524話 「ユーナイロハ」
三年が経ち、九歳になった頃。
ファビオのクラフト能力はさらに磨きがかかり、大量の道具や資材を変化させても疲れなくなっていた。
手で触れればなんとなく情報がわかるようになったこともあって、属性を宿した素材を森から集めてきては、衝撃を加えると爆発を引き起こす火薬石や強風を噴き出す筒といった術具に近いものも作れるようになった。
それどころか簡素なものならば、材料無しでも生み出せるようになる。
もちろん材料があったほうが負担は少ないが、大事な点は『想像力』であることがわかった。
(コツは頭の中でしっかりとイメージを固めること。これができるとできないとでは出来が全然違ってくる。絵や設計に近いかな?)
世の中のあらゆる道具は、最初は発明者の頭の中で生まれたものだ。それを現実に具現化するために思考錯誤する。
ファビオのクラフト能力も同じで、しっかりと機構を内部までイメージすることができれば極めて精巧に生み出すことができた。
これは意思の力や想念が具現化しやすい星ゆえのことだろう。大気の環境条件が最初からそうなっているのだ。
ただし、やはり材料を自前で創造するには大量の『魔素』が必要となる。この頃になるとファビオも『HP』や『BP』の概念に気づき始めていた。
アンシュラオンのように数字で見えるわけではないが、少なくとも自身の残量に関しては感覚でわかるのだ。
(肉体の疲れや痛みも一定までは感じにくいけど、半分以下になると急速に意識するようになる。精神力の場合は三分の一以下になると思考力がほとんど働かない。このように世界にはちゃんとした『ルール』があるんだ。であれば、能力の使い方にも注意が必要だ)
ルールとは守るために存在する。それを守らねば痛みや災いが訪れるからだ。
よって、自己の限界を知り、常に節度を守って能力を使うべきである。
これを徹底したおかげでマテオ組以外の人々の信頼も得ることに成功し、ファビオはすでに自分の製作小屋を持つ【発明家】として十三番区でも有名人になっていた。
この製作小屋もファビオの才能に気づいたマテオが意気込んで、たった一日で建ててしまったものだ。
その都度自分でも拡張しているため、今では下手をしたら家よりも大きくなっているかもしれない。
「えーと、木釘を五百とハンマーの追加発注が二十。あとは狩猟用の電気槍が二つか。夜までには終わるかな」
木で作った釘もファビオにかかれば鉄釘以上に硬くなる。ハンマーも振り上げる時に重さを軽くする仕様にすれば、少ない力で振ることが可能だ。
後者はベ・ヴェルが持っている暴剣グルングルムにやや近い性質を宿しているので、ほぼ術具といっても差し支えないだろう。
電気槍も穂先に雷の性質を宿したもので、普通に買うのならば何百万もする代物だが、クラフト能力を使えばなんとでもなるため安価で卸している。
それでもかなりの売上になることから、すでに家長のマテオと同等以上に稼いでいるといえるだろう。
「ファビオ、いるかー!」
黙々と作業を続けていたところ、マテオの声が小屋の外から響く。
「父さん、中にいます」
「お前な、夕飯くらいは一緒に食えって。母さんが泣いてたぞ」
「あっ、もうそんな時間でしたか…ごめんなさい。発注が立て込んでまして」
「好きなことに夢中になると時間も忘れちまうか。それでこそ男ってもんだが、母さんが怒ると怖いからな。ほどほどにしておけよ」
「はい、わかりました。今行きます」
ファビオはマテオに連れられて家に戻り、食卓につく。
クラリスの料理は素朴だが相変わらず美味い。
そんな愛しの家庭料理に舌鼓を打っていた時であった。
真正面に座ったクラリスがファビオをじっと見据える。
「ファビオ、『友達』はいるの?」
「…え? とも…だち?」
母の意外な質問に思考が止まる。
頭の中で「ト・モ・ダ・チ・とは?」と用語を探してしまうほど、完全に想定外の言葉だったからだ。
その態度にクラリスの目つきが鋭くなる。
「あなたが優秀で大人たちの役に立とうとしていることは立派だわ。それでみんなも助かっているのは事実よ。でも、あなたはまだ子供。お友達の一人もいないなんて、お母さんは心配だわ」
「あー…その…人間はそもそも独りでして、べつにいないからといって価値が下がるわけではないかと。むしろ孤独の中にいる人間のほうがより真理に近いといえまして、そのことからも人はできるだけ独りになったほうが霊的な成長が早く…」
「口ごたえしない」
「…はい」
「もうっ、頭ばかり良くても困るわ。小屋からも出てこないし」
クラリスが頭を抱えて嘆く。
実際にファビオは一日の大半を製作小屋で過ごしている。
成長したので自由に村に行ける許可を与えられているが、仕事以外ではあえて行く用事もないのだから仕方ない。
それよりは家に篭もって作業をしていたほうが性に合う。
「俺に似ちまったからな。仕方ない。職人気質なんだよ」
「マテオ、あなたのせいでもあるのよ! 遊ぶ暇もないくらい発注を取ってくるから!」
「ええええ!? だって、こいつがやりたいって言うから…」
「口ごたえしない!」
「…はい」
父子そろって、うなだれる。
母は強しだ。
(友達…か。前の人生では少しはいた気もするけれど…後半はずっと独りだったな)
まだ組織に属していた頃は否が応でも付き合う必要があったが、それも袂を分かった段階で潰えている。
それからは独りで遊説の旅に出ていたので、結局は死ぬまで独り身であった。
誰も信用せず誰にも心を許さず、ただ目的のためだけに動くマシーン。それがかつての『彼』だ。
だが、今はそんな人生とは無縁の平和の中にある。前と同じでは親が心配してしかるべきだ。
「村には子供もたくさんいるでしょう。誰かと話したことはないの?」
「そういえば、話しかけられたことはあったかもしれませんが…話をすると逃げていくのです。それ以後は特に関わったことはないですね」
「また小難しいことを言ったのでしょう? それじゃ相手も逃げるわよ」
「はは…まあ、その……はい。理解力が乏しい子供は苦手で…」
「あなたも子供よ」
「そ、それはそうなんですが…」
「いい? あなたは精神と知能の成長が早いようだけれど、子供は子供。若いうちに経験することをしておかないと、ろくな大人にならないわ」
「肝に銘じます」
「そういう堅苦しいところよ。少しはくだけた言い回しをしなさい」
「う、うぃーっす」
「それは何か違うわ。というか、言い方は関係なかったわ」
「では、どうしたらいいんですか!?」
「もっと同じ子供に興味を持ちなさい。それだけよ」
(そんなことを言われても…困ったな)
中身は大人である。子供と会話が合うわけがない。
が、そもそもファビオ自身が他者との対話を求めていないことが原因と言われると、ぐうの音も出なかった。
翌日。
久々に小屋の外で道具を作りながら、昨晩言われたことを思い返す。
(僕は…この世界で何をすればよいのだろう。転生という意味を深く考えていなかったのかもしれない。ただ自由になりたかったんだ)
ファビオは特に思想や宗教の側面での難儀を経験したことで、より精神的な自由を求めていた節がある。転生に関しても流れで安易に受けたことは否めない。
だが、安心してほしい。
アンシュラオンなどは「姉とイチャラブしたい」というだけの理由で転生したのだから何も擁護できない。
それと比べると、まだ自分の価値を見い出そうとする彼はまともな人物といえる。
(こうして道具を作って皆の役に立つだけでは駄目なのだろうか。いや、それともこれは僕自身の成長に関わる問題なのだろうか。わからない…どうすればいいんだ)
「………」
「はぁ…」
「………」
「…?」
(何かに見られているような気がする…)
周囲に人影はないが、どことなく視線を感じる。
が、しばらく待っても何も起きない。
気のせいかと思ったものの、やはり違和感が残る。
(もしも魔獣だったら危ない! 防衛しなきゃ! 父さんがいない間、母さんは僕が守るんだ!)
ファビオが懐から小さな箱を取り出して、スイッチオン。
すると、地面から木の柵が飛び出てきて家の外周を被いつつ、それと同時に地面が陥没して『堀』を生み出す。
このあたりは森林地帯ということもあって魔獣も多い。
浅部ではそこまで狂暴な魔獣はあまり見かけないが、農作物を荒らす猪型の魔獣もいるので、防犯対策として『堀型の落とし穴』を用意していたのだ。
そして、ものの見事にそこに引っかかる存在がいた。
「ギャーーーー!」
「捕らえた! やっぱりいたんだ! 武器を持って戦わないと!」
声がしたほうに槍を持ったファビオが駆けつけ、即座に堀に落ちた何かに向かって突き出す。
槍は先端が丸くなっていて刺さらない代わりに、電撃を放射する捕縛用の道具だ。これもファビオが自分で作ったもので、村に卸している本物の電気槍の非殺傷版である。
が、槍先は標的から外れる。
対象が思った以上に小さかったからだ。
「あれ? 猪の子供でも落ちたかな?」
「だ、誰が猪よ! いきなり攻撃するなんて信じられない!」
「しゃべる猪!? これは捕まえないと!」
「ちょっと待ちなさい! やめて! ぎぎぎぎゃー!」
位置を調整し、再度放った槍先を押し当てて電撃放射。
感電した相手は、がくっと力が抜けて意識を失う。
「あれ? 人間…?」
そこでようやく異変に気づく。
倒れていたのは一人の『少女』。
どう見ても魔獣ではない。ファビオは穂先を上手く少女の服に引っ掛けて穴から引き出す。
着ている服は質素なものかつ、年齢も十歳前後だと思われるので、おそらくは村にいる子供の可能性が高い。
「うーん、どうしよう。迷子かな? 死ぬような電圧じゃないから大丈夫だと思うけど…。あっ、お母さんに訊いてみればいいんだ」
槍に少女を引っ掛けながら家の中に入る。
そして、昼食の用意をしていたクラリスを発見。
「お母さん、今ちょっといいですか?」
「柵が出ていたわよ。また実験したの? 邪魔だから終わったら戻しておいてね」
日々奇抜なことをするファビオに慣れきった人間は、柵が出たくらいでは驚かない。
またファビオが何かやったのかと振り向いた瞬間。
槍先に少女を引っ掛けたわが子の姿が映り込む。
その第一声がこれ。
「ついにやったのね!!」
「へ?」
「お母さん、ずっと心配だったのよ! ああ、なんてこと! こうなったらあなたを殺してお母さんも死ぬわ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 包丁をしまって! 何のことです!」
「頭が良すぎる子は人の気持ちがわからないって聞くわ! いいのよ! お母さんも一緒に罪を償うから!」
「ひー! 話を聞いてください!」
包丁を持ってにじりよるクラリスをなだめること、およそ五分間。
そこでは母子の本音がぶつかり合う生々しい会話がなされたのだが、ここでは関係ないので割愛する。
なんとか和解が済み、とりあえず少女をベッドに寝かせて様子を見ることにした。
「まったくもう、あなたはいつもやりすぎなのよ。大丈夫かしら? 火傷してない?」
「薬草から作った回復薬がありますので、それを塗ってみましょう。ええと、服を脱がして―――」
「ちょっと待ちなさい。お母さんがやるわ」
無造作に上着を脱がそうとする息子を母が止める。
「どうしてです?」
「この子は女の子よ」
「それがどうしました? 見ればわかります」
「かー! ファビオ、そういうところよ。ませてほしくはないけれど、もう少し男であることを自覚したらどうなの?」
「おっしゃっている意味がわからないのですが…」
「異性に興味を持ったことはないの?」
「お母さんは綺麗だと思います」
「そうじゃないわ。もっとこう、雌に対する情熱的で劣情的な下卑た欲求よ!」
「お母さん、子供にそういうことを言うのはどうかと思いますよ。そうした欲望を制御することこそが人生の目的であって…」
「駄目だわ、この子! 私がなんとかしないと!」
「…?」
本当に訳がわかっていない様子のファビオ。
アンシュラオンが九歳の頃は、姉のパミエルキの胸を吸いまくっていたので、この違いはいったいなんなのだろうか。
その後、ファビオが作った回復薬で軽度の火傷も一瞬で治り、少女も意識を回復させる。
「はー、よかったわ。息子が犯罪者にならなくて」
「最初から加減していますって。お母さんの僕への低評価はなぜなのです?」
「あなたが優秀すぎることが心配なだけよ。そんなことより、この子が先だわ。ほら、ここがどこかわかる? 私のことは?」
息子を雑に扱いつつクラリスが話しかけると、少女の目の焦点が合ってくる。
「…クラリスさん? ここって…」
「私の家よ。ファビオがいきなりごめんなさいね」
「いえ、勝手に来たのは私ですから…」
「お母さん、この子は誰ですか?」
「っ!?」
ファビオの言葉に驚いたのは、なぜか少女のほうだった。
最初はショックを受けていたようだが、次第にそれが怒りの感情に変化していくのがわかった。
少女は眉根を寄せてファビオを睨みつける。
「私のことがわからないの!?」
「はい? 誰です?」
「私のこと、好きって言ったくせに!」
「言っていませんけど」
「言ったもん! 名前だって教えたもん!」
「覚えがありませんが…」
「言ったもん言ったもん! 教えたもん教えたもん!! トトロいたもん!」
「そんなこと言われても覚えが…」
「はい、ファビオは土下座ね」
クラリスが少女の肩を抱きながら、こちらに冷ややかな視線を向ける。
突然の母の裏切りにますます戸惑いを隠せない。
「どうして僕が?」
「どうせ作業に夢中で何も考えていなかったのでしょう? あなたが悪いことだけはわかるわ。だから謝りなさい」
「そんなご無体な。僕はやってもいないことに対して謝るなんてできません。もしそんなことを許してしまえば、悪くもないのに謝る悪しき風習が生まれて村の秩序が乱され―――」
「はい、アウトー」
「うぐっ…」
強引に押されて頭を下げさせられる。
母親という生き物はなんて理不尽なのだろう。いつだって気分で動き、最後は暴力で解決だ。
が、これに関してはクラリスのほうが正しい。
実は二ヶ月ほど前、ファビオは村に行って大工仕事を手伝っていた。
時間が余ったので休みながら次の道具のアイデアを練っていた時、前々からファビオのことが気になっていた少女がやってきて会話を試みた。
ファビオの容姿は九歳になっても綺麗なままで、その知的な様子も明らかに他の子供とは違う。そこに興味を持ったというわけだ。
しかし、そこで生じたのが、一方的に話す少女と適当に聞き流すファビオの構図。
もとより自分の興味のあることにしか注意を向けない性格である。生返事を繰り返していたところ、見事に行き違いがあったようだ。
その様子がありありと想像できてしまうから怖ろしい。
興奮した少女が落ち着いた頃、ようやく自己紹介が行われる。
「彼女はユーナイロハちゃん、村長さんの娘さんね」
「そうなんですね。初めて知りました」
「年齢はあなたと同じで、村では一番有名な子よ。逆に今までよく知らないでいられたわね」
「………。僕はファビオと申します。ユーナイロハさん、よろしくお願いします」
母親のチクチク言葉を聞き流しつつ、ユーナイロハに挨拶をする。
だが、彼女は口を尖らせたまま露骨に不機嫌そうな顔になる。
「ユーナでいいわ。前もそう言ったし。聞いてないとかありえないし。ちょっとカッコいいからって調子に乗りすぎよね」
「けっしてそんなつもりでは…。そもそも容姿は自分で選べませんし」
「言い訳はいいわ。結果がすべてだもの。結局は遊びだったのね」
(女性は子供でも感情的だから困る。扱いにくい)
何か言えば、また何倍にもなって跳ね返ってくるだろう。
ここは沈黙するのが吉である。
「いつまで黙っているつもり? 何か言いなさいよ」
「その節のことは大変申し訳なく思っております。僕の不注意でした」
「なにその言い方。馬鹿にしてるでしょ」
「………」
「ほら、やっぱり」
「何も言っていませんけど」
「目がそう言ってるのよ。何も言えないのが証拠ね」
黙っていても怒られ、何か言っても怒られる。
誠に怖ろしいことである。ここは地獄だ。
「ふんっ! いいわ! 明日から毎日来てやるから! 覚悟しなさい!」
「脈絡がまったくないのですが…。いったいぜんたい、どうしてそのような結論に?」
「バーカ! バーカ!」
ユーナはそう叫びながら猛ダッシュで家から出ていく。
なぜ彼女がそんなことをするのかわからず、首を傾げるファビオ。
「子供は突然、訳が分からないことをしますね。不思議です」
「友達ができてよかったわね」
「そういう話なのですか?」
「最初からそういう話よ。ほんと、誰に似たのかしら」
母親は少し変わった自分の息子を見つめて苦笑。
たしかにファビオという男は理屈を重んじるタイプの人間だが、良くも悪くも面白味に欠けている。
人生に対する『ゆとり』が乏しいので、それゆえに他者の機微にも疎い面があるのだ。
しかし、一方的に非難されるのは気分が悪い。
(そりゃ僕だっていろいろ問題があると思っていますよ。でも、これが自分の性格なんだから仕方ないじゃないですか。まあ、だから転生なんてしているんですけど…)
と、口に出せない言葉を心の中で吐き出す。
そして、翌日の午前中。
宣言通りにユーナがやってきた。
それはわかっていたのだが、こちらが挨拶する前になぜかスカートをめくる。
「安心しなさい。はいてるわよ」
「何をですか?」
「言わなくてもわかるでしょ」
「肌を露出させていると虫に刺されますよ。このへんは多いですから」
「好きなんでしょ、パンツ。見せてあげるわよ」
「………」
(どうしよう、会話が成り立たない)
これに関してファビオは何も悪くない。悪くないが、そこまでユーナを追い詰めたほうが悪いともいえる。
が、やっぱりユーナの行動が不可解すぎるのも事実だ。
「理由を教えていただけます?」
「あなたが女性に興奮しない変なやつだから協力してあげてるのよ。はい、パンツ」
「社会不適合者みたいな扱いをしないでください。欲求がないわけではないですよ。それ以前に子供に欲情するほうがおかしいと思いますが…」
「あなたも子供じゃない。合法よ」
「合法…なのでしょうか?」
「少なくとも『約束事』にはないわね。お父さんも言っていたけど、あなたのおかげでどんどんエリアが広くなっているし、多少のことならなんでも免除されるんじゃない?」
「僕は道徳を重んじます。自分を律することこそが人の義務だと思っていますから。欲情に身を任せるなど愚者のやることです」
「あー、つまんないやつ。女神様はどうしてあなたに才能を与えたのかしら」
「それには同意しますが…面と向かって言われると複雑な気持ちです」
「というか、敬語はやめなさいよ。気持ち悪いわ」
「これは癖ですから直りません。親にも敬語です」
「じゃあ、その罰としてパンツを見せるわね」
「………」
彼女にとってパンツとは何を意味するものなのかと少し悩んでしまう。
それはそうと十三番区だが、ユーナが言った通りに年々拡大を続けており、今では『四つの村』が存在するまでになっていた。
ファビオがいるのが最初に出来た北の村。それから西と東が出来て、さらに南の村が出来た。
人口も増え続けており、四つの村を合計すれば最低でも一万人以上は暮らしているはずだ。
その原動力となったのが、ほかならぬファビオである。
発明家という肩書を得た彼は、隠すことなく堂々と発展のために新たな道具や資材を開発。
それによって村の生活は劇的に豊かになっていき、荒野の開拓も進んでいく。
今度はそれを聞きつけた周辺の人々が集まることで規模が拡大。来た順番に村こそ分けられているが、ほぼ街と呼んで差し支えない大きさになっていた。
ただ、人が多く集まればトラブルも増えるものだ。
今までは各々が自由に暮らしていたが、治安を維持するために村ごとの約束事を設け、それぞれに村長を置くことで共同自治の形態が生まれていた。
ユーナの父親はその村長の一人で、マテオ同様に最初の開拓時にやってきた古参組でもある。
といっても、本格的な開拓が始まったのはファビオが生まれる数年前であり、そこまで歴史が深いわけではない。
逆に短期間でここまで成長したからこそ、ファビオは注目されているわけだ。
「今ではお父さんもあなたを高く評価しているわ。だから見に来てあげたのよ」
「そうなんですね。満足しましたか?」
「あなたって変わった子よね。村にいる子供とはまったく違うもの。パンツが好きなところは同じだけど」
「なぜその結論に?」
「好きじゃないの?」
「布を見たところで興奮しませんよ」
「中身が見たいって言うのね! この変態!」
「いや、それはさすがに犯罪では…」
「ええい、ままよ!」
「やめてください! 消されます!」
世の中には超えてはいけないラインが存在する。
まったくもって、ままならないものである。
「昼間はずっとここ? 独りで寂しくないの?」
「物を作るのが好きですから。人の役に立つのは嬉しいことですよ」
ファビオはファビオで問題があるが、その真摯な想いには涙が出る。
アンシュラオンとかいうやつに爪の垢を煎じて飲ませたいものだ。
「ふーん、あなたって真面目なのね」
「ですから一緒にいてもつまらないですよ。村で遊んできては?」
「村のほうがつまらないわ。他の子供なんて馬鹿ばっかりだもの」
「人を馬鹿にしてはいけません。自分に返ってきますからね」
「あなたって偉そうなのね」
「偉そうって…まあ、そう見えるのかもしれませんが。せめて利発って言いません?」
「大人ぶっているわけでもないし、かといって普通の子供でもない。変なの」
「あなたも十分に変わってますよ」
「どこがよ」
「とても可愛らしいですから」
「っ…! な、なに言ってんのよ! ば、ばっかじゃないの!」
「標準的なレベルは遥かに超えていると思います。これでも最低限の審美眼くらいはありますから」
改めてユーナを観察してみる。
先日は慌てていて気づかなかったが、少女は非常に愛らしい見た目をしていた。
肩口まである卵色のふんわりとウェーブがかった髪の毛に、潤った青い瞳。
目はぱっちりとしていて鼻筋は整っており、唇は大きくも小さくもないバランスの良い形。顔の輪郭は年相応に丸みがあって、その愛らしさをさらに倍増させている。
身体付きはまだまだ平坦ではあるが、全体的に柔らかいことは手足の肉を見ればわかる。栄養もしっかり摂れており、自然の中で暮らしているので体力もあって実に健康そうだ。
誰がどう見ても元気一杯の美少女という評価を下すだろう。
もし彼女が白スレイブだったならば、ロゼ姉妹に近しいレベルの評価が与えられるはずだ。
(最近は食糧事情も改善されてきたみたいだし、肌艶もよさそうだ。髪の毛はここでは珍しい金髪に近い色合いかな?)
ファビオが無遠慮にユーナの髪に触れる。
それに慌てて飛び退くユーナ。
「ちょ、ちょっと、さ、触らないでよ!」
「ああ、すみません。健康状態を診ていたもので」
「―――っ!! あなたね、そういうところがおかしいのよ! 普通、こんな可愛い子がいたら欲情するでしょ!」
「いや、べつに」
「なんでよ! 可愛いって言ったじゃない!」
「可愛いとは思いますよ。でも、欲情とは別の問題というか、したら危ないです」
「パンツパンツパンツ!!」
「やめてください! なんなんですか、その呪文!」
顔を真っ赤にしながらパンツを見せてくる謎の少女。
それがユーナイロハとの出会いであった。
そして、彼女をきっかけにして人の輪が生まれていくことになる。