515話 「共闘と呪縛」
「アンシュラオン、『敵』が近寄ってくるぞ」
マスカリオンが警告を発する。
まだ遠目ではあるが、空には百に及ぶ無数の影。
全長四メートル大、羽を広げれば倍以上はありそうな鳥型魔獣の群れが近づいていた。
「気をつけろ。西方の魔獣は問答無用で襲ってくる」
ガンプドルフも剣を抜いて戦闘態勢に入る。
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名前 :ボーミンシーファ〈糞爆禿鷲〉
レベル:70/85
HP :1780/1780
BP :700/700
統率:B 体力: D
知力:D 精神: D
魔力:D 攻撃: D
魅力:F 防御: D
工作:D 命中: B
隠密:F 回避: B
☆総合: 第三級 討滅級魔獣
異名:荒野の糞落とし
種族:魔獣、飛行
属性:火
異能:集団統率、長距離移動、広域探知、糞爆撃、自爆、捕食、人間憎悪
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(飛行タイプか。能力値はそこまで高くないが、地上だったら厄介だったな)
この魔獣は体内で爆破物質を生成する能力があり、それを糞と一緒に落とすことで爆撃を仕掛けてくる面倒な相手だ。
ガンプドルフたちが出会った時などは、それによって数台のトラクターを破壊されている。
「はぁはぁ…うう…」
「セノア、何も問題ない。ここなら安全だ。オレとマスカリオンに任せろ」
「は、はい…ラーちゃん、しっかり掴まるんだよ」
「うん」
セノアとラノアが、マスカリオンの背にぎゅっと掴まる。
万一にも落ちないように、鞍の上からさらに命気で身体を覆ってやると少しは落ち着いた様子を見せる。
がしかし、いまだにセノアの震えは止まっていない。
(セノアが魔獣に怯えるのは珍しいことではないが、さすがに過剰だ。眠っている術士の資質が『事態の本質』を見抜いたんだ)
『ボーミンシーファ〈糞爆禿鷲〉』の目は、ここから見ても【憎悪によって赤く染まって】おり、凶悪な敵愾心を宿していた。
マスカリオンが真っ先に『敵』と評したのも、それを感じ取ったからである。
―――〈殺せ! 殺せ! 人間を殺せ!!! 皆殺しにしろ!〉
そして、呪詛にも等しい強烈な波動が魔獣の精神に干渉している。
彼らは正気ではない。すでに『操られている』のだ。
(この波動は翠清山でクルルザンバードが使った力に似ている。ユシカも西方から来る魔獣は、大なり小なり似たような災害を撒き散らすと言っていたな。その根源がこれなんだ)
クルルザンバードは、自らの能力で魔獣を暴走させることができた。ホロロに受け継がれた今でも同じことができるだろう。
しかしながら、そもそも暴走させる意味がない。人や魔獣を操作して代理統治する彼の目的とは反しているようにも思える。
であれば、東に来る以前からクルルザンバード自体が、すでに『この術式に汚染』されていたことがわかる。
それに加えて本来持っていた広域操作の能力が相まって、あそこまで被害が拡大してしまったのだろう。羽根を通じて術式を感染させていたのだ。
そうでなければ、西方からやってくる他の魔獣すべてに同じ作用があることの説明がつかない。
(精神が高い操作系の撃滅級魔獣すら汚染する術式だ。その段階で相当ヤバいな。でも、幸いながら人間には効果がないらしい。おそらくは魔獣に対して絶対の支配を強要する代わりに、それ以外の存在は完全にスルーするタイプなんだろう。なかなかにきな臭くなってきたな)
このような危険な術式がある以上、西方の異様な環境条件が『作為的なもの』であることが確定する。
誰がやったかは不明だが、明らかに人間を西方から排斥しようという強い意思を感じさせる。
(だが、遠ざけるということは逆に何かを隠していることを意味する。つまりは、外に出たら困るような貴重な遺物があるってことだ。それこそオレたちが求める『お宝』かもしれない)
「おっさん、どうする? 戦う? 振り切る?」
「見つかった以上、どこまでも追ってくる。ここで倒したほうがよかろう。戦艦のところにまでついてこられると厄介だ」
「了解。マスカリオン、敵の上空に陣取って蹴散らすぞ」
「任せておけ」
マスカリオンが急上昇。
一気に敵の群れの真上に舞い上がると『天風地威』で先制攻撃を仕掛ける。
荒れ狂う光風にボーミンシーファが薙ぎ払われ、一撃で約二十羽が地面に墜落。他の個体も翼に影響を受けて動きが鈍る。
そこにアンシュラオンの烈迫断掌が炸裂。
扇状に放射された戦気によって、一瞬で三十羽が蒸発した。
「援護する!」
やや遅れてきたグレートタングルに乗ったガンプドルフも参戦。
鞍に足をかけて空中で立ち上がると、雷衝をいくつも放ってボーミンシーファを感電させて落としていく。
「空中で戦うなど貴重な経験だな。落ちたら拾ってくれよ」
現状では航空兵器は存在しないため、ガンプドルフも空中戦は初である。
それにもかかわらず即座に環境に対応。
攻撃の威力よりも射程の長さ、持続力と感電力をより強化した雷衝に切り替えて、中距離での戦いに徹している。
無駄に大技を使わず、状況に合わせた戦いができるあたりが歴戦の猛者である。
そして、落下した個体に追撃。
マスカリオンの全方位射撃とアンシュラオンの戦弾、グレートタングルの『風放車濫』によって、文字通りに完膚なきまでに叩き潰す。
空戦隊の力があれば、この程度は楽勝だ。何の問題もない。
だが、この術式の怖ろしいところは、魔獣を介して『情報が伝達』されることにある。
ボーミンシーファを倒し終わった頃、こちらに向かってくる飛行物体があった。
「新手だ。今のは見張りだったらしい」
マスカリオンが再び警告を発する。
飛んできた魔獣は全長三十メートルほどの飛龍で、数はおよそ二十。
赤い鱗に大きな翼膜を広げた姿は雄大だが、その瞳にはボーミンシーファ同様に強い憎悪の炎が灯っていた。
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名前 :キレント・ワイバーン〈裂食翼火龍〉
レベル:115/140
HP :9000/9000
BP :1310/1310
統率:C 体力: A
知力:E 精神: C
魔力:B 攻撃: AA
魅力:D 防御: C
工作:E 命中: B
隠密:E 回避: B
☆総合: 第三級 討滅級魔獣
異名:荒野の流浪番龍
種族:魔獣、飛行
属性:火、炎
異能:集団統率、上空飛行、火咆ブレス、噛み裂き、火耐性、人間憎悪
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「あれは初めて見るタイプだ」
ガンプドルフも敵の強さを感じ取って警戒を強める。
「討滅級の飛龍種だね。おっさんが乗っているグレートタングルよりも強い個体だ。マスカリオンが言った通り、さっきの魔獣が周囲を警戒していて、それで手に余る場合はあれが来るようになっていたんだろう」
「魔獣同士で連携しているというのか?」
「少なくとも人間相手にはそうだと思うよ。理由に関してはあとで説明するけど、まずは対処が先だ。いけるな、マスカリオン?」
「むろんだ。我らは空では負けぬ」
「攻撃はこっちが担当する。お前たちは機動に集中しろ」
マスカリオンとグレートタングルが加速した瞬間、敵がブレスを放射。咆哮とともに宙を火炎が駆け抜ける。
これは『火咆ブレス』と呼ばれるもので、属性はそれぞれのタイプで異なるが、飛龍種が標準装備している攻撃手段である。
飛龍は移動力と攻撃力に長けている種が多く、空からこのブレスを吐かれると回避は困難。輸送船くらいならば一撃で沈んでしまう。
だが、同じく空を舞っているマスカリオンたちは難なく回避。
迷いなく突っ込むと敵の群れの前で急上昇。さきほどと同じように上空に陣取る。
ワイバーンたちは旋回してこちらを追尾してくるが、ここでヒポタングルとの違いが出てしまう。
彼らはあくまで翼で飛んでいるため、旋回するためにはどうしても時間がかかる。
一方、ヒポタングルは術式で空を飛ぶため、突然の急加速や急制動が可能なのだ。
「雑魚にかまっている暇はない。一気に蹴散らす」
アンシュラオンが水気の球を放出し、群れの中央で爆発。
覇王技、『水覇・天爆針』。
以前マスカリオンの軍勢にも使った技で、広範囲を水気の針で攻撃する技だ。
ここではあえて攻撃の威力を落としたことで、水気の針は貫通せずに翼に突き刺さったままになる。
そこで技が変化。
水気が凍気に変化し、翼を凍結させてしまう。
覇王技、『水覇・天爆氷結針』。
因子レベルは同じ5であるが、刺さった箇所を凍結させる上位属性を使った高度な技となる。
これによって一気にワイバーンたちの動きが鈍化。
もともと飛龍種は長距離を飛ぶために重量が軽い傾向にあり、こんな氷を背負うだけでも機動力は激減してしまう。
そこにガンプドルフが追撃。
動きが鈍ったワイバーンの頭を横薙ぎの一撃で斬り落とす!
その切れ味たるや、今までの比ではない。
よくよく見ると、彼が使っている剣が変わっていた。
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名前 :トールガイアの剣〈雷霊の怒り〉
種類 :剣
希少度:S
評価 :AA
概要 :伝説の名工十師が一人、セレテューヌス作。中位精霊を宿した剣で、雷の上位属性である『帯気』を扱うことができる。切れ味もよく、耐久性も高い名品。
効果 :攻撃力AA+1.8倍、帯気付与、雷攻撃威力向上、雷耐性、精霊の加護
必要値:魔力A、体力A、精神AA
【詳細】
耐久 :AA/AA
魔力 :AA/AA
伝導率:A/A
属性 :雷
適合型:魔力
硬度 :A
備考 :
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『トールガイアの剣〈雷霊の怒り〉』と呼ばれるガンプドルフ愛用の術式武具である。
この剣は、セレテューヌスが聖剣を作る前に練習として作った武具の一つといわれている。
聖剣と違うのは、剣人格が存在しないこと。
中位精霊から力だけをもらって剣に注入したので、暴走する危険性もないが、逆に飛び抜けた性能もない汎用性の高い武器となった。
作った当人としては出来損ないの失敗作だったようだが、誰がどう見ても一級品の剣だ。
グラス・ギースに赴いた際は、万一紛失でもしたら大問題なので携帯を躊躇ったほどの逸品である。売れば軽く数十億の値が付くだろう。
気軽に聖剣を使えない聖剣長のために、こういった代替武器が与えられているというわけだ。
そして、それに見合う価値はある。
いくら急所を狙っているとはいえ、HPもかなり高めのワイバーンを軽々と絶命させている。
(これがおっさんの本来の攻撃力なんだな。普段どれだけ手加減しているかがわかるよ)
剣士の能力は、武器の強さによっても大きく変化するものだ。
武器を媒介して発せられる剣気の質も高くなり、上位属性である『帯気』も自分で練る必要はなく武器が勝手に放出してくれるので、余剰分の戦気をすべて攻撃に回すことができる。
素の力でもサナを圧倒する剣豪が強力な術式武具を使えば、この結果も当たり前。
相手が討滅級だろうが一撃である。
(やはり火力こそ正義か。強力な剣士がいると戦いが楽だな。攻撃はおっさんに任せて援護に回ろう。そのほうが効率的だ)
アンシュラオンはマスカリオンの機動力と遠隔操作で敵の動きを封じていく。
一流は一流を知るものだ。
ほとんど初めて一緒に戦うにもかかわらず、二人は阿吽の呼吸で次々とワイバーンを撃破。
一分も経たないうちに、ニ十体すべてのワイバーンが地に伏せる結果になる。
「グガッ…ゲゴッ!」
だが、ワイバーンは死ぬ寸前に至っても、まだこちら側に対する憎悪を消していなかった。
その狂乱の赤瞳を見たマスカリオンが、思わず首を振る。
「我もあのようになっていたかと思うと怖ろしいものだ。『誓いの証』がなければ危なかったかもしれぬ」
もし知らずに術式内に入り込んでいたら、今頃マスカリオンも暴走した魔獣の仲間入りだったはずだ。
しかし、すでにアンシュラオンの精神支配を受けているため、これだけの術式の中にいても影響されないで済んでいるのだ。
確信を得たので、この情報をガンプドルフと共有。
「おっさん、西方の魔獣が狂暴である理由がわかったよ。魔獣を暴走させる術式が、あるラインを超えた瞬間からものすごい範囲に展開されているんだ。間違いない。あれは『精神術式』だよ。この規模だと、たぶん西方全体を覆っているんじゃないかな」
「なんと…それでか。たしかに敵の攻撃が苛烈すぎると思っていたのだ。まさか操作されているとはな」
「この術式は魔獣に『人間憎悪』を付与するものみたいだ。だから人間を見ると種族が違う魔獣なのに共闘してこちらに襲いかかってくる。まあ、実際は共闘じゃなくて、標的が同じになるだけだから連携とは言えないかな」
「それでも厄介なことには変わらない。酷いものだ」
ガンプドルフも散々つらい目に遭ってきたので、いろいろと思い当たる節があるのだろう。
考え込みながら何度も頷いている。
「精神術式ということは、それもスレイブ・ギアスなのか?」
「スレイブ・ギアスは基本、同意のもとでかけられる。その場合はあんな血走った目にはならないから、もっと強制力のある術式の可能性が高いね。それだけ高等ってことさ」
「しかし我々が調べた結果、西方の魔獣はどれもあのような感じだった。これだけの量の魔獣を支配できる者がいるのか?」
「そこなんだよね。超広域術式なのは間違いないけど、それこそ誰にそんなことができるのかって問題が付きまとう」
「よもや君の姉ではないだろうな?」
「断言はできないけど、まずありえないね。あの人はオレと似ていて、自分に興味がないことは一切やらない主義なんだ。やるにしても、あんな弱い魔獣をけしかけるなんてしないよ。撃滅級魔獣を連れてくるならわかるけどさ」
「…な、なるほど。君の姉でなくてよかった」
実際にクルルザンバードをけしかけたのは姉である。
が、彼女が火怨山を出たのはアンシュラオンと同時期なので、この術式に関しては時系列的にもありえないことだ。
「そもそも姉ちゃんでも独りじゃ絶対に無理じゃないかな。だからオレの予想としては、やっぱり『前文明関連』だと思うんだ。おっさんの話だと魔獣も支配していたそうだからね」
「その術式がいまだに残っていると?」
「おそらくはね。ただ、それだけじゃ整合性が取れない部分が出てくる。文明はもう滅びているんだし、守るものだってない。もしかしたら財宝を守れとか命令されている可能性もあるけど、無差別に人間を襲う術式なんて危険すぎるよ。それ以前に魔獣にだって世代交代はある。すべての種や個体が例外なく命令に従うとも思えないしね」
「技術的には前文明のものだが、これを仕掛けたのは前文明とは異なる人物または勢力の仕業ということか?」
「そういうこと。で、もう一つ付け加えるのならば、これがある限り土地の開拓はかなり厳しいってことだね」
「…まさかそのようなものが仕掛けられているとは計算外だ。これでは計画が進まぬぞ」
「なんてね、逆だよ。術式ならば壊すこともできるよね。もし魔獣たちがおとなしくなればどうなる? 危険は残るけど開拓自体はだいぶ楽にできるようになるはずだ」
「っ…! 少年、君ってやつは!! なんて朗報を持ってくるのだ! 頬ずりしたいくらいだ!」
「それはガチで拒否する」
ガチで!
「まあ、あまり期待を持たせたくはないけどね。術式が高度すぎて展開している中心部がよくわからないんだ。これだけの大きな術式だ。単体で起動しているとは思えない。そのあたりをもっと詳しく調べる必要があるかな」
「それでも朗報は朗報だ。希望が見えてきたではないか」
「希望は無いよりあったほうがいい、か。そうだね。そう思うことにしよう。これからは移動しながらオレも術式を探ってみるよ」
精神術式には、当事者にかけるものと『範囲に設置する』ものの二種類が存在する。
スレイブ・ギアスは前者のもので、どこにいようが当人だけに作用するが、一方の範囲型は設置された『場所』だけに作用するものだ。
魔獣の狩場付近に出現したデアンカ・ギースは逃げようとしたので、この術式の影響下にはなかったと思われるが、術式のエリアに入れば狂暴化していたに違いない。
(まったくもって西方ってのはとんでもない場所だよ。だが、これだけの術式が平然とあるんだ。それらを自分のものにできれば強大な力を得ることもできる。まさにフロンティア。ゴールドラッシュを夢見るのならば危険に挑まねばならないか)
ガンプドルフへの説明が終わったところで、まだ目を瞑っているセノアの肩を優しく叩く。
あれだけの空中戦を経験したのだ。本来ならば吐いてもおかしくはないが、命気が臓器や神経を守っていたので体調面での異常はない。
「大丈夫だって言っただろう? オレとおっさんは強いんだ。マスカリオンだって君を守る力になってくれる」
「…は、はい。はぁはぁ…でも、なんだか息苦しくて…」
「その感受性は悪くない。感覚を研ぎ澄ましてごらん。そうすれば、もっといろいろなものが『視えて』くるはずだ。恐怖は知識によって掻き消すことができるからね」
「が、がんばって…みます」
「また怖くなったら魔石の存在を強く意識してみるといい。それも君を守ってくれるものだからね。よし、移動再開だ。こんな場所にいたら他の魔獣まで寄ってきちゃうよ」
再びアンシュラオンたちは空を移動。
それからも何度か襲われたが、幸いながら殲滅級以上の魔獣と遭遇することはなかった。




