509話 「軍隊の訓練方法 その2『盾の重み』」
軍は規律で動く。命令で動く。
全員で同じ動きを繰り返し、一つの目標に向かっていく。
それは朝起きる時間から始まり、同じ料理を食べ、同じことを考え、同じように戦うことで独特の一体感が生まれていく。
軍隊の強さとは、そうした画一性にこそあるものだ。
サリータとベ・ヴェルも彼らの連動の中に割り込んでいく。
頭ではなく身体に刻みつけて、全体のリズムの一つとして組み込まれようとしていく。
呼吸が増えていく。心拍数が上昇していく。汗が滲んでいく。
だが、それと同時に身体が火照って血液が巡り、力を与えていく。
もともと何かを考えるのは苦手な『肉体派』の二人だ。身体で覚えたほうが呑み込みは早い。
そうしていつしか他の兵士と遜色ない動きを見せていく。
それを支えているのは、体力。
身体さえついていければ、おのずと思考も追いついてくる。余裕が生まれてくる。
「はぁはぁ…!! ふー、ふー…」
「よし、次は個別訓練に移れ! 個別だからと手を抜くなよ! 慢心した者がいたら私自ら叩きのめすからな!」
訓練が始まって、一時間半。
二人の息が少し切れかかったとき、ガンプドルフから命令が発せられる。
当然ながら休憩はない。戦場ではいつでも戦える準備をしておかねばならないからだ。
二人は元の場所に戻ってくると個別練習を開始。
サリータはハンクスから、ベ・ヴェルはグレツキから指導を受けることになる。
まずはサリータの様子を見ていこう。
「ケサセリア十光長。盾を持て」
ハンクスがDBDで使われている大盾を持ってきた。
こちらも『物理耐性』のあるクリスタルで作られているが、さらにその上から『銃耐性』のある鉱物でコーティングされている強固なものだ。
大きさは、いつもサリータが使っているものと大差ない。
が―――異様に重い
(くっ! なんだこの重さは!?)
持った瞬間に身体が沈み込むような重量を感じる。
ディムレガンの盾もそれなりに重かったが、こちらは『厚み』が二倍以上あり、強度を強引に重さによって成立させている代物だった。
なにせ西側の戦場は戦闘技術が発展しているがゆえに、砲撃が絶え間なく飛び交う世界である。
さすがに戦艦の砲撃を受ければ何でも吹っ飛ぶが、歩兵が使うバズーカやミサイルランチャー、砦に設置された砲台の攻撃くらいは耐えて当たり前。そうでなければ命がいくつあっても足りない。
近年では優れた武人が少ないため、単純に防具も重く『太く』硬くなる傾向にあった。筋肉だけは才能がなくても鍛えられるからだ。
「強大な力を受け止めるのならば、それ相応の力が必要だ。盾の重量も防御の助けになる。では、構えろ。いくぞ」
「っ!」
サリータが盾を構えた瞬間、ハンクスも同じ大盾を持って突っ込んできた。
咄嗟に防御したが、その激しい衝撃でサリータが吹っ飛び、盾の下敷きになる。
あまりの重さに呼吸が止まりそうだ。
「がはっ!! ぐううっ!! げほっ!!」
「盾の使い方が甘い。さっさと立ち上がれ。もう一度いくぞ」
「っ―――!」
なんとか立ち上がった瞬間、ハンクスの強力な押し込みが炸裂。
またもやサリータが吹っ飛び、盾の下敷きになる。
いつもならばもう少し早く立て直せるが、重すぎる盾によって動きが鈍い。
「早く立て。立てないのならば死ぬだけだ」
「っ!!」
倒れているサリータに向かって、ハンクスがウォーハンマーを叩きつける。
サリータは盾で防御するが―――ゴォンッ!!
「かはっ!!」
鈍い衝撃が盾越しに伝わってくる。腕どころか身体全体が痺れるようだ。
サリータもメイスや槌を使っているが、こうしたハンマーは硬い鎧の上からでもダメージが与えられる武器であり、西側でも盾兵の基本兵装となっている。
強力な防御が開発されるのならば、それを打ち破るための攻撃も開発されるのが道理だ。
軍事の世界は常にいたちごっこ。相手を殺すための競争が常に繰り広げられている。
「寝ている間にも砲弾はどんどん飛んでくる。そうやって転んだまま死んでいった連中を数多く見てきた。死にたくなければさっさと起きろ」
「くうっ! うおおおっ!!」
立ち上がり、今度はサリータから突っ込むが、ドゴンッ!!
あっけなく吹っ飛ばされて、再度大地に叩きつけられる。
その後、何度やってもハンクスの攻撃を受けきれない。防御も崩せない。
両者共に戦気を使っておらず、同じ鎧、同じ盾を使っているので武具の優劣もない。
だが、二人の間には決定的な違いがある。
(強い! 骨格と腕力が違う!)
ハンクスの体格は中肉中背で、武人としてそこまで大きくはない。
が、皮膚の下にはぎっちりと『叩かれた筋肉』が詰まっており、腕も太い。毎日のように大きな盾を振り回している証拠だ。
それを支えるのが、筋肉量。
男女の違いのもっとも代表的な例が、まさにこれだろう。
男女間で筋肉の質に大きな違いはないというが、男性ホルモンのおかげで男のほうが筋肉が付きやすい構造をしている。
体格にしても男性のほうが大きいのは致し方なく、その点においても女性は不利な状況にある。
その理由は、女性は子供を作れるという機能的、種族的『優位性』を確立しているがゆえに、戦う必要性が少ないことが挙げられる。
戦って死ぬのは兵隊の役目。女王を守る働き蟻のごとく、男の代わりなどはいくらでもいるのである。(働き蟻は雌らしいが)
そこをあえて女性に強さを求めること自体が、なかなか尖った要求といえる。
ただし、この問題は男女間に限ったことではない。
「魔獣が跋扈する翠清山で戦っていたそうだな。相手が魔獣ならば、こんなことはいつだってありえたはずだ。人間の筋力など所詮は魔獣たちには遠く及ばないのだから」
破邪猿将の強靭な腕力、錦王熊の異様な耐久力、マスカリオンの大空を駆ける機動力。
そのどれもが人間を凌駕している。して当たり前。
「だが、それでも諦めるわけにはいかない。我らの後ろには守るべきものがあるのだ。この身が砕けても負けるわけにはいかぬ!」
ハンクスの目に強い覚悟が満ちる。
彼の後ろには国がある。そこに住んでいる人々の生活がある。大事な仲間がいる。家族がいる。愛する故郷が待っている。
だからこそ、死んでも退かない。
そういった心の強さこそが騎士団とそうではない者の違いである。
それを見て、サリータも大切なことを思い出す。
(そうだ。自分はけっして引いてはならない! もし後ろに手負いのサナ様がいたらどうする? 後ろに無力なセノアやラノアがいたら!? 自分は盾であり、害悪から守る防波堤なのだ!! もう負けない!! 気持ちでは負けない!! サナ様の戦友になるのだ! なりたいのだ! なってみせる!)
サリータが立ち上がる。
その目には、先ほどとはまったく違う力強い輝きがあった。
「ぬんっ!!!」
盾を地面に突き立て、前方からの攻撃にそなえる。
そこにハンクスが盾をぶつける!
それに対して今度は、全体重をかけて、必死の想いを乗せて、その一撃を受け止める!
「うおおおおおおおおっ!!」
押されても、足が引きずられても諦めない。
前に前に気持ちを押し出す。
後ろにサナの目があることを意識して。
彼女のために命をかけると決めたのだ。守ると決めたのだ。白い少年に託されたのだ。
ならば、絶対に止める!
止めねばならない!!
「―――と、止め―――た!? 止まった!!」
そして、ついにサリータがハンクスの攻撃を止めることに成功。
盾と盾が重なり合い、力が拮抗している。
この結果は単なる腕力や意思の問題だけではなく、やはり『技術』にこそある。
(そうか。力の方向が重要なのだ。盾の構造を理解して、一番安定している部分を相手の力の中心にぶつけてやる。そうすれば大きな力の差は生まれない)
ごくごく当たり前だが、何事にも力を加えるポイント、力点が存在する。
武器を使えば今度は作用点となり、扱い方によって打撃や斬撃の威力にも変化と優劣が生まれていく。
盾は受け止めるのが目的なのだから、力の方向、点を意識することは自然なことだ。
サリータは今までこれを『勘』と『感覚』でやってきたが、改めて考えながら戦う大切さを知ったのである。
一時期『ID野球』が日本野球界を席巻した時代があった。技術を知識として活用しなければ良い結果を出し続けることはできない。それを学んだことは非常に大きな収穫である。
しかしながら、敵の盾が再び前から激突してくるとは限らない。
ぐいっとハンクスが盾を横に回転させ、体重移動を伴いながら押し込むと―――あっさり崩れる
「あっ!!」
「敵が何をしてくるかわからない。常に警戒を解くな」
そのまま体重をかけられると、真上から圧し潰されて何もできない。
たしかに力と力が真正面からぶつかるのならば、単純な計算式でよいかもしれないが、力は向きを変えて質をも変化させる。
そこも意識しないと攻撃を止めることはできない。いつだって盾の中心部に相手の攻撃がくるとは限らないのだから。
「戦士だからと甘えるな。剣士のように武具を自在に操れるようになれ。負けている部分は体力で強引に押し支えろ」
「は、はい!!」
その後も何十、何百と盾同士が激突する音が響いた。
大半はサリータが無様に転がる光景を映し出していたが、次第に真正面からの攻撃には耐えられるようになっていた。
それを支えるのが―――またもや体力
前衛の重装甲兵の最大の売りは、その【耐久力】にこそある。
強固な鎧や盾で攻撃を受け止めて、背後の仲間が攻撃しやすいように守るのが役割だ。
ただでさえ重量のある武具を身に付けるのだから、その疲労度は後衛の比ではない。
しかし、前衛が崩れなければ負けることはない。必然的にサナの安全も確保される。
これはずっとアンシュラオンがサリータに求めていた役割だ。ゲイル隊が常時傍にいない今、サナを守る盾は彼女だけなのだ。
ぶつかるたびにサリータの動きがよくなっていく。
叩かれれば叩かれるほど、さらに強靭になっていく。技術も自然と身体に刻まれていく。
何よりも【気迫】に溢れている。
心が具現化しやすい世界において精神力ほど重要なものはない。
同様に、こうして激しい激突を繰り返すことで一般人の体組織が壊れ、武人としての筋肉がさらに培われていく。
「はぁはぁ…!」
「疲れたか?」
「まだいけます!」
「では、これより【盾技】を教える。まずはこれだ」
ハンクスが盾に『剣気』をまとわせる。
媒体を通せば発生できるため、盾でも剣と同じように剣気をまとわせることができるのだ。
「剣気を操ればより効率的に強化が可能になる。お前は剣士の才能もゼロではないと聞いている。できることならば剣気も身に付けろ」
ハンクスも武器型戦士だが、同じ戦気量でも1.5倍の力を発揮できる剣気を使うことで、より少ない消費で大きな力を出すことができる。
サリータも剣士因子には余裕があるので、修練することで剣気の放出も可能になるだろう。
そして、技を発動させたハンクスの盾は、赤く力強い光を放っていた。
剣王技、『戦盾』。
剣気をまとっているため、このまま殴るだけで相手にダメージを与えることができる因子レベル1の技だ。
仮に剣気が出せずとも戦気を使えば盾は著しく強化される。普通に防御するにせよ使って損はない技である。
「相手を押し込むときは『戦盾』が基本技となる。防御しながら攻撃も同時に行えるからだ。剣ほど攻撃力はないが盾使いには必須の技といえる。我々には盾しか頼るものはない。ならば必死にすがるしかない。誰もがこの盾に命を託すしかない。いつでも気持ちは乗せておけ」
「盾に命を…」
「すべては最後まで戦い抜く覚悟次第だ。それがあれば盾は力を貸してくれる」
盾は道具にすぎないが、武器を扱う者にとっては命と同じである。
その域にまで精神が高められると、不思議なことに道具が非常に馴染んでくるのだ。
原理的にいえば、何度も媒体にオーラを通すことで『自分色に染まる』わけだ。伝導率のパターンが自分の戦気や剣気の形にセットされるからだ。
これは武人でなくとも同じ。鞄、ペン、お茶碗、服等々、いつも使っている道具は一般人でも手に馴染む。
「技を習得するためには型を覚えるだけでは駄目だ。頭の中でイメージを続け、発動の流れを強く意識してみろ」
技を『習得』するためには、最低限の肉体要素と必要因子を揃えたうえで、技の型を覚えつつ、一定の戦気の流れをイメージする必要がある。
あえて習得と書くのは、それが「他人から習う」ものだからだ。
この場合、見本があるのでそれを参考にしつつ、反復練習することで比較的簡単に覚えることができる。
一方で『修得』と書く場合、こちらは自らの修練の中で自然と体得することを指す。
因子が一定のレベルに達すると、武人の血に格納されているデータから自動的に情報が伝達され、頭の中で一種の『閃き』として技のイメージが浮かぶ。
こちらのパターンでは、その段階で技をほぼ会得することになるが、どちらの場合においても最終結果はたいして変わらない。
ならば、因子が低く、物覚えが悪いサリータにとっては『習得』のほうが向いているのは確かであろう。
サリータは、ハンクスを参考にしながら戦盾の型を何度も練習。
戦盾自体はどんな角度や持ち方をしても発動できるが、しっかりと一番安定するポジションに盾を固定してイメージを繰り返す。
体内から体外へ、体外から盾へ。
細胞の活性化から盾の表面まで、流れるように気を通すイメージを固めていく。
すると、力が盾を通して発露。
赤い輝きを帯びた。
「これが…『戦盾』! できた!」
武具に戦気をまとわせる通常の強化ではなく、あくまで『技』として発動させていることが重要だ。
技の発動によって自動的に一定の効果が与えられるので、それを軸にしてさらに強化したり、他の場所に戦気を使ったりすることもできる。




