512話 「魔人甲冑の性能評価 その1『武装と機動』」
軍事演習が始まって一週間。
アンシュラオンから荒野に呼び出されたサリータとベ・ヴェルの目の前に、高さ四メートル大の黒い光沢を放つ甲冑が立っていた。
「なんだいこりゃ? 随分とゴツいねぇ」
ベ・ヴェルが物珍しそうに装甲を拳で叩く。
ハイザクよりも一回り以上大きいので、背が高い成人男性でも見上げる形になるだろう。
「【魔人甲冑】だ。ガンプドルフは『MA〈魔人アーマー〉』とも呼んでいたな」
「鎧なのですか? そういえば武装甲冑に似ていますが…」
サリータも翠清山で衛士隊が使っていた武装甲冑を思い出す。
あれも西側が開発したものなので東大陸西部においては珍しいものであるが、魔人甲冑はさらに希少なものだ。
「中に入るまでは同じだが、根本から仕組みが違う。言ってしまえば自分で操縦するタイプの【小型ロボット】さ」
魔人甲冑は、現状ではWGでしか作れない魔人機を解析し、なんとか模倣しようとした一つの成果である。
魔人機そのものは複製が難しかったため、甲冑型に落とし込んで少しでも力を引き出そうとしたのだ。
先日も話に出たが、ガンプドルフからは兵器提供の一環として、DBDが保有する魔人甲冑を三機ほどもらっていた。
ここに置いてあるのは、そのうちの二機である。(一機は予備)
「二人にはこいつの性能試験をしてもらう」
「え!? 自分たちがですか!?」
「だから呼んだんだ。ここにはお前たちしかいないだろう?」
「サナは乗らないのかい? 強いとはいっても、まだ子供さね。こういう鎧があったほうがいいんじゃないのかい?」
「そうしたいところだが【身長が足りない】んだ。もちろんオレも駄目だな。今のところは専用にカスタマイズする技術がないから、一般的な体型をしていないと乗れないのさ」
サナにも使わせたいところだが、魔人甲冑の搭乗可能身長は『170センチ以上、210センチ以下』となっている。そもそもの設計が大人を基準に作られているからだ。
サナが入ってもスカスカで腕が届かないし、アンシュラオンでも足りない。戦気術で疑似手足を作って無理やり動かすこともできるが、そこまでして使う理由がない。
ユキネにも打診してみたが、人体実験は他人に任せると言われて逃げられた。
すでに事故ることを想定しているのが怖ろしいが、彼女の能力的に魔人甲冑とは相性が良くないのも事実だ。
結果、サリータとベ・ヴェルが一番適任と相成った。
こう言ってしまうとなんだが、彼女たちは一般の傭兵や騎士に近しい存在だ。二人が上手く扱えるのならばゲイルたちも扱えることを意味する。
「性能評価は極めて重要だ。こいつが使えるようならば、いずれは大量生産して本格的に戦力に加えるつもりだ。今日はそのための第一歩ってことだな。とりあえず乗ってみてくれ。操縦方法はやりながら教える」
「わかりました! そういうことならばお任せください!」
「面白いじゃないか。ちょっとワクワクするね」
サリータとベ・ヴェルが魔人甲冑に搭乗。
ちょうど胴体部分にすっぽり身体が収まる感じで、四肢は完全に甲冑側で制御する仕様だ。
両足はペダル付きの固定式。両腕部分にはコードが付いたグローブのようなものがあり、そこを握ることで手の細かい操作が可能となっている。
「コックピットの開閉は、そこのボタンだ。押してみな。緊急時は横のレバーを引けば強制的に扉が開くようになっている」
「は、はい! うわっ! 閉まった!」
「真っ暗じゃないかい。どうやって外を見るのさ」
「問題ない。すぐにメインモニターに切り替わるはずだ」
二人が開閉ボタンを押すと、ウィーンと胸部が閉まり、そのまま甲冑の中に格納されることになる。
すると即座にモニター類が起動。外部カメラと連動して内部に周囲の光景を映し出す。
ガンプドルフのゴールドナイトのように全方位モニターとはいかないが、前後左右上下の情報はすべて表示されているため、十分な視界は確保できていた。
「起動したな。じゃあ、動かしてみろ」
「これはどうすれば…」
「そのまま自分が動く感覚でいいと聞いているぞ」
「やってみます」
サリータが足に力を込めると、思ったより簡単に甲冑が動いた。
どうやら各種センサーが搭乗者の動きを感知し、それを内蔵されているモーター類がアシストする形で自然に動くことができるようだ。
ベ・ヴェルも動き出すことに成功。二人にはしばらく歩行練習をさせる。
それが終わったら、この甲冑が『武人用』であることを証明する番だ。
「次は戦気を出してみろ。ジュエル・モーターが搭載されているから普通に出せば勝手に吸い取るらしい」
二人が戦気を放出すると、背中から吸われるような感覚を抱く。
これは搭載された小型のジュエル・モーターが、コックピットの背部に設置された特殊な装置経由で脊椎から戦気を吸い取っているからだ。
そのせいか体表には戦気は放出されなかったが、その分だけ装甲が強化されているので安全性は確保されている。
「背中がモゾモゾするな。ベ・ヴェル、そっちはどうだ?」
「同じく不思議な感覚さね。自分であって自分じゃないみたいだよ」
二機にはDBD製の無線機が搭載されているため、近距離ならば会話も可能になっている。
こちらは割符結界のように特定の波動を出すジュエルを砕いて複数に分けることで、周波数を共有する軍事技術の一つだ。
戦艦にはより高度な通信機も搭載されているが、小型の魔人甲冑ではこれが精一杯かつ必要十分といえる。(戦艦からの命令を受ける時に使う受信機は別途搭載)
「戦気を出した状態で、もう一回動かしてみてくれ。生身と同じように強化されているはずだ」
「はい! あっ!! 動きが速くなりました!!」
「いいぞ。その調子だ。だが、機械である以上、活動限界があることを忘れるな。燃料には常に気を配れよ」
言ってしまえば、魔人機や魔人甲冑のシステムはハイブリッド車に近い。
最低限のエネルギーは液体燃料であるアフラライトで間に合うが、それ以上の力を発揮する場合はジュエル・モーターに戦気を注ぐ必要がある。
戦気に関しても人それぞれで性質が違うため、魔人機ほど顕著ではないものの性能に差が出るのが一番の特徴だ。
「では、これより性能評価実験を開始する。相手はオレが生み出す闘人だ。少しずつ変化させていくから、その都度指示に従えよ」
アンシュラオンが『鎧人形』を何十体と生み出す。
これは練習で使っているものと同じで、能力値はクロップハップから進化してメッターボルン級となっている。
「おっさんから全兵装を奪ってきた。残弾もたっぷりあるから遠慮せずに使っていいぞ。まずは手持ちの武装を使ってみろ」
魔人甲冑全体の規格はまだ統一されていないが、同じDBD製ならば兵装を使い回しができるようになっている。
最初に腕に装着されていたのは『ショットマシンガン』という武装だ。
それを自身が操るように構えると自動で標的をロックオン。五十メートルほど前方にいる鎧人形を捉える。
照準は目線に応じて変化。
現在自分が視認している標的がモニターに色濃く表示され、視界で捉えている標的も一段階薄い色でロックが維持される。
「射撃開始だ」
合図とともにベ・ヴェルが手に力を入れると、機器が感知して武装が発動。
装填されている『二十五ミリ通常弾』がマシンガンから発射され、眼前の鎧人形にぶち当たる。
多少のバラつきはあるものの、何十発も放たれた銃弾が見事に集弾して鎧の表面を吹き飛ばす。
さすがに強い武人を想定して作られた鎧人形なので、それだけでは簡単に倒せないが、着実に中の戦気まで破壊していく様子が見て取れた。
「他の敵が来るぞ。そいつらにも掃射しろ」
アンシュラオンが操作した他の鎧人形が、ゆっくりと近づいてくる。
そちらに向かってサリータがマシンガンを発射。
薙ぎ払うように放たれた銃弾ではあったが、その六割は鎧人形に命中して表面を弾き飛ばす。
「すごい…。何も考えずに撃っているのに当たる!」
普段のサリータは銃を使わないので扱いに関しては素人だ。
せいぜいが大雑把にグレネードを撃つ程度。ここまで当たることはまずありえない。
であれば、これは『火器管制システム』のおかげである。
火器の扱いはほぼ魔人甲冑側がやってくれるので、搭乗者は標的を絞ればよいだけとなる。
「近距離の相手にはショットガンも使ってみろ」
『ショットマシンガン』は、マシンガンとショットガンの性質を併せ持つ基本兵装であり、二つの銃身をそなえている。
ベ・ヴェルがもう一つのトリガーを引き、近づいてきた鎧人形にショットガンを発射。
複数の鎧人形に飛び散った散弾が命中する。
ショットガンはもともと雑に撃っても当たることが長所ではあるが、こちらの散弾は一つ一つが炸裂弾のため―――爆散
直撃を受けた鎧人形たちが粉々に吹っ飛ぶ。
実際のメッターボルンならば戦気を強化して死ぬことはなかっただろうが、それでも鎧の破損や肉体の欠損等々、かなりのダメージを負っていたはずだ。
なぜならば、これらは『対兵器用の軍事兵器』である。
今まで翠清山で海軍や傭兵が使っていたような『対人用の武装』とは異なり、口径も大きく勢いも桁違い。
銃弾は戦気による強化こそ難しいものの、それ単体で十分な威力が出るように大型に設計されている。
「こいつはすごいね!! なかなか楽しいじゃないか!」
「ああ、悪くないな」
不器用なベ・ヴェルとサリータも火器管制システムのおかげで、次々と鎧人形たちを破壊。
やはり何かを壊す時には快楽を感じるものである。訓練で溜まっていたストレスが一気に発散されていく。
「距離を変えるぞー。武装もライフルに変更しろ」
あらかた倒したところで、今度は三百メートルほど離れた位置に人形を置く。
それに合わせて武装も『アサルトライフル』に変更。
こちらは『八十ミリライフル弾』を発射するもので、やや離れた位置の敵を攻撃するのに適した武装だ。
ちなみに八センチといえば、指を除いた手の平程度の大きさなので、それが高速で飛んでいくと思えば威力も想像しやすいだろうか。
多少距離が生まれたために命中率は下がったが、何度か撃っているうちに命中。
鎧の胸板に大きな穴をあけて破壊する。
「さらに距離を取るぞ。ロングライフルに切り替えろ」
続いて五百メートルほど離れた位置に配置。
アサルトライフルでも届く距離ではあるが、威力がかなり減衰するため、ここではロングライフルを選択する。
これは銃身が長くなり、使用する弾丸も『百ミリ貫通弾』を使用することで、威力と射程を大幅に向上させた遠距離用の武装である。
照準を合わせて、三度目の射撃で命中。
こちらも鎧人形が面白いように吹っ飛ぶ。
「言っておくが、その弾丸は『一発五十万円以上』はするからな。外した分だけで百万の損失だぞ。まあ、今回はおっさんの出費だからいいけどね」
「………」
当たった喜びも値段を聞いて一瞬で萎んでしまった。
他人の金なので痛くはないが、なぜガンプドルフたちが安易に兵器を使わないかが簡単にわかってしまう一言だ。
ただし、これほど高いのは、この規格の銃弾が北部では入手しづらい点が挙げられる。
西側の兵器は南部でしか手に入らず、それも横流しされたものから選ぶしかないため、目的の物が手に入るかもわからないのが実情だ。そのせいで、どうしても高額になってしまう。
しかしそれも、すでに鉱物資源と錬金術師を得ているアンシュラオンからすれば、時間さえかければいくらでも生産することが可能である。
DBD側でもすでに銃弾の生産は始まっているし、いずれはアンシュラオンも自分の工場を作る予定なので、今までよりも遥かに安価で入手が可能となるだろう。
(さすがに軍事兵器は優秀だな。強い武人が少ない現状では武装だけでも十分有用だ。この距離となると剣士でも射程外のことが多いからな)
壊されていく鎧人形がメッターボルンだと考えるだけで、出費にさえ目を瞑れば、兵器の利用は十分な価値があるといえる。
しかし、これだけならば砲台でも同じこと。魔人甲冑の真価はこれからだ。
長距離からの攻撃に慣れたところで、いよいよ本題。
「次は機動力の実験だ。戦いは常に移動しながら行うものだからな。まずは動きに慣れてみせろ」
魔人甲冑の価値は大半のロボットがそうであるように、こうした軍事兵器を『移動しながら使える』点にある。
二人の身体の動きに合わせて甲冑が足を前に踏み出す。
足は交互に加速を始め、ドーン、ドーン!と力強く大地の上を走る。
が、まだまだ遅い。
装甲が厚く重いうえに、直接走っているわけではないので自身の筋肉を生かせない。遅くて当然だろう。
これらの動きを数分繰り返させて慣らしたところで、今度は戦闘時の移動手段を教える。
「今度はもっと前に身体を押し込んでみろ。ペダルごと強く踏み込むんだ」
「はい!」
サリータが固定した足を強く踏み込むと、がちゃりと何かがはまった音がした。
その瞬間、甲冑の背部にあった『ブースター』が起動し、一気に加速!
兵器用の大型ブースターを搭載しているため、加速力は『赤昂の竜鎧』の爆熱加速に匹敵する。
「くっ! 止まれない!」
「無理に減速するな。円を描くように戻ってこい」
「は、はい!!」
ズザザザと大地を抉りながら無理やり軌道修正。
途中で転びそうになったが、肩や腰に付けられた『十二個の姿勢制御ブースター』が自動で働き、なんとか体勢を立て直すことができた。
「感覚で咄嗟に動かせるようにするんだ。これもひたすら鍛錬だぞ」
「はい、師匠!」
「よし、実験を続けろ。動きを止めるなよ」
二機はブースターを使って魔人甲冑の機動力をテストする。
最大加速時は、およそ時速五百キロを計測。
ラブヘイアと一緒に走った時が時速百キロ程度だったことを考えれば、なかなかに優秀な数字といえる。
が、ここで重要なことは、長距離移動用の機体ではないので『初速が最速』になることだ。
ブースターを起動すると『風と雷の属性反発』を使った急加速(ほぼ爆発)に近い衝撃が生まれ、機体が吹き飛んだあとから徐々に減速が始まり、この速度に落ち着いていく形になる。
もともと敵の銃弾や砲撃をかわすための装置なので、二十メートルから三十メートルの距離を一気に『跳ぶ』ことに主眼が置かれているからだ。
ブースト時間にも限界があり、長い距離を移動しようとするとエネルギーがすぐに切れてしまう。魔人甲冑による旅路は現実的ではないだろう。
よって、この急加速が基本の動きになるわけだが―――
(加速力が強すぎて小回りが利かない! 世界が回る!)
当たり前だが、速度が速すぎれば急には止まれないものだ。上手く制御できず、何度も倒れそうになっていた。
ただし、これは魔人甲冑自体の問題でもあるので、彼女たちだけが悪いわけではない。
これが本物の魔人機ならば『ハイリンクシステム』と呼ばれるダイレクトフィードバックシステムが存在し、搭乗者の動きを忠実にトレースできるのだが、魔人甲冑にはそれが搭載されていないため、このようなやり方で強引に動かしているのだ。
しかし、単純に跳ねるだけならばそう難しいことではない。二人とも反射神経は良いので動き自体にはすぐに慣れていった。
その様子を確認し、次の段階に移る。




