508話 「軍隊の訓練方法 その1」
翌日。
キャンプから三百メートルほど移動した森の中に、防衛任務以外の『全兵士』が集まっていた。
その数は、およそ百名。
キャンプに駐屯している兵の半数である。
ここで【騎士】と【兵士】の違いについて述べておこう。
『騎士』とは、国家への忠誠を誓い、正式に叙任式を経て得た身分の総称である。
大まかにいえばガンプドルフも騎士であるし、ゼイヴァーもバルドロスも騎士だ。その中で階級によって上下関係が築かれているにすぎない。
では、『兵士』とは何かといえば、それ以外の者全員を指す。叙任式を受けていない軍属の者たちのことである。
簡単にいえば騎士と呼ばれる部類の者たちは、エリートコースのキャリア組と思えばいいだろう。
その他の者たちはノンキャリアの道を歩むので、よほどの武勲を挙げねば出世は難しい立場にある。
しかし、そういった身分以上に、両者間には【戦闘教育の有無】といった最大の相違点が存在する。
騎士になる、あるいは騎士になることが確定している場合、その者は年齢にかかわらず戦闘教育を受ける『義務』が発生する。
良家や名門の家柄ともなれば、幼い頃から師範や家庭教師が付き、優れた戦闘技術を叩き込まれることになる。
こうした専属訓練を受けたか受けないかの違いは思った以上に大きい。
それは幼い頃から姉や陽禅公に鍛えられたアンシュラオンを見ればよくわかるだろう。
一方の兵士は、言ってしまえば『元民間人』である。
戦闘技術を学ぶには自らの意思で道場に通ったり、個別に家庭教師を雇わねばならない。
ハンターや傭兵でもなければ、普通に暮らしている者たちにとって護身術以外の戦闘訓練は必要ないため、おのずとここで差が生まれてしまうのだ。
DBDは戦争当初こそ騎士団だけで戦っていたが、次第に騎士の数が減り、民間人から徴兵せざるをえなくなった。
その結果、ガンプドルフが連れてきた兵たちも全員が騎士ではなく、大半の者が戦闘経験もまちまちの兵士扱いという状況にあった。
そのため比較的安全な魔獣の狩場キャンプでは、周辺の安全確保を兼ねて魔獣(または盗賊団等)を狩りながら兵の訓練を行っている。
ガンプドルフたちは本国と隔離されているため、生粋のDBD人という括りでは人員が補充できない。
やはり帰属意識や忠誠心といった側面では同郷者に勝るものはない。
今この場にいる兵士がいかに未熟であっても貴重な戦力であることには変わりないのだ。
「これより訓練を始める。第一と第二部隊は、この場にて白兵戦闘の訓練。第三部隊は西の安全確保。第四部隊は南の安全確保。四時間後に再集結。第三隊はゼイヴァー、第四隊はバルドロスが指揮を執る。第一と第二は私が担当だ」
ガンプドルフが兵士たちの前に立つだけで、彼らの顔つきが精悍なものとなる。
以前も述べたように、彼の統率の値は「SS」と極めて高い。
実際にガンプドルフには『集団統率』と『上級戦闘指揮』のスキルがあり、彼が指揮を執れば、たかが新兵でも並の騎士にまで能力を上げられるのは大きなメリットである。
もちろん彼が最初から指揮官として優れていたわけではない。ルシアとの長い戦争によって培われた努力の結晶だ。
「今回は特別に三人の人物を訓練に加えることとする。サナとケサセリアとベ・ヴェルの三名だ」
その場には、サナとサリータとベ・ヴェルの姿もあった。
サナは革鎧、ベ・ヴェルはDBDの騎士が使う軽鎧、サリータも同じくDBD製の重鎧に身を包んでいる。
ここでは重鎧のデータを見てみよう。
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名前 :クリスタルナイトアーマー(重装)
種類 :鎧
希少度:C
評価 :C
概要 :純度の高いクリスタルを加工した重鎧。見た目以上に軽く、高い強度を誇るために多くの一般騎士に愛用されている
効果 :防御C+1.3倍、物理耐性
必要値:体力D
【詳細】
耐久 :B/B
魔力 :C/C
伝導率:C/C
属性 :無
適合型:物質
硬度 :C
備考 :錬成強化可能
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クリスタル本来の色は無色あるいは白濁色だが、戦場で使用するために深い紺青色に統一されている。
説明文にある通り、騎士にとってはありふれた装備であるも、一般兵士には腕利きにしか与えられない上等なものでもある。
ベ・ヴェルは同タイプの軽装バージョンの鎧を着ており、防御がやや低い代わりに軽くて動きやすいものになっている。(サナに関してはサイズが無いので通常の革鎧で代用)
こうして装備をあえてDBD製にしたのは、彼らの『訓練方法』を身をもって体験するためだ。
「彼女たちには便宜的に階級を与える。サナを百光長、ケサセリアとベ・ヴェルを十光長。協力者であるアンシュラオンは『輝光長』とする。彼らから命令があれば通常の体制と同じように従うように。異論のある者はいるか?」
「………」
「よし、サナは第三部隊、ケサセリアとベ・ヴェル両名は第一部隊に入れ。隊に入ったからには他の兵と同じ待遇で扱うこととする」
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■聖剣王国軍の階級について
1、聖剣長(元帥~)
2、輝光長(准将~大将)
3、千光長(少佐~大佐)
4、百光長(少尉~大尉)
5、十光長(曹長~)
6、一光長(士長~)
となっており、各階級において上下を設けるために『特別』や『上級』といった要素を加える場合もある。
アンシュラオンはガンプドルフの一個下の輝光長扱いだが、これは無駄な軋轢を避けるための措置である(アンシュラオンからの要望)
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「準備ができ次第、第三、第四部隊は出立。何が起こるかわからん。指揮官は危険だと判断したら即座に撤退せよ。だが、敵にキャンプの場所は悟らせるな。死んでも阻止しろ」
二つの部隊、部隊長のゼイヴァーとバルドロスを加えた五十二名が『西方の荒野』に旅立つ。
魔獣の狩場を境にして魔獣のレベルは一段階も二段階も上昇する。
ここから先は第三級の討滅級魔獣が出て当たり前の世界。最低でも翠清山の山頂付近と同レベルの危険地帯である。訓練も命がけになるだろう。
そんな場所にサナが行くのだから、当然ながらアンシュラオンも同行すると思いきや、彼はこの場に残っていた。
「師匠は同行されないのですか?」
サリータが訊ねるが、アンシュラオンは首を横に振る。
「オレはここに残るよ」
「サナ様はお一人で大丈夫でしょうか?」
「ゼイヴァーがいる。あいつに任せておけば問題ないさ」
サナはゼイヴァーの部隊に組み込まれることになったが、これは今後模擬戦をやるための時間合わせに加え、彼と一緒ならばサナを最優先で守ってくれるからだ。
アンシュラオンには一撃で負けたものの、実力的には申し分ない猛者である。万一の際は自らの命を捨ててでもサナを守るだろう。
もちろんそれだけでは不安なので、モグマウスも密かに帯同させている。これは周辺の地形を探るためでもあった。
(デアンカ・ギースが実際にいたんだ。近くに殲滅級がいないとも限らない。おっさんからの情報だけに頼らず、独自で調査しておくべきだよな)
戦艦が拿捕されるくらいなのだ。西方では何が起こるかわからない。
まずは魔獣の狩場周辺を完全に安全にすること。それも重要な目的の一つである。
「サナの心配をする必要はない。それよりはお前たちの訓練のほうが大事だ。おっさんは特別だとしても他の騎士たちのレベルも十分高い。ここで基礎をさらに高めるんだ」
「はい! 了解しました!」
「特にサリータ、お前にはサナの盾になってもらう必要がある。ただの身代わりじゃないぞ。【戦友】の一人として共に戦えるようになれ」
「せ、せんゆうっ!! 自分がでありますか!?」
「いいか、西方開拓は翠清山の比じゃないくらい難しい。何十年もかかるかもしれない大きなものだ。どう考えても今以上の困難が待ち構えているだろう。その時、サナを守るのはお前だ!!」
「―――っ!!」
「オレだっていつでも助けられるわけじゃない。常にサナの傍にいるお前には強くなってもらわないと困るんだ」
「し、師匠…あ、ありがとうございます! がんばります!!」
「ベ・ヴェル、お前もだ。もう一度言っておくが、ここでは基本的に魔石の使用は禁止する。理由はわかるな?」
「それがあたしらの本当の実力だって言いたいんだろう? 耳タコさね」
「わかっているならいい。ちゃんと講師も呼んであるから安心しろ」
アンシュラオンが手招きをすると、二人の騎士がやってきた。
一人はサリータと同じ重装のクリスタルナイトアーマーに身を包んでおり、手には身体全体を覆うほど大きな盾を持っている。
もう一人は長剣を持った男で、こちらもベ・ヴェルと同じ鎧を着ている。
「ユーリー・ハンクス十光長とモーリス・グレツキ十光長だ。サリータはハンクスに盾の技術を、ベ・ヴェルはグレツキに対剣士用の戦い方を教えてもらえ。二人はお前たちと同じ十光長だが、教えることに長けた『教練部隊』のメンバーだ。実際の実力はもっと上だと思えよ」
ガンプドルフが本国からこれだけの兵力を連れてこられたのは、彼らの大半が未熟な者たちだったからだ。
その彼らを鍛えるために用意したのが『教練部隊』である。
いわゆる新兵育成専門の騎士であり、兵士であれ騎士の卵であれ、軍属に入れば必ず指導を仰ぐことになるベテランたちだ。
その佇まいからも歴戦の騎士の風格が漂っている。
「どれくらいに仕上げればよろしいのでしょうか?」
大盾を持ったハンクスがアンシュラオンに訊ねる。
すでにこちらは輝光長扱いなので、その態度もまさに上官に接する時のものである。
「多くは望まない。この演習中に多少なりとも使えるようになればいい」
「短期間だと多少厳しくなりますが?」
「問題ない。基礎体力はあるから、むしろ厳しくしてくれ。よし、サリータとベ・ヴェルは一度、隊全体の訓練に加われ。個別訓練はそれからだ」
「はい!」
サリータとベ・ヴェルが兵士たちの部隊に合流。
まずは全員そろって準備運動を開始する。
定められた細かい動きや大きな動きを交互に繰り返し、身体を環境に馴染ませていく。
よくサッカー選手がトレーニングで、チームメイトと一緒に身体を動かしている光景を見るだろう。あれと似たようなものだ。
それが終わると、軽いぶつかり合いを伴った組み手が始まる。これは単純に衝撃に慣れることが目的だ。
それぞれ体格も能力も違う者たちが、遠慮なく身体を打ちつけ合うのだから軽い者にとっては不利になる。
しかしながら、戦場ではどんな相手と戦うかは選べない。
自分より大きな敵と戦うことも多々あるし、身体の大きな者も小さな相手と対峙する感覚を養うことができる。
参加が初めての彼女たちには事前に訓練メニューを教えていたものの、やはりぎこちない動きをしている。
準備運動では二人だけ明らかに遅れていたし、ぶつかり合いでも相手との呼吸が合わずに顔面を強打したりもしていた。
周囲も彼女らが新参者であることは知っているので、ある程度合わせてくれているのがわかる。
アンシュラオンもその様子をつぶさに観察。
(まだ『お客さん』だな。しかも女性だから周囲のほうが戸惑っている。男だらけの職場にいきなり女が入れば、こうなるのも当然か)
それでも嫌な顔をされないのは、アンシュラオンの計略のおかげだ。
女性を手配したり料理を提供したり、またはゼイヴァーを瞬殺したことで騎士団からの信頼を勝ち取ることに成功している。
サナも事前に力を見せたことで百光長レベルであることを示した。彼らの女性に対する印象も少しずつ変わり始めているだろう。
「DBDには女性の騎士はいないの?」
指揮官として帯同しているガンプドルフに話しかける。
彼は忙しいので普通ならば通常訓練には参加しないが、アンシュラオンがいるからこそ一緒にいるのだ。(アンシュラオンがキレたら誰も止められないため)
「もちろんいるぞ。光と火の聖剣長の二人は女だ」
「ゴリラみたいな女?」
「ははは、そんなことを言ったら本当にボコボコにされるな。光のシントピアは国内最高の美女とも呼ばれているやつだが、真面目で気難しくて誰も近寄れない雰囲気をまとっている。火のアラージャは豪胆なやつだ。力こそがすべてだと言って憚らない暴れ牛だな。あの二人を慕って女性騎士団も作られたことはあるが、やはり女騎士の割合は多くはない」
「女性の本質は母性だ。戦いとは正反対だから仕方ないよね」
「しかし、戦力にならないわけではない。あくまで私の印象だが、女性騎士は数こそ少ないがその反面、大成することも多いように感じられるのだ」
「女性のほうが才能があるってこと?」
「そもそも数が少ないから才能ある者しか生き残れない可能性もある。武人の世界も男はたしかに多いが、強い者は全体の一割以下だろう。結局は同じなのかもしれんな」
「差がないってだけで十分だね。どうせ使うんだったら、オレは女性のほうがいいかな。可愛いくて綺麗で柔らかくて、いい匂いがするほうが楽しいもんね」
「少年は自由でいいな」
「おっさんだって自由になれるんだよ。ここは東大陸だ。西側じゃない。ハーレムを作るなら手伝ってあげるからね」
「ふっ、そんな平穏な日々がやってくることを祈っているさ。それにしてもサナはともかく、あの二人を育てるのは大変そうだな」
「大変だよ。才能がない子を抱えるのはストレスが溜まる。頭も悪いから何をやらせても最初は失敗ばかりで散々さ。でも、それでオレも悩む。何度も悩む。どうすれば彼女たちは強くなれるのかって考える。それってさ、教える側としては一番楽しいことじゃない? 何でもすべて上手くいくより面白いよね」
「苦しみも喜びか。産みの苦しみがなければ、その先にある喜びもたいしたことはない。まるで今の我々そのものだな」
「それでいいのさ。オレは感動を味わいたいんだよ。それと同じ感動を彼女たちにも味わってもらいたい。そのためならば苦労は買ってでもする。オレと彼女たちはもう『一心同体』だからね」
二人が苦労している瞬間をアンシュラオンも共有している。
彼女たちの苦しみ、嘆き、負けん気、気合、闘志、そのすべてを同様に味わっているのだ。
そして、彼女たちが訓練に参加することには、もう一つの重要な意味がある。
(人の数が増えれば、一人一人に割ける時間が減る。オレも忙しいから全員を指導することはできないだろう。ならば軍隊式の訓練方法を導入すればいい。あれには効率良く最低限の力をつけるための方法が練り込まれているからな)
近くにいる身内の女性に関しては個別に教えてもよいが、マキの下にいる女性育成部隊や他の白スレイブたちにまでは、さすがに手が回らない。
そこで役立つのが軍隊式訓練方法だ。
DBDは実際に戦争をしていたので、さまざまな実戦的知識を持っている。そうしたノウハウを吸収し、今後の育成に活用することも演習参加のメリットである。
けっして器用ではない両名で強化が可能なら、他の者たちも同様に強化することができるだろう。




