですか。まあ、実家の快適さに勝るものはありませんよね」


「そうなんです! わかってくれますか、わが心の友よ!」


「ど、どうも」



 やはり『どうも』は万能だ。


 それしか言えなくさせるファビオにも問題があるのだが。



「それはそうと、キリポは何をしていたのです?」


「特に何もしていません」


「ニート最高ですよね」


「その言い方はやめてください。最近は『本』が少ないので、やることもないのです」


「流通が、ということですか?」


「そうです。ここもだいぶ発展してきましたが、それは物質面でのことばかりです。しかし、本当の発展を果たすには『精神的な側面』が重要になります」


「いわゆる『文化』というやつですね」


「さすがファビオ、その通りです。発展した西大陸や伝統のある東の国家には、代々受け継がれる精神的な土壌がありますが、ここは不毛の地。拠り所となるものがないのです」


「森の神様がいるのでは? 素朴な信仰は人々の心を支えます」


「もちろんそれも大事なことです。ですが、抽象的すぎるとは思いませんか。多くの人々に伝えるには、やはり明文化されたもののほうがわかりやすいのです」


「うーん、本来は明文化されないもののほうが高尚ではありますが…新しくやってきた人たちには活字のほうがいいかもしれませんね」


「その前に文字が読めねば駄目です。まずは知識を得て共有することが大事だと思っています。そのためには読み書きを教える者が必要ですし、話は戻りますが本自体が圧倒的に足りていません」


「ここでは本は貴重ですからね」



 アンシュラオンがいる北部は今でこそ衰退しているが、当時のグラス・タウンが発展していたことから、生き残った人々が文化を伝えることで識字率は比較的高い傾向にある。


 また、知識といった側面でも、エメラーダといった知者や五英雄の秘宝や伝承があるため、特定の場所では一般的な水準を超えるレベルにまで至っている。


 ハピ・クジュネもグラス・タウンの受け皿になったことで、『知識を得た海賊』に進化することでき、それが発展を後押ししていた。


 要するに、発展とは『知識の獲得』でもあるといえるわけだ。


 ただ物質面だけが満たされていても進化は訪れない。それを正しく使うことで文化として花開き、人々の生活はより豊かになる。


 知識は次第に教養になり、いずれは信念や美学となって優雅さと上品さすら与え、最後は高潔さに昇華される。


 高潔さは魅力となり、人々の模範となって安定した地盤を生み出す。それが無ければ、いかなる文明があったとしても長続きはしないのだ。


 これは人類の歴史が証明していることなので、そういうものだと納得するしかない。


 一方のニューロードには、大前提となる基礎たる知識が少ない。その理由は今述べたように本自体の欠如にある。


 過去の文化の継承もないため識字率も低く、読み書きができない大人も大勢いる。父親のマテオも文字は得意ではない。


 知識人ぶったキリポは、それを憂いているのだ。



「キリポの意見もわかりますが、流通だけはどうしようもありませんからね。ここには満足な交通ルートがありませんし、行商人がたまたま立ち寄るくらいしか入手手段がありません」


「そうなのです。僕やファビオがいれば模写はできますが、肝心の本がなくては意味がありません」



(本か。僕が書くのは…さすがに無理だよな)



 前世では本の執筆もしていたことがあるファビオだが、あまりの過激さに、ものの見事に発禁処分にされてしまっている。


 そういった自分とは異なる意見を封殺する者たちに反発し、彼は外に可能性を見い出して出奔したのである。


 が、ここで必要なのは汎用的な知識量の増加だ。


 その点に関しては、この世界の常識に疎いファビオでは手に余る。また、自身が書いたことが判明すれば説得力にも欠けてしまうだろう。


 どの星であっても人の価値観など似たようなもの。何が書いてあるかよりも『誰が書いたか』が重視される。


 いろいろと案を考えている時、キリポが意外な話を切り出してきた。



「森に行ってみませんか?」


「森…ですか? なぜです?」


「ディノから聞いた話が気になっているのです」


「魔獣のことですか? あの時は酷い目に遭いましたが…」


「そちらではなく『老人』のほうです」


「森にいた不審者のことです? もう五年も前の話ですよ。あれ以来、まったく見かけた者はいません。僕自身も見ていませんから本当にいたのかどうか」


「二人が助かったのは事実です。その状況からほかに助かるすべがあったとは思えませんから、老人が幻だったというのは無理があります」


「まあ、そうですけど…」



 老人は秘密にしろと言ったが、人の口に戸は立てられない。


 さすがに大人には話さなかったものの、ユーナやキリポといった近しい者には自然と口も滑っていた。(ディノが我慢できなかった)


 ただ、正体が不明であるうえ、あれからまったく出てこないのでファビオ自身も忘れていたほどだ。


 しかし、キリポはずっとその話が気になっていたらしい。



「話を聞く限りでは普通の人物ではなさそうです。かなり高位の術者ではないかと。一般的に術者は知識を持つ者が大半です。もしまだいるのならば貴重な情報源になるかもしれませんよ」


「だから森に? 気持ちはわかりますが、ちょっとトラウマが…。深部への立ち入りも禁止されていますし」


「もう成人したので問題ありませんよ。深部の調査は森の安全確保の面でも重要なことです。ひとまずディノに相談してみませんか?」


「あっ、買い物がありました。急がないとまた家庭内カーストが下がります」


「諦めては駄目です。チャレンジあるのみです」


「初期の蟹座の悲惨さを知らないから、そんなことが言えるのです! あれでどれだけの子供たちが犠牲になったことか! 僕は守りたい! 妹を守るのです!」


「ファビオは時々よくわからないことを言いますね」



 と、抵抗してみたものの買い物に行く気分でもない。


 仕方なくキリポに付き合ってディノのところに行ってみる。


 彼は村の中央にある衛士詰め所、もとい木造の『交番』で立番をしていた。



「やぁ、ディノ。調子はどうです?」


「おっ、『村長代理』じゃないか。おかげさまで今日も平和さ」


「村長代理はやめてください」


「朝方、またユーナが走っていくのを見たぞ。さては逃げてきたな。妹も産まれて肩身が狭いんだろう?」


「エスパーもやめてください」


「ははは、お前は変わらないな」


「ディノは随分と立派になりましたね」


「それこそおかげさまでな。お前が考案した『交番制度』のおかげで衛士隊も上手く回っているよ」



 彼は二年前に言っていた通り、四つの村の合同で新設された衛士隊に入り、今ではファビオたちがいる北の村の衛士兼ハンターとして活躍していた。


 この二年間でさらに身体は大きくなり、村で一番頼れる戦士となっている。


 ファビオも衛士隊の創設には積極的に協力しており、武具の提供や日本にあった交番制度の導入など、地域の安全に力を入れていた。


 日本人からすると交番は当たり前に思えるが、多くの地域ではこうした制度はあまり見られず、いちいち離れた場所にある詰め所から衛士や兵士が派遣されているので、駆けつけるまでに時間がかかってしまう問題があった。


 グラス・ギースにおいても第三城壁内部には各所に砦があるものの、それ以外では衛士の詰め所は門付近に集中しており、何かあった時の対応は遅い。


 城壁がない十三番区では外敵からの脅威も著しいため、エリアを細かく分けて衛士が配置されるシステムは非常に有用で、何かあれば最低でも二人の衛士がすぐに駆けつけることが可能になっている。


 また、衛士自身も村出身者であることから、常に地域と関わることで親しみやすさを持たせることにも成功していた。これも交番の強みといえる。



「で、わざわざ来るってことは何か用なのか?」


「キリポが森の奥に入りたいと言うのです。止めてくれませんか」


「奥? 前に行ったところか?」


「そうです。あの時の不審者に会いたいそうです」


「ふーむ…」


「危険ですよね。無理を言ってすみませんでした。さあ、もう帰りましょうか」


「ファビオ、ディノはまだ何も言っていませんよ」


「キリポは刃狼の怖ろしさを知らないから、そう言えるのです。あの時は絶対に死んだと思いましたよ」


「その魔獣にも興味はありますけどね。ぜひ見てみたいものです」


「困った人ですね。どうせ駄目なんですから諦めて―――」


「いや、それもいいのかもしれない」


「え? ディノ、本気です?」



 腕を組んで何やら考え込んでいたディノが、ここでまさかの賛成の立場を示す。


 彼もあの時のことがトラウマである以上、簡単に行くという話になるのはおかしい。


 ファビオがディノに理由を訊ねる。



「何か理由でもあるのですか?」


「普段なら反対していたが、ここのところ森で『記憶を失う』やつが多いんだよな」


「どういう意味です?」


「最近はよそ者が多くなってきただろう? そういう連中は、まず森に入って様子をうかがおうとする。この村が安全かわからないからだ。だが、逆に俺らからすれば、そういう行動はやめてもらいたい。魔獣を刺激するし、森は神聖な場所でもあるからな」



 森の奥に立ち入らないのは単純に危険という意味合いも強いが、森の神を祀っている都合上、そこが村にとって神聖なる場所だからだ。


 今年の祭りでもユーナは身体に神を宿し、多くの実りを与えている。それは森を飛躍的に豊かにして村も多くの恩恵を受ける。


 だからこそ、よそから来る者は森に無断で入って山の幸を奪おうとする。


 これはここ二年間で急増してきた事案の一つで、四つの村の合同会議でも問題になっていた懸念点である。衛士隊が作られたのも、森に勝手に入る者が増えたことが一つのきっかけになっていた。


 だが、今回の話はそれとは少し毛色が異なる。



「そういう輩がいるのはいつものことなんだが、その連中が一時的に記憶を失う事態が頻発しているんだ」


「記憶喪失というわけではないのです?」


「ああ、森の奥に入った時だけの記憶がないらしい。おかしいだろう?」


「奇妙ですね。何かしらの外因がありそうではあります。でも、それくらいなら微々たる被害です。命を奪われるわけではないのでしょう?」


「それはそうだがな。村人の中には『神様の祟り』と言っているやつもいる」


「なら、それでいいじゃないですか。どうせ行かない場所ですし、罰が当たるくらいでちょうどよいです。これで話は終わりですね」


「待ってください」



 どうしても行きたくないファビオは話を切ろうとするが、キリポは諦めない。ファビオの服を引っ張って抗議する。


 女性にやられるのはまだいいが、これが男の場合は思っている以上に不快だから不思議だ。



「なんです? まだ何か?」


「ファビオ、村長代理として見過ごしてはいけない問題では?」


「森の神を信奉する敬虔なる身としては、祟りは大いに結構です。それよりは物理的に人が森に入れないようにする対策が先です。まあ、広すぎるので現実的ではないですけど…」


「そんなところに不審者がいるほうが問題ですよ」


「まだいるとは限りませんし、記憶を失う原因がそれとは限りません。調べるリスクのほうが大きいです。それが村長代理としての判断です」


「こういうときだけ村長代理を盾にするのは卑怯です」


「なんとでも言ってください。僕は行きませんからね」



(また狼に遭遇したら最悪だ。次は逃げられる自信がないし、母さんたちに何を言われるかわからない。もうカーストが下がるのだけは嫌なんだ)



 真っ先に家庭内カーストを気にする習慣ができたのが哀しいところだ。


 とはいえ実際に魔獣に殺されそうになった者からすれば、この程度の動機では許可できない。ファビオの判断は間違っていないといえるだろう。


 がしかし、間が悪いことに、ここで緊急の一報が飛び込んできた。



「ディノ、大変だ! また森に入った連中がいる!」



 村人の男性が慌てて交番に入ってくる。


 汗だくなので、かなりの距離を走ってきたことがうかがえた。



「今もちょうどその話をしていたんだ。でも、危ないから放っておくのがいいって決まったところさ」


「違うんだ! 入ったのは野盗の連中なんだ! 荒野で商隊が襲われて、撃退はしたそうなんだが、そのままこっちの村に来たみたいでな。潜伏されたらたまったもんじゃないぞ!」


「本当かよ。面倒なことになったな。それこそ森の魔獣に食われてくれればいいんだが」


「それも困る! 西の村のファンジーという六歳の女の子が、そいつらに攫われてしまったんだ! 早く助けないといかん!」


「嘘だろう!? 厄介すぎるぞ!」



 その言葉に思わず頭を抱えるディノ。


 今までも野盗によって被害が出たことはあるが、人が連れ去られたり人質になることはなかった。しかも今回は抵抗できない子供である。


 ディノは眉をしかめながらファビオのほうに振り向く。



「どうするよ、ファビオ。急がないとヤバいぜ」


「迅速な行動が必要みたいですね。野盗の人数はどれくらいですか?」


「六人か七人って話だ」


「微妙な数ですね…」


「それくらいならば問題ない。商隊に負けてくるような連中だ。たいした武人でもないゴロツキさ。武装していても俺独りでどうにでもなる」



 ディノは昨年、衛士になりたてにもかかわらず、たまたま遭遇した野盗四人を拳で殴り殺した実績がある。


 主武装である戦斧も使えば、中級の傭兵にも負けない戦いができるだろう。


 戦力としては申し分ない人材であり、だからこそ村人も真っ先にディノのところに来たのだ。


 ただし、今回は人質がいる。



「ディノの強さは信頼していますが、人質がいるのならば僕も行きましょう。人手は多いほうがいい。それと、他の村の衛士隊にも準備ができたら森に入るように伝えてください。でも、奥には入らずに手前まででお願いします。僕とディノは、こちら側から森に入って追い込んでみます。上手く挟み撃ちにできればよいのですが」


「わ、わかった。伝えてくる!」


「交番に『糸電話』がある。それを使ってくれ」


「おお、そうだったな。便利になったものだ」



 ディノが村人に、壁にかけてある『糸電話』を指し示す。これもファビオが開発したものである。


 現在の地球のギネスでは最大四百メートル弱、日本では二百五十メートル程度が有効範囲だが、振動を利用した伝達方法としては安上がりで安定感があるのが特徴だ。


 ファビオは伝達するための専用の鉱物と糸をクラフト能力で生み出しているので、最大五キロまで連絡が可能になっている優れものだった。


 ちなみにこの改良型糸電話は、かなり後世にまで伝わっており、ダマスカス共和国で起こった『とある事変』でも活躍するのだが、それはまた違うお話である。


 村人が他の交番にも異変を伝えている間に、ファビオとディノは準備を進める。


 相手が野盗ということで万一にそなえ、ディノは迷彩柄のフルプレートに戦斧とボウガン、ファビオも準装のコートに弓矢とグレネードを装備する。


 グレネードは捕縛用のネット弾にしてあるが、以前使ったような炸裂弾も装填可能だ。


 このあたりはまだ発展していないものの、南部ではさまざまな鋼鉄装備が出回っているので、フルプレート自体はそこまで珍しいものではない。


 こちらもファビオが強化しているため、ディムレガン製の鎧並みの性能を誇る逸品である。



「ファビオ、僕も行きますよ」


「キリポは待っていたほうがよいのでは?」


「いえ、これでも村の一員です。道具の扱いはファビオに教えてもらいましたから少しは役立てます」



 キリポのバッグには、ナイフに加えて『音響閃光弾』といった制圧用の武器まで入っている。


 これもファビオが作ったもので、北の村人には護身用として各家庭に配布しているものだが、非常に強力なものなので他の村までは流通していない。


 もし他の村にも配備できていれば子供が攫われることもなかったと思うと準備不足が悔やまれる。



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― 新着の感想 ―
妹ができただけでなく、狼による誘拐も。苦労だらけですね。
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