510話 「軍隊の訓練方法 その3『盾技と武器型戦士』」
「技が発動したら維持したままでいろ。次に戦盾の派生技をいくつか教える。どれも重要なものだ。しっかりと覚えておけ」
基本の型ができたところで、ハンクスが一通りの技を見せる。
『拡盾』。
以前ア・バンドのシダラも使っていたが、戦盾にまとわせた剣気を拡大して広い範囲を防御する技だ。
たとえばマシンガンを持った相手が後衛を狙った際、咄嗟にこれを出して弾丸を防ぐことに使える。魔獣ならば範囲が広いブレス攻撃に対応することも可能だろう。
『強盾』。
戦盾にまとわせた剣気を強化し、盾正面の攻撃に対してより強い防御で迎え撃つ技だ。
普通の銃弾くらいならば軽々と戦盾で防げるが、戦車の砲撃や術式弾が飛んできた際には、これでないと防げないことが多い。
『柔盾』。
戦盾にまとわせた剣気をあえて柔らかくして、強い攻撃を受け流す技だ。
盾だからといって正面から受ける必要はない。損耗を防ぐためにいなす技も必要となる。
それらの応用技として、全方位を防御する『円拡盾』『円強盾』『円柔盾』がある。
敵は盾以外の箇所を狙ってくる傾向にあるし、集団戦闘においては至る所から銃弾が飛んでくるものだ。それを防ぐ技である。
ただしその分だけ消耗が激しく、使っている間はその場から動けないので、あまり多用してもいられない。
さらに上位の技として、より広範囲を防御する『陣盾』という技がある。部隊そのものを覆うものなので一般人を守る際にも重宝するだろう。
これらはすべて防御の技だが、盾には違う側面もある。
「次に【攻撃の技】を教える」
「攻撃ですか? 突進以外にもあるのでしょうか?」
「当然だ。盾は防御しながら攻撃できる非常に優秀な【武器】でもある」
ハンクスが、近くにあった木に盾を密着させた瞬間―――バババンッ!!
激しい振動と衝撃波が発生し、幹が削れるように粉々に吹き飛ぶ。
「す、すごい!!」
『衝盾』。
こちらもシダラが使った技であるが、展開した剣気を震わせて衝撃波を生み出す因子レベル1の技だ。
前方扇型に放出されるため、敵が複数近寄ってきたときに弾き飛ばすことも可能であり、タイミングよく使えば強い攻撃を迎撃相殺することもできる。
応用すれば好きな範囲に放出できるため、使い方次第では広範囲の防御にも使えるだろう。
「相手が盾に無警戒のときは、こんな技もある」
ハンクスが盾を裏返して鋭く突き出すと、ザクっと先端が岩に刺さる。
だが、そこで動きは止まらない。
そのままかち上げるように振り抜くことで、岩の大部分が抉られてしまった。
『突盾』。
盾の先端に剣気を集中させて刃として攻撃する技だ。
下から突き上げることが多いため相手にとって見えにくく、基本技ながら盾の重みも加わることで致命傷を与えやすい。
もちろん盾を振り回すだけの筋力が必要になるので、まずはそこをクリアする必要があるものの、敵が「盾は防御するだけのもの」と知識不足の際にはより効果的となる。
「軽装の敵に有効な技もある」
ハンクスの盾の表面に太い針、棘がいくつも生まれる。
それを勢いよく木の幹に叩き付けると、穴だらけ。
『棘盾』。
盾の表面に剣気でスパイクを作って攻撃する技だ。
単純にスパイクシールドを使えば誰でも同じことが可能だが、剣気で作れば破損の心配もなく、他の技を使う際の邪魔にもならない。
これを使って重装甲の質量で突っ込めば、軽装にとどまらず準装の相手にも大きなダメージを与えることができるだろう。棘の長さを伸ばせば串刺しにもできる。
その棘を放射すれば、シダラが使った因子レベル2の『棘飛盾』となる。
そちらは防御しながら中距離にも対応できるため、普通に銃を撃つより安全である。
「相手を殺さずに拘束したい場合、この技を使え」
『鎖盾』。
盾に触れた者を戦気で作った鎖で拘束してしまう技だ。
これを剣気に変えれば、拘束と同時に逃げようとする相手をズタズタにできる。
犯罪者やテロ組織の制圧などには、こうした技もよく使われる。殺したくない相手には有用な技だ。
シダラが使った『縛炎鎖盾』は、この上位かつ属性変化版となるので、かなりの高等技術である。
「私が使えるのはこの範囲だ。しかし、盾は強い。何度でも言うぞ。盾は最強の武具だ! 因子レベル6以上ともなれば、一時的に絶対防御を付与する技もあると聞く。それがあれば戦艦の主砲さえ怖れることはない。そして武神の領域、因子レベル8以上ともなれば、もはや想像を絶する世界が待っているだろう」
(なんと多様な! こんな可能性が盾にはあるのか!!)
サリータにとっては、まさに目から鱗。
今までは防御するか突進するかしかできなかった盾が、これほどの攻防力を秘めているとは思わなかったのだ。
「では、これらの型を反復練習する。死ぬ気でやれ!」
「はい!」
ハンクスはサリータに盾の持ち方から動かし方、固定の仕方、視線の置き所からすべてを教えていく。
こうした型を学ぶうちに、あらゆる技に『想定された場面』があることがわかった。
すべての技は、特定の状況を打破するために生まれたものだ。
アンシュラオンが使う修殺とて、戦士が中距離で戦うために編み出された技であり、意表をつく目的以外では近距離であえて使う者はいない。
虎破にしても隙が大きいため、使う場面は相手がバランスを崩した際を想定している。(それゆえにマサゴロウの使い方は異端)
盾技も同じ。あらゆる局面に対応するために編み出された『極意』なのだ。
結果として【集団戦術】を学ぶことになる。
後衛を守るためにはどこにいて、どうすればいいのか。何を気をつけるのか。何に注目するのか。
隣にいる仲間を信じること。怖れないこと。時には後退もすること。
こうした知識がサリータの世界を急速に押し広げてくれる。
(これが軍隊なのか!? なんとわかりやすい!)
手っ取り早く強くなるためには、どうすればよいのだろうか?
そう、誰かに基本を教わることだ。
騎士の戦い方は我流ではない。各国騎士団、各部隊によって差はあるものの、戦い方の【マニュアル】が存在する。
それは今まで人類が積み重ねてきた武術の在り方だ。
伝えることで土台とし、未来を生きる者たちがさらに上を目指すことを目的としたものである。
アルバイトがマニュアルを読んで動けば、バイト先で早い段階で戦力になるだろう。
流れがわかり、しかもコツが書いてあるのだから、不器用な人間でも反復すれば上達するのが自然だ。
これはアンシュラオンがサナにやらせている『陽禅流鍛練法』とは真逆のやり方であった。
されど【一定のラインまで】は、両者のたどり着く場所は同じ。方向性の違いにすぎない。
だからこそ、気づく。
(ああ、そうか。そうなのだ! だから師匠は何も教えなかったのだ)
アンシュラオンは覇王の弟子で、武を体現するほどの猛者だ。
がしかし、盾は完全に専門外。真正面から強引にぶつかることも専門外。
いくらあの男とて、ここまで分野が違うと教えることは不可能だ。生半可に教えて変な癖がついたら困る。
だからこそ、いつか『正統な技』を教えてくれる者に出会うまで、下地を作ることだけに専念していた。
戦闘経験を積ませ、痛みや恐怖に打ち勝つ心を鍛えた。サナのために死ぬ「覚悟の下地」を作った。絶対に走り負けない体力を培った。これらがなければ何も学べなかっただろう。
その愛情に気づいた瞬間、涙が止まらなくなった。
「師匠、自分は…!! 師匠ぅうううううううう!! うおおおおおおーーーんっ!!」
泣きながら盾の練習をする姿は異様だったが、それもまた感情の揺らぎがあっても戦気を維持し続ける訓練になるはずだ。
(サリータはあのまま任せておいて大丈夫だろう。ハンクスはオレよりも優れた『指導者』だからな)
もちろん魔石を使えば、サリータはハンクスに勝てるだろう。教えることに長けているだけで彼自身の戦闘力はヤキチより下だ。
しかし、基礎的な能力は圧倒的にサリータより上。
特に盾の勝負で、あそこまで後れを取るのは初めての経験である。これが戦場だったならば、魔石の力が切れたところを狙われて敗北していたに違いない。
やはり素の力、死ぬ気で鍛えた実力こそ最後に頼るべきものなのだ。
(さて、ベ・ヴェルのほうも想定通りになっているようだな)
盾技が珍しいのでサリータばかりに注目していたが、ベ・ヴェルのほうもグレツキに完敗していた。
「ちっ…! どうやって踏み込めばいいんだい!」
大振りのベ・ヴェルの攻撃を、グレツキは最小限の動きで捌いていく。
それだけならばまだよいが、問題は反撃だ。
ベ・ヴェルの体勢が崩れたところに、グレツキの強烈な突きが叩き込まれる。
「ぐぇっ!!」
女性らしからぬ声を上げて、ベ・ヴェルが吹っ飛んで地面に転がる。
剣先は鎧の腹部分に当たっているのだが、内臓にまで響く重い一撃だった。
剣王技、『剣応打』。
剣気を剣先に集めて物理属性を与える因子レベル1の基礎技である。
よく修行中の練習試合で相手を殺さないために使ったり、剣気の制御を学ぶためにもちいられることが多い技だ。
だが、斬撃や刺撃と違って衝撃を与える性質ゆえに、ベ・ヴェルは飛ばされてしまい、間合いを広げられる。
彼女が何度向かっていっても、いなされたり反撃されたりでまったく近寄れない。
「勢いだけで突っ込むな。私が本気ならば、すでに五回以上は死んでいるぞ。戦気の質もまだまだ粗い。動きが丸見えだ」
「うるさいね!! 最後に当たれば―――がはっ!」
グレツキの剣応打を肩にもらい、空中で二回転してから地面に転がるベ・ヴェル。
彼が言ったように、これがもし本気ならば肩そのものが失くなっていたはずだ。
「剣士の攻撃力を甘く見るな。戦士が思っている以上に剣士は危険な存在だ。剣王技には中距離の技も多くある。実力差がある状況で接近するのは至難の業だと思え」
攻撃型であるベ・ヴェルは、もともと防御が苦手である。
その弱点を手数で補うわけだが、敵の攻撃力が高い場合は近寄ることそのものが難しい。
仮に魔石を使ったとしても、ガンプドルフが相手ならば簡単に突き破ることは容易に想像できる。おそらくはゼイヴァーでも同じことができるだろう。
となれば、やはり動きそのものを改善するしかない。
「咄嗟の動きには目を見張るものがある。それも戦いの中で磨いた直感なのだろう。しかし、これから先は万に一つの失敗も許されない戦いだ。攻撃は確実に捌け」
ここでグレツキが剣気を斬撃に変化。
アンシュラオンから「手足くらいは斬り落としてもいい」と言われているので、遠慮なく攻撃に転じる。
剣士の間合いから放たれる攻撃は、迎撃する手段がない者にとっては阿鼻叫喚。
同じ武器を使っているため、剣で対応しても剣気を放出しているグレツキのほうがベ・ヴェルの腕力を簡単に凌駕してしまう。
なんとか凌いで飛び込もうにも相手の体勢が崩せていないので、即座に放たれた二撃目の斬撃で鎧に亀裂が入る。
「嘘だろう! 同じ鎧じゃないのかい!」
「剣士にとって剣気こそが命。なればこそ一撃にかける想いは戦士以上なのだ。さあ、どうする。お前は剣気が出せないようだが、有効な打開策はあるのか?」
「ちっ…!」
ベ・ヴェルはサリータと違って剣士因子がゼロなので、下手に剣気を放出しても戦気よりも出力が低くなる傾向にある。それならばいっそのこと使わないほうがよい。
攻撃力は相手のほうが数段上。つばぜり合いも満足にできず、一撃でもまともに入れば致命傷。
まさに絶体絶命の状況に立たされてしまう。
これはアンシュラオンが想定した通りの展開であった。
(武器型戦士ってのは、スザクやハイザクがそうであるように、やっぱり戦士なんだよな。しかも技を使わない戦士なんだから『身体能力』こそが生命線だ。かといってベ・ヴェルには、スザクのようなセンスやハイザクのような頑強な肉体はない)
技を使わないから弱いわけではない。良質な武器が手に入る環境ならば武器型戦士は極めて強力な存在となる。
むしろハイザクのように肉体能力のみで破邪猿将を上回ることもできるのだ。
しかし、ギリギリで回避するにせよ、完全に防御するにせよ、やはり攻撃は受けないほうがよいに決まっている。
こうやって生粋の剣士の攻撃に晒されることで、嫌でも防御を学ぶしかなくなるわけだ。
その過程で戦気の粗さも改善されていくだろう。そうしなければ鎧ごと斬られてしまうからだ。
「銃や術符を使わない限り、どのみち突っ込む以外の選択肢はない。だが、お前は剣士ではない。武器はすべて『道具』にすぎないのだ。ならば、そのすべてを消耗品として捉えろ。そして、何がなんでも肉薄しろ。剣士に間合いを作らせるな」
剣士の弱点は、これも以前から述べているように『剣を振る間合い』が必要なことだ。
領主城での戦いを思い出せば、常に肉薄してくるアンシュラオンに剣士であるガンプドルフは苦慮していたはずだ。
アンシュラオンはそれを技量によって成していたが、武器型戦士であるベ・ヴェルにとっては武器こそがそれに該当する。
剣士の攻撃を『武器を盾にして防ぎ』、鎧すら使い捨てにしながら接近する。
それができれば身体能力で優れる戦士のほうが有利。
身体ごと相手にぶつかりながら強引にダメージを与えていく。その姿は、まさにスザクがやっていた戦い方そのものだ。
ベ・ヴェルもグレツキに指導されながら、少しずつ間合いを詰めていく。
そして、ようやく肉薄した瞬間。
「ここで安心するな。そうした状況にそなえて、剣士は小型の武器を携帯しているものだ」
グレツキが左手で器用にコンバットナイフを取り出すと、剣気をまとわせてベ・ヴェルの太ももに突き刺す。
「ぐっ…! どこに隠し持っていたんだい!」
「卑怯か? ならば、これでもいいのだぞ」
今度は『金属の破片』に剣気をまとわせて投擲。
近距離から放たれた複数の欠片が、ベ・ヴェルの防御の戦気を貫通。頬に刺さる。
これは割れて使い物にならなくなった剣の刀身を砕き、袋に入れて携帯していただけのものだが、剣士が使えばこのような芸当も可能となる。
「今のはわざと外したが、本来ならば目を狙うものだ。仮に当たらずとも相手が一瞬でも怯めば、その間に間合いを広げることができる」
「要するに、なんでもありってことだろう! それならあたしだって専門さね!」
ベ・ヴェルが剣を投擲。
それをグレツキが弾いている間に飛び込み、自身の足に刺さっていたナイフを引っこ抜く。
それで攻撃すると思いきや、それすらも投擲して囮に使い、さらに接近。
眼前まで近接したところで殴りかかると見せかけ、腰を落としてタックルを見舞う。
これで完全にグレツキの間合いを潰すことに成功。ようやく攻撃が届く。
「どうだい!! 押し倒せばこっちの勝ちさね」
「倒せれば、だがな」
タックルをまともに受けたはずのグレツキが、倒れ―――ない
日々鍛錬で培った足腰の強さに加え、常に戦士とも戦ってきた戦闘経験値によって突然のタックルにも対応。
身体を捻って力の方向を変え、突進の威力をすべて受け流す。
そのまま崩れ落ちたベ・ヴェルの首に剣を押し当てれば、これでもう終わり。
「発想は悪くなかったが、無手で倒すだけの力がないのならば奇襲も意味がない。まずは武器でしっかりと防御する癖をつけろ。そんな無謀な戦い方をしていれば命がいくつあっても足りないぞ」
「ちくしょうっ…!! 男になんて負けてたまるかい! 絶対にぶっ飛ばしてやるさね!」
アンシュラオン以外の男に負けることは彼女のプライドが許さない。
何度も何度もグレツキに向かっていっては倒される。
が、そのたびに少しずつ防御が向上しているのがわかる。ようやく闘争心に火が付いたのだ。
(いい経験になっているな。ここでしか得られない貴重なものばかりだ。これでこそ合同訓練をやった価値があるってもんだ)
見守るアンシュラオンも満足げだ。
全体訓練では大勢での協調性と連動を学び、個別訓練ではサリータは盾技の習得に勤しみ、ベ・ヴェルは苦手な防御を学ぶ。
サナもゼイヴァーという強い武人と一緒に行動することで、新しい刺激を得るだろう。