51話 「潜入領主城 その1」
高さは十五メートル程度だが、領主城にも壁と門があり、しっかりと門番もいる。
(ここまで来たら、さっさと中に入ろう)
アンシュラオンは門番の隙をついて、さっと城壁を駆け上がると、そのまま走り抜けて茂みに落下。当然、音は立てない。
その茂みの中から領主城を観察する。
(城というか…館だな。それでも大きさはなかなかのものだ。これはけっこう広いぞ)
屋敷に尖塔をつけたデザインなので、大国ならばこれを城とは呼ばないだろうが、この辺境の土地ならば十分にそう呼んで差し支えないだろう。
さすが領主がいる場所なので大きさはかなりのもの。今まで見たどの建物よりも広く、そこらの自然公園くらいはありそうだ。
まずアンシュラオンがやったことは周囲の探索だが、歩いて回るわけではない。
戦気を薄く伸ばす『波動円』という技があり、感覚だけで周囲の状況を探ることができる便利なものだ。
背後の状況も目を使わずに理解できるため、戦闘でも必須の技といえる。特に森などで周辺の状況が不明な場所では有用であろう。
アンシュラオンは波動円を展開。
百、二百、三百メートルと、どんどん伸ばす。
そして、ほぼ一瞬で外周の状況確認が終わる。
(う~ん、領主城の周囲にいるのは百人くらいかな。今日は警備が厳重だとか言っていたから普段よりも多いんだろうな)
銃を持った衛士たちが常時巡回しているので、それなりの警備態勢は敷かれているようである。
ただし、衛士自体は極めて弱い。
(このあたりにいる衛士たちは、ほぼ一般人と大差ないレベルだ。戦闘用スレイブじゃなくて、砦とかから招集された一般兵士たちだな。きっと今夜だけ集めたんだろう)
情報公開を使って視界に入った衛士を調べると、普通の成人男性と同レベルの実力であった。つまりは雑魚だ。
最低限の戦闘技術はあるのだろうが、ざっと見たところマキに匹敵する武人はいないように思える。
これならば、そのまま強引に武力で突破するのは容易だろう。
が、無意味に暴れる必要性はない。あくまで目的はサナの確保だ。それまでは派手な振る舞いはできない。
(友達にするって話だ。サナがいるとすれば領主の娘の近くだろう。頭の悪いやつは上に昇りたがるから、どうせ最上階あたりにいるんだろうけど…念のために全体的に調べてみるか)
改めて領主城を見る。
四階建てで、左右に大きな尖塔がそびえている。あのあたりも怪しい。
囚われの姫はたいてい、ああいった場所に幽閉されることが多いものだ。調べておくべきだろう。
戦気を伸ばして、館の内部の人間を探る。
一階には、数十人という人間が活動していた。食器洗い、掃除、見回り、警護等々、一般的な館にいそうな使用人たちだ。
二階にも十数人いる。訓練した足運びを感じるのでメイドの可能性もある。
が、その中の数人は足音すら立てていない。おそらく忍者か暗殺者であろう。モヒカンから集めた警備用戦闘スレイブだと思われる。
(ふむ、感じる気配からすれば、たいした技量ではなさそうだが油断は禁物だな)
城内には武人もいることが判明。
まったく問題ないレベルであるが、特殊な異能を持っている武人もいるかもしれないので油断はしない。
そうしてさらに伸ばした時―――
「あっ」
突如、波動円を解除。
気配を殺したまま移動を開始し、今いた場所から急いで遠ざかる。
珍しくアンシュラオンは慌てていた。
波動円は便利な技だが、戦気を伸ばしたものなので触れられると感触が残る。ただ、アンシュラオンのものは非常に繊細で薄いので、普通の武人や人間は気が付くことができない。
が、その人物は探知に気づいた。
波動円というごくごく少量の気質から、アンシュラオンが意図的に隠した気配を感じ取ったのだ。
これはなかなかできない芸当である。明らかに他の人間とは異質な存在だ。
(やばい、やばい。調子に乗って伸ばしていたら感づかれちゃったよ。まさかオレの波動円を感知できるやつがいるとはな。姉ちゃんたちならともかく、ほかにもそんなことができるやつがいるんだな。要注意人物だぞ)
アンシュラオンは一気に警戒レベルを上げる。
火怨山を下りてから、自分と渡り合えそうな人間および魔獣は一切いなかった。
しかし、だからといって存在しないとは限らない。たまたま出会っていなかったという可能性もあるのだ。
そして今、その可能性の一つに出会った。
(いい感度だ。雰囲気も悪くない。けっこうな強さだぞ。はは、これは面白いな。少し緊迫感が出てきたじゃないか。そうそう、これくらいでないといけないよ。囚われのお姫様を助けるんだから、こっちも本気でいきたいしね)
雑魚ばかりで退屈していたところである。
たしかにサナを助けることが最優先だが、それ以上にこの雰囲気を楽しんでもいる。この舞台を盛り上げるためには相手側にも強い駒が必要だ。
戦闘用スレイブに加え、今触れたような強者がいる。そう思えば楽しさも倍増である。
「相手もオレを捜すだろうから、どっちが先に見つけるか勝負といこうか」
アンシュラオンはサナを。相手は自分を。
楽しい鬼ごっこが始まる。
∞†∞†∞
下見が終わったところで、アンシュラオンが移動開始。
そこまで隠密行動が得意ではないものの、火怨山という大自然で暮らしていた男である。魔獣に見つからないように隠れて動くことは日常であった。
歩いても足音を立てず、茂みに触れていても命気で覆ってしまうため、これまた音もしないし揺れることもない。
敵を見つけても相手より先に発見するので、視線や戦気もすべて把握してから行動できる。
この暗闇の中でアンシュラオンを見つけることは、目視ではまず不可能だろう。
そして、ちょうど隠れていた茂みが終わるあたりで、敷地側に一人の衛士を発見。
「ふー、だりぃ。非番なのに呼び出すなんてよ…やる気が出るわけないよな。どうせ敵なんて来ないんだから、適当にやるくらいでちょうどいいんだよなぁ。帰ってエロ本でも読んでいるほうが、まだ何倍も有意義だぜ」
衛士はタバコを吸って、茂み側に背を向けていた。どうやらサボっているようだ。
(警備といっても城壁内部だ。緩んでいて当然だな)
もともと城塞都市なので内部に敵がいるわけもない。せいぜい不審者程度であろうが、領主城にも高い壁があるので簡単には入れない状況である。
緊急配備された衛士たちにとってはいい迷惑で、どうせ誰も来ないのだから意味ないだろう、という弛んだ気持ちでいるようだ。
(敵全員がこうだといいけど…ここはさくっといこうか)
アンシュラオンがそっと背後に忍び寄り、男の首に手刀を一発。
次の瞬間、男は声を上げる暇もなく、がくっと倒れた。
身体が完全に崩れる前に茂みに引っ張り、隠す。
これは普通の当て身ではなく、当てた瞬間に微量の戦気を流して血流を止めたのだ。それによって素早く簡単に意識を奪うことができる。
このまま寝かせるのもあれなので、木の幹に銃と一緒に立てかけておく。
「うん、サボって寝ているように見えるな。でも、これじゃインパクトが足りないな。起こされたら意味がないし…あっ、そうだ」
アンシュラオンが悪魔の笑みを浮かべる。悪いことを考えた時の表情だ。
「ズボンを脱がして、右手を股間に置いて…と。うん、これで休んで自慰行為に耽っているように見えるな。たとえ見つけても、あまりのショックで声をかけられないに違いない」
男にとって、いや、性別は関係なく、これは実に恐ろしいことである。
誰もがその恐怖に怯えながら人生という旅を歩んでいる。仮にこれが見つかった場合、衛士はもう立ち直れないかもしれない。
見つけた側も相当なトラウマを抱えて生きることになるだろう。同姓のそれを見るなんて、それはもう最低の気分に違いないのだから。
(ごめんな。これも領主側についたお前のミスってことだ。では、さらばだ)
衛士の男としての尊厳を踏みにじりながら、アンシュラオン再び歩を進めるのであった。




