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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
群雄回顧編 「思創の章」
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527話 「祭り、土着の神」


 十三番区では毎年、春前に『お祭り』がある。


 ただ飲んで踊って騒ぐだけではなく、村々の発展を願った神聖なものだ。


 もともとはファビオがいる北の村だけでひっそりとやっていたものであったが、村が拡大するとともに規模は大きくなり、多くの住人が集まる年一番のイベントになっていた。


 その日になれば人々は身を清め、森の浅部に少し入ったところにある『石碑』の前に集まる。


 お供えが終わると『代表者』が石碑の前に座り、今年度の豊穣を願ってしばし瞑想する。そこで『神が降りれば』、それから一年は繁栄がもたらされるといわれている。


 なんてことはない一般的な祭事ではあるが、他のものとは異なる点が二つばかりあった。


 一つは、代表者が【女性】であること。


 できれば穢れのない生娘であればよいとされ、そのことから代表者は『巫女』とも呼ばれている。


 もう一つは、祈る対象が【土着の神】である点だ。


 この世界では『女神信仰』が根底に存在する。以前にファビオが見た本からもわかる通り、仮に他の信仰があったとしても、だいたいは偉大なる者に関連した神ばかりだった。


 しかし、土着の神を崇めるのはあまりないことである。


 ファビオも六歳から祭りに参加しているが、ずっと信仰の対象が気になっていた。



「父さん、ここの神様ってどんな神様なんですか?」


「さぁな」


「さすがにそれくらいは知っておきましょうよ」


「んなこと言われてもな。昔から住んでいた者たちが始めたらしいから俺も詳しくは知らないんだ。まあ、森の神様じゃないのか? 森に向かって祈るわけだしな」



 前回も少し述べたが、この祭りはマテオたちが始めたものではない。


 十三番区を最初に開拓したマテオを含む一団が来た時、この地にわずかに残っていた先住民から教わったものだ。


 その彼らもいつの間にかいなくなってしまったが、森の資源を受け継ぐという意味合いからも祭りは続けられていた。


 ただし、最初に詳細を訊いておかなかったせいで土着の神については何もわからず、祈っているほうもなんとなくやっているにすぎない。


 そのあたりが元宗教家としては『むずかゆい』わけだ。



(森の神か。日本の『かんながら』では自然を神として崇拝しているから、その思想自体は馴染み深いものだけど)



 ファビオが静かに目を閉じると、まるで大地と一体化したような気分になる。


 植物から発せられる緑の匂い、土の香り、生物の息遣い。そのどれもが調和の中で共存していた。


 日本に限らず自然豊かな場所で暮らす人々は、古くから自然の中に神を感じ取り、さまざまな表現(事象)から真理を学んでいたものだ。


 それは非常に感覚的なものでありながらも、あえて明文化する必要性がなかった高度なものといえる。


 なぜならば、霊同士のやり取りの基本は思念の交換であり、言語を必要としないからだ。


 日本では「空気を読む」という言葉があるが、あれも周囲の思念や気配を感覚的に察する、より高度なやり取りなのである。


 逆に欧米社会は物質性が強いがゆえに科学技術が進んだが、その分だけこうした精神性があまり育たなかった。どちらの方向から進んでも行き着く先は同じなので、それも傾向性の違いにすぎないが。



「しかし、女神様よりも優先するなんて不思議ですね」


「お前だって、べつに女神様に対して特別な信仰はないだろう?」


「そう…ですね。感謝と尊敬の念はありますけれど、あえて祀ろうとは思いません」


「それでいいんだよ。女神様は俺たちの始祖だからな。身内みたいなもんさ。ばあちゃんのばあちゃんの、そのまたずっと前のばあちゃんみたいなもんだ」


「たしかに。そう思うと親しみも増します」


「だろう? それより今日でお前も【成人】だ。早いもんだな」



 マテオがしみじみと息子を眺める。


 あれから三年、ファビオは十二歳になっていた。


 地域によって成人年齢は多少異なるが、厳しい荒野では十二歳で成人認定されることが多く、この地でもそれは変わらない。


 顔付きも大人っぽくなり、成長期ゆえに身長も伸びた。親としてはそれが嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあるのだろう。



「ユーナちゃんも大きくなったな。今年から『巫女』になるくらいだ。あれはいい女になるぞ」


「そうなんですね」


「…ファビオ、女の子のほうから毎日通ってくるんだぞ。好意があるとは思わないのか?」


「それは…はい。わかっています」



 相変わらずパンツを見せられているだけだが、たしかにユーナはあれからも毎日通っていた。


 正直、近いとはいえ家に毎日来るのは大変だ。彼女の感情が単なる興味を超えていることは間違いない。



「わかっているなら、もう少し態度で示せ。お前も成人だ。嫁をもらってもいいんだからな」


「でも、結婚したら巫女にはなれなくなりますよ?」


「どうでもいいだろう、んなことは。女にとっては結婚のほうが大事だ。子供を産めば村も発展する。それ以上に大切なことはないさ」


「それ以前に僕が相手になるのは決まっているのでしょうか? 村長の娘さんですし、ほかにいるのでは?」


「父さんは教育を間違えたかもしれん。もう少し女について教えておくべきだったな…」


「いえ、これは性分かと。お父さんは悪くありません」


「それもそうか。やっぱりお前が悪いな」


「………」



 そんな話をしている間も祭りは進む。


 質素ながらも厳かな雰囲気で行われる祭りは、見ていて心が洗われるようだった。


 そして、巫女となったユーナが石碑の前に座り、瞑想に入った。


 瞑想の時間に決まりはないが、いつもならば頃合いを見て宴に入る。神を降ろすという話であっても、今まで一度たりとも何かが起きたことはないからだ。


 だいたいは軽く祈ってお開きになり、その後の盛大な宴を皆で楽しむ。そこでは飲酒も解禁され、マテオが酔いつぶれるまでがセットである。


 数分経過し、皆の興味が宴の料理に移りかけた、その時。


 ここでまさかの異変が起きる。



「っ…」



 ユーナが、ビクンと身体を震わせた。


 目には見えない何かが大地から染み出してきて、彼女の身体にまとわりつく。


 それは魂というよりは肉体に強く作用したような気がした。


 集まった何かはユーナの中で循環して、また外に出ていく。


 ただし、その時にはより実体を帯びたものに変化していた。


 所々に芝がある程度だった土の地面から、さまざまな植物が一気に芽吹き、あっという間に膝まで伸びていく。


 花を咲かせるもの、実をつけるもの、逆に生長しすぎて枯れてしまうもの。そこからこぼれた種すら一瞬で芽吹き、季節など関係なく生命が溢れていく。


 その異様な波動は森にまで波及し、生息している魔獣たちの戸惑いの息遣いが聴こえるほどだった。


 宴に気を取られていた村人たちも、目の前の光景に魅入っている中。


 誰かがボソリと呟いた。



「神様が降りたんだ」


「かみ…さま?」


「そうだ…そうだ! だって、そういう話だったじゃないか!」


「あっ…そ、そう…だったな。じゃあ、これが神様…なのか?」


「森を見ろ! すごいぞ! 実で溢れている!」


「伐採した木もまた生えているぞ!」


「おお、大地が…生きておる。生き返ったんじゃ!」



 ニューロードの土地は、西方ほどではないが痩せ細っていて、畑にもたいした植物は実らない。


 不足がないようにしているものの、けっして余裕があったわけではない。


 そんな土地が一瞬にして活力を取り戻したのだ。喜ばないほうがおかしいだろう。



「こりゃたまげたな…」


「ええ…」



 マテオも驚きで言葉が出ないようだ。ファビオも相槌を打つことしかできない。


 足元に転がってきた実を拾って調べてみると、それはこの季節に実るものではなかった。試しにかじってみたところ普通に美味い。しっかりと成熟している。


 それでもう頭はパニックだ。



(訳がわからない。何が起きているんだ? こんな滅茶苦茶な現象があっていいのか? 完全に自然の法則を無視しているじゃないか)



 音楽にリズムがあるように、あらゆるものは特定のリズムの中で成長するように設計されている。だからこそ春夏秋冬が存在し、それぞれの営みが美しく見える。


 されど今起こったことは、ただただ強烈な力によって無理やり成長させられたようなものだ。


 そのいびつな様相にファビオは強い違和感を抱く。



「おお、ユーナイロハ様じゃ! 皆の者、ユーナ様に頭を下げよ!」


「ユーナ様! 最高だぜ!」


「なんて女だ! 本当に巫女じゃねえか! たまんねえな!」



 しかし村人たちは、現状の苦しい生活がすべてであったがゆえに、どんな異常事態よりも目先の利益のほうになびいてしまう。


 今、彼女は神を降ろしているのだ。その代行者なのだ。


 皆がユーナに対して頭を下げる。


 しばらくすると植物の生長が収まり、彼女の身体からも力が抜けていく。



「え? なにこれ? どうなってるの?」



 ユーナが目を開くと異様な光景が広がっていた。


 彼女自身にも自覚がないようで、一番驚いた顔をしているから不思議だ。


 まだ皆が頭を下げている中、ユーナが立ち上がると草木を掻き分けてファビオのところに一直線に走ってくる。



「ファビオ、見てた!? すごいよね!」


「見ていました。なんと言ってよいのか…」


「ねぇねぇ、それより! はい、パンツ!!」



 ユーナが着物の裾を大きく広げてパンツを見せる。


 いつもの恒例行事なのだが、まさか人前でやるとは思っていなかったので面食らう。


 が、面食らった理由は、これまた違う要素だった。



「ユーナ、パンツが無いです」


「何言ってんの! 私のパンツが大好きなくせに!」


「いえ、そうではなく…パンツが……無いですよ」


「へ? パンツが―――はひっ!? そうだ! 今日ははいてなかったんだ!!」


「………」



 なんともいえない表情を浮かべるファビオ。


 しかし、十二歳となったユーナは、三年前よりも明らかに女性らしい身体付きになっていた。


 声にも少し艶が混じり、香りにもフェロモンを感じさせる。そのせいかファビオの心にも若干の雑念が浮かんでしまう。



「ねぇ! どうだった!」


「ど、どうって…何がです」


「見たでしょ! 感想!」


「ユーナ、あなたも成人したのですよ。もう子供ではないのですから節度というものを…」


「興奮した? した? したよね? したでしょ!」


「…まずはパンツをはいてください」


「まったく、お前たちも変わらないな」



 同じく成人となった親友のディノもやってくる。


 九歳の頃でも高校生並みの体格だった彼は、この三年でさらに成長して一回り以上大きくなり、筋肉もかなり増していた。今では大人と並んでも大きく見えるほどだ。


 どうやら武人の才能があったらしく、戦士因子が覚醒した結果、ますます肉体に磨きがかかっている。


 これも『あの時の戦い』のあとからなので、生存本能が刺激されたことで因子が目覚めた可能性が高い。



「ディノ、あなたからも何か言ってください」


「言って変わるような女じゃないだろう? お前が制御しないとユーナは何をするかわからねえ。ちゃんと管理しておけよ」


「そんなこと言われても…」


「しかしまあ、まさかここまでやるとはな。これは予想していなかった。おい、キリポも落ち着けよ」


「いやー、これはすごいですよ! 何が起こったのです!? そこのところを詳しく訊きたいです!」


「やれやれ、こっちも相変わらずだな」



 ディノの隣には、生長した植物に触れまくっている眼鏡をかけた小さな男の子がいた。


 小さいといってもファビオたちと同じく十二歳になったので、扱いとしては立派な大人である。


 彼の名は、キリポ・コスタ。


 両親は村で雑貨屋を営んでおり、マテオたちはよく利用しているそうだ。


 ファビオは製作小屋からあまり出ないので最近まで存在を知らなかったが、キリポはディノの子分の一人らしく、たまに小屋まで連れてきていたので、それをきっかけに友達になった経緯がある。


 キリポは身体が小さく臆病な性格のためか、自分よりも大きな存在に憧れる傾向にあった。神を降ろしたユーナに対しても強い畏敬の念を向けているようだ。


 が、当の本人は、あっけらかんと笑う。



「なんだかよくわからないけど、みんなが喜んでいるならよかったじゃない。あははは!」


「ユーナ、さっきは何が起きたのです?」


「知らない。ちょっと違和感はあったけど、気づいたらこうなっていたわ」


「何かしらの要因がなければ、こんなことは起きません。植物の生育にしてもエネルギーが必要なはずです。特殊な光合成や特別な肥料でも、ここまで一気に増えるなんておかしいです」


「小難しい話は無しよ。ほら、宴が始まるわ。みんなで食べましょう!」


「ですが…」


「ファビオ、こっちを手伝って。料理を出すわよ」


「母さんまで…」



 女は逞しい生き物だ。何事もなかったようにクラリスたち女性陣が料理を運んでくる。


 邪魔な植物はナタで躊躇なくぶった切るので本当に気にしていないのだろう。それはそれで怖ろしいことである。


 そして、予定通りに宴が始まる。



「いやー、今年はいい年になりそうだな」


「収穫も二倍だよな。これってまた生えるのかな?」


「そうなんじゃね? だったらいいよな」



 と、人々は呑気に料理を食らい、酒を飲んで賑わっている。


 ファビオからしたらありえない対応だが、その中で一人だけ、この現象に興味を抱いたキリポが話し相手になってくれた。


 まだ興奮しているのか、顔を赤くしたキリポが力説する。



「あれは神様の『奇跡』じゃないかと思います!」


「奇跡?」


「はい! 女神様も奇跡を起こされると聞きます! それと同種のものではないかと!」


「たしかに奇跡に関しては本に記されていますが、そんな安易な言葉で片付けてよいものかどうか」


「実際に起きました。だったら、それが事実です」


「まあ、それはそうですね。でも、もし本当に奇跡だとしたら、僕たちが崇めている神様は実在することになります」


「もちろんそうです。きっと森にいるんですよ」


「森…ですか。実際に物騒な生き物はいますけど。ただ、神が実在しているのならば直接姿を見せてもよいのでは? わざわざ巫女を媒介するのは気になります」


「うーん、そうですね…。『依代よりしろ』を必要とするのなら、もしかしたら実体は無いのかもしれません。もしくは女神様くらい高位な存在かです」


「偉大なる者のほかに、女神様に追随するほどの神様はいるのでしょうか?」


「本には書いてないですね。あるいは書けないほどの存在なのか」


「書けない存在…」



 そこでふと、以前見た本に書いてあった『謎の文言』が脳裏をよぎる。


 滅茶苦茶な文字の羅列で意味もわからないが、本に載っている以上は何かしらの存在を示すもののはずだ。


 偉大なる者たちと同列に記されていることから、少なくとも対等以上の神と考えられる。



(気にはなるけど、この十三番区にそんな存在がいるわけがない。さすがに関係ないか)



 ファビオは思考を切り替えて、改めてキリポの言葉に意識を向ける。



「それにしても不思議だと思いませんか。たぶん世界はすごく広いのに、それに対して『信仰の数』が少ないんです」


「女神様たち以外の選択肢がない、という意味ですよね?」


「そうです。いくつか大きな宗教はあるそうですが、根本は女神様に通じています。その意味で我々の信仰は少し特殊なものではないかと。そう思うわけです」



 キリポは、眼鏡をくいくいっと上げてみせる。


 彼の趣味は読書であり、ファビオ同様にさまざまな知識を得ている。こうして話が合うのも同じ本を読んでいるからだ。


 父親が雑貨屋を営んでいる都合上、行商人から本を手に入れやすい環境が彼をそうさせたのだろう。



「ただ、たまに伝承が残っていたりしますので、こうした『土着の神』というのは、実はそれなりにいるのではないかと考察できます」


「ますます正体が気になりますね。そもそも神とは何かという問題もありませんか?」


「さすがファビオです。自分もそこに興味を覚えました。一般的には強い力を持つ未知数の存在を神と呼ぶそうです。女神様も『神』と付いていますので、地上の人間を超えた女性的な存在、という意味になります」


「僕たちの始祖という側面も重要ですね。ですが、それならばなぜ『母』ではないのでしょう?」


「…その意図は?」


「女神様が僕たちの母なんですよね? だったら『母神ぼしん』という名称になるのではありませんか? そうですね、たとえば『地母神じぼしん』という言葉がありますが、文字通り大地を母として崇める風習または思想が神を生み出したのです」



 日本神話でも最高神は女性の『天照大御神』であるが、やはり母となると『イザナミノミコト』を思い浮かべる人が多いだろう。


 もちろんイザナミも大きな括りでは女の神、『女神』ではあるのだが、信仰の対象となる場合は、より特性が際立つものだ。


 その話をすると、キリポは目を見開いて食いついてきた。



「…面白い。とても面白いですよ、ファビオ! 地母神は初めて聞きましたが、その発想はなかったです! これは大発見です!」


「そ、そこまでではないと思いますが…」


「いえ、おっしゃる通り女神様が母ならば、母神が適当でしょう。名称的にその要素がどこにもないことには違和感があります」


「たしか闇の女神様が、僕たちの直接の始祖なんですよね?」


「一般的な女神信仰の伝承では、光の女神様の愛が闇の女神様の中で育ち、僕たち人間の始祖が産まれたとなっています。抽象的な表現なのでなんとも言えませんが、愛が人の心を示していて、闇の女神様が与えたのが肉体ともいわれていますね」


「そうなると、やはり母ですね。闇自体が大地と母を表現しているから不要だったのかも」


「その説もありそうです。そこから推測すると、実りを与えたことから我々の神様も闇に属する存在かもしれません」


「光の女神様が与えるのは、あくまで精神的なものだけだと?」


「こないだ手に入れた『奇跡集』からすると、その傾向が強いようです。人を導くのが光の女神様の使命のようですので」



 翠清山で顕現した女神マリスの光は、物質的な側面では何も益を与えていない。ただ出現して間接的に意思を発しただけだ。


 だが、それだけでも人々は進むべき方向性を見い出した。


 本来ならばもっと激しい悪感情が芽生えて泥沼の争いになっていたかもしれないのだ。それを思えば、いかに女神の光が重要だったかがわかるだろう。


 しかし、いつでも女神の意思が顕現できるわけではない。


 あの時はアンシュラオンの神気による浄化が著しかったことと、山頂という意思が集まりやすかった場所であったことが強く影響している。(皆の意識が向くという意味で)


 では、今回の儀式は何が影響を及ぼしたのか。



「やはりユーナが『特別』だったんだと思います」


「そうは見えませんけど。パンツを見せてくる人ですよ?」


「それは性格上の問題です。重要なことは【肉体的な要素】じゃないかと」


「なるほど。光の女神様が精神または霊的な要素を担当するのに対し、闇の女神様が物質的な要素を担当するのならば、そこで必要とされるのは同じく身体的要素というわけですね」


「そうです! つまりはユーナの身体は特別なのです!」



 実際のところ、いわゆる『霊媒』と呼ばれる力は『生まれつきの能力』である。その肉体的要素が伴わなければ、どんなに努力しても媒体になることは不可能だ。


 逆にまったく知識がなくても肉体的要素だけ満たしていれば、十分に使える道具になる。こればかりはまさに才能なのだ。



「うーん、そんなに成長しているとは思えませんが」


「ちょっとちょっと、あんたたち、さっきから何をしゃべってんの! 私の身体がなんだって? いやらしいわね!」



 自分の話題が気になったのかユーナが割り込んできた。


 しかし、なんとなく顔が赤い。


 それは気恥ずかしさからではなく、手に持っているコップから漂う独特な発酵臭に原因があった。



「ユーナ、これってお酒じゃ…」


「成人したんだからいいじゃないの。ねー! バンバンっ!」


「いたたた、叩かないでください。ここでは成人したといっても身体はまだまだ子供なんですから。アルコールは控えてくださいよ」


「もー、ファビオはつまらないやつだよねー! うん、つまらん! お前はつまらん! ほら、飲め! 私の酒を飲め!」


「ちょっと…! 困りますよ!」


「私の酒が飲めないのかー! あははは!」



 と調子に乗っていたのも束の間。


 数時間後には吐いてしまい、真っ青な顔色になって寝込む羽目になった。



「うちの娘がすまんね」



 祭りが終わり、村長でありユーナの父親であるカイロナウテが彼女を背負う。


 独特な名前なので基本的に『村長』で通すが、彼は濃い髭を生やしたマテオと同年代の男性で、集まった人々の仲介や仲裁ばかりやっていたら、いつの間にか村長を押し付けられていた不憫な人でもある。


 それゆえに村長といっても特に権限はなく、とりあえず村の代表者という位置付けにすぎない。


 ファビオたちに対しても物腰柔らかく、子供だからと頭ごなしに命令したりしない好人物である。



「ファビオ、君も成人になったんだ。結婚に興味はないかな?」


「成人といっても、まだ十二歳ですよ?」


「いきなり子供を作れというわけじゃない。それはもう少し育ってからでもいい。でも、この村は発展しているとはいえ困難も多い。『象徴』となってくれる人物がいたら盛り上がると思ってね」


「村長さんも十分に象徴としての役割を担っているかと」


「そう言ってくれるのは嬉しいが、私はほら、自分で言うのもなんだが平和的な人間だ。平時の揉め事程度ならば対応できるが、何かあった時は役に立たない。ユーナを守れるかもわからないんだ。でも、君ならそれができる」


「もしかして三年前の森での一件のことですか? あれはたまたま生き残ったにすぎませんよ」


「それだけじゃない。あれからも村のために尽力して防衛力を強化してくれている。交易の利益だって上がっているし、それで人もまた増えた。他の村も繁栄して、四つまとめれば正式に『街』になれる勢いだ」


「僕だけの活躍ではありません。村長をはじめとした皆さんががんばったからです」


「その謙虚さもいい。人の上に立つ人物は謙虚でないといけない。ここに来る前は傲慢で自滅する者をたくさん見てきたからね。ユーナもそんな君を気に入っているようだ」


「いやあの…大人たちがグルになって外堀から埋めてませんか?」


「いいじゃないか。結婚なんてそんなものだよ」



 今でこそ日本も恋愛結婚が増えたが、昔は家同士の繋がりや、お節介なおばさんたちが縁組を強引に推し進めたものだ。


 だが、それによって結婚が推進され、嫌でも子供の出生率が高まったのも事実である。


 ここは文明が栄える花の都ではない。労働力にもなる子供の価値は極めて高く、できるだけ早めの結婚と出産が奨励されていた。



(村長はあえて言わないけど、ユーナの『資質』もその一つの判断材料なのだろう)



 今日に至るまでユーナの資質は誰も知らなかったが、こうして実りを与えるだけでも十二分の価値がある。


 だが、目立ってしまえば狙われる危険性も高まってしまう。


 南部では魔獣が少ない代わりに、同じ人間が一番の脅威であることはなんとも皮肉な話だ。



「外に出ていくつもりはないのだろう?」


「はい。ここが気に入っていますから。僕はずっと村に尽くします」


「では、考えておいてくれないか。いつでも歓迎するよ。私も家族が増えれば嬉しい。ユーナと二人だけで暮らすのも悪くないが、少し寂しいからね」



 村長は他の大人にも挨拶を終えると、ユーナを抱えて行ってしまった。


 彼の妻はユーナが二歳の頃に病死している。それにもかかわらず娘が真っ直ぐに育ったのは、彼の誠実な人柄のおかげだろう。



(結婚…か。前は独身だったからなぁ)



 かつては宗教上の問題かつ、それを脱却してからも遊説活動に必死で色恋沙汰とは無縁だった。


 アンシュラオンとはまた違った意味で、彼も孤独な人生を送っていたのである。


 物思いに耽る親友に気づいたのか、ディノが肩を叩いてきた。



「なんだよ、結婚くらい問題ないだろう。早くすればいいのさ」


「ディノはどうするのです?」


「こないだ親父が他の村に行った時にさ、子連れの未亡人に一目惚れしたらしくてな。その子供の女の子が俺と同い年らしいんだよ。名前はルイザって言ったかな? なかなか可愛い子だぜ」


「まさか、その流れで?」


「まあな。親父もまだ若いし、独り身ってのは寂しいだろう。俺も付き合う形でそうなりそうなんだよ。『ダブル子連れ再婚』ってやつ? そのほうが気まずくないだろうってな」


「急に生々しくなりましたね」


「人生なんてそんなもんさ。でも、どこかで妥協するのも悪くない。どうせするなら早く決めたほうが選択肢が多くていいぜ。仕事のこともあるしな」


「そういう考えもありますか。ディノはこのままハンターに?」


「親父の手伝いのハンター見習い兼、村の衛士かな。規模も少しずつ大きくなってきたから本格的に自衛団を作るそうだぞ」


「良い選択ですね。ディノなら頼りになります」


「お前が上に立ってくれるなら俺らもやりやすくなる。どうせ最初は村長に丸投げでいいんだ。その裏で今まで通り、好きにやればいいのさ」


「まだ成人した実感が湧かなくて」


「ずっと家にいるからだぞ。まっ、それは俺も同じだけどな。とりあえずこれからもよろしくな、わが友よ!」


「ええ、もちろん」



 子供はあっという間に大人になる。


 大人になってからのほうが長いことを思えば、子供であった頃の時間はなんと貴重であったことか。


 だが、過ぎた時間は戻らない。人々の関係性も少しずつ変わっていく。


 結局はこの一年後、ファビオが十三歳の時にユーナと結婚。村長代理として収まるところに収まるのであった。



「人生とは、ままならないものだな」



 という言葉を十三歳が述べるのが、この地域の実情なのである。



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― 新着の感想 ―
ユーナが酔っ払ったのは笑いました。無理はよくないですね。
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